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雪降らないかな
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[小説]いじわるな姫さまふたり

 むかしむかしあるところに、たいそう美しく、たいそう意地の悪いお姫さまが二人おりました。

 権力をかさに着て、いばり散らすならまだましなもの。

 その傍若無人なふるまいには、王族の者でさえ、手をこまねいているのでした。


 ひとりの姫さまは、他人から大事なものを奪うのが、たいそう好きでした。

 あたらしい召使いがやってきたと思えば、はじめは親切なふりをして、その召使いにずうっとくっつきます。友だちのように仲良くなり、そうして、召使いがなにか大事なものを見せようと取り出した瞬間、さっとそれを奪うのです。

 そのときの呆然とした顔といったら、たまりません。

 召使いは、まだあつかましくも、姫さまと友だちのつもりなのです。だから、呆然としたあとは、へらへらしながら、姫さまの顔色をうかがったり、様子をじっとながめていたりします。自分の大事なものが、奪われているのにです! ああ、なんてまぬけ。

 姫さまはそのまぬけづらをしっかりと目に焼き付けると、手に取った「それ」を地面に落とし――宝石をあしらったきれいな靴で、粉々に踏みくだくのでした。

 まるで顔にぽっかりと穴が空いたようなその表情を見て、姫さまはうっとりとします。召使いは姫さまの足に這いつくばって、壊れたものをくっつけようとがんばったり、元に戻そうとしたりします。そうして姫さまを見上げます。

 姫さまは、その顔が、ほんとうに、ほんとうに大好きでした。

 夜寝るまえに、ベッドの中で、その顔を思い出して、幸福にひたるのが、姫さまの日課です。

 そうすると、とても安らかに眠れるのでした。



 もうひとりの姫さまは、熱心に市井を見て回るのが日課でした。

 もちろん、意地悪と評判がつくぐらいですから、民のために何かをするわけではありません。

 姫さまが大好きなのは、主に貧民とよばれる人たちでした。

 まんぞくに仕事につけず、その日の食べ物にも困って、いつもお腹を空かせている人たちです。

 姫さまはそういう人たちを見つけると、むっとする悪臭が漂うのにもかまわず、すたすたと近づきます。

 そうしてやさしく、にっこりと微笑んで――

 一緒に連れてきた召使いに命じて、地面を掘らせて、そこに食べ物を放り込むのでした。

 目の前にいる貧民は、きょとんとしています。

 召使いは命じられたとおり、その上にせっせと土をかぶせていきます。

 貧民がようやく、さっき投げ込まれたものが、自分の空腹を満たすものだと気づいたときには、すっかり地面は元どおりに埋められているのでした。

 あわてて、素手で地面をほり返す貧民を、姫さまはにやにやとながめます。

 貧民は大声でわめき、ときには近くにいた子供が横っつらを張り倒されて、穴ほりにつきあわされます。

 ようやく食べ物にたどりついた貧民は、みにくく家族と奪いあいをしたあとに、がぶりと土まみれのそれに噛みつきます。

 それを見て、姫さまはにっこり。

 だって、その食べ物には、姫さまがあらかじめいたずらを仕込んでいたのですから。

 針とか。

 毒虫とか。

 動物のふんとか。

 出入りの職人に、食べ物そっくりの彫り細工を作らせたこともありましたっけ。

 そんなものにかぶりついた貧民は、もう大さわぎ。

 甲高く鳴いたり、暴れまわったり、何も知らない他の貧民になぐられて食べ物を奪われたり、その貧民がまたわめいたり。

 そのようすを見て、姫さまは、心底楽しそうに、けらけらと笑うのでした。



 さて、そんな姫さまたちですから、恨みはつのっていくものです。

 だれからともなく話しはじめ、いつの間にか意見がまとまり、「こらしめてくれ」とだれかに頼むのです。

 もちろん、貴族や王族たちは、その流れを把握しているのですが――「あいつらだから、まあいいか」と思うので、手は出しません。

 そんなものです。

 だから、ある昼食会のあとに、姫さまふたりがはなれに呼びだされたときも――まわりの王族たちは、さっと目をそらすだけでした。

 宮殿のはなれにある塔は、いまは使われていないもので、がらんどうでした。

 いるのは姫さまふたりだけ。

「ちょっと、どういうことよ」

「ちょっと、どういうことよ」

 姫さまふたりは声をそろえて問いただしますが、答えはどちらも知りません。

 声が高い天井にわんわんとひびきます。

 それにうすら寒いものを感じたとき、ようやく、ぎいいと扉がひらく音がして、姫さま以外の者が塔に入ってきました。


「あんた、誰よ」

 いっぽうの姫さまが言いました。

「無礼者! なにか言いなさい」

 もういっぽうの姫さまが、声をあらげました。

 その男は、黒いフードをかぶっていて、異様なふんいきをまとっています。

 おまけに、姫さまの命令に、まったく反応しません。

 今まで見たことのない種類の人間に、姫さまはふたりともたじろいでしまいました。

 黒いフードの男は、おもむろに手のひらを姫さまたちにかかげます。

 そうして、聞いたことのない言葉を三言。

 すると、ぐわんと空気がゆがんだような気がしました。

 黒いフードの男のうしろに、なにかがいるような気がします。

 見えないし、聞こえない。だけど空気の動きを変えるようなものが、男のうしろに浮かんでいる。

 男がまた、なにかしゃべります。まるで意味のわからない言葉を。

 すると、その見えないかたまりは――

 姫たちに向かって、飛んできたのでした。


 むわっとした、蒸しあつい夏の湿気のようなものが、身体をおおっている。

 大事なものを踏みつぶすのが大好きな姫さまは、そのように感じました。

 それはどくんどくんと、脈動しているようにも思えます。

 なにか、とてもまずいような気がしました。

 このままこの空気の中にいると、なにか、取り返しのつかないことになる。

 そんな予感がします。

 抜け出そうと手をふってみるのですが、空気は手の動きと一緒にうごいて、すこしも境目にふれられません。

 とてもいやな気持ちです。

 空気は、じわじわと体のなかに入り込んでいるようです。

 口や鼻から。

 爪の先から。

 毛穴のひとつひとつから。

 そして、内側にたまっているのです。

 体のなかがずしりと重い。

 はやく、これを吐き出さなければ――。

 そう、姫さまが思い、お腹に力を入れた瞬間。

 ぶくりと、姫さまのおなかがふくらみました。


 体のサイズにぴったりだったドレスが、ぶきみに押し上げられます。

 いぼのようなものが、ドレスに浮き出ているのです。

 それはどんどん大きくなり、形がはっきりして――

 ついにドレスを破り、その姿をあらわにしました。

 ぶかっこうな肉のボールのようなものに、やわらかい突起がついているそれは。

 どう見ても、牛の乳房でした。

 取り込んでしまった空気が、体の内側でうごめいています。

 はしたなくも、姫さまのおしりや、太ももや、膝のうらを、中からなで回しているのです。

 それが姫さまの体のかたちを変えているのだと、姫さまは察しました。

 だって、骨が大きくなっているのです。

 筋肉が、ふくれあがっているのです。

 柔らかかった姫さまの肌が、ごわごわになっているのです。

 この空気を吐き出さなければ。

 私はきっと、全身が牛になってしまうんだわ。

 姫さまはそう思い、なんとか口をあけて、体のなかの重い空気を吐き出そうとしました。

 だけどもう、遅かったようです。

 口を大きく開けたとたんに、姫さまのきれいな顔がゆがみます。

 まるで粘土をわしづかみにして、引き上げるみたいに。

 姫さまの顔は大きく前に突き出して。

 けもののような、はなづらになってしまいました。

 姫さまのととのった鼻がぺちゃりとつぶれたかと思うと、そのまま横にひろがって、みっともなく、大きな鼻の穴があらわになります。

 涙目になって、小鼻をふくらませる代わりに、その洞くつのような牛の鼻孔が、ひくひくと広がるのです。

 姫さまの、美しいストレートの髪のすきまから、にゅうと尖った耳が伸びます。

 姫さまの、なめらかな頭の先から、にゅうと曲がった角が伸びます。

 もう、姫さまの顔は、だいぶ牛のようでした。



 では、もう一方の姫さまはどうでしょう。

 貧民が這いつくばって、地面をほるのをながめているのが大好きなあの姫さまです。

 同じように、ふしぎな空気にまとわりつかれた姫さまは、じぶんの体がずっしりと重くなっていくのを感じていました。

 だけど、もう、どうすることもできません。

 体が重くて、逃げるどころか、動くことだってままならないのです。

 取り込んだ空気は、すみずみまで、体のなかに行き渡ってしまっています。

 ぷくりと、姫さまの体型が、ひとまわり太りました。

 また、もうひとまわり。

 さらに、もうひとまわり。

 内側の空気がひとりでに大きくなっているみたいに、姫さまの体もどんどんとふくらんでいくのです。

 体型がふくよかになっていくにつれ、布はひきつれ、ドレスの縫い目がぱつぱつと裂けていきます。

 そうして、こちらの姫さまのお腹にも、ぶきみな突起が浮かび上がりはじめます。

 さながら、ドレスの下で奇妙なきのこがいっせいに育ち、突き破ろうとしているかのよう。

 びりびりびり。

 このような事態を想定していなかった姫さまのドレスは、あっけなく破れます。

 すっかり肉づきのよくなった姫さまのお腹に、いくつもの乳房が、縦に並んでいました。

 ほんらい一対しかない乳房がいくつも連なっているさまは、規則正しいのが、かえっていっそう不気味です。 

 いったい自分の体がどうなってるのか、姫さまには見当もつきませんでした。

 だけど、わからずとも、姫さまの変化は止まりません。

 まんまるに頬が張った姫さまの顔の、まんなかにあるかわいらしい鼻。

 それが、むずむずしはじめました。

 すぐにぐいと上に押し上げられたかと思うと、まるで吊り上げられたみたいな鼻の穴が、正面にむかってむき出しに固定されます。

 そのまま姫さまの顔も、やはり口も、鼻も、まとめて前に引っ張り出され、つぶれた鼻の穴が顔のいちばん前におさまるかたちになってしまいました。

 鼻はますます肥大化し、ぶ厚くなって、しっとりとぬれ、さかさのハートのような形でかたまります。ついにはしゃくれあがり、姫さまのなめらかだった鼻すじに、みにくいしわがよりました。

 いつの間にか、姫さまの耳は、腕で圧されたパン生地のように平べったく、びらびらになっていました。

 すきとおるような白い肌には、つんつんとした硬い毛が、まばらに育ちはじめています。

 ふご、ぶごと鳴る鼻音で、姫さまは、ようやく自分がなにになっているのか気づきました。

 貧民街にいく道すがら、このぶさいくなラッパのような音を、なんども聞いたことがありました。

 まるまると太って、泥にまみれて、残飯はおろか、糞まで食べる、あの動物。

 豚です。



 牛になった姫さまと、豚になった姫さまが、なんとかこの場からのがれようとして、ぎこちなくもがいています。

 足腰のかたちがかわって、じっと立つのがつらいのです。

 大きな尻がみっともなく左右にゆれ、そのたびに生えたてのしっぽがゆらついて、姫さまたちはそのおぞましさに、泣き出しそうになりました。

 ふくれあがった乳房をぶるんぶるんとふるわせて、その先っぽに風があたるたび、たしかに自分の胸であることが感じられて、わめき出しそうになりました。

 だけど、いまは逃げないといけないのです。

 逃げ出して、なんとかして、お父様やお母様に、助けてもらわないといけないのです。

 もちろん、そんなことは起こりません。

 みんなもう、姫さまがこうなることに、承知しているのですから。

 あわれなふたりの姫さまを見て、黒いフードの男は仕上げにとりかかります。

 男は手にちからを集め――

 ひゅっと真下にふり下ろしました。

 まるであやつり人形のように、姫さまふたりは、その動きにひっぱられて、まるで召使いが平伏するように、頭を下げて、地面に手を押しつけてしまいます。

 いえ、もう手ではありませんでした。

 よく曲がる指はありません。

 かれんな爪はありません。

 こわばり、すじばった長い筋肉と。

 石のような、かたいひづめがあるだけです。

 かぁんと乾いた音がします。

 ぼろきれになったドレスを、たるのような胴体に巻きつけて、その重さをぷるぷると四つの足で支えているその姿は、もう、完全に獣そのものでした。

 黒いフードの男は、仕事を終えた満足をその顔に浮かべると、さいごの魔法を唱え、二匹をどこかへと消し去りました。



 ここはどこかしら。

 目覚めた姫さまは、ゆっくりと首を持ち上げます。

 視界がぼんやりして、よくわからないわ。

 それにとても喉がかわいた。

 召使いはどうしたのかしら。私にかわきを覚えさせるなんて。

 嫌だわ。口の中がからからよ。

 ちゃぷちゃぷと水音がした。

 あっちに水があるようね。

 なんとかして足を動かす。

 身体が持ち上がらない。きっと、具合が悪いのね。這い這いで動くしかない。

 一歩。また一歩。

 ああ。水桶があるわ。

 きらきらした反射光が眩しい。

 美味しそう。喉が鳴る。

 あと少しよ。

 顔を持ち上げて。

 かがやく水面をのぞきこむと。

 眼前に、豚の顔があった。

 黒々と穴の開いた、不格好な鼻。

 小さく、顔の両側について、愚鈍そうなまなこ。

 てきとうな落ち葉を拾って頭に貼り付けたような、珍妙な耳。

 いつもにやついているような、いやらしい口端。

 その豚の顔が。こっちを正面に見据えて。

 べろんと舌を突き出している。

 ひっ。どういうこと?

 誰か! この汚らわしい動物をどけて!

 慌てて声をあげる。

 きいーっと、甲高い声が響いた。

 目の前の豚も、口を開けて鳴いた。

 なによこれ。私、どうなってるの?

 脳裏にヒビが入る。

 記憶が蘇った。

 身体を変えられる、おぞましい感触。

 この私が、這いつくばるしかできない屈辱。

 怒りで頭に血がのぼり、思考が回る。世界がクリアになる。自分の置かれた状況を、環境を、五感が理解し始める。

 糞臭と獣臭の混じる脂ぎった空気。絶え間なく響く、できそこないの楽器のような音。蹄が地面を押し付けられ、重たい生き物が動き回る振動。口の中にひろがる獣の唾の味。藁を撒かれた土の地面。ゴミの浮く汚れた水桶。柵と豚小屋の壁。そして――ひたすらに鼻を地面にこすりつける、醜い豚どもの尻。ここは豚飼いの農場なのか。

 私は――。


 大きな水晶の板に、何度も立ち上がろうと前足を上げるこっけいな豚の姿が映ります。

 その豚は、奇妙なことに、波打った髪の毛のようなものが頭部に生えていました。それに、母豚でもなさそうなのに、乳房がぱんぱんにふくれあがっています。

 豚はひづめで宙をかき、声にならぬ声をまき散らしますが、やがてバランスを崩してどちゃりと倒れ込みました。その様子を見て、水晶板の前に集まっている人々が、げらげらと笑い声をあげています。

 その横では、本の前にいる男が朗読をしていました。

「おいおい、"やめろ、私に鼻息をふきかけるな! 誰かぁ、この豚どもをどこかへやってちょうだい!"だってよ! お前も豚だっつうの!」

 ふざけて抑揚をつけた男の朗読に、またひときわ高い歓声が上がります。

 奇妙なことに、男の前にあるその本のページの上では、羽根ペンがひとりでに踊っていました。誰も持ってはいないのに、くるくると舞って紙に文字を連ねていくのです。おまけに、その内容は、まるで水晶板に映る豚の気持ちを代弁しているかのようでした。

「"あんッ! 地面に、おっぱいが擦れてッ! やんっ! 乳首いじらないでッ! なんで私にこんなのがついてるのよぉっ!" 感じてんじゃねぇーよ、この淫乱豚! お似合いじゃねーか!」

 そう、これも黒いフードの男に寄せられた依頼の一部でした。

 変わり果てた姿を映し続ける魔法の水晶と、その心を自動で書き連ねる魔法の本。

 これまで虐げられた民がそれをいつでも見られるように展示して、ずっと中継しているのです。

 そして、豚を映す水晶板と本の隣には――もう一揃いの板と本がありました。

 そこには豊満な乳房をたぷたぷと揺らして歩く牛が映っています。



 気を確かに持つのよ。

 私は王女。

 この程度で私の高貴さは失われない。

 誰だか知らないが、私をこんな目に合わせたやつは許さない。

 絶対に私の前に引きずり出してやる。

 ……。

 張る。じんじんする。動くたびに、股に擦れて痛い。

 どうして牛の乳房って、こんなところにあるのかしら。

 ああ、たまに商人が持ってくる果実牛乳はあんなに美味しいのに。

 それがこんなおぞましい肉塊から出るなんて。

 ……。

 出したい。

 誰か。乳を搾って。

 どんどん中に溜まってくる。重いし痛いわ。

 なんとかこの蹄で触れないか試したけど、だめだった。

 ちょっと! そこの男! なにを気安く私に触れている。

 裸の私を見たことすら、本来は極刑なのだぞ!

 ……。

 え? ちょっと。なにをする気よ。

 は? ずいぶん乳が張ってるみたいだから、さきに搾るか?

 なんだその下賤な物言いは! 私は王女だ! 牛扱いなどゆるさ……。

 やめろ! なんだその輪は! 私の鼻に触れるな!

 ふざけるな! わた……

 ……。

 なに…。なにをしたの? 頭がぼーっとする。

 さっきまで怒ってたはずなのに、急に考えがまとまらなくなったわ。

 鼻につけられた輪っかが気になって、ぺろぺろ舐めてしまう。

 恥ずかしいのに、なんだか安心する。

 まさか、これも魔法の品、なんじゃ、ないでしょうね…。

 えっ? そっちに行くの? わかったわ。

 立派な雌牛だから、いい乳が出るぞだって?

 ふざけ…! いえ、そうね、私は牛よね。

 恥ずかしいのに、訂正することができない。

 人間についていきたい。そうしないと不安になる。

 ……。

 ひっ!

 乳房を触られた。乳首のあたりを男の指がまさぐっている。

 無礼者め! ああ、でも、乳が出そうな予感がするわ。びゅーって出して。恥ずかしい。けど、びゅーって出してくれたらきっとすっきりするわ。びゅー。びゅー……

 あっ、ああっ! 出た! 男の指がきゅっとつまんだら、私の、乳が…!

 くそ! 殺してやる! なんたる恥だ。んっ、気持ちいい、ああっ、この男、うまいわ、どんどん出る、はやく、出し切って、くそ、無礼者め、恥ずかしい、わたしは…

「よしよし、いい牛こだ」

 褒めてくれた。そう。そんなに私っていい牛かしら? まあ、私だものね。

 嬉しいわ。

 恥ずかしい! こんなことを考えるなんて。くそ、絶対ここから逃げ出してやる…!



 人々は、暇があるたび、水晶板を見にきました。

 見飽きないのです。

 はじめは、二匹ともじきに慣れてしまい、ただの動物のようになってしまうかと思ったのですが、ふしぎなことに、そうはならないのでした。

 魔法のちからが、二匹の心を、常に新鮮な状態に保っているのです。

 彼女たちはいつでも自分が姫だったことを思い出し、自分が動物になったことを思い出し、とまどい、恥ずかしがり、怒り、かなしみ、順応しようとし、気持ちよがり、屈辱にふるえるのですから、見るたびにその塩梅が変わり、何度見ても、面白く見られるのでした。

 おまけに二匹とも、王族でしたから、平民が知りようのない珍しいものや、高価なものや、詩や歌や物語について、よく知っていました。折に触れて二匹はそれを心のなかでそらんじて、おのれをなぐさめようとするものですから、そういうときは平民は黙って、本の朗読にじっと聞き入るのです。



 それでも、やはり見物人は日に日に減り、今では見にくる人もまばらです。

 気がつくと、いつの間にか、姫さまたちの様子を見るのは、当番制になっていました。

 グループのうち、だれかひとりが水晶板をチェックして、おもしろそうなときにだけみんなを呼び寄せるのです。

 大した仕事ではないし、それにこの役目になると、新鮮な牛乳をその日は必ず飲めるので、けっこう人気のある役割でした。

 さて、ある男が当番のときのこと。

 


「おーい、こっち来てみろ! あの淫売豚が面白いことになってんぜ!」

「おお! クソ雌豚が雄に乗っかられてんじゃねえか! いいザマだぜ」

「誰か文字読めるやつはいねえのか? いまどんな気持ちなのか知りてえなあ」

「よおし、俺が……うわっ、なんだこりゃ」

「どうした?」

「いや、なんか、文章が……ヘンっていうか。これ読むのか?」

「うるっせーな、いいから読め! 終わっちまうだろーが!」

「うう…えーと…"ブヒィ! ああ――"」



 ブヒィ! ああ、あ、ブ、ブヒィィッ!

 きもちいい! きもちいい! 熱いの入ってくる!

 オスの匂い! オスの匂いが突き抜けてくる! ブヒ! オマンコ濡れる!

 鼻とオマンコから両方、オスにぐちゃぐちゃにされる!

 恥ずかしい! 恥ずかしい! こんな! 私が汚らしい雄豚なんかに!

 ブヒィィィィッ! わたし! いいこと! 考えたからブヒッ!

 もっと鳴くの! 心の中で鳴くの! ブヒ! ブヒ! ブヒ!

 心のなかで鳴けば余計なことは考えないブヒ! あっ! 熱いのくる!

 そうすれば! ブヒ! 豚! わたしは豚! ブヒヒッ!

 全部平気になっちゃえばいいブヒッ!

 エサの匂いして、思わず地面に鼻を突っ込んで掘り返すのも!

 土ごとミミズやムシを食うのも!

 自分がどんどんくっさいくっさい匂いになってくのも!

 ブヒ! 当然だって思えば平気ブヒ! ブヒ!

 ああっ! 雄豚サマ! もっと突いてブヒ! いい匂いブヒ! オスの匂い嗅ぐと、頭がわけわかんなくなってケツが動かなくなるブヒ! 私は雌豚ブヒ! 当然ブヒ!

 子供産むブヒ! おっぱい吸ってもらうブヒ! 幸せブヒッ!

 あっ、あっ、あっ、くるっ、雄豚サマの熱いの、くるブヒッ!

 あ――――――ッ……!!

 

 きもちいいブヒ。

 しあわせブヒ。

 このままがいいブヒ。慣れたいブヒ。豚の生活に慣れてしまいたいブヒ。

 でも気がついたらもとに戻ってる。

 急に昔のことが鮮明になって、まるで昨日まで人間だったみたいな気持ちに戻る。

 でももう豚の生活大好きブヒ。腹いっぱい食って寝たいブヒ。仲間の匂いもオスの匂いも興奮して大好きブヒ。

 そのまま意識だけ戻るから心がわけわかんなくなる。

 …ブヒ。





 魔法のちからは、二匹の心も、身体も、いつまでも健康に保ってくれます。

 だからきっといつまでも、二匹の元気の姿が見られることでしょう。

[小説]いじわるな姫さまふたり

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