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雪降らないかな
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[小説]突然の鼻輪

(遠くから、牛の間延びした鳴き声が聞こえてくる)

(あなたは、建物の陰である人物と向かい合っている。その人物は、女性のようにも男性のようにも見えて、印象が定まらない。その人物は、ゆっくりと話し始める)

 動物の神さまっていると思う?

(あなたは少し考えてから、話の続きを促す)

 わたしはいると思う。日本にはね。

 だって、昔このくにに暮らしていた人って、きっと動物に「なんとかしてくれ」って思うことばかりだったよ。

 水田なんて、動物だらけだし。

 山に入ったら、そこらじゅうにいただろうし。

 道に迷ったり、食べ物が見つからなかったときに、ふと狐とか猿とか、熊とか鹿とかに目が合ったら…「お前たちはうまくやっている。なにか教えてくれないか?」って自然に思ったんじゃないかな。

 もちろん、自分たちでも工夫はしただろうけど。

 人ではないかれらのほうが、自分たちよりなにかを知ってるだろうって感覚。そういうのって神さまだよね。

(頭のなかで今の話をまとめて、あなたは答える)

 じゃあ、今はいないだろうって?

 いまの人は動物を信仰してないから? 動物の神さまは死んじゃった?

(その人物は、すこしだけおかしそうに首をかしげ、話しはじめた)

 信ずる人がいなくなれば、神さまは死ぬってはなし、わたしは信じてないな。

 だってそれ、神さまが死んだのを確かめようがないじゃない。

 どうやって調べるの? 腐臭? 瞳孔散大? 微生物の分解?

 信者がいなくなればお金や食べ物がなくなって飢え死にするみたいなイメージって、現代の新興宗教から生えた後付けだよ。

(そういうものか、と思ってあなたは話の続きを待つ)

 あるのは、神さまに近づこうとする人や、近づく方法の種類だけ。

(その人物は、すこしだけあなたに近づく)

 神さまに近づこうとする人や、近づく資質がある人がいて、そういう人は「神さま」っぽいものを見つけるのがうまかった。

(その人物は、あなたをじっと見つめている)

 現代はその資質があってもなくてもどうでもいいくらい、豊かになっただけ。

 おっと。かえって新興宗教っぽくなっちゃった。

(その人物は肩をすくめた)

 そろそろ本題に入ろうか。

 きみがここに来た理由だよ。

(その言葉をきいて、あなたはわずかに困惑する。答えが思い浮かばなかったからだ)

 なんとなく来たんだよね。

(あなたは答えられない)

 わかってると思うけど、ここ、牧場なんだ。

(そうだ。動物の匂いがずっと漂っている)

 一般開放もしてない。きみも開放してない牧場にずかずか入り込むほど常識がない、ってわけじゃないだろう?

(あなたはその問いには、そうだと答えられる。だがいまは黙っている)

 後ろめたいやつは、ホントにわかんない、みたいなきょとんとした顔はしないからね。まあ、それだけだと、本当にただの物知らずの可能性もあるけど。

(あなたは自分のことを物知らずではない、と思う)

 だけどわたしはきみを追い返したりせず、こうして話をしている。

 迎え入れないといけない時期に、きみが来てしまったからだ。

 それが神さまだよ。

(あなたはなんの話だと訝しむ)

 きみは資質があり、この時期に来てしまった。

 だから私は、儀式をしなければならない。

 それが全てだ。

(その人物は、口角を上げる)

 だってほら、きみは逃げないだろう。

(その人物はまた一歩、あなたに近づく)

 こんな、あからさまに胡散臭い話をされているのに。

(あなたの足はどうしてか、その場から動かない)

 きみは呼ばれているんだ。この鼻輪に。

(その人物は、奇妙な金色の輪を取り出し、空中で揺らす)

 知ってるだろう? 牛につけるやつだ。

(あなたの頭の中に、戯画化された牛のイラストが思い浮かぶ)

 もっとも、最近はつけないことも多いけどね。怪我の元になるし。

 だけどきみはつけたいだろ?

(あなたはぎょっとする)

 この輪っかに向かって、鼻が引っ張られてるような感じがするんだろ?

(あなたは慌てて否定する。鼻輪をつけられた自分を想像し、みっともないと思う)

 嘘ついちゃいけない。

(その人物は、鼻輪をゆらゆらと動かす)

 だってほら、こうして鼻輪を動かしたら、きみもそのとおりに顔の向きを変えているじゃないか。

(その人物の言うとおり、あなたの顔は自然と動いてしまう。鼻に見えない縄がかけられているようにも、鼻そのものが指でつままれて、持ち上げられているようにも感じる)

 そういうものなんだよ。

(あなたは赤面するが、なにも言えない)

 抵抗は無意味だ。

(そうか、抵抗してもしょうがないのか、とあなたは思う。するとあなたの全身からすっと力が抜ける)

 さあ、おいで。専用のお庭に案内してあげよう。

(その人物は、すっと鼻輪を動かして歩きはじめる。それに引っ張られるように、あなたはついていく)

 いまなら、まだ街に帰れるけれど。

(そんなことは、あなたは考えられない)

 でも、できないだろう?

(そうだ、とあなたは思う。)

 この鼻輪と逆方向に動くなんて考えられないだろ?

(そのとおりだ)

 いらっしゃい。



 ***


 

(気がつくと、あなたは牛舎のような内装の部屋にいる。床には藁が敷き詰められており、高い位置にある小窓からは陽の光が入り込んでいる。だが、ここは個室のようだ。あなたが様子を探ろうとして顔の向きを変えると、鼻にくんと引っかかる感覚を覚える。見れば、先程の鼻輪があなたの鼻の孔にすっぽりと収まっており、その鼻輪は、どこか高い部分に縄でつながれている。あなたは慌てて動こうとするが、鼻輪に動きを制限されてうまくいかない)

 おや、どうしたの?

(さきほどの人物もこの部屋にいる。あなたのそばで佇んでいる)

 急に動転したりして。あんまり動いたらあぶないよ。

(あなたは、力ずくで鼻輪を引っこ抜こうとする。が、びくともしない)

 普通の鼻輪みたいに取れたりはしないけれど、神さまがいま、君を引っ張り上げる準備をしてるんだから。

(なんの話だ、とあなたは向き直る)

 覚えてないの? ふうん。まあ、大丈夫だよ。もう迎え入れられたあとだから。

 これから使うから、心は返してもらったんだろう。

 自分の心だから、しっかり楽しむといいよ。

 きみはこれから牛になるんだ。

(あなたは目を見開く)

 そのことに集中しよう。

(あなたは手当たり次第に質問をする。状況がわからない)

 なんでって言われても…資質があるからだよ。

(その人物は、そっとあなたの鼻についた鼻輪に指を向ける)

 牛になる資質。この鼻輪をつける資質。

(あなたには、なんのことかわからない。ただ、自分がなにか引き返せない流れのなかにいることだけはわかり、ぞくぞくとしている)

 この鼻輪ね、たまに牧場に現れるんだ。

 そして、きみみたいな人を求める。

(あなたはその言葉に、わけもなく嬉しさを覚えてしまう。そしてそれを打ち消すために質問する)

 なんでって? さあ。

 わたしはそういうのに理屈をつける役割じゃないんだ。

(あなたは役割とはなんの話かと思ったが、その人物は構わず続ける)

 というか、そもそも人と神さまとのあいだに理屈なんてつかないんだよ。

(そういえば、とあなたは思う)

 機械じゃないからね。コミュニケーションをするしかない。

(あなたは無意識に、この人物を従業員だと思っていたが)

 祝詞ってどんなことが書かれてるか、読んだことある?

(どう見ても、この人物は従業員の服装ではない)

 人間界ではこれこれこういうことがありまして、神さまがそれについて何かしらポジティブなことを思ってくださるといいのですが、いかがですか? みたいな、そんな感じのことなんだ。

 わたしがやるのは、そのコミュニケーションの仲立ち。

(人物の印象がぼやける。あなたは自分が誰と話しているのか、わからない)

 ねえ、牛になりたいとか、憧れるとか、思ったことない?

 考えたこともない? 恥ずかしがらないでいいよ。正直に言っていい。

(あなたは少し考える。鼻輪が少し熱を帯びた気がするが、その意味はわからない)

 ごっこ遊びで牛の役になって、妙に嬉しかったこととか。

(あなたは、思い当たる節がある)

 牛みたいだな、って言われて、ふんと得意げに鼻を鳴らしてしまったこととか。

(さっきまで暗闇だったあなたの頭の中で、なにかが固まる)

 ゲームで牛のモンスターを見て、仲間のように感じたこととか。

(それはどんどん、形になってゆく)

 それでいいんだよ。

(それは角の生えた動物のかたちをしている)

 きみは自分が、良い方向に、あるいは悪い方向に向かっていると感じることができる。

(それは筋骨隆々としていて、蹄を持っている)

 その方向のさきには、人それぞれのかたちがある。

(牛のかたちをしている)

 それが、資質があるということだ。

(あなたの内側から、なにか熱い気持ちがこみ上げてくる)

 ねえ、なんでもいいんだ。思い浮かべてみて。

(すでにあなたは、使命感を持って言葉に従おうとしている)

 牛のまっすぐに伸びた鼻先。

(想像する)

 濡れた鼻とおおきな鼻孔。

(想像する)

 頭から生えた角。

(想像する)

 穏やかそうな眼。

(想像する)

 ひらひらの耳。

(想像する)

 地面に四つ足で立って、佇んでいる姿。

(想像する)

 がっしりと張った胴体。

(想像する)

 長い尻尾。

(想像する)

 茶色の、黒の、あるいは白黒の毛並み。

(想像する)

 草を食む。

(想像する)

 乳を出す。

(想像する)

 耕す。

(想像する)

 荷を運ぶ。

(想像する)

 頭のなかの、きみの心にすむ牛の断片を全部ほじくり出すんだ。

(あなたの内側に、牛がいるのを感じる)

 本物の牛でなくていい。

 イラストでも、漫画でも、ゲームでもいい。

 二足歩行でもいいし、ぬいぐるみでもいいし、紫色でもいい。

 すべてが牛で、きみだ。

(あなたの内側の牛が、少しずつ膨らんで、あなたと重なるのを感じる)

 イメージできたら、もう一つ、踏み込んで掘り返す。

(あなたは耳に意識を集中させ、じっと次にすべきことを聞き取る)

 角があるといいなあと思ったことはないか。

(あなたは、ごりごりとした角の感触を思い出す)

 硬い額と丈夫な鼻先があればいいなあと思ったことはないか。

(あなたは、顔をなにかに埋めたときのことを思い出す)

 手より蹄のほうがいいなあと思ったことはないか。

(あなたは、自分の手に違和感を覚えたことを思い出す)

 あんなふうに、穏やかな草原にじっとしていたいと思ったことはないか。

(あなたは、はじめて本物の牛を見たときのことを思い出す)

 おおきくて丈夫な身体を、別の生き物に撫で回されて、世話されたいと思ったことはないか。

(あなたは、なにかで見た牧場の風景を思い出す)

 乳を出して、飲んでもらいたいと思ったことはないか。

(あなたは、溜まったものを絞り出されている様子に、気持ちよさそうだと思ったのを思い出す)

 頑丈な骨と筋肉と脂肪に憧れたことはないか。

(あなたは、牛の強そうな身体を思い出す)

 生き物として、いいかたちだなと思ったことはないか。

(あなたは、)

 ……。

 ああ、ほら、やっぱりきみは、資質がある。

(あなたは悠然と首をもたげる)

 もうだいぶ、牛らしくなってきてるよ。

(あなたはその言葉を聞いて、誇らしい)

 鏡見る? いらない? まあ自分でわかるか。

(あなたはモーと鳴いて答える)

 その髪の毛から飛び出てる角も、伸びた鼻先も、大きく膨らんだ身体も、毛が生えてる肌も、全部きみのものだものね。

(あなたはモーと鳴いて答える)

 ねえ、もう、鼻輪があっても嫌じゃないでしょう?

(あなたは鼻輪の匂いを嗅ぎ、ぺろぺろとなめる)

 さあ、もっとだよ。もっと全部さらけ出すんだ。

(あなたはモーと鳴いて答える)

 その鼻輪に素晴らしい姿を、心のなかから取り出そう。

(あなたはモーと鳴いて答える)

 まだきみの姿は、おっかなびっくりとしている。

 堂々としていい。

 きみはもっと、立派な角を持っている。

 きみはそれを誇りに思う。なぜなら、角は頑丈で、立派だから。

(あなたは角がぐりぐりと皮膚を持ち上げ、太く長くなっていくのを感じる)

 きみはもっと、大きな鼻孔で空気を嗅ぐ。

(あなたは顔がさらに前方へせり上がり、鼻が突き出ていくのを感じる)

 きみはもっと、力強い頬で草を食む。

(あなたの頬ががっしりと膨らみ、口の中で舌が分厚くなるのを感じる)

 きみはもっと、長く伸びた耳がある。

(あなたの耳が空気をかき分けて伸び、柔らかな毛がそこに生え揃うのを感じる)

 きみはもっと、まるまると肥えた胴体がある。

(あなたの胸や腹が樽のように膨らみ、肉が満ちていくのを感じる)

 きみはもっと、強靭な腿や足がある。

(あなたの内側で強くなった骨が、あなたの背や尻の重さを持ち上げるのを感じる)

 きみはもっと、しなやかな尻尾がある。

(あなたの背骨の先から、鞭のようにしなった先端が伸びるのを感じる)

 そしてきみには……蹄がある。

(あなたは、まだこわばりつつも、人の指が残っている前足を見る)

 手は怖いものだ。いつも宙をさまよっていて、所在がない。

(あなたは、はやくこの前足を、地面に押し付けてしまいたい)

 動かしても、振り上げても、どこかに置いても、なにをしてもきみのせいになる。

(あなたは、この前足が、仲間外れのように感じる)

 手はいつも冷たい空気の中を泳がされる。手は受刑者だ。

(あなたには、人間の手がなんとも弱々しく、か細く見える)

 だからきみは、蹄がほしい。

(そうだ。蹄がほしい)

 蹄はいつも、地面にあたたかく抱きとめられる。

(あなたは地面の温度を想像して、うっとりとする)

 地面は蹄のことを覚える。きみが歩いた跡を残してくれる。

(あなたは蹄が土に沈む感触を思い出し、うっとりとする)

 ほら。指がなくなってきた。

(指先が溶けるような感触に、あなたは昂奮する)

 きみは地面にかたく蹄を押しつけられれば、それでいい。

(そうだ)

 さあ。遠慮しないで。

(だけど、そうしたら、なにかが失われてしまう気もする)

 もう重いだろう、その身体は。

(おそろしい)

 きもちいいよ。

(きもちいい)

 自分の全体重を地面が支えてくれるのは。

(そうしない理由がわからない)

 ああ。もうすぐ地面につく。

 3。

 2。

 1。

(あなたは前足の蹄を、地面に力強く押しつけた)



***



(その部屋には、牛がいる)

(全身が茶色の毛に覆われたその牛は、人の服の端切れのようなものを身に着けているが、気にもせずにたたずんでいる)

(牛だからだ)

(そして牛は、そのことにとても満足げだ)

 立派な牛になったね。

(牛はモーと鳴いた)

 これからどうなるかって?

(牛は穏やかな眼で、虚空を見つめている。この部屋には他に誰もいない)

 心配しなくていい。設備はもう用意されてる。

(牛はじっと何かを見つめる)

 しばらくの間、幸福でいるだけだよ。

(牛はモーと鳴いた)

[小説]突然の鼻輪

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