「じゅ…15万ッ!?!?」
馬鹿みたいにデカい声を出して立ち上がったオレに店中の視線が一斉に集まる。我に返ったオレは「やべっ」と軽く頭を下げつつ、そそくさと座り直す。
オレ、天ヶ瀬 彗翔(あまがせ けいと)は今、人生の大ピンチを迎えている。ここはいつか彼女ができたら入るのを夢見てたオシャレな喫茶店。でもオレの目の前にいるのは男…。そして、高額請求書…。
「あ、あの…円(まどか)さん…でしたっけ…?」
さっきもらった名刺を確認しながら、目の前のお兄さんーー円 來(まどか らい)さんに恐る恐る尋ねる。20代前半ぐらいで、パッと見ちょっと軽めのお兄さんなんだけど、時々すげー怖ぇオーラみたいのを出してくる…。
「確かオレがスマホで見た時は…3万だったはずなんスけど…!」
「3万は入会金。そこに契約解除料、契約違約金、システム利用料、各種手数料、諸々合わせて15万。詳細欄に書いてあるよね」
「あ…あぅ…」
瞬殺されるオレの反論。確かに請求書にはそれっぽい大量の漢字と数字が並んでいる。
(いやでもさすがに5倍はおかしいだろ…こうなったらさっきググった魔法の呪文で…!)
「…これ…クリーニングオフとかできないスかね…?」
「クーリングオフね」
「え?なんか違った…?」
円さんは煙をふーっと吐くとタバコを灰皿に捨てる。そして書類のマーカーで線が引かれたところを指差した。
「ここ、読んでみて?」
「えっと…『本サービスの18歳未満および高校生以下の利用は禁止です』」
「そう。ウチのサービスはいわゆる出会い系アプリだから。天ヶ瀬くんはこの利用規約をもちろん熟読の上承諾ボタンを押したんでしょ」
「う…うす…」
「で?天ケ瀬くんの年齢と職業は?」
「…16歳…高校生…っス…」
「っていうことは、天ケ瀬くんは身分を偽る悪質な詐称行為をしたのに一方的に契約を破棄しようってワケだね。…出るとこ出る?相手になるよ?」
円さんの視線がギロリとオレをぶち抜く。
(こ…怖ぇ〜〜〜ッ!!もう泣きそうなんだけどッ!?)
オレがこんな大ピンチに陥っているのは、数日前の気の迷いのせいだ…。
「基本無料でメチャかわ彼女を即ゲット!」
たまに出てくる出会い系アプリの広告。あの時のオレはちょっと怪しいとは思いながらも、基本無料の文字(と、タイプの女優)に釣られてアプリを落とした。
(ま、無料だし!もし彼女ができたら喫茶店とかでデートしちゃったりして…!)
オレは顔をニヤけさせながら本名を入れ、住所を入れ、電話番号を入れ。会員登録ボタンを押しちまった。その瞬間、オレは違和感を覚えた。
(ん…「有料会員登録完了」?「3万」?オレ、最初の画面で確かに無料会員の方タップしそこねた…?)
呆然としながらスマホを眺めていると、メールが届く。そして、オレは現実を突きつけられる。
『有料会員登録ありがとうございます!当サービスをお楽しみください!』
(え…マジ…ッ!?オレ、ミスった!?)
冗談じゃねぇ!ただでさえ少ねぇバイトの金で一人暮らしをしてるんだ!3万なんて払える訳がない!オレは慌ててメールに書かれていた「誤って契約してしまった方はこちら!」を押す。そして何回かメールをやり取りした後、直接担当者と会うことになり…。
こうして、オレの「かわいい彼女とのオシャレ喫茶店デート」の夢は消え去って、目つきの怖ぇーお兄さんと多額の請求書を目の前にしてるのだ…。
「じゃ、これサインして。15万支払いの誓約書」
円さんの淡々とした声でオレは現実に引き戻される。
(15万…そんな大金払える気がしねぇけど…出るとこ出るって言われちまったし…)
アプリで本名も住所も電話番号も登録しちまってる。借金取りやヤクザなんかに家に乗り込まれたら、間違いなく実家に連れ戻される。そしたら県外の学校に入学してまで入った総合格闘技部ーーMMA部生活もおしまいだ。そして何より……出会い系アプリのせいで借金したなんてダッセぇこと、死んでも親や他人に言えるわけがない…ッ!
(…もうオレには15万払う以外の道はねぇ…!バイトのシフト増やしまくんねぇと…あとソシャゲのガチャも諦めて…)
オレは覚悟を決め、鞄からペンを取り出し、誓約書に目を通し始めた。
「ん?グローブ?格闘技やってんの?」
突然、円さんが声をかけてきた。…鞄の隙間から部活で使っているOFG(オープンフィンガーグローブ)が見えていた。
「あ、一応部活でMMAやってるんで…」
「へぇ~。強いの?」
「ま、まあ…それなりには…?」
少し濁しながら答える。格闘技は高校から始めたばっかだけど、それなりに戦績は良い。でも同じ部に日向先輩と樹神の化物2人がいるせいでいっつもボコボコにされてんだよな…。てかなんで円さんはそんなこと聞いてくるんだ?
「じゃあ、うちでバイトする?」
「…へ?バイト?」
突然の言葉にオレは口をポカーンと開ける。
「ウチ、別事業で会員制の格闘技のショーもやってるんだけど、今選手が足りてないんだよね~。天ヶ瀬くん、総合やってんなら丁度いいでしょ」
「へ〜、そんなんあるんスね…。いやでもオレみたいなアマチュアが出ても…」
「ファイトマネーは20万」
「…に、にに、20まッ!…ん…ッ!?」
また出しそうになった大声を必死に抑えた。
「そ、それ…月収スか…?」
「1試合だよ。まあ負けたら半分だけど」
「はぁ…ッ!?負けても10万…ッ!?」
突拍子もない話でテンパる。
どうする…!?オレみたいな素人が出れるようなとこなのか…?でも一応MMAはかじってるワケだし、日向先輩や樹神にサンドバックにされるのも慣れてるし…少しはやれんじゃねぇか…?
「大体さぁ、天ケ瀬くんに15万返せるアテがあんの?」
完全に図星。たかが高校生のバイトなんかじゃ、どんなに頑張っても月に10万も稼げない。それをたった1試合で稼げるなんて、こんなにウマイ話はない。
それに。
…格闘技で自分の拳で金を稼ぐことに、オレは少なからず憧れを持っていた。
「どうする?やんの?」
円さんオレを試すかのように微笑みながら聞いてくる。…答えはもう決まってる。
「…やります…!」
「OK」
円さんはニヤッと笑うと別の書類を差し出す。
「じゃあこれ、選手登録の誓約書。ここにサインして」
「…うす!」
ーーオレは署名欄にサインした。これがあの地獄みてえなリング、『ディザイア』への入り口だとは思いもしないで。
↓part2
fanbox post: creator/3284045/post/1483951
おしゃれ喫茶店の個室に男2人で入って、選手登録用の写真撮影をされる彗翔。
喫茶店のトイレって、お店によっては結構広いですよね。
うらき
2020-10-04 14:21:34 +0000 UTC真田幸村
2020-10-03 04:13:33 +0000 UTC