Face out Facing out. 外伝 ~ダサいオレには、なりたくないから~
SS:ミケ空さん(https://www.fanbox.cc/@kaminagisora)、うらき
挿絵:うらき
「…あの人が水瀬 慧(みなせ けい)…だよな…?」
街外れの公園で、一人の男が汗を流しながらシャドーボクシングをしている。オレ、天ケ瀬 彗翔(あまがせ けいと)は、木陰に隠れながらスマホの写真と男とを見比べる。
(え〜と…赤色がかった茶髪の長髪に白い肌。それから青い目…。間違いねぇ、水瀬慧だ。…あの人にコレを飲ませんのか…)
オレははぁ、とため息を吐きながら手の小瓶に目を落とす。瓶の中で揺れる怪しげなピンク色の液体を見ていると、昨日のあの詐欺師ーー円 莱(まどか らい)との会話が頭に蘇ってくるーー
ーー「この薬、水瀬慧に飲ませてきてよ」
「は…!?対戦相手にヤク盛れってのかよ…!?」
「うん。そう言ってんだよ?」
オレを地下ファイトクラブの凱旋所に呼び出した円は、タバコを吸いながらとんでもないことを言い出してきた。
「次の天ケ瀬くんの対戦相手、水瀬慧はファイトクラブじゃ有名なボクサーでね。キミみたいなボクシング素人が勝てるはずないんだよ。でもそれじゃあ賭けにならない。そこでコレの出番ってワケ」
コトッ、とオレの目の前に小瓶が置かれる。
「高濃度のシルデナフィル、まあ強烈な精力剤だよ。いくら強いボクサーでも、こんな薬を飲んで試合したらどうなるかな?」
オレは机を思い切り叩いて立ち上がる。
「ざけんなッ!オレがそんな卑怯なこと手ェ貸すワケねぇだろッ!」
「…は?」
その言葉に円の顔は笑みを消すと、すうっと、まるで刀のように研ぎ澄まされた目線をオレへと投げかける。
「勘違いしてるようだから言うが、これは組織からの命令だぞ?従わなければ条項に則って違約金が請求される」
「…………ッ!」
「…それにね、コレを使うのにはもう一つ理由があってさ」
「……なんだよ…?」
少しビビっちまったオレを見て満足したのか、円は元の雰囲気を取り戻して続ける。
「『水瀬慧は試合に勝っても、敗者を犯さない』んだよ」
「…えっ…」
「全く迷惑な話だよね。それを楽しみに来てる客もいるってのにさぁ。でもさ、そんなお堅い真面目クンでも媚薬を飲んだらどうなるのかな?」
「…ふざけやがって…ッ!」
円はオレの言葉を全く気にせず、煙草を捨てる。
「ま、そういうことだから。頑張って薬渡してね、天ヶ瀬くん」
「…………ッ!」
オレはその小ビンを受け取るとただ歯ぎしりをすることしかできなかったーー
(…あ~~~ッ!!思い出したらめっちゃムカついてきたッ!!もうこんなモン失くしたことにして捨てちまうかッ!!)
ヤケになったオレが小ビンを投げようと振りかぶったその瞬間、パシッとオレの手首が握られる。
「ポイ捨ては感心しないな?『天ケ瀬 彗翔』君?」
「…へ?」
「…しかもその中身は怪しい薬だったり?」
「うおぁッ!?」
そのまま手の小瓶をすっと奪われる。驚いて振り向くとそこには…
「み…『水瀬 慧』!?」
そこには遠くでシャドーボクシングをしていたはずの水瀬 慧がいた。
「…天ヶ瀬君、だよね?今度、俺と戦う予定の」
「う…くっ…!」
水瀬慧は瓶と逆の手をオレに伸ばしてくる。薬の落とし前をつけられるのかと思ったオレは咄嗟にガードを取る。
…だが、その手はオレの肩にぽんと置かれた。
「…天ヶ瀬君、ありがとう。」
「…へ…?」
「これ、媚薬だろ?今まで、何人かに盛られそうになった。これ、上から飲ませてこい、とか言われたんじゃない?」
「な…なんでわかるんスか…!?」
「まあ、これでもあそこで何試合もしているからね。あいつらのやりそうなことだ。…でも、天ヶ瀬君はこれを投げ捨てようとしていたんだろ?俺と正々堂々と戦いたかった…ってことじゃない?だから、ありがとうって思ってさ」
「い、いやそんな!別に礼なんて言われることじゃねぇッスよ!」
オレは照れくさいような恥ずかしいような気持ちになって、水無瀬け…いや、水瀬さんから少し後ずさる。
「た、ただオレはこんな薬に頼るなんて、そんな卑怯でダセェ真似したくなかっただけなんで!」
「でも、もしこのままこの薬を捨ててたら天ケ瀬君はどうなるのかな?」
「…えっ…それは…その…」
確かに水瀬さんの言う通り。オレはこんなヤクに頼らず正々堂々真っ正面からぶつかって勝ちたい。だけど、さっきのシャドーボクシングを見ても、今のオレじゃ水瀬さんにはそれこそ薬でも使わなきゃ勝てないのはわかる。もしここでオレが媚薬を飲ませずに…試合に負けたら?ふとそう思うと、借金と、契約書と、あのムカつく円の顔が頭をちらついた。
「…あ〜ッ!もうどうすりゃいいんだよ〜ッ!」
「…プッ…あはは!」
頭を抱えて叫ぶオレを見て、水瀬さんは笑った。
「人の不幸を見て何笑ってんスか!?」
「ごめんごめん…天ヶ瀬君は、俺に似てるって思ってさ」
「…へ?オレと水瀬さんが?…どこが?」
水瀬さんはそういうとぽつり、ぽつりと語り出す。
「その自分のしたいことと上の命令に迷う姿がさ、よく似てるなって。天ヶ瀬君も聞いたかもしれないけど、俺もそういう卑怯な手口だとか…リングの上で相手を…辱めるようなことが嫌でさ。俺、それに我慢ができなくなって、リングの上であいつらに大げさに歯向かったんだよ。そしたらこの様さ。不意打ちしてくるやつもいれば、薬物を持ち込むやつも珍しくないんだ」
「…マジすか…すっげ…」
「あ、ごめんね、急に?でも、天ヶ瀬君が薬を捨てようとした時さ。…天ヶ瀬君は俺とどこか似てるなって思って、嬉しくてさ」
水瀬さんはそう言うとニコッと笑い、手にした小瓶をポイッと上空へ投げるとーーそれを受け止めた。
「俺ね…弟があの世界で人質みたいになってるみたいでね」
「…は!?…ひ、人質…ッ!?」
「うん。あそこの世界にいるのは確かなんだけど…会いたければ試合に出続けろって」
「マジすか…そんなヤベーことまでするんスかアイツら…」
「本当にね…天ヶ瀬君は?」
「えっ…!?」
ふと話を振られたオレはギョッとする…。
(い、言えねぇ〜ッ!出会い系アプリで作った借金なんて、絶対言えねぇ〜ッッ!!)
「お、オレは…あのちょっとアレな事情で…その…金が必要になって…その…」
「そっかあ。…じゃあ、やっぱりお互い負けられないね。俺は弟に会うため。天ヶ瀬君は借金の為。譲れないってやつだね」
必死に答えたオレが逆に深刻に見えたのか、水瀬さんは苦笑いする。
でも、これでわかった。オレと水瀬さんじゃ背負っているものの重みが違い過ぎる。数十万の借金と人間1人、しかも弟の命だ。そんな状況でも笑みを浮かべられる水瀬さんがすげーカッコよく見えた。
「…うす!…水瀬さんの話聞いたら、薬飲ませるなんて絶対させたくなくなったっス。オレ、学校でも友達全然いなくって、水瀬さんの弟さんのいない孤独な気持ちもわかるっていうか…あっ、そりゃ弟と友達なんかじゃ全然ヤバさが違うんスけどッ!」
「ふふっ…天ケ瀬君は本当にいいやつなんだな」
「いや別にそんな大した人間じゃねぇんスけど…」
水瀬さんがそういうと、オレは少しだけ、恥ずかしくなって顔を赤くする。水瀬さんはそんな俺にニコッと微笑むと、薬をまじまじと眺めだした。
「…天ヶ瀬君、もしよければ、薬を俺に渡してほしい」
「えっ…いいんスか?」
「ああ。渡さなければ天ケ瀬君が危ないからね」
「ってことは水瀬さんがその瓶捨てます?そうすれば解決…」
「いや、捨てるつもりもないよ。…一度飲まされたことがあるからわかるけど、媚薬を飲んでいるかどうかなんてすぐバレるからね」
「じゃあ、どうするんですか…?」
「…試合前、この薬を飲むよ。その上で、天ケ瀬君と全力で闘う」
「え、ええええッ!?!?」
「…もちろん、こんなの本位じゃないさ。でも、お互いを守り抜くためにもそうしないと、ね」
「…そ、そんな…」
「その代わり、リングの上じゃ手加減なしだ。それに、俺もこの薬を飲んだからといって天ケ瀬君に負けるつもりはない。…お互い、全力だぜ?」
「!う、うす!何があっても全力で闘うっス!」
「よし!…じゃ、試合の日、楽しみにしているね」
そういうと、水瀬さんは小瓶を持ちながら手をひらひらと降り、公園を去っていった。
…その後姿を見ながら、オレは拳をぐっと握りしめた。
「…ここまでしてもらって、ダセえ姿は見せられねぇっつーの!」
『レディーーース!エーーーンド!ジェントルメーーーン!』
アナウンスの声が高々と響き、リングに並々ならぬ熱気が溢れかえる。…オレはこの前の試合と同じように、リングの上で腕を掲げる。
『いいぞー!天ケ瀬―!』
『今日こそ水瀬をぶっ飛ばせよ――!』
『前みてえにダッセェ姿晒すなよー!』
…なんだか今日はオレへの声援が異様に強い気がする。
(この前の試合でオレも気に入られたんかな?…それともコレが水瀬さんが観客たちに嫌われてる…ってやつか…?)
そう思いながらちらっと向かいのコーナーを見ると、水瀬さんはグローブをバンバンと叩きつけ気合を入れているようだった。…だが、その全身は既にじんわりと汗をかいているようで、なんというか、気合を入れているにもかかわらず、既にどこか息が上がり始めている感じがした。
(水瀬さん…マジで飲んだんだ…)
申し訳無さを感じつつも、オレは雑念を飛ばすように頭を振る。
(しっかりしろよオレ!全力でやるんだろ…ッ!)
お互いに全力で戦う。その約束を果たすため、オレは、今日まで血の滲むような努力をしてきた。走り込みだっていつもの倍はしてきたし、部活のやつら相手にボクシングのスパーリングもしてきた。…付け刃かもしれねーけど、それだけ全力をぶつけたかった。
リングの中央で対峙するオレと水瀬さん。
「水瀬さん…オレ、勝つっスから」
オレは水瀬さんにそう宣言すると、ギッと水瀬さんを睨んだ。
「…そんなこと言って、早々にノックアウトされるなよ?」
そして、水瀬さんもそう言うと不敵に笑ってみせる。
コーナーに戻ったオレは大きく息を吸うと、今一度、グローブをぎゅっと握り返した。そして。
カァンッ!
「Box!」
「っしゃあッ!!」
ゴングが鳴り響くと、オレは一声気合を入れ。水瀬さんへと向かっていった…
つづく
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