【Prev】

彗翔「だあああぁ…痛ってぇぇぇ…!」
フラフラになりながら試合会場を後にした彗翔は、入場ゲートの近くで倒れるように座り込んでゼェゼェと肩で息をする。
彗翔(ヤベェ…マジ限界だ…さすがに少し休まねぇと…宮鷹探しに行くのは無理だ…)
幸いリングはマットの張替えやケージの撤去、ロープの張り替えをするようで、次の試合まで少し時間があるようだった。
少しホッとしながら必死に息を整える彗翔の頭上から聞き覚えのある声が響く。
涼冴「つくづくアホだな、お前」
彗翔「えっ…!?宮鷹…!?」
そこにはこれから探しにいくはずだった涼冴が、ノースリーブのガウンを着て壁に寄りかかっていたのだ。
彗翔「も、もしかして宮鷹、この後お前の試合!?あぶねー!会えて良かっ…」
涼冴「なんだそのザマ」
彗翔「…へ?」
予想外の言葉に豆を食らった鳩のような顔をする彗翔。
涼冴「あんな雑魚相手に何ボロボロになってんだ。しかも追加ボーナスも捨ててやがって。アホが過ぎる」
彗翔「…は…はぁ…!?う、うっせぇな!あんなイノシシみてーなヤツとまともにやり合ったら誰でもこうなるっつーの!しかもあんなのとセックスなんかしたくねぇわ!したくてもこんなボロボロの体でこれ以上動けっかよ!って、いてて…!」
涼冴「大声出すからだ。アホ」
そう。彗翔はディザイアのルールに逆らい、敗者である剴を犯さなかったのである。
彗翔に性行為をする体力なんて残っていなかった。だがそれ以上に、自分が味わったあの惨めな思いを他人にさせたくなかったのである。
そして、そのディザイアから今一番救いたい相手が目の前にいる。
彗翔「ったく…アホアホうっせぇなぁ…。んなことよりさ、宮鷹…
お前に親父の話をしちまって…悪かった。オレ、全然知らなくて…」
涼冴「あ?」
彗翔はスーパーの外で出してしまったあの話題を謝罪する。
だけど本当に伝えたいことはそんなことじゃない。
彗翔「でもさ、オレわかんねぇんだよ…なんでお前はこんなイカれたところで戦ってんだ…?お前まさかあんなクソ親父の借金のためにここで戦ってんのかよ?」
涼冴「…だったら?」
淡々と返事をする涼冴に彗翔は思わず声を張り上げる。
彗翔「だ、だったらって…なんでだよ!?親父だってのうのうと生きてんだろ!本人が戦って金返しゃいいじゃねぇか!なんでお前が…虐待まで受けたお前が戦ってんだよ!!」
涼冴「ここのクソどもにそう言われたからやってるだけだ」
彗翔「なんだよそれ…ッ!そこのどこにお前の意思があんだよッ!?お前の人生だろ!?宮鷹雄冴の息子としてじゃねぇッ!宮鷹涼冴としての人生はどこにあんだよッ!!」
熱くなる彗翔と表情1つ変えない涼冴。二人の感情は一向に平行線のままだった。
涼冴「…面倒くせぇ。もう時間だ」
彗翔「オイッ!!涼冴ッッ!!!…ッア…!!」
涼冴は入場ゲートへと向かう。
彗翔は涼冴を引き留めようとする。だが、体に激痛が走り立ち上がることはできなかった。涼冴はそんな彗翔を一瞥することもない。
涼冴(俺としての人生?くだらねぇ。俺の人生なんてあの冬で止まったままだ。俺はただクソみてぇな試合で出てきた雑魚を潰して金を稼ぐ。それだけだ)
涼冴はいつも通りただ無心でカーテンを開け試合会場に入る。
だが、目に飛び込んだ風景はいつもとは全く異なっていてーー
八剱「よォ、サラブレッドォ」
ーーそこには八剱が、パイプ椅子を振りかぶって立っていた。
涼冴「ッ!?」
そして、振り下ろされたパイプ椅子は涼冴の脳天を弾き飛ばした。
真冬の凍えそうな深夜午前2時。かすかな物音に目を覚ました幼い涼冴は廊下に出る。そこには仕事に行っているはずの母親が玄関に立っていた。その手に大きなキャリーバッグを持って。
涼冴「かあさん?」
母親「!…涼…くん…」
夫からのDVに耐えきれなくなった母親は今から夜逃げをするのだ。幼い涼冴はそれを直感的に理解する。
涼冴「かあさん、いえをでてくの?」
母親「涼くん…ごめんね…本当は涼くんも連れて行きたいんだけど…ごめんね…」
涼冴「いいよ、かあさん。だってかあさんはオレがおにいさんになるから、おいていくんでしょ?」
母親「涼くん…」
母親は崩れるようにしゃがみ込み涼冴を抱き寄せる。
母親の腹には新しい命が宿っていた。それが夫との命なのか、それとも「お客さん」との命なのか、幼い涼冴には想像もつかない話だった。
涼冴「ダイジョウブだよ。オレはおにいさんになるんだから。とうさんのケりだって、いつもどおりなかずにガマンできるよ」
毎日のように繰り返される父親の暴力。世間一般から見れば虐待と言われるそれも涼冴にとってはただの日常の1つにしか過ぎなかった。
痛くて苦しいけれどただそれだけのこと。「ダイジョウブ」「ガマンできる」と言えば母親はいつも「偉いね」と褒めてくれるーー
ーーだが、今日は違った。
母親「…気持ち悪い…」
涼冴「…え…?」
突然、母親は涼冴を突き飛ばす。尻餅をついた涼冴はわけもわからず顔を上げる。優しいはずの母親の表情は、激しい嫌悪の表情に包まれていた。
母親「あの人には涼くんも連れて来て良いって言われた…。でも無理…!アンタを見てるとアイツがちらつくのよ…!アンタのその髪が!その鋭い目つきが!何考えてるかわかんないその氷みたいな表情がッ!」
涼冴「かあ…さん…?」
母親「なんでアンタは殴られても蹴られても悲鳴の一つも上げないのよ!?アイツとそっくり!生き写しよ!アンタを見てるだけで頭が真っ白になるのッ!体が震えてくるのッ!吐きそうになるのよッ!」
涼冴「…やめ…て…」
母親「そもそもアンタが産まれなきゃアイツと暮らすことなかったッ!全部アンタのせいッ!アンタなんか育てられる訳が無い!アンタなんか連れていける訳が無い!本当にもうッ!アンタなんて産まれて来なけりゃよかった!!」
涼冴「…かあさッ…!」
ーー涼冴は意識は取り戻す。いつもと同じ夢。いつもと同じ目醒めるタイミング。違ったのは左目に飛び込んできた風景。そこが地下ファイトクラブ「ディザイア」のリングの上だったこと。
八剱「よぉ、愛しのママの夢でも見てたってかァ?」
涼冴「……ぁ……?」
コーナーにもたれかかるように座らされた涼冴。その前には八剱がしゃがみ込み、涼冴が気を取り戻すのをニヤニヤと笑いながら待っていたのだ。
涼冴の意識がはっきりしていくにつれて、頭の痛みがズキズキと疼き出す。出血は収まっているものの、涼冴の顔の右半分は真っ赤に染まっていた。
八剱「やっと目ェ覚ましたな。待ちくたびれたぜェ?」
涼冴「…テメェ…」
八剱「感謝しろよなァ?ちゃんと手加減して殴ってやったし、リングまで引きずってもやったんだぜ?他の屑どもじゃこうはいかねェ」
そう言いながら八剱は涼冴の顎を持ち上げる。
八剱「にしてもいい眺めだなァ。宮鷹雄冴にそっくりのツラが血に染まってんのはよォ」
涼冴「…ふざけんな…ッ!」
涼冴は八剱の手を振り払って立ち上がると、ガウンを脱いで顔の血を拭い去る。
八剱「オイオイ、ブン殴られて頭イカれちまったか?まさかその怪我でこの俺とやる気かよ?」
涼冴「こんなかすり傷付けたぐらいで調子乗んな。ぶっ潰してやるよ、トサカ頭」
八剱「は〜ん。言うじゃねぇかクソガキ」
八剱もガウンも脱ぎ捨てながら吐き捨てる。
八剱「そんなに死にてぇならブッ殺してやるよ」
【Next】

【おまけ】
目の前で涼冴が凶器攻撃をされるのを見せつけられた彗翔は…。
(おまけなのにシリアスやん…!)