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雪降らないかな
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[小説]トールバニーとガーゴイル ある結末

「なァ〰〰ッ、教えてくれよォーッ、村の秘宝……あんたが『宝物番』なんだろッ?」

 兎型の獣人族、トールバニーが気だるそうに質問を繰り返す。

「暴力は嫌いなんだ、俺たち元はウサギだからよ、何事も穏便に解決したい……お前もそう思うだろ? 平和が一番なんだよォ――ッ、世の中ってのは」

 あなたは答えない。どうにかして逃げる手立てはないものかと、じっとトールバニーの動きを観察している。

 あなたの手と腰から下は、トールバニーの操る土の魔法によって塗り固められていた。


 トールバニー。

 かつて魔王が神々との戦争のために、獣を地面から立ち上がらせた獣人族の一つ。

 トールとは言うものの、背丈は耳を含めてやっと大人の胸に届く程度。

 肉体的な性能は獣人族の中でも低い。そもそもがウサギなため、好戦的でもない。村の周囲で見かけても、見過ごすのが習慣となっていた。

 だが、いまあなたはそのトールバニーに拘束されている。

 迂闊だった。珍しく人間に声をかけてきたトールバニーに、あなたは好奇心からついていってしまったのだ。彼らが土の魔法の巧緻な使い手であることを、あなたはつい失念していた。トールバニーの指先が操った粘土の奔流に手足を包み込まれるときようやく己の愚かさに気づいたが、すでにそのとき、粘土はかちかちに固まってあなたの動作を封じ込めていたのだ。

 そしていま、どういう仕組みなのか――かちかちに固まったはずの粘土は、固いまま波のように流動しながら、少しずつあなたの身体を這い上がっている。言うまでもなく、その終着点はあなたの鼻と口だろう。



「なァ――――ッ、教えてくれよ……村の秘宝! ずっと祀ってあるだけなんだからいいじゃあねえか……なッ?」

 あなたは答えない。

 村の秘宝は今でこそ厳重に封じられているだけだが、使い方によってはとても危険な代物だった。その場所は代々長老と宝物番だけが把握し、口伝でのみ継承される。

 あなたは心を落ち着け、トールバニーをじっと見据える。

 あなたはトールバニーの弱点を知っていた。

「あァ~ッ、その目、知ってるって目だな……俺達の弱点! そりゃァそうか……祖先はお前らと戦争してたんだもんなァ――ッ、その節は本当に悪いって思うよ」

 トールバニーは一呼吸おいて続ける。

「いいよォ、言ってやるよォ――俺達ゃ、血が大の苦手なんだ……他人の血はおろか、自分たちの血だってだめだ……だってわかるか? ウサギにとって血が出るってどういうことかよォ――キツネやイタチやオオカミに『どうぞ狙ってください♡』ってお知らせをするようなもんだぜ! 俺達にとっちゃあ、血は見えた時点で不吉なサイン、何故か自分の身体に埋め込まれてる時限爆弾みたいなもんだよ――その性質は二本足で立ち上がっても変わんなかった! つまり――」

 トールバニーは、人間を傷つけて脅すことができない。

 それが、あなたに余裕がある理由だった。

「そう……こうやって拘束してお頼み申すのが、俺達にできる精一杯の脅しってこったよ……先に言っとくが、頭が良くなって想像力が増えちまったせいか、鬱血とか内出血もだめだ! 皮膚の下に血が溜まってるのを考えただけで気持ち悪くなっちまう……だから、もしいまお前がスプラッタな怪談でも語り始めたらそれで終わりだよォ――……俺は耳を塞ぎながら退散するしかねェ――」

 あなたは一瞬そうしてみようと考えたが、ちょうどいい怪談が思い浮かばなかったのでやめた。

 ともあれ、あなたはそれを聞いてまた少し安心する。こうして土で動きを封じることすら、彼らにとってはいずれ中断せざるを得ないことなのだ。このまま固められたままでいれば、いずれ血の流れが滞り、ところどころ赤黒くなってくるだろう。それすら許容できないのなら、この拘束すら時間が経てば彼自ら解いてしまう。

 やはりおとなしい獣人族の、ちょっとしたやんちゃに過ぎないのだ。そう思うと、あえて敵意を向ける気持ちも削げてくる。

 あなたは、自分の心が警戒を解いてふっと緩むのを感じる。

 それがトールバニーの狙いだった。



 その瞬間に起こった感覚の変化に、はじめあなたは気付かない。

 だが少しずつ、風や草のざわめきが、あなたに違和感を運んでくる。

 位置が違う。

 手足の肌感覚の位置が、いつもより外側にずれている。

 いや、そもそも――感じることがおかしい。

 土に覆われた手先や足先に、風の当たる感触がするわけがない。

 あなたの顔から余裕が失われる。

 その顔を、トールバニーが覗き込んでいた。

 いつの間に取り出したのか、その毛むくじゃらの手には槌とノミがある。

 石工道具。

「血を見るのもだめ、肉を殴るのもだめの俺らの祖先がよォ――……魔王様とやらの戦争に駆り出されたとき、どうやったかわかるか? もちろん、大半は築城や大工に回されたそうだが――いくらかは戦場に送られた。そして戦場じゃあ、戦えませんなんて言ったって通らない。敵に殺される前に上官や仲間にボコられてお陀仏さ――だから俺らの祖先は、必死になって術を開発した。その一つが――」

 トールバニーが、あなたの足先を固めている粘土にノミを添える。

「石を細工して――」

 そして、槌を振り上げ。

「命令どおりに動く《土人形》を造る術だ」

 かぁんと乾いた音を立てて、あなたの足を割った。



 あなたは、自分の脳裏に走った状況把握に混乱する。

 トールバニーは自ら塗り固めた土を、自ら割っただけだ。

 なぜ「自分の足を削った」とあなたは考えてしまったのか。

 トールバニーは、黙々と土を削り、彫り進めている。彫られるにつれ、足の感覚が鮮明になっていくのをあなたは感じていた。はじめただの塊のようであったものが、少しずつ分化し、指になり、地面をがっしりと支えているのがわかる。本来、幼児の頃でなければ得られぬはずのあの快感。自分の身体が自分を支えていると知ったときの高揚感――それが、『今』己の足先で再現されていることは、あなたにとって言い知れぬ恐怖だった。そしてなお恐ろしいのが――

「気持ちいいだろ――? もう、これはお前の足なんだからな。見栄えするように立派な鉤爪もつけてやるぜ――俺は鳥も恐ろしいが、鉤爪は好きだ! 機能的でよォ――」

 その足が、人の形ではなかったこと。

 正面に太くがっしりとした三本の指があり、その真後ろにもう一本の指。その先端から、地面をがっしりと掴むように湾曲した鉤爪が生えている。それが感覚でわかる。だが異形の身体が滑らかに己の肉体にくっついている感覚を、整理して受け入れる術をあなたは知らない。快感と恐怖と未知が同時に脳を駆け巡り、あなたはひどく混乱し始めた。

「一番簡単なのは――ただの振り子人形だ。ルーチンすら組んでねえ、同じ動作を繰り返すだけのゴーレムを造って敵の進路に置いておく。想像力ってのは『距離』なんだよ――すぐそこの道に立って敵を攻撃しろ! って思いながら造ると、どうしても殴られた血を想像しちまう――だが何百里と離れた土地でゆらゆら揺れるゴーレムを造れば、それはもうゴーレムが勝手になにかしたことだ――俺らには関係ない――最初に術を開発した始祖は、その想像力の限界を見事設計思想に組み込んだわけだ――」

 トールバニーが、あなたのもう一方の足に再びノミをあてがう。

「その弟子が開発したのが、プログラミングされたゴーレムとかガーゴイルだ」

 かん、と音が鳴り、あなたは再びさきほどの感情を味わう。

「『二足歩行で動く毛のない動物を見たら倒れろ』とか――『鎧の反射がチカチカしたら火を吐け』とか――行動のプログラムを土や石に練り込んで、そのとおりに動かすタイプの術だった。俺が思うによォ――、弟子が発明したのは『免罪』だったんじゃあねえか、って気がするぜ……俺達社会を営む生き物にはどうしたって『罪悪感』ってやつがある! 自分から行った暴力を自分の心が咎める機構だ――だから、『敵を始末しろ』みたいなそういう命令は心に『罪悪感』と『血の匂い』をもたらす……だが、『○○したなら××しろ』ってんなら話は別だ! そのプログラムが動くきっかけを作ったのは俺じゃなくてやつらなんだから、『血の匂い』はもたらされない……始祖の弟子はそう考えたんじゃあないかと思うんだよォ――……実際、この術はいまも俺らの中でスタンダードっつーか……一般教養!っつー感じなんだ」

 再び、あなたの新しい足ができあがる。鉤爪の飛び出た四本指の足。

 両の鉤爪で地面を掴んだあなたは、動けないというのに耐え難い支配感と全能感に襲われた。異形の足でがっしりと自分の体重を支え、仁王立ちしている快感がぞくぞくと全身を駆け巡ってあなたの顔を歪ませる。あなたはいま、恐怖と快感のどちらを優先して感じればいいのかわからない。

「始祖の弟子には、さらに弟子が数人いた」

 トールバニーが石工道具についた粉を払い落とす。

「そのうちの一人に、特に人間に強い関心を持つやつがいた――人間の身体を調べるだけじゃなく、仲良くなったり、口八丁で人間の村に住み込んだりしてた――いまで言うフィールドワーカーってやつだなァ――……で、そいつが新しい術を作った。生き物の魂を核にした土人形を造る術をな」

 気がつけば、身体を覆っている粘土は少しずつ這い上がり、今やあなたの腹あたりまで登っていた。服を着ているはずなのに、せり出した腹の素肌に風が当たる感触がして、あなたはこそばゆくなる。

「心を許すとな、特別な術を込めた土と魂が接続されるんだ。土がその魂にとっての身体になって一体化していく。そうして完全に包み込んじまえば――長持ちして、しかも頭のいい従僕の完成ってわけだ。これも俺達の出自によるんだろうがな――『代わりに血を浴びてくれる魂』がいることが、俺達にはすっげー重要なんだよォ――…『救済』っつーか、『赦し』っつーかな…とにかくそうすると、俺達の心に仕込まれた安全装置が少し緩むっつーわけだ」

 土が自分の身体である、という感覚が強くなればなるほど、あなたはまだただの土塊でしかない手がむず痒く、息苦しくてたまらなくなる。はやく指を造って欲しい。掌の神経を通わせて欲しい。指と指の間に通る風を感じたい。あなたはいつしか、トールバニーに手を『彫って』くれることを心のなかで懇願していた。トールバニーが手の先に触れたとき、あなたの顔には自然に歓喜が浮かぶ。

 こん、こん、と音がして、少しずつただの土塊からあなたの手が掘り出されていく。ごつごつとして、恐ろしい爪の生えた四本指の手だったが、もはやあなたにはそれはどうでもよかった。指同士が少しずつ離れて個として誕生していく喜びにあなたは打ち震える。すでにあなたは警戒することも恐怖することも忘れ、再び与えられる誕生の感覚の虜になっていた。トールバニーは指先をくにくにといじり、形を整える。がっしりと何かを掴むようなポーズに整えられたあなたの手は、一切自分で動かすことはできないというのに、あなたに勇猛さや自由さを感じさせてくれる。

「とは言え、この術を使うチャンスはそうそうねーんだ――人間が獣人族に心を許して、しかも術にかかってくれることなんて滅多にねえからな――大抵は契約を結んだりとか、完膚なきまで辱めたりとか――だけど、こういう騙し討ちもできないわけじゃあないんだ――術にかけられてる最中に、『かけられても問題ない』って思い込ませるとかな。術中にそう思うのってよォ――、究極の『許し』の一つだよなァ――……」

 あなたの身体である、あなたの身体を覆う粘土は少しずつ光沢を持ち、石か金属のように滑らかになり始めていた。それでありながらなお、粘土のように柔らかく、ひとりでに動いてあなたを包み込もうと蠢いている。

「お前の魂との結びつきが強くなったしるしだ」

 トールバニーが言う。

「受け入れてくれて嬉しいよォ――……だけどなあ、最初の目的を忘れてもらっちゃ困るんだよなァ――――ッ。秘宝だよ、村の秘宝! 早く教えてくんねェ――とホントにお前、ガーゴイルになっちまうぜ? なあ…まだ間に合うからよォ――ッ、教えてくれねえかあ……?」

 あなたは口をつぐんだ。

 あなたにはまだ、宝物番としての矜持がある。

 それに、この状態から解放されたいのかどうか、もうあなたにはわからなかった。

 あなたは誕生したがっている。

 トールバニーの手によって少しずつ身体を造られているうち、あなたの魂と土の自我が混ざり、今やあなたはトールバニーに親のような信頼と愛慕を抱いていた。トールバニーの選択こそが正しいし、それに身を委ねるのが当然だと――そう感じている。

「……別に抵抗しても変わんねえんだけどなァ……完全なガーゴイルになったあとに俺が命令したら、どうせお前は教えてくれるんだぜェ―――多分……そうならないうちに、逃げ帰ったほうが良くねえかなァ――……」

 トールバニーもまた混乱していた。彼自身、このような術の使い方をするのは初めてだったのだ。あなたに何が起こっているか、トールバニーにはよくわかっていなかった。……もしここであなたが再び自我を取り戻し、トールバニーの要求を飲むか突っぱねるかしたなら、トールバニーもなんらかの反応をするだろう。場合によってはトールバニーの動揺を誘い、助かる手立てが見つかるかもしれない。



 …だが、あなたはそうしなかった。

 身を委ね、トールバニーの『作品』として生まれることを選んだ。

 そしてそれは、土を通じてトールバニーにも伝わったようだった。

「そうかァ――、ならよォ――俺も石工として、気持ちに答えるしかねぇのかなァ――……いや、わかんねえけどよ、初めてだし、こういうの……ただ『作品』が『造ってくれ』って言うのなら、それを突っぱねるわけには……いかねえよなあ……」

 トールバニーがもぞもぞと言いながら、再び槌とノミを手に取る。

 太い骨の輪郭とふくらはぎの曲面がトールバニーの手で少しずつ形作られているのに伴い、脚の力が増していくのがわかる。太腿の筋肉の凹凸が一つ一つ彫られていけば、内に眠るエネルギーが膨らんでいくのを熱と共に感じられた。先ほどまで『立った』だけで頼りなかった下半身は、今や太ももと、骨と、ふくらはぎに支えられて、確固たる重さを持って地面に沈んでいる。あなたは感謝の気持ちと満足感で胸がいっぱいになり、この世界に受け入れられた喜びを表明する。もはや土が喋っているのか、あなたが喋っているのか、判然とはしなかったが、あなたにとってそれはどうでも良かった。トールバニーは照れ臭そうに返事を返し、あなたの裏側に回る。

 未知の感覚があなたの腰か尻あたりから生じた。急になにかの塊を押し付けられ、それが身体にしがみついてくるような奇妙な感覚にあなたは少し不安になるが、トールバニーの手が優しくその形を整えているうちに平静を取り戻す。少しずつ円錐形に整えられ、引き伸ばされていくそれを、次第に尻尾だと理解できてきた。太い蜥蜴のものに似ているそれの形が確固としていくほどに、それが背骨とつながっている自分の一部、自分の芯の先端だと強く感じられて、あなたの中で安心感が増していく。やがて尻尾は地面まで垂れ下がり、あなたの身体を支える第三の足になる。尻尾と両足を地面に押し付けて胸を反らすと、これまでの人生の何よりも強い誇らしさが全身に充満した。

 トールバニーは、次は胴体に取りかかったようだった。すでに土は胸あたりまでを覆い、胴体全体がささくれだった楕円球の塊のようになっているので、トールバニーはまずその表面を滑らかにする。胸とも腹ともつかぬ『肉』を手で揉まれ、撫ぜられ、きれいな曲面に整えられていく感触にあなたはうっとりとする。やがてそれは形よく整えられた肉厚の胸と腹になり、トールバニーの巧みな手さばきによって筋肉の張りと脂肪の柔らかさが表現されていく。栄養と体調に左右されてすぐ痩せ細り、荒れ、傷つく頼りない人間の肌とは違う。不変であり、美しく、己を守ってくれる城壁の如き胴回りをあなたはこの上なく頼もしく感じる。

 ただの丸太のようであった腕に隆々とした筋肉が彫られると、たちまち力が入って全身が軽くなる。丸々と盛り上がった肩、膨らんだ上腕はあなたの心にわだかまっていた無力感を吹き飛ばし、それに呼応するかのようにあなたの背中から一対の翼が伸び始める。もはやあなたは自ら生まれようという意志に満ちていた。あなたが身体を形作れば、トールバニーはそれを整えてより強く美しい形に仕上げてくれる。あなたはもはや、トールバニーとも一体となっている。至上の幸福だった。

 やがて、土が太い首を形成して顔に辿り着く。あなたに迷いはなかった。土が新しい顔の輪郭を形作っていくのをあなたは静かに感じ取っていく。牛か蜥蜴のような、だけど石細工の美しい曲面によって表された鼻面があなたの口と鼻を覆う。それはすんなりとあなたの元の表情筋となじみ、満足げに開いているあなたの口そのものとなる。土が身体の内側に入り込み、歯や耳となっていく感触も、今のあなたには丁寧に内側までほぐしてくれるマッサージのようだった。顔全体を土が覆い、恐ろしくも忠実な怪物の顔貌に整えてくれる。トールバニーが歪みを正すために丹念に顔中にノミを入れてくれるのは、まるで清めの雨のようで、『自分』がどんどんはっきりしていくような清冽な心地になる。

 最後にトールバニーが鼻の孔をノミで貫いたとき、あなたは自分の匂いを知る。石の匂い。絶え間なく分泌される汗や皮脂、あるいは血の騒がしい匂いではなく、静謐で不変の匂い。それが己から漂ってくるのを知ったとき、あなたは静かに絶頂する。あなたの匂い――ガーゴイルの匂いを運ぶ空気が鼻から入り込み、まだ少し残っていた人間の空気を追い払ってあなたの中を洗い清める。それが済み、あなたの中がガーゴイルの匂いで全て充填されると、あなたは自然に呼吸をしなくなった。ただ、匂いと風を感じることはできる。己が満たされていることを感じる。

 そしてあなたを象徴する勇ましい角が生え終えたとき、トールバニーはあなたに新たな名前と命令を与えた。



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