「──勝者、青コーナー、宮鷹涼冴!!!!」
その名が高らかに叫ばれると、会場は割れんばかりの拍手喝采に包まれる。元締めであるオーナーの方へちらと目をやると、満足げに頷いていた。おおかた、涼冴が苦戦したフリをして見せることで観客を盛り上げるようパフォーマンスしてやった、とでも思っているのだろう──実際、手間は掛かったのだが。
対戦相手はリングの上で無様に伸びている。……それも当たり前だ。涼冴の豪腕から放たれるフルスイングの打撃を2度も顔面に浴びた上、レイプまでされたのだから。
(…このアホ面、アマガセ…、とかいったか?)
いくぶん茶色がかった髪をした、年でいえば涼冴と同じぐらいであろうその少年は、確か、どこかの高校のMMA部(そんな部活があるのか? ──高校は愚か、中学もまともに通った経験のない涼冴にはわからない)とかいう話だった。その部活がどの程度のものかは知らないが、まるでど素人のように単純な動きを繰り返す奴だった。そんな奴が自分相手に最終ラウンドまで持ち込むとは…アホみたいに頑丈な奴だった。
──が。
(……どうでもいい)
涼冴は倒してしまった対戦相手のことはさっさと忘れてしまう。今日のやられザマだ。再戦を組まれても勝手に辞退するだろう。どうせ関わり合いにもならない相手を覚えておくだけ無駄というもの。そもそもこんなガキだ。“こちら”の世界なんかいられずにすぐに姿を消すだろう。そうやって消えてった奴らがその後どうなるかは涼冴も知らないし、知る必要もない。──いつも通り自分が勝ち続ければ良いだけだ。
「──宮鷹選手、勝利のご感想は?」
勝者である涼冴にマイクが向けられる。
「ああ、どうも。嬉しいです。ありがとうございます」
──仏頂面から放たれるのは、丁寧語による感謝の台詞でありこそするものの、その声はいかにも不機嫌そうで低く、最低限の言葉でしかない。愛想も何もない、言ってしまえば無礼そのものの態度だった。だが、地下ファイトクラブ「ディザイア」の「宮鷹涼冴」はこれで問題ない。彼は観客に媚びない、“そういう”キャラでウケているのだから。
インタビューもほどほどに、勝者はさっさとリングを後にする。
***
シャワーを済ませ、自分の他には誰もいない更衣室で黙々と着替える。
「……ッ」
速乾性の材質のトレーニングウェアを着ようとする折、右脇腹に痛みが走る。そこは先の試合であのアホ面の対戦相手に2度打たれた箇所だった。たった2度、それだけの打撃でここまでひどく腫れ上がることなど初めてだ。更衣室の冷たく青白い蛍光灯の照明が赤く腫れ上がった痣を余計に毒々しい色に映し出す。
「──……クソッ」
あまり効果はないと知りつつも、鎮痛のために冷却スプレーを当てる。更衣室内に人工香料のケミカルで甘ったるい匂いが広がる。
(……なんだったんだアイツの馬鹿力)
終わった試合を思い返すなどいつぶりか。そこにいない相手に毒づいたところで意味はないし、まして痛みが軽減するわけでもない。だが、自然とあのフックを受けた時の衝撃が頭に蘇る。
(…次の試合は──)
涼冴は頭の中で次のディザイアの試合日程を勘定する。この痛みは数日間は引かないだろう。次の対戦までにコンディションをベストに持って行かなければならないが、そのためには──……
(……面倒くせぇ。今日は帰る)
試合直後の高ぶった精神状態では、まともに物事を考えられそうになかった。着替えやら何やら一式をボストンバッグに詰め込むと、涼冴はトレーニングウェアの上からウィンドブレーカーを羽織る。
“地上の”ボクシングであれば、勝者には(否、敗者にも)ジムの仲間がいて、温かく祝福された後、皆で祝いの宴でもやるのだろう。だが、涼冴にはそんなものはなかった。独りで戦い、独りで勝つ。ただそれだけ。勝とうと負けようと誰からも祝われず、労られることもなく、独りで帰るだけのこと。──だが、彼にとっては却ってその方が都合が良かった。煩わしい人間関係など邪魔なだけだ。
***
試合会場の裏口を出ると、涼冴を待ち構える者の姿があった。──ガラの悪そうな男が三人。一人はリーダー格の筋肉質な男、もう一人はさらに一回り体大きく、最後の一人は小太りだった。皆一様に、ニヤニヤと下品な笑みを浮かべている。そのうち、リーダー格男が声を上げる。
「ねーぇ、涼冴くぅーん。今日も勝ててさすがだねぇー? オメデトウゴザイマース」
「……どうも」
涼冴は男たちとは目も合わせず、必要最低限の言葉で会話を切り上げ、さっさと立ち去ろうとする。──が、「ちょっと待ちなよーぅ」という台詞と共に、その肩に手が置かれる。
「でもさーぁ、偉い人の指示を忘れちゃうのはよくないなぁ~。涼冴クンお願いされたよねぇ~?『オーダー』をさぁ~?」
ディザイアでは時折「オーダー」という追加ミッションが選手に言い渡されることがある。その内容は様々。変わらないのはオーダーに成功すれば追加報酬が、失敗すればペナルティが発生すること。
そして、この日の涼冴には「1ラウンドでKO勝利すること」というオーダーが出ていたのだ。しかし対戦相手は今日がデビュー戦で、格闘技を始めたばかりのド素人。あまりにも簡単過ぎる条件であったため、涼冴の頭からはすっかり抜け落ちていたのである。
「今日涼冴クンが戦った相手ってド素人の子供だよねぇ~?な・の・に、まさか最終ラウンドまで引き延ばしてくれるなんてさぁ~」
リーダー格の男は、せいで、と言うところで涼冴にぐっと顔を近づける。……息が臭い。単なる口臭だけでなく、明らかに何か薬物をやっていそうな匂いだった。
なぜあんなド素人のザコ相手に何故あそこまで手間取ったのか。知りたいのは涼冴の方であった。
「だからさぁ~」
涼冴は男の台詞を最後まで聞かず、背負っていたボストンバッグを地面に投げ出すと、着ていたウィンドブレーカーを脱いでその上に放る。
「……オーダーのペナルティ。今この場でオレがボコられる、ってことだろ?」
「さっすが涼冴クン。話が早くて助かるぅ~」
↓part2
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うらき
2021-01-23 15:37:38 +0000 UTCうらき
2021-01-23 15:36:13 +0000 UTCやぬす
2021-01-23 14:43:43 +0000 UTCあーす
2021-01-23 11:35:24 +0000 UTC