【Prev】

【Prev】 【10】 ダンッ! ゴングの音と同時に、彗翔は地を蹴って全速力で駆け出す。 彗翔(前、涼冴と戦った時はボクシングルール。コイツの得意な蹴りは封印されてた。でも今日は何でもあり…!多分っつーか絶対立ち技じゃあオレに勝ち目はねェ…!でもな、こっちだって前はできなかったことができんだよ…ッ!) そ...
彗翔(なんだ…オレ、やられたのか…?)
彗翔は、マットの上で仰向けになって倒れていた。
彗翔(いやてか…やられてしかなかったわ…。涼冴つえーとは思ってたけど、こんなに差あったのかよ…)
気を抜けば意識を失ってしまいそうな状態で、眩い照明の光を見上げながらぼんやりと考える彗翔に小さな、だが聞き慣れた声が届く。
日向「…まヶ…ッ!…ヶ瀬…ッ!!天ヶ瀬ッ!!」
それは彗翔の身を案じる日向の声だった。
彗翔(日向先輩…こんな状況なのに、オレのことめちゃ呼んでくれてる…すげー先輩だよなぁ…こんなトコまで一緒に来てくれて、助けに来たはずの涼冴は抜ける気無くて、逆に敵で出てきて…しかも理由もまともにわかん…なく…て…?)
思考がそこに至ったところで、彗翔の意識が再び輪郭を明瞭にし始めた。
彗翔(そうだよ…オレまだ涼冴から何も聞けてねぇ…!母親がトラウマなのはわかったよ!でもなんで涼冴がこっから抜けたくねぇのか何も聞けてねぇッ!そんなんで納得できっかよ…ッ!!)
試合前に誓ったはずだ。「涼冴を必ずここから連れ帰る」と。
彗翔は自らに問う。自分は誓いを果たすためにこの試合で一歩でも前進したか?ーーいや、まだだ。
なら、こうして倒れたままでいていいのか?ーーいいワケがない。
せめて涼冴から、その理由を聞き出すまでは終われない。終わらせたくない。
彗翔(どこ蹴られるかもわかんねぇ時点で、勝ち目がねぇのはバカなオレでもわかってる…!オレがここで負けても日向先輩と亮があとは何とかしてくれんだろ…!でもよ涼冴…ッ!お前が何考えてんのか…お前が何に追い詰められてんのか…ーー)
拳を片方マットに突いて、それを支えにしてゆっくりと体を起こしていく。
彗翔「ーー何も知らねぇでリング降りれッかよッ!!」
カウント9。ギリギリで立ち上がり、彗翔は力強くファイティングポーズを取った。
涼冴「…!?…めんどくせぇ」
涼冴が驚きの表情を見せたのも一瞬。すぐにいつもの仏頂面へと戻り、彗翔を睨め付ける。
彗翔の瞳はまだ死んでいない。再起の意志を見た観客たちは、身勝手な言葉ばかりを口にするが、彗翔の耳にそんな雑音などは届かない。だが既に満身創痍の状態であることはどうしようもない事実であった。
日向「よく立った天ヶ瀬!」
そこへ、安堵を滲ませた日向の声が背にしたケージ越しに届く。
視線は涼冴に向けたまま、彗翔は頷く。
彗翔「うす…!でもぶっちゃけ、どうすりゃ勝てんのか1ミリもわかんねっス!アイツの蹴り全然読めねぇんスよ…ッ!」
日向「そうか。なら思い出せ、天ヶ瀬。『腹筋』やった時に俺が言ったことを」
彗翔「腹筋…?…あー!そういうことッスねッ!」
日向「ああ、ぶちかませ」
余裕を失いきっていた彗翔の顔に、わずかにだが不敵な笑みが戻る。どんなに彗翔が闘志という熱を持っていても、勝機という可燃物が無ければ火は付かない。日向はそれを与えたのだ。
涼冴は自分よりも遥かに格上。それは初めてディザイアで戦った時から分かっていたことだ。そんな相手に食らい付くばかりでなく、勝ちすら得ようというのなら、相応の心構えが必要だろう。
その覚悟を固めた彗翔は再び涼冴に向けて駆け出した。
そして涼冴に向けて愚直なまでに一直線にパンチを繰り出す。だがーー
スッ…
当然というべきか、その拳も最小の動作で容易く避けられてしまう。その流れ自体はダウン前と何一つ変わってはいない。
涼冴「…懲りねぇヤツ」
そして、再びカウンターの蹴りが飛んでくる。
彗翔(来た…ッ!)
ガコォッ!!
涼冴の蹴りが彗翔の右上腕部に直撃。柔軟な脚部の関節と筋肉を十二分に活用した打撃は、やはり強力なことこの上ない。
だが彗翔は怯まず、間合いの更に内側へと一歩踏み出して距離を詰める。
彗翔「…へっ…」
涼冴「…!?」
彗翔「…来るってわかってりゃあッ!効かねぇよッ!!」
バァンッ!!
彗翔の振るった拳が涼冴の腕に当たった。ディフェンスのために構えた腕だ。決定打には到底繋がらない。だが、ついに彗翔の拳が涼冴の体に命中したのだ。
涼冴「…!」
彗翔(…当たった…イケる…ッ!)
突然の彗翔の反撃に亮もヒュ~っと口笛を鳴らす。
亮「よく当てたじゃないスか。その『腹筋』とやらでどんな魔法を唱えたんスか?」
日向「…魔法でも何でもない。彗翔がたった一発で倒れた理由を話しただけだ」
日向は亮に『腹筋』の説明をし始める。それはディザイアの団体戦を迎える数日前、日向たちが部活で行った腹筋強化トレーニング、いや地獄の腹打ちトレーニングのことだ。ボディの打たれ強さに自信を持っていた彗翔は、日向にたったの一撃でダウンを奪われてしまった。
普段の腹打ちはグローブを付けたパンチだ。たとえ日向の強烈な拳であっても一撃で彗翔からダウンを奪うことはできない。
だが、この時日向が食らわせた一撃は助走を付けた膝蹴りの不意打ちだったのだ。
日向「普段の天ヶ瀬なら膝蹴り一発程度では倒れない。想定していなかったから威力が何倍にもなったんだ」
亮「つまり宮鷹のガキの蹴りも同じだと。そんで?理屈がわかっても、どこを蹴られるかわかんねぇのにどうしろと?」
日向「簡単なことだ。どこを蹴られるかなんて考える必要はない」
彗翔(身体のどっかしらが蹴られると思ってりゃ良いだけだッ!!)
彗翔の取った戦法は実に単純だ。蹴りの当たる場所が分からないのなら、どこに当たってもいいよう全身に力を込める。打撃を喰らっても怯まず、前進して無理矢理に拳を当てる。気合と根性のノーガード戦法だ。
亮「はぁ~、昭和みてぇな根性論スね。ま、泥臭い先輩やバカな彗翔にはお似合いなんじゃないスか?」
日向「副次的な効果だってある。蹴りの威力が最大になるのは脚が伸び切ったタイミングだ。彗翔が前へ前へと進めばその前に蹴りを受けることができる」
亮「でもバカスコ蹴られ続けんのは一緒じゃないスか。もうズタボロのアイツがどんだけ保つんスかねぇ?」
日向「あぁ。このまま戦っても宮鷹のディフェンスを破る前に天ヶ瀬が壊される。試合の流れを変えるにはーー」
彗翔(ーーグラウンドに持っていくしかねェッ…!!)
彗翔の拳は当たるようになったとはいえ、涼冴のディフェンステクニックによって防がれ続けている。それに対して、涼冴の蹴りはノーガードでクリーンヒットしている状態だ。既に身体中がボロボロの彗翔に残された時間は僅かだ。
バァンッ!!
彗翔の顔面に何度目かの蹴りが入る。頭にも響く衝撃で意識が眩みそうになるのを歯を食い縛って耐えて、彗翔は一歩強く踏み出した。
彗翔「ッらあああァッッ!!」
ガゴッッ!!
蹴られた反動を活かした右フックが、涼冴のガードを、体勢を一気に崩した。
涼冴「…ッ!」
彗翔(!!今しかねェッ!!)
涼冴を守る壁が無くなった。ようやく掴んだ千載一遇の好機に、彗翔は死に物狂いで食らい付く。
一気に体勢を低くし、ふくらはぎの筋肉が張りを増す程に脚へ力を込めて、床を蹴り付けた勢いのまま一気に飛び出したーーその刹那だった。
彗翔「……ぁ?」
ズドォッ!!
骨と骨とがぶつかり合う、いっそ気持ちが良いくらいの打撃音が響く。彗翔の顎を、涼冴の膝が突き上げた音だった。
涼冴「来るってわかってんなら効かねぇんだろ?それともなんだ?ヒザがくるのも予想してなかったのかよ」
ドダンッ!
彗翔の身体は、糸の切れた操り人形のようにマットに沈んだ。それとほぼ同時に、スピーカーからカウントが流れ始める。
日向「天ヶ瀬ッ!!天ヶ瀬ェッ!!」
日向の呼びかけが響くが、彗翔は指一つ動かさない。
自身のタックルに合わせられた膝蹴り、それによる2倍の衝撃、いや2乗の衝撃に襲われ、大きく脳を揺さぶられたのだろう。完全に意識を失っていた。
涼冴「…………」
最早涼冴は彗翔に視線すらくれることもなく、背を向けてケージリングの扉の方へとゆっくり歩いていく。そしてーー
カンカンカーンッ!!
ーーカウントが「10」に達し、ゴングの音が響き渡った。それと共に堰を切ったように観客席から歓声が溢れ出す。
しかし、やはり涼冴の表情は変わらなかった。勝利の喜びは無い。涼冴にしてみれば邪魔な障害を一つ消しただけなのだから。
涼冴「届かねぇんだよアホ面。お前程度の力なんて」
涼冴は誰にも届くことのない言葉を残して、振り返ることもなくリングを後にする。
彗翔と涼冴。2人の間にはあまりにも絶望的な距離がありすぎた。
力も。心も。
ディザイア vs 立惺高校 MMA部 団体戦
第3試合
○ 宮鷹 涼冴(ディザイア)
KO(膝蹴りのカウンター) 06:23
× 天ヶ瀬 彗翔(MMA部)
ディザイアの上層階にあるVIPルーム。その一角に座る徠の周りには、豪奢な雰囲気に不似合いな男たちが座っていた。1人は試合を終えた黎司。もう1人は小柄な少年だ。
彼らは涼冴と彗翔の試合を、モニターを通して観戦していた。
黎司「あと1勝で俺らの勝ちかァ。早いなァ」
少年「え、むしろ遅延でしょ。野生児のおにーさんが勝ってればこれで終わってたじゃん」
涼冴の試合を見終えた少年はすぐさまゲーム機を取り出し、遊び始める。
黎司「あ、まーた始めとるやん。ちゃんと見とったのこの試合だけやないか」
少年「低ラン同士のマッチなんてキョーミ無いもん。ライブじゃ倍速できんし、ながら見しか勝たんて」
黎司「アカン、最近の若者何言うてるか全然わからへんわ」
困惑する黎司を意にも介さず、少年はピザ風味のポテトチップスを口に運ぶのだった。
黎司「まーええわ。ほんで?涼冴クンにどないな脅迫してん?」
黎司は体の向きを徠に向けて問いかける。
徠「失礼だな。脅迫なんてしてないよ」
黎司「徠クン嘘はアカンて~。せっかく助けに来てくれた王子様倒してもうたやん。マンガやったら脅迫か洗脳かされてんのがお約束やろ?」
徠「いやいや。涼冴くんが大好きな母親に捨てられたって話はもうしただろ?だから落ち込んでる彼を励ますために俺は言ったんだよ」
少年「ふーん?なんて言ったの?」
徠「『君の家がある限り、君の父親が生きている限り、いつの日か母親が帰ってくるかもしれない。それまで必要なお金はディザイアで稼がせてあげる』ってね」
黎司「うっわ〜、徠クンほんまに悪の化身やん。ドン引きするわァ」
徠「嘘は付いてないよ。あくまで当時の可能性の話だからさ」
滄冴「でもそれもう嘘じゃん。母さんなんてとっくに死んでんだから」
それを聞いた涼冴と瓜二つの少年ーー滄冴(そうご)はゲーム画面を見つめたままぽつりと呟いたのだった。
SS作成協力:はばねろ様(https://www.pixiv.net/users/20449949)

【Prev】 【13】 涼冴と彗翔の試合後、VIPルーム。 徠は、最新式のスマホを片手に通話をしていた。相手は、次の試合に出場するディザイア側の選手、八剱だ。 徠「…あぁ、構わないよ。アイツは昔から扱いが面倒でね。いっそ殺してくれた方が助かるよ」 八剱『オイオイ、ひっでェ兄貴』 冷淡な声色の徠に対し、そ...
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blackace118
2023-09-20 15:59:37 +0000 UTC