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雪降らないかな
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[デラックス特典]TFジャンル備忘録



 TFジャンルも10年以上関わってると、古い・新しいがどうしても見えてくる。

 こういうのはブーメランになってしまうものだけれど、まず言語化しないといつ自分にブーメランが刺さっているのかもわからない。なのでメモ代わりにここに書いておく。なお、商業作品の話にはあまり触れない。こんな些末なフェチなんかよりよっぽど大きくて複雑な変数が関わってるからだ。



1.ネット以前~黎明期

 ざっくりしているが、まあ要するにリアルタイムSNSを用いて高速かつ大量に情報をやり取りする前、ということにしておこう。

 この段階でのTFジャンルの活動というのは概ね以下に分けられる。


・商業作品からTFシーンにたまたま出会い、それに興奮(婉曲表現)する

・TFシーンが含まれている商業作品を探し、発見・網羅・共有を目的とする

・掲示板などでやり取りをし、たまにイラストが投稿される

・個人サイトで趣味の主張や同志の募集、作品公開を行う


 懐かしいノリだ。

 この時代の活動としての新しさは、概ね次のとおりになるだろう。


・網羅的・横断的に作品をレビューして、かつ検索性を持たせる

・TF作品を発表する


 一昔前の「マニア的活動」のTF版、と言ってそんなに差し支えないだろう。

 そもそも「TF(ジャンル)」という言葉すら共有されておらず、自分の性癖を言語化するという風習もなかった時代だ。検索してこんなものが出てきたら「えっ、あるんだ」とびっくりするし、私も当時その一人だった。TF作品のクオリティも素朴な味わい(婉曲表現)のものが多数で、他の文脈(民俗的なニュアンスやメルヘンさなど)と組み合わせて、そちらが主題ですよと言わんばかりのものも多かった。



2.イラストサイト期(pixiv以前)

 まあ要するに…Transfur.comとかFuraffinityのことだ。

 TFジャンル専門や、あるいは専用のカテゴリが用意されたサイトが生まれる、または知られることでイラストや漫画の量が増加しだす。作品が増加して一箇所に集められるということは、そのなかで優位性や新規性が発生するということだ。そういう場でのアドバンテージは以下のようになる。


・より自然、緻密なシーケンスを描けるか

・より動きのあるシーケンスが描けるか(発展途上なので、まだ解剖図や図録のようなシーケンスがずっと多かった)

・バタ臭く、古臭くならないか(フェチ絵というのは絵柄が古くなりがちなので、『新しい絵柄で描いてる』というのはそれだけで重宝される)



 当時はまだ「変身後の姿に文脈を感じてフェチる」みたいな作法がなかったので、過程や変身前がない「変身後っぽい姿」を描くとコメント欄に議論や否定派が湧いたりした。懐かしい。

 この時点で重宝されたのは、圧倒的に「シーケンスの画力」だった。シーケンスのほうがいかにもセックスに紐づけた絵より強かった。まだ「TFフェチ」という概念を共有しきれていない時期だったので、「自分たちが心惹かれているものはなにか」を特定しなければならない、という強迫観念のようなものも多少あったと思う。



3.Pixiv期

 PixivにドバッとTF絵やTF小説が投稿されるようになり、起こったのは「解釈の変化」だったと思う。

 それまではあくまで動物化、獣化、動物の姿に主軸を置いたフェチである、という認識が強かったのが、「動物的な特徴」にまで拡大解釈されて広まったのはこの時期だ。

 これは、Pixivのタグ付けシステムに起因したものだろう。あらかじめ動物種の指定が投稿に必要だったり、サブのタグがいくらでも付けられたTransfur.comやFuraffinityと違い、Pixivのタグは10個が最大であり、しかもしょっちゅうタグ争いが起こるような環境だった。その上当時の「獣化」タグはかなり擬獣化のほうが多数派であり、獣化タグを用いてTF絵を探すのは検索性が悪かった。それで、色々あって「transfur」がいわゆるTFジャンルを検索する最大公約数的なタグにおさまった。動物的な特徴があればアリ、という幅広いタグになったのは、「動物」や「獣」という文字が抜け落ちて、なんでも指してそうなふわっとした英単語なのもあるだろう。多分。

(ちなみに本家Transfur.comは動物ぬいぐるみ化を投稿したりすると、議論が起こったり管理者から『これはウチとは違うんで…』と差し止めを食らったりした。当時の話で今は知らないが)

 そんなわけで、ぬいぐるみ化、物品化、モンスター化、獣人化、goo、着ぐるみ、ゲーム世界、アニマルプレイ、憑依、入れ替わり、TS、その他諸々のフェチがtransfurタグを介して交流する多国籍状態になり、優位性はまた別のものに移り変わる。多国籍状態になれば満遍なく対応できる能力が優位だからだ。具体的には、こんなところだろう。


・汎用的な、癖のない絵柄である

・様々なジャンルを一定以上の画力で描ける

・二次創作、版権ものがうまい

・漫画的な文脈を取り込んでいる

・pixiv的なノリに対応できる(エロゲ風CGや白いUIに映える塗り、サムネ映えのする構図)


 これらに共通して求められる能力は要するに「再構築」だ。TFジャンル特有の様式(シーケンス、TF後っぽいポーズ)と一般的な絵や漫画、グラフィックの様式をそれぞれ分解して自分のものとして合成する能力。まあ創作ジャンルでは死ぬほど言われてる話だが、TFジャンルにおいて明確に「TFを表現するための絵柄」から「TFも表現できる絵柄」が求められたターニングポイントと言えると思う。



4.Twitter期①

 厳密に言えば、この時期と3は重なっている(もっと言えば、全ての項目はそれぞれ重なり合っているが)。作品を介してお互いの存在を知るのみだったのが、アカウントとはいえど本人と直に会話できるようになったことで、さらにジャンルに対して求められる能力が変わった。

 言語化能力、自己の深掘り能力、テーマ設定能力だ。

 文章主体で交流する以上、お互いのフェチを比較検討し、自分が何を好み、どんな作品を理想としているのか、作る前に言語化する能力が求められるようになる。「俺は○○(なんらかの性癖テーマ)の××(名前)だ」という性癖セルフブランディングが広く行われるようになったのもこの時期だろう。そしてそういったテーマ決定を更に拡大し、TF合同誌の企画もいくつか立てられる。大学生前後のユーザーが多かったのも相まって、オフ会的なノリもまあ多かったと思う。Twitter全体で、なんとなくサークル的な空気が色濃かった時期だろう。



5.Twitter期②~支援サイト期

 要するに今だ。

 先に結論から言うと、いまは「閉じた濃さと開いた濃さのダブル装備」が求められる時期だろうと思う。

 よく最近の作品の批評で、「個人の個性がサブになった時代」と言われる。

 個人の個性や悲惨な過去、掘り下げはあって当たり前。それ自体には「だから?」と言われ、その上で他者の土俵で戦う強さが求められる。ほとんどネイティブでスマホとSNSがある世代には、自分の内で完結した能力は無意味。とか。かと言って、自己の掘り下げが足りないやつは自己能力の解釈も弱いから、肝心なところで負けてしまう。とか。そんな感じのやつ。まあこの批評については大して間違ってないと思う。

 実際、同様のことはTFジャンルでもあると感じる。いま活発に活動してるのは「物心ついたときからTFジャンルとTF絵がある世代」だ。私も「中学生のときにnojoさんの絵を見て目覚めた」みたいな恐ろしいことをたまに言われる。だから、少なくとも彼らにとったTFジャンルは「あるかないかを考えるもの」ではない。「あるのならある」ものだ。

 そして、その「性癖」についての「他人の目」も当然あるものだ。だって物心ついてずっとSNSがあるのだから。私の一つ、二つ下の世代の人は、自分の性癖が他者からどう見えるかの感覚が無意識レベルで身についているように見える。それは以前の性癖アピールとは違い、身体的な距離感のようなものだろう。

 絵や漫画にもその特徴が見られる。「TF絵」である以前に「かわいい絵」であることに重点が置かれ、「かわいい土俵」で勝負することが前提の絵が多い。他の文脈からでも読み取れるように、着ぐるみっぽさ、ゲームキャラっぽさ、マスコットっぽさ、複数のフックがハイブリッドされている。すごい。

 ただ一方で、掘り下げが足りない――つまり、見てる人が新発見できる余地がない――ものは明らかに人気が出なくなっている。なんとなくかわいく、なんとなくシーケンスであるものはすでに弱い。変身するなら、変身前、変身中の顔、変身後の未来、全てに考察(掘り下げ)ができる余地のあるものでないとTFジャンル内でも伸びにくくなっている。

 (ポケモンTFがとみにいま流行っているのはそれもあるだろう。掘り下げの土壌が絵ではなく、ポケモンシリーズのほうにあるのだから強い。掘り下げのアウトソーシングだ。)

 なのでまあ――世間向けの可愛さが求められながらも、こうして支援サイトでの商売も成り立っているのだろう。だいたい前のあとがきで書いた話だ。


 今後どうなるかを予想できるほど私は機を見るに敏ではないので、今後については何も言えない。なんとか食い扶持があればいいなと切に願うばかりだ。


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