牛男が来店する。
なんでも、ナントカ族(固有名詞…薬物と動物を組み合わせた感じだったような…忘れた)の新入りらしい。チーマーってやつ。最近ここらへんの若者の間では異界薬物を使って獣化したり、モンスターの姿になったりするのが流行りだそうだ。あえて人間じゃない姿で人間社会に暮らすことで自己表現するとかなんとか。
この牛男(以下Aくん)もそうしたブームに乗って先日、薬を飲んだそうだ。だが混ぜものが多かったのか体質のせいなのか、どうも望まない姿になってしまったようだ。実際Aくんを見てみると、たしかに牛なのだが、ホルスタインの白黒柄だ。威嚇的な柄のシャツやシルバーアクセが全然似合ってないし、その上よく見たら雌牛の乳房が下腹部あたりからぼよんと出ている。念のため聞いたが男らしい。つまりはホルスタイン柄はさておき、この乳房を直して男らしく整えてほしいというのが依頼だった。
(※もちろん異界薬物被害は専門機関に連絡すれば正規手段で治療してもらえるが、たっぷり治療費も罰金も奉仕活動義務もつく上に人間の姿に戻るだけなので、彼らが選択肢として選ぶことはないだろう)
ベッドに寝かせて、ふくらんだ乳房の塊をゆっくりと揉みながら均一化させて、体表に拡げていく。こうすると単なる筋肉や脂肪の一部として再構成される。平たく(まあ乳房ぶん増量したせいで、固太りくらいの体格にはなってるが)なった腹に腹筋の凸凹とへそを作ってやって終わり。ラクな仕事。
のはずだったのが、土壇場になってAくんが金は払わないとか言い出した。理由を聞いてもふにゃふにゃしているので、ガンちゃんとシャーくんが共同開発した催眠香を嗅がせて大人しくさせる。
(※あとで複数人から聞いた話を総合すると、彼らのような獣化チーマーにとって、怪人化しながら普通に暮らしてるやつ――つまりは僕とか――はある種の侮蔑の対象らしい。だからナメてかかるべきだし、新入りはナメてかかるチャレンジをする――あるいは、新入りにそれをけしかける――風潮があるのだそうだ。メイワク)
以下は、Aくんと僕との会話の書き起こし。
A「(不明瞭な発言)」
「とりあえずベッドに戻ってね。もっかい服を脱いで、そこに仰向けになって」
(Aくん、言われるがままに行動する。)
A「せんせ、おれ、もう、かえるよ」(ベッドの上でじっとしながら)
「まあまあ、追加でマッサージしてあげるから」
(Aくんの右手をこねて、牛の蹄に成形し直す)
A「せんせ、なにしてんの? なんか、くすぐったい」
「いまきみの手を蹄にしてあげてるところだよ」
(成形し終えた蹄をAくんに見せる)
A「ひ、ひ、ひづめぇ? なんだ、これえ、なんで?」
「お金払ってくれないから、せっかくだし本物の牛にしてあげようと思って」
(このあたりで、左手の蹄化に取り掛かる。Aくんはそれをじっと見てるが、抵抗はしない)
A「うしぃ? やだ、うし、やだよ、やめろ、せんせい、やめろよ」
「なんで? いまでもだいぶ牛だし、いっそ突き詰めればいいじゃん」
A「ちがうんだよ、わかってねえ、このやろう、やめろ、ぶっころすぅ」
(Aの両手が蹄になり、腕を全体的に前足らしく整えてやる)
「ほら、もう両手とも蹄になっちゃったよ。いまどんな感じがする?」
A「ああ、くそぁ、殴ってやる、刺してやるぅ。あれ、へんだ、なんか、握る、思い出せねえ。せんせ、握る、って、どうやんだっけ? あれえ? あれえ?」
(Aが握る動作を再現しようとして、蹄を動かしたり、指の股を開いたりする)
「まあ親指ないからねえ」
(後ろ足に取り掛かる。形を整えている間、ずっとAくんはうわ言のように謝罪する)
A「せんせ、ごめん、おかねはらうから、ゆるして、もどして」
「嬉しいなあ。待ってるよ」
(腰から後ろ足にかけての形成が終わる)
A「あ、あ、あ、ひ?」
「どうしたの? 思ってること言って」
A「立てねえ」
(催眠香でもとから立てないのだが、意識の上ではAくんはさっきまで動いたり立ったりしていたのだろう)
「どうして?」
A「わかんね、立つ、忘れた? 立ち方、わかんねえ」
「ふうん」
(このあたりで、僕は飽きてきている)
「まあ…面倒だし、こんぐらいでいいや。はい、起きていいよ」(手を叩く)
(Aくんはびくっと目を見開いたあと、あわてて起き上がろうとするが、そのままベッドから滑り落ちる。ばたばたと動いたあとに前足と後ろ足を使ってなんとか身体を持ち上げる。一応全体としてはだいたい牛っぽいからまあいいだろう、と思って、まだうだうだ言ってるAくんを部屋から追い出す)
定期的にシワ取りにくるどこかの会社(名前忘れた)の女社長が来る日。
さっさと済ませようとしたら、「空っぽになりたい」とかなんとか言い出した。
「先生、わかるかしら? よその会社、自分の会社、お客さん、取引先、何万という人間が常に頭のなかで犇めきあってるんです。」(このときに牛に縁があるなあと思った)「それについて、起きてから寝るまでずっと考えなくちゃいけない。体力がなくなって、どんどん辛くなってきたわ。空っぽになりたいの。普通の人には頼れないのよ。誰に頼ったって、そこからどんどん人間関係ができて、頭を圧迫してしまう。あなたの力でなんとかしてくださらない?」
どちらかというとガンちゃんの方が適任な気がするけど、まあガンちゃんがこういう頼みを素直に聞くわけはないのでやるだけやってみる。じゃあ、とりあえずは壺にしてみようかと思い立って、女社長の脳天から下方向垂直に手を突っ込んでみる。「かっ」と音がして、女社長のど真ん中に大きな空間があいた。そのまま中に腕を突っ込んで空間を大きく拡げる。邪魔にならないよう腕や足をひとまとめに固め、『生地』を整えて壺の形に成形していく。意見を聞きたいので、顔のあたりは手を出さずに残しておく。結果的に大きめの人面壺みたいなものができあがった。
どうかと尋ねると、女社長壺がぽけーっと口を開けながらこっちを見てくる。
「いい。いい。いいわ。素敵。なにも考えられない。誰も居ないわ。頭の中に誰もいない。うふふふふふ。素敵。私一人。私一人よ。ねえ、後生だから中に何か入れないでちょうだいね。うふふふふ。ああ、でも。もっと何か欲しい。このまま隅っこに置かれたりするのを想像すると、なんだか気が滅入りそうだもの。解放感が欲しいわね。大空に飛び立って、青空の中にただ一人でいるようなそんな解放感が……。」壺がなにを言ってるんだと思ったが、前金をもらっているので少し考える。
飛行機? ロケット? なかに人が乗る前提のものは違うな。風船。青空にただ浮かぶ風船は、解放感とはなにか違うような気がする。詩的な問題だ。こういうときに手を止めて沈思黙考するのは性に合わないな。とりあえず思いついたことをやってみよう。
足のほうの余ってる生地を拝借して嘴のパーツを作り、女社長の顔に貼り付ける。なじむに従い、嘴も女社長の顔に連動してカクカクと動き出した。特にイメージ元はないが、鷹とかの猛禽類っぽい嘴だ。どうかと尋ねると、一瞬だけ青空が見えたわと興奮ぎみの声で言った。じゃあこの方法で行ってみよう。顔のまわりにヘラで羽毛っぽい凹凸をつくり、嘴と顔との接合点を滑らかになるように細かく整える。口の中に手を入れて残っている人間の顎骨や歯を柔らかく押し潰し、指で生地をつまんで鳥の……名前なんて言うのか知らないが、あの口蓋のひだみたいなものをこしらえていく。
適当に胴体に押し付けていた腕をはがし、生地をつまんではちぎって羽根の形にしながら挿し込み直す。多分羽ばたいてるふうな躍動感が大事だろうから、優雅にカーブを描いて壺の胴体部分に戻るように翼部分をつくっていく。足はどうしようか。まあ、飛んでるんだし形だけ用意して胴体にくっつけておけばいいだろう。あとは尾羽。作業中、半分鷹になってる女社長の顔が喘いだりピョイピョイ鳴いたりしてうるさかった。各部に意匠を入れてなんか偉そうなところに置いてある壺っぽい堂々とした感じを足してやる。
飛ぶ夢を見続けたまま、壺にめり込んでいる鷹。あるいは、鷹がめり込んだために空を飛ぶ夢を見ている壺。そのどちらかが出来上がった。
三時間くらい部屋に置いておいたら、満足して帰っていった。社長業って大変だ。
なんか、馬っぽい二人組がやってくる。
頭が悪そうな上にヒンヒンいななきが混じってうるさいが、要約するとこういうところらしい。
・獣化チーマーは牛陣営と馬陣営で対立している(仲良くしろ)
・こないだのAくんが泣きながら牛陣営に帰る。
・Aくんと牛陣営、みっともないので「薬に悪質な混ぜモノをしたヤカラがいる」と喧伝する。
・噂が伝言ゲームをされていくうちに「馬陣営がやった」ということになる。
・馬陣営は当然知らないので怒り狂い、デマの犯人探しをする。
・色々尋ね回った結果「ヘビ怪人が関与してるらしい」ということを突き止める。
・殴り込みにくる←いまここ
いきなり掴みかかってきて催眠香を使う暇もなかったので、とりあえず…こう…なんていうか…こねてまとめた感じにして置いてある。どうしようかな。しょうがないので馬陣営の理念とかそういうのを聞いてみた。なんでもこの社会で馬の姿をしてるのは、飼い馴らされた野生の象徴とその反逆がうんぬん。俺達は社会そのものに去勢されてうんぬん。それへの抵抗の姿勢として、馬並みになった巨大な男根を誇示することがうんぬんかんぬん。
じゃあその理念を尊重するかということで、片方をパンツにすることにした。
まず、生地が多すぎるので片方の馬の首から上だけをもぎ取る。動揺して超わめいたのでとりあえず口をくっつけた。テーブルの上に首を置き、布になれ~布になれ~と念じながらゆっくりと頭全体を手のひらで押し潰していくと、しだいに表面がさらさらした繊維の手触りになっていって(どういう仕組みなのか、自分でもよくわからない)、シャーくんがよく作るような、二次元化されて驚いた馬の顔が張り付いてる布のようなものができたが、顔まわりの立体感はその男根とやらをおさめるのに重要だろうから、もう一回裏側から手を突っ込んで凸状態にし直した。あとは両端を引っ張って紐状にし、後ろ側でつなげてやれば大まかに形はできた。着用者の体型にうまくフィットするように、『生地』の状態を『固まる前』くらいに調整しておく。
「ヒヒィン、おい、これ、どうなってんだ、おいっ、パンツ、俺、パンツ!? なんで、穿いて欲しい、穿いて、ああ、俺、何言ってんだ!? 俺の身体、どこゥヒヒヒィィン!」毎回思うことだけど、物の形にある程度整えると『物の記憶』みたいなものが勝手にロードされてくるらしいのが我ながら不思議だ。それはさておき、もう片方だ。こちらは勝手に動かれると困るので、でっかい鼻の孔に焚きたての催眠香を思い切り嗅がせてやる。目がとろんとなった頃合いで『生地化』を解除して元の姿に戻す。こっちは別に何もしなくてもいいんだけど、さっきのパンツの首から下が余ったままで邪魔なのでこいつに持っていってもらうことにする。適当にポージングしてもらい、体型をそのまま増量する形でパンツの『生地』をくっつけていく。ある程度筋肉が浮き出ているところに追加する形で盛ると、そのままたやすく同化して筋肉になってくれるので楽でいい。腕とか胸とか足とか、わかりやすいところの筋肉を盛り終わったらあとは全体的に肉付きを追加していくことにした。まあまあ頑張って凹凸を作ったけど、最後の方は飽きてきたので変に手は加えずにこのまま脂肪になってもらうことにする。どちらかというと痩せぎすの若者だったが、がっしりして太り肉のプロレスラーみたいな体型になった。
じゃあ、あとはこれを穿いてとパンツを手渡してやる。パンツは泣き叫びながら喚いてやめろとか許してくれとか言ってたが、レスラーのほうは催眠にかかっているので唯々諾々と受け取って足を入れ始める。前に突き出たパンツの顔の裏側にレスラーの巨大な男根がみっちりと押しつけられると、パンツがこの世のものとは思えない悲鳴を上げた。
「あっ、あっ、俺、はかれて、うげえ、口の中に、アレが、くせえ、あっ、あついあつい、パンツ、俺、パンツ、パンツ」
「じゃあ、その状態で街を練り歩いてきて。見せびらかしていいよ。終わったらそのまま帰っていいよ」
「うっす……」
レスラー馬が命令に従って従順に帰っていった。
まあこれで当分、例のチーマーたちは気味悪がってくれるだろう。
ガーゴイルが来た。石像の魔物。
最近こっちの世界にも気軽にそーゆーのが来るようになったなあ。一応えらい人が異世界関門を作ったんじゃなかったっけ? どうなってるんだろう。
自分は雌なのにものすごい貧乳として作られてしまったので、胸を増量してほしいと言ってきた。再三自分のマスターに頼んだがつけてもらえず、喧嘩になったらしい。ガーゴイルの身体を破壊せずに再成形できる技術者をこちらの世界で探していたら僕に行き着いたそうだ。いろんなお客が来るもんだなあ。
とりあえずのっぺりした石の胴体から、生地を一掴みもいでみる。「あんっ!」とガーゴイルが耳元で喘いだ。どうしたのかと聞くと、ガーゴイルとして生まれてこの方「自分の身体が柔らかく揉まれる」という体験をしたのは初めてだという。一通り成形用の生地をもいでけばだった腹の部分を滑らかにしようと撫で回すとまた「あぁ、ああん」って喘ぎ声をあげた。うるさい。
まあとりあえず、もいだ生地を二つの大きな塊にして胸のあたりにくっつける。きれいな乳房になるようにいろんな方向から指を当てて形を整えていくうち、またガーゴイルの顔が上気しだした(たぶん)。「あっ、あっ、あうん、あん、あんっ」って形を整えようと触るたびに断続的に喘ぐ。うっかり力が入って指が強くめり込んだときには1オクターブ高い嬌声が上がり、流石にイラッとしてしまったが、当のガーゴイルが「すいません、初めての感触で、すいません」と平謝りするので怒る気にもなれない。乳首をつくってつまんだまま胸の先にくっつけたら、しっかり接合した瞬間にすごい鳴き声をあげた。まあこれは予想してたけど。
表面を紙やすりで磨くと、張りのある胸の表面に鮮やかな光沢が浮かび上がる。胸がだいたい完成したので、あとは全体を微調整すればいいだろうと道具箱から仕上げ用のを取り出していると後ろでカチカチと音がする。見れば、ガーゴイルが自分で自分の胸を揉もうとしてカチカチと指で叩いていた。成形したてのものをあまり触らないでほしいと思いながらどうしたのか聞くと、自分で自分の胸を揉んでみたいが、硬くてできない、と言う。「先生の手以外ではさっきの感触は味わえないのでしょうか……」としょんぼりした顔で言ってくる。「まあ……そうですね」と答えたらしょんぼり度が2段階くらい上がった。
しょうがないのでシャーくんに連絡して、なんか適当そうなカードを見繕ってもらう。「キリちゃんの手の効果をそのままカードに封入して渡すのもできるよ。どっかで使われたら感覚連動するけど」と言ってきたので「いやだ」と言った。
ともあれガーゴイルは満足して帰っていった。つかれた。
なんか来た。ヤクザだかマフィアだかが自分用のヒットマンにしようと怪人にアプローチをかけることはよくあるので、もう素性も聞いてない。いつものごとく固めて置いてある。たまにはいいだろうと思って店の場所を固定したままにしてみたが、やっぱり時間が経つとどんどん面倒なやつらがやってくる。そろそろ潮時だろうか。
引き払うことを決心する。持っていく備品を減らしたいので、できるだけ使うことにした。前にペイントオオカミ族から報酬代わりにもらった筆(そのペイントオオカミは太れない体質だったので、肉を増量してほしいとのことだった)で曖昧な塊になっているヤクザ的な人(元は何人かいた気がするが、いまは一つにまとまっている)に「狸」と書いてみる。するとたちまちむくむくと身体が起き上がり、信楽焼と生たぬきの合いの子みたいなデフォルメされた造形に変化した。うーん。便利だけどなんかお客さんには使いづらいな。まあいいや。白い腹に大きく「狸」と書かれたたぬき的な何かは目をぱちくりさせてこちらを見ていたが、次第に複数人ぶん自我が混じってるのに気付いたのか、いかにも混乱してるといった風のジタバタを踊り始める。残っていた催眠香にまとめて火をつけ、たぬき的なやつの口に突っ込んで頼み事をした。さてと、あとは香の効果が消えるまでこのたぬき的なやつが応対をしてくれるだろう。
短い間だったけどさよなら、我が実店舗。
***
「おい、ホントにここにいるのか?」
「ああ。確かな情報だぜ」
「やつを討ち取ったらおれたちゃ伝説だ」
「気を抜くな。すげえヤバいらしいぞ」
「ビビってんじゃねえよ、へへへ」
「扉開けるぜ。3,2,1――」
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「な…なんだあ、こりゃあ?」
「これは…タヌキじゃねえの。たしかなんとかいう国の動物だぜ」
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「で、なんでそのタヌキがここでリズミカルに腹太鼓しながら案内メッセージを言ってるんだ?」
「さあ……」
「この部屋、使ってねえな…。埃がたまってる」
「くそ、ガセ情報かよ。あいつぶっ殺す」
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「……こいつ倒す?」
「やだよ。ていうかこいつまずなんなんだよ」
「だからタヌキだろ」
「で、なんでタヌキが」
「やめろ。話題がループしてる」
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「…帰るか」
「そうしようぜ」
「くっそぉ、あいつぜったいぶっ殺す」
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