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【Prev】 【11】 彗翔(なんだ…オレ、やられたのか…?) 彗翔は、マットの上で仰向けになって倒れていた。 彗翔(いやてか…やられてしかなかったわ…。涼冴つえーとは思ってたけど、こんなに差あったのかよ…) 気を抜けば意識を失ってしまいそうな状態で、眩い照明の光を見上げながらぼんやりと考える彗翔に小さな、...
涼冴と彗翔の試合後、VIPルーム。
徠は、最新式のスマホを片手に通話をしていた。相手は、次の試合に出場するディザイア側の選手、八剱だ。
徠「…あぁ、構わないよ。アイツは昔から扱いが面倒でね。いっそ殺してくれた方が助かるよ」
八剱『オイオイ、ひっでェ兄貴』
冷淡な声色の徠に対し、それを揶揄する八剱もまた「その答えを期待していた」と言わんばかりである。
徠「ただね、多分亮は出てこないよ。その時はくれぐれも気を付けることだね」
八剱「あァ、わァってるっつーの。ガキを殺しはしねェよ」
返事を待たず、八剱はそれだけを残して通話を切ってしまった。
徠「うーん、伝わってないなぁ…それで?」
徠は苦笑い混じりに小さく溜め息を吐いたものの、それだけ。背後に控えていたスタッフへと向き直る。
スタッフ「はい。先程から医務室のスタッフを何度も呼び出しているのですが、全く応答がなく…確認に向かわせたスタッフとも連絡が取れなくなっています」
黎司「まーた剴クンが暴れ回っとるんとちゃう?」
徠「多分そうだろうね。暴れるのはリングの上だけにしてもらいたいね」
黎司がこちらを見もせずに入れた横槍に、徠が疑いもなく頷いたのは、剴が医務室で暴れることなどディザイアでは日常茶飯事だからである。
勝てば「物足りない」負ければ「まだやれる」、そう言ってスタッフを精神的にも肉体的にも困らせるのが常だった。
滄冴「ならボクが様子見にいこっかー?」
ソファに腰掛けた滄冴が、背もたれの側へ頭だけを逆さに垂らすようにして徠の方を見る。その表情は何やら愉快そうである。
徠「ダメに決まってるでしょ。涼冴くんとすれ違いでもしたらそれこそ彼のよく言う『面倒な』ことになる」
滄冴「えー、ボクは全然イイけどなぁ~」
企みを見透かされても、滄冴は一ミリたりとも悪びれた様子もなく笑っていた。
徠「そういうことだから黎司、行ってきてよ」
黎司「またァ~?稲叢クン止めるンほんま大変なんやて」
結局、黎司に白羽の矢が立つ。ボスである徠からの半ば命令ともいえよう頼みに、黎司は不平を口にしながらも扉へと向かう。
徠「ただわかってると思うけど、刃連くんには手出し不要だよ。いいね」
胸中のさざ波にさらわれかけた足が、ほんの一瞬止まる。いつもの笑顔へ俄かに別の感情が滲みかけたものの、それを徠へと向けることはない。
黎司「…イヤやなァ~、わかってるってぇ。信用してェや?」
黎司はそう言い残して部屋を後にした。
滄冴「大丈夫かなぁ?刃連くんに変なコトしないかなぁ?心配だなぁ。ボクも付いていった方が良いんじゃないかなぁ?」
滄冴はそんなことを垂れつつも、ゲーム機のスリープを解除する。外に出ることは諦めたようだ。
徠「さて、ディザイアの医療崩壊を彼にも伝えないとね」
そうして今度は日向に電話をかけ始めるのであった。
【14】
日向「…天ヶ瀬の医務室行きは無しだ。ベッドがもう満杯らしい」
通話を終えたスマホをリュックへと突っ込みながら、日向はちらりと彗翔の方を見る。
先の試合で完全にKOされた彼には応急手当だけが施され、壁際で自らの手荷物に枕するようにして寝転がされていた。まだ晒したままの素肌には強烈な蹴りを受けた痕がそこかしこに残っている。
亮「へぇ~、さすがクソ兄貴の施設スね。たった2人ぶっ倒れたらキャパ超えなんスから」
日向「あぁ、そんなことはありえない。医務室で何かがあったと考えるのが自然だ」
亮「ほー。んじゃ、団体戦止めて医務室に殴り込みにでも行きます?」
日向「……いや、藤代に任せる。天ヶ瀬もその辺に転がしておく。直に起きるだろ」
亮「へぇ~?うぃーっす」
普段とは違う判断に、日向には何か考えがあることを敏感に察知したらしい亮がニヤッと笑う。
直後、マイクのスイッチが入ったらしく、場内のスピーカーから微かなハウリング音がした。
『3本先取の団体戦!既に2本を獲られ、追い詰められたMMA部!なんとか次の試合は持ち堪えたいところッ!だが、そんな少年たちを追い詰めるのはこの男ォッ!!』
アナウンサーの口上と共に場内が暗くなっていく。それを合図に、観客の騒めきが弱まる。
『デビューから全試合KO勝利ッ!今最もディザイアで熱い男、八剱ィッ!擢真ァァァッッ!!!』
そして、黄金のライトとレーザーが褐色の長躯を照らし出した瞬間、会場内に数多の熱狂の声が弾けた。
パフォーマンスに期待を寄せる言葉を波のごとく浴びせられるも、八剱にとっては慣れたことであるようで、それに応えるよう拳を掲げながら、悠々とした足取りでケージへと進んでいく。
亮「ヘェ、潰しがいがありそうなヤツが出てきたじゃん」
喜び勇んで前へ出ようとする亮の肩を、日向が掴んで引き止める。
日向「亮、俺が行く」
亮「はぁ?先輩ついに頭イカれちゃいました?階級いくつ違うと思ってんスか?」
身長、体重共に八剱と日向の間には差があり過ぎる。
いかに日向の技術が弛みない研鑽を重ねてきたものであっても、八剱に勝つことは愚か、まともに抗しうるのか、亮が訝るのも当然のことだった。
日向「俺たちはもう2本獲られている。この試合決して負けるわけにはいかない」
亮「それって俺が出たら負けると思ってんスか?」
日向「違う。だが俺たちが勝つにはあと2本獲らなきゃいけない。ここで勝っても次で負けたら意味がない」
亮「ま、そっスね。最後にどんなヤツ出してくるかわかんねすからね」
日向「そういうことだ。必ずお前に繋げる。後は任せる」
鉄のように揺るぎない声で亮へと告げ、日向は戦場へと足を向けた。
八剱「上がってこいよ徠弟ォッ!兄貴のOKはもらってんだわ。俺と遊ぼうぜェ!?」
八剱が、滾る血を抑え切れないとばかりに金網の外へ向かって吼える。威嚇、挑発の咆哮。その矛先はもちろん亮だ。
いつもの亮ならば一も二もなく受けて立っていたことだろうが、今回は肩を竦めるだけ。
亮「悪ィな。アイツが出るって聞かねぇんだわ」
八剱「…アイツゥ?」
ウィーーー…ガコンッ
背後で扉の閉まる音に八剱が振り返ると、そこには少年が立っていた。
八剱に比べれば30cm近くも小柄な体格の少年だ。
八剱「…は?」
『これはどういうことだァッ!?MMA部にはもう選手がいないのかァ!?それとも勝負を諦めたのかァ!?』
リングに上がったということは間違いなく選手の一人。観客にどよめきの波が広がる。そうなるのも無理もなかった。
八剱の、褐色の肌を押し上げる筋肉の層は厚く、言うまでもなく強靭である。手脚の長さも相まって、肉食獣のような印象を抱かせる体付きだ。
向かい合う日向の体も、実によく鍛えられていることは分かる。過剰に肥大している訳ではなく均整の取れた筋肉の付き方は、まさしく闘うために築き上げられてきたものだろう。
だが、体格がまるで違う。身長、体重、当然ながらいずれも日向が遥かに下。フェアでないというのはもちろん、単純に体格差が生む危険度は段違い。格闘技の試合が階級によって区別されている所以でもある。
ゆえに、八剱も観客も、恐らくは場に居る全員がこう思っていた。「戦ったところでまともな試合になるのか?」と。
八剱「オイオイ、なんだァこのチビ助?ここは迷子センターじゃねェぞ?」
しかし、そんな雑音も八剱の小馬鹿にしたような視線もものともせずに、日向はこれから闘う相手を真っ直ぐに見据え、名乗りを上げる。
日向「立惺高校3年、総合格闘技部部長、日向朔也。お前の相手だ」
八剱は相変わらずの態度で、それを鼻で笑うのみだった。
八剱「あァ??あーハイハイ、よくできましたァ。チン毛が生えたら相手してやっから、とっとと帰ってオッパイ啜ってろや。他の部員いんだろ。チェンジだチェンジ」
日向「残りの部員は亮だけだ。他はいない」
八剱「は?残りはお前と徠の弟だけェ?つーことはなんだァ?徠が気をつけろっつったのはこのチビ助っつーことかァ!?」
あの徠が160cmもない子供を恐れている。八剱は腹を抱えて笑わずにはいられない。
八剱「ハァーッハッハッハッ!!コイツぁ面白ェッ!!泣く子からヤクザまで全員黙るあの徠がこんなチビ助にビビってんのかよッ!!」
哄笑する八剱へと、日向は鋭い視線を向ける。
日向「…そもそも一度ケージが閉じたら決着がつくまで出ることはできない。お前らが決めたルールだろ」
八剱「あァ、気にすんなって。俺が徠に言って見逃してやっから、とっとと徠の弟呼んでこいよ」
日向「そうか。見逃されてやってもいいぞ。お前が『参りました』って言ったらな」
挑発といった風でもなく平然と言い放たれた言葉に、八剱の笑いを全く異質なものに変貌させた。相当癇に障ったのだろう。細めた両目には怒気が滾り、こめかみには青筋が浮かんでいる。
八剱「…ほーん、チビ助テメェ、テメーはよっぽどのバカか、マジで死にてェみてェだな」
日向「どちらも違う。勝つのは俺だ」
八剱も、日向のことを叩き潰すべき相手として定めたらしい。地を這うような声には、強い敵意が滲んでいた。
『第2試合の体格差もすごかったですが、今回はそれ以上ッ!まさに大人と子供の戦いッ!!果たして試合になるのかッ!?第4試合スタートッッッ!!!』
八剱がその剛腕で日向を打ち砕くのか、日向が柔よく剛を制するのかーー殆どの人間は前者に賭けていることだろう。
誰が見ても勝ち目の薄い闘いだが、当の日向には負けるつもりなど毛頭ない。静謐でありながらも烈々と闘志を燃やす双眸が、それを示している。
ッカーーーーンッ!!
睨み合う両者の間で、いよいよ闘いの火蓋が切られた。
試合開始後の数秒間は、どちらもすぐには攻め込まず、お互い射程範囲外を保ったまま対峙する時間がしばらく続いていた。
八剱「オイオイどうしたァ?俺に勝つんじゃねぇのかよ?」
日向「ああ、そのつもりだ」
八剱「ならさっさと打ってこいよォ?それともなんだァ?ゴングが鳴っちまったらビビっちまっ…ッ!?」
八剱がまばたきをした刹那、射程圏外にいたはずの日向が八剱の懐に潜り込んでいた。そしてーー
ダンッ!!
ーー踏み込みの速度をそのまま乗せた拳が、八剱の腹を真正面から捉えていた。
常から重量級を相手取る八剱にとって痛打とはなり得ないものだったが、完全に虚を突かれる形となった。
そして、もちろんそれだけでは終わらない。間髪を容れずに凄まじい速度の拳が、蹴りが、連撃となって八剱の身体に打ち込まれる。
八剱(速ェ…ッ!)
もちろん八剱も即座に反応し、カウンターのミドルキックを放つが、ブゥンッと虚しく空を切るのみ。
見れば、日向は既に射程の外へと離脱している。
八剱は内心で舌打ちをする。
今の一瞬で四、五発は喰らわされたか。一発一発は大したことはないとはいえ、打撃は打撃。打たれた胴や手足がほのかに熱く、微かな痛みを発している。
そして何より、一方的にやられる方に回るというのは、彼にとって至極不愉快なことなのである。
だが、この僅かなやり取りで、八剱にも一つ察せられたことがあった。
八剱(このチビ助、それなりに空手やってんなァ。あの距離から詰めれンのかよ)
空手は踏み込みながらの攻撃を得意とする。ゆえに一連の行動には、踏み込みから後退まで一切の無駄がない。
一発でも命取りになりかねない体格差。軽量級側からすれば、フットワークを使ってヒット&アウェイで攻めるのが定石だ。
一気に踏み込み、打って、離脱する。やっていることはごく基本的なこと。だが、日向が見せる『基本』の体捌きは、速度、精度共に常人離れした研ぎ澄まされようなのである。
驕らず、逸らず、凪いだ心で体を動かす。空手を修めた日向だからこそできる芸当だった。
即座に、二度目の踏み込み。
日向はフェイントも織り交ぜながら、次々と八剱に飛び込んで連撃を加えていく。
八剱は、拳打の隙間に手を出してみても避けられる、あるいは相手は既に後退を終えているーーという、彼にとって全くもって面白くない受け身の状態を強いられていた。
思わず、胸中で二度目の舌打ちをする。
八剱(チッ、シケた戦い方しやがんなァ。俺もクソ真面目にヤんなら端に追い込むけどよォーー)
だが、そうしたところでいまいち滾らない。真正面から対応して叩き潰してやった方が、力量差を突き付けることができるだろう。その方がよほど面白い。
そして、数度目の肉薄。
だが、今度はそれを目で捉えた八剱が、カウンターの裏拳で日向を出迎えた。髪をわずかに掠めた拳が、唸りを上げて虚空を薙ぐ。
日向(!反撃の精度の上がりが早い…!もうこっちの速度に慣れて…ッ!!)
距離を開けようとする日向だったがーー
ドンッ!!
離脱するよりも一手早く、八剱の右脚に体を捉えられてしまった。
鋭利なミドルキックを叩き込まれて、硬い脛の感触と痛みを知覚するよりも先に、日向の身体は横様に大きく吹き飛ばされる。
ガシャン!!
日向「ッ!」
そのまま、ケージのフェンスへと半身から激しく打ち付けられる。
八剱「軽ィなァ。ちィっとも蹴った気がしねェ。どーせアタマもスッカラカンなんだろ?弱肉強食ってのをバカでもわかるよーに身をもって教えてやンよ」
すんでの所でガードが間に合い、胴体への直接的なダメージも免れた。だが、体を容易く弾き飛ばすその衝撃は彼我の体格差を改めて知らしめるのに充分なものだった。
即座に体勢を立て直し、再び八剱へと飛び込んでいく日向の額からは一筋の汗が伝っていた。
SS作成協力:はばねろ様(https://www.pixiv.net/users/20449949)
その頃の蒼惟
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ken
2024-03-01 00:17:45 +0000 UTC