NokiMo
雪降らないかな
雪降らないかな

fanbox


[小説]サメ怪人の日常

 薄汚れた路地裏で、飛び跳ねる者たちがいる。

「おらぁっ!」「そこだ!」「のわぁーっ!?」

 この近辺に住まう裕福ではない子供たちは、自然と家々の隙間に集まって、まるで統一性のない遊びをして時間を潰すようになる。

 ある者は唐突に野球ボールを投げ。

 ある者はスケートボードで走りながらそれを受け止め。

 ある者は即席のジャンプ台を拵えてスケートボードを待ち構える。

 ルールはないが、その場にはある種のリズムが存在していた。ピンボールを遊ぶ者がより激しい動きをボールに求めるように、彼らは遊びの熱意と力をできる限り減衰させまいとただ一心に跳ね回り続ける。まるで、それを失ったら自分たちは死んでしまうのだとでも言わんばかりに。

 その様子を眺めるのが、怪人・フラットシャークは好きだった。

 "壁の中"に潜り込んで、じいっと子供たちの動くさまを見つめていると、夕陽や水平線を眺めて忘我するときのような、あの心地いい時間の布に包まれていく気がする。そして、本当に望むなら、フラットシャークはこのまま子供たちを見守るただの壁の落書きになってしまうこともできた。

 「あーっ、フラシャのおっちゃん、はっけーん!!」

 だけど、そんな自己陶酔を子供は容赦なく打ち破る。

 「見つかっちゃった」


 にゅうっと、『フラットシャークの形をしていた壁の絵』が立体になり始める。水面から顔を出すように、鮫のごとき尖った鼻先が壁面から突き出たかと思うと(子供たちは我獲物を得たりと言わんばかりにそこをぺしぺしと叩いている)、やがてその全身がまろび出て彼は完全な立体物として地上に出現する。

 平面化能力。それがサメ怪人・フラットシャークの能力だった。壁でも紙でも、まるで海に潜るようにその『平面』の中に入り込む――そして自由に泳ぐ――ことができる。その力は絶大であり、一度『平面』の中に潜ってしまえば『立体』側から攻撃してもなんのダメージも受けない。逆に、自分以外の者を平面の中に取り込んでしまえば、永遠にそいつを絵の一部にして置き去りにしてしまうこともできる。

 だがそんなフラットシャークはいま、さながら遊園地のマスコットキャラクターのように、子供の群れに囲まれて全身にじゃれつかれている。

「今回も俺らの勝ちだからなー!」

「いいもんよこせ!」「どっか連れてけ!」

「しょーがないなあ、今日はフラシャおっちゃんの大出血セール開催だ!」

 わあっ、と響く歓声。そしてきらきらと輝く子供たちの目。愛おしいそれらを後目に、フラットシャークは篭手のホルダーから数枚のカードを取り出して『封を解いた』。たちまちにカードは消え去り、手品のように物品が宙から降ってくる。

「さあ、ここに取り出だしたるは冒険家・フラットシャークが異国の迷宮で収集した不思議な品々なり! 今日は大サービス、どれでもぜーんぶ1個10G! 早いもの勝ちだよー!」

 これも子供たちとの『遊び』だった。

 平面のどこかに隠れたフラットシャークを見つけられたら、なにかサービスをする。そういうことにしている。

「おっちゃん、これは?」

「飲むと足が速くなる薬だよ。200kmくらい」

「おっちゃん、これはー?」

「空を飛べるようになる飴。なんの鳥になるのかは運次第」

「鳥になるのかよ!」

「ほかのやつも怪しいぞー、おっちゃんは悪戯っ子だからなー」

「さっきの薬とか、足にロケットエンジンが生えても不思議じゃねえぞ」

 利益は出ない。もっとも、先ほど言ったとおりダンジョン探索での戦利品ではあることは事実だが、特に使い途のないジョークグッズのようなものが大半だ。ここで叩き売ってもなんの損もない品ばかりだ。

 こうして路地裏の子供たちと交流するのが、フラットシャークの一番の楽しみだった。


「おい貴様、そこで何をしている!」

 だが、無粋な邪魔ってのはどうしても生えるもんだよな、とフラットシャークは心のなかでひとりごちる。

 ヒーロースーツを身にまとった青年が一人、こちらに歩み寄ってくる。細身の輪郭。豹をモチーフにした意匠。パワーは無さそうだが、怪人に向かって正面から近寄ってくる。おおかた、スピード自慢のかけっこ好きってところだろう。どうからかってやろうかな。フラットシャークは手持ちのカードを心のなかで検分しだす。

「貴様、S級指名手配怪人のフラットシャークだな? 禁止されている異界品を無断で輸入し売り捌いてるのは貴様か!」

「大げさな言い方で、商売の邪魔をしないでほしいなあ」

「なにが大げさか! そんなものを子供たちに与えて、健全な成長が阻害されたらどう責任を取るつもりだ!!」

 やれやれ。この手合いは、あと二言三言しゃべったら平然と子供に対する罵倒を交えるタイプだ。フラットシャークは会話を切り上げると露店を片付け、喧嘩に参戦しようとした子供たちをさっさと後ろに追いやって、豹柄マン(仮名)と対峙した。

「しょうがないなあ。いいよ。俺のこと捕まえられたら、大人しく連れてかれてあげる」

 にいいと、豹柄マンの口角が上がる。さっきの推測は当たりらしい。二、三度地面を蹴ったかと思うと、急加速してフラットシャークに突進し――

 だが、フラットシャークはその突進に衝撃を受けることなく、一瞬のうちに消えてしまった。

 「!?」豹柄マンが慌ててブレーキをかけ、路地裏をきょときょとと見回す。

 こう考えているんだろうな。馬鹿な! あのにぶそうな図体で俺より速く動いただと? たとえ壁や地面に平面化して逃げるつもりだったとしても、俺はそれより先にやつを捕らえていたはずだ。まさか幻覚の類だったか? ならば、俺をどうにかしようとどこかで様子を伺っているに違いない。それを捉えれば勝ちだ。

 自分のルールでしか、物事を判断しないタイプ。フラットシャークはため息をつく。

「ここだよ、ここ」

 至近距離でフラットシャークの声が響き、豹柄マンはますます動揺して首を回転させる。遠くに焦点が合ったとき、先ほどの子供らがにやにやしながら彼に指を差していた。なんだ? 俺の顔になにかついてるってのか? いや、あの指の高さは顔じゃないな。俺の胴体あたり――

「うわっ!!!!!」

 フラットシャークがいた。

 まるでイラストプリントシャツのように、スーツのど真ん中にフラットシャークがいる。そして、こちらをにやにやと見上げていた。動いている。嘘だろ? そんなことができるなら――。

 そう。平面潜航モードに入ったフラットシャークに、物理的に干渉することはできない。なにかが接触してきたら、その物体の平面上にそのまま溶け込んでしまえるのだ。なんの準備も要らず、「そうしよう」と思っているだけでできる。それがフラットシャークの能力であり、S級怪人として指名手配されている理由でもあった。

 だが。

 フラットシャークは、それを『力』だとは思わない。

 この能力で示威をしようとも、暴力として使おうとも思わない。

 意思一つで他者から干渉されなくなるなど――死人か幽霊のようなものだ。

 その気になれば、フラットシャークはいつでも『死ぬ』ことができる。

 本当に、心の底から本心で、『ただの壁の絵になりたい』と願えば――フラットシャークの能力はそれを叶えるだろう。彼は死に、彼の形をした絵がそこに残り続ける。フラットシャークはそうなることを直感で理解していた。

 そして、過激な思想に身を委ね、闘いに明け暮れ、常に張り詰めているときにこそ、その『本心』が、ふっと鎌首をもたげてくることも。

 だからフラットシャークは、ゆるく冒険し、ゆるく子供と遊び、ゆるく商売をしたい。ヒーローが自分を捕まえるに足るようなことは、頼まれてもやるつもりはない。

 ――ということを、このいきり立った豹柄マンに言っても聞いてはくれないだろうけど。さて、どうしたものか。こういうときガンちゃんみたいな能力があったらラクなんだけどなあ――かと言って、キリちゃんほどに酷い目に合わせるやる気もないし。見れば豹柄マンは、喚き散らしながら自分の胴体――フラットシャークがいるあたり――をごすごすと殴っている。もちろん、フラットシャークには僅かも届いていないが、なんだかこれはこれで無理やり自傷させているようで気分が良くない。さて、どうしようか――


 そう念じた途端、フラットシャークの手にあるブランクカードが光り輝き、文字が現れる。


《自分を殴る手を止めたい 属性:手》


 おお。なるほど。これが今の本心か。

 これは、フラットシャークの思考術と言うか――体質だった。

 判断に迷い、どうしようかと強く念じると、自分の思考の一部がカードに『平面化』されて現れるのだ。怪人になってから身についた体質であり、経験則上、これに従って間違ったことはなかった。

 なら、ひとまず《手》を止めよう。なにかちょうどいいカードはあったかな。…ああ、あった。《動物化》の魔法カードだ。フラットシャークは冒険中に敵が撃ってきた魔法を、そのままカードに封じ込めることがよくある。それが残っていたのだ。

 カードを『開封』し、魔法効果を発動させる。

「う、ぐッ……がっ、ぐるぅアッ!?」

 奇妙なオーラが豹柄マンを包み込んだかと思うと、たちまちその形が歪み出す。鼻面が盛り上がり、肌にびっしりと毛が生えて本物の豹の斑点模様が浮かび上がっている。尻尾が生え――そして、ポンッと軽快な音とともに煙が上がると、豹柄マンはヒーロースーツを着た本物の豹と化してその手――前足となった――を地面に押し付けていた。

 先ほどの『本心カード』がシュワ、と音を立てて虚空に消える。心の声を叶えるのに成功した証だ。

「グゥ…ぐぁ…!?」

 さて、次はどうしたものか。豹と化した豹柄マン(ややこしいので以下『豹』と言おう)は混乱してあたりを見回すだけで、まだ状況をうまく掴めていないようだ。しかし、うーむ、この状況は良くないな。もしこの《動物化》が心まで動物にしてしまうようなものだったら子供たちが危ないし、また一方で、このまま「逆らうやつを動物にしてしまう怪人」で終わってしまうと、子供たちの信用も失ってしまう。事実、あの子達の見る目は少しトーンダウンして色を失っている。嫌だな。フラットシャークは思った。子供にあんな目で見られるのは、どうしてか、とても嫌な気持ちになる。

「さあーて、お立ち会い! フラットシャークサーカス団の目玉演目、ヒーローの大変身ショーだよお!!」

 フラットシャークは豹のヒーロースーツからするりと抜け出すと、仰々しいポーズを取って宣言した。子供たちの目に光が戻る。

「これなるは我がサーカス団のペットの豹にございます! なんとこの豹、けだものの身でありながら稀代のマジシャンも路頭に迷う夢を見るほどの手品使い! 先ほどまでヒーローの姿をして、人語を喋っていたのもその変幻自在の術の一つにございます!」

 子供たちがクックッと笑い出す。そうそう、おかしいんだ。さっきまで見えてたカードが裏返って変な絵が描いてあるのってとっても楽しい。とうの『豹』は、状況が呑めずにまだおどおどと低く唸っているだけだ。よしよし、これなら大丈夫だろう。

「それではご覧あれ、不思議な豹の大変化!」

 そう言うと――フラットシャークはカードホルダーに入っていた《風船化》のカードを取り出して、『豹』に押し当てる。(魔法の世界には、変な魔法が山ほどあるもんだ! 風船化の魔法なんて、いつ誰がなんのために作ったんだ?)

「……!?」『豹』がびくりと震えて後ずさる。だが、その後退の歩みは長くは続かなかった。

 ぷうと『豹』の身体全体が膨らみだして、宙に浮かび上がったからだ。

「……!!」

 『豹』がばたばたと手足を動かし、抵抗を試みる。だが奏功しない。膨張する胴体にどんどん押し出されて、前足は磔、後ろ足は股裂きのような姿勢でかろうじて揺らすことしかできなくなっている。すでに全体が大きな球状と化し、どういう仕組みか、うっすらと胴体そのものが透けて向こう側が見えているが、死んでいるというわけでもないようだ。フラットシャークは下側から垂れ下がる尻尾を掴んで木に結わえ付けた。これで『豹』が飛び去っていくことはない。

「うっわー、すげえ!!」

「なんだこれ、マジで風船じゃん!」

「これ割れたらどうなっちまうの!?」「やーい、デブちん!! 『ビアベリー亭』の人形よりでっかい腹してら!」

 安全になったとわかるや、子供たちがすぐさま豹風船に駆け寄ってつつき回す。『豹』は内側から押し上げてくる空気で喉を圧迫されて喋れないのか、涙目になりながら首を振ろうと――しているような気がする。実際には顔がほんのちょっぴり微動しているだけなので、よくわからないが。

 さて、どうしよう。ここまではうまく行ったが、演目にはオチが必要だ――それも、子供たちが喜び、この『豹』が適度に心折れてくれるような一挙両得のオチが。とりあえず、ヘンに割れてバラバラ死体になったりしないように《頑丈ポーション》をかけておく。これで当分は破壊されないだろう。

 フラットシャークがカードをしまおうとしてふと見ると、《風船化》の使用残数がまだ残っていることに気付いた。……どうやら《風船化》の状態異常は、重ねがけと段階があるらしい。うーん、どうせ今後使う予定もなさそうなカードだし、使ってみるか。《風船化》のカードを改めて豹風船に押し当ててみる。

 びくん! と豹風船が震える。これでより風船っぽくなったのだろうか? フラットシャークが顔を上げてみると、確かに様子が変わっていた。先ほどまでは涙目になりながらも屈辱を感じ、怒りに燃えている目つきだったのが、今はとろんとしてなんらかの恍惚さを宿している。子供に腹をつつかれたり、揺れてどこかにぶつかったりするたびにひときわ興奮を見せる。ふむ。

「おおーっと! ここで喝采するのはまだはやい! 我らが魔術師の大魔術はまだまだここから!!」

 フラットシャークが宣言する。これからやることは、ちょっと演出があった方がいい。カードホルダーから《ポンプ》を取り出す。

「風船に変化した程度で、果たして稀代の大魔術師が満足しようか? 否! 昔の人も言っていた、大きいことはいいことだ《ビガー・イズ・ベター》! 文化は伝統と革新の両輪があってこそ前に進むもの。さあお立ち会い、大魔術師のさらなる奥義をご覧あれ!!」

 フラットシャークは『豹』の尻をまさぐって肛門を探り当てると、そこにポンプの先をぷすりと挿す。そして――勢いよく、ポンプのペダルを踏んで空気を送った。

「~~~~~~~ッ!!!」

 やっぱりだ。一回り膨らんだ瞬間、明らかに快感でよがった。多分こうだ――『風船化』が進むと、『自分が風船である自覚』が進んでゆく。膨らめば膨らむほど、本人(本風船)にとっていいことになったり、快感になったりするんだろう。

 よーし、これで演目のオチがつく。ありがとう、風船化を撃ってくれたあっちの世界の魔法使い。


***


 広場の真ん中に、巨大な丸い物体が鎮座している。

 それはどうやら、風船のようだ。今や直径は7mを超え、その表面は限界まで引き延されているように見えるものの――印象に反して頑丈で、子供が戯れにつついても割れることはなかった。それどころか、逆に風船はつつかれるたびに喜びを感じているようだ。

 喜びを感じている? そう、この風船には『顔』があった。よく見ると、これは動物のような形をしているのだ。まんまるの球体になり、薄くなっている胴体の表面にはうっすらと豹柄模様のようなものが見え、その球面を辿って体側に目を向けるとぴくぴくと震える手足のようなものが二対、球から飛び出ているのがわかる。そして球のてっぺんに生えている、大きく膨らんだ顔――おそらく、元は動物の顔だったのだろうが、いまは空気に押し上げられて判然としない――それが、逐一表情を変えるのだった。

 彼?の足元にはポンプがあり、その先は風船の口(位置的には肛門)に挿し込まれていた。そしてポンプの隣には――看板が置いてある。

『新技術で開発された巨大風船。決して割れません、どなたでも好きなだけ膨らましてください』(ふりがなつき)

「ねーママ、あれやっていい?」

「タダだったらいいわよ、それにもし割れてもママ知らないからね」

「割れないって書いてあるよ!」

言うやいなや、子供が駆け出してポンプに足を置く。遠目によーく見ると、風船の顔がその様子をしっかり凝視しているのがわかる。期待に満ちた顔で子供を見つめ、足が動くのを今か今かと待っている。そして子供が足に力を込め――

 シュッ!

「――――――ッ!!!」

 風船の胴体が一回り膨らむのと同時に、顔が絶頂の喜びを示す。

 ときたま連続で足を踏むやんちゃな子供が来た場合の喜びようは大変なものだった。

 シュッ! シュッ! シュッ!

「ッ!!! ッッ!!! ……ッッ!!」

 そういうときなど、顔は白目を向き、舌(のようなもの)を出しながら、手足をぴくぴくと蠢かせている。

 時間が経つにつれ、彼にかかった風船化はじわじわ解けていき、やがて自我を取り戻すだろう。もしかしたら今がちょうどそのタイミングなのかも知れない。次第に喜びの顔に困惑と羞恥が混ざり始めている。ちょうどいいところで栓を開けてやろう。スピードが取り柄のヒーロー、ジェット噴射で彼方へ飛び去る! これにてフラットシャークサーカス団の演し物は終わりにございます。うん、いいオチ。

 やれやれ。しっかり遊ぶのも大変だ。子供たちと一緒に風船の顔を眺めながら、フラットシャークは心の中でひとりごちた。


(終)

[小説]サメ怪人の日常

Related Creators