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雪降らないかな
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[小説]あいぼうに おかされて TF

「暇じゃなあ。ほんとうに暇じゃ。ああほんとうにもう」

 目の前の天使は――3つの口をもぐもぐさせながら呟いた。


 西ノ村で子供が産まれなくなった、という報が届いたのは1週間前のこと。

 それもただ産まれなくなったのではなかった。

 臨月間近の胎内から赤子が消えたかと思えば、木々が精液と愛液を垂れ流すようになった。

 牛の腹が巨大な油虫の卵鞘になったかと思えば、男の尿道からロバの頭をした魚が無理やり這い出てきた。

 赤子が地面から生えたかと思えば、そのまま高速で空に舞い上がり見えなくなった。

 出産にまつわる何もかもが異常になったのだ。

 その異常現象が発生するのと時を同じくして、村の聖堂にある守護天使の像が消えたと聞いた私は近隣の調査に赴くことになった。


「なあ、つまりこれってどういう事件なんだ?」

 相棒の人狼族、イクリニスが尋ねる。

 生まれつきの人狼族ではない。元は人間であったらしい。

 なんでも昔、ある古代神の遺跡に入り込んでうっかり祭壇に足を乗せてしまったらしい。その罰で人狼族になってしまったのだそうだ。

 人格や精神に変調をきたすことはなかったらしいが(私は彼の変身前を知らない)、魔物の姿をしていては一期一会の冒険稼業でなかなか仕事を貰うことはできず、いまはこうして巡聖調査官の仕事を専属で手伝ってもらっている。

「堕天現象だよ。天使が役目を放棄して遁走したり、魔物化したりする。だいたいそんな遠くには行かないから、こうして近隣の非聖化地域を回ってるの」

「ふうん。で、見つけたらどうするんだ? 殴るのか?」

「事情があって離れてるだけなら、説得でなんとかなることもある。おかしくなってたり魔物化してたりしたらまあ…拳でお話を聞いていただくことになるね」


***


 果たして目の前の天使は――

「ああ。ほんとうにもう。暇じゃ。ああ暇じゃ、どうして。ああ。地に臙脂色の。天に火の星の色が映え。それは空にありていかほどもどうしようも。ああ。暇じゃ。我は出産の天使であった。我を抱けば若草色の赤子は三角に骨折り損の」

 狂っていた。

 もしかしたら今も天使なりの論理で喋っているのかも知れないが、全く意味が通じないのなら同じことだ。

 そしてこの天使は――強かった。

 気の狂った出産の天使は気の狂った出産の守護領域を拡げており、私達はまんまとそこに入り込んでしまったのだ。

 石や土が子供を産んでたちまちに増殖し。

 錫杖が突然産卵したかと思えば生命力を使い果たして萎れ。

 無から生じた赤子が巨大化して私達を薙ぎ倒した。

 そしていま倒れ伏した私達もまた。

 この天使の狂気に飲み込まれようとしている。

「ああ暇じゃ。ああどうして、ほんとうに、暇じゃ。暇。暇なえな」

 はじめに侵されたのは、相棒のほうだった。

 彼はむくりと立ち上がると下手くそなパペットのようにこちらに向き直る。

 その身体は。

 溶け始めていた。

「ひっ」

 全身がぬらぬらと湿り気を帯び、関節が曖昧になって、透けた肉を通してやはり形を失いつつある骨が見える。呼吸の代わりにぐぷ、ぐぷと音を立てて全身が蠕動し、巨大ななめくじのようになった下半身を引きずってこちらに近付いてくる。

 スライム化だ。魔力を失った人間に起こる変身現象。それがなぜいま、相棒に。

 考えても仕方がなかった。だってこの場を守護する天使は狂っているのだ。

 相棒の顔は半透明になりながらまだ形を保っていた。その目は恐怖や困惑の目ではない――なにかの衝動に突き動かされている。私になにか告げようとしているのかと一心に見つめ返すと――突然股間にぬるりとした生暖かいものが触れた。

「ひぃっ!?」思わず悲鳴を上げる。恐る恐る視線を下ろす。

 見ればそこには、触手状に伸びた相棒の――スライム化した相棒の身体の一部があった。相棒は身体の一部をタコの足のように伸ばして私の股間をまさぐっている。器用に変形し、衣服や下着をすり抜けて……すでに太ももの内側に直に触れている……。

 何をしようとしているんだ?

 秘部にその触手が無造作に入り込んだことで、私はその答えを知った。

「あっ! ひいっ! うっ! やっ! やめ…」

 気が付いたときには遅かった。すでに触手は私のなかに入り込んで膨張し、ピストン運動を繰り返している。スライムの圧力で股が押し広げられると、身を捩るために腹部に力を入れることもできない。されるがままになってがくがくと身体を前後に揺らされる。

「やめっ、あいぼ、なにっ、をっ」

 相棒の顔はまだ辛うじて判別できたが、もはや人間的な表情を読み取ることはできなかった。身体の大半は溶けて小山のように積み重なり、その半透明の身体に私の脚も取り込まれつつある。

 相棒は何故か突然スライム化して、私を犯している。

 理由を考えても仕方がなかった。狂った天使のすることに意味などないのだ。

 相棒のスライム化した身体はすでに私の背中側に回り込み、私は全身を持ち上げられてあやされる赤子のように宙ぶらりんにされている。下半身のほとんどは彼の半透明の身体に取り込まれ、もはや抵抗しようと足を動かすことすらままならなかった。


 そして、私の身体も半透明になり始めた。

 全身の輪郭が曖昧になり、ただじわりとした熱の塊になっていく。

 指先の鋭敏な触覚が、掌の汗ばんだ感触が、腱が筋肉を引きつらせる感覚が、骨の支えがもたらした重心が、興奮して激しく巡る血流が、目や耳を刺す外界の刺激が、すべてが粘液に包まれてぼんやりとしていき、身体全体が重力に負けて垂れ下がり始める。それと同時に舌と鼻と肌の感覚が薄く伸ばされて全身の表面に広がっていき、まるで自分が巨大な頭部そのものになったような錯覚にも陥る。相棒との接合部はスライムと化した私の身体と相棒の身体が曖昧に溶け合って、どこまでが自分なのかを確かめることができない。このまま一つのスライムになるのだろうか。それもいい。私達の身体の奥ではまだ彼の生殖器がピストン運動を続けており、その震動が表面まで伝わって相棒の匂いと味と手触りが全身の表面を一度に刺激して、私の脳裏を(まだあるのなら)スパークさせる。もはや吐息は出ない。全身をぶるぶると震動させて喜びを示す。

 私が書き換えられていく。相棒の生殖器が、私の中になにかを残して私を変質させる。それと同時に、生殖器を通じて彼も書き換えられて私たちは均質になっていく。私たちはスライム。わたしたちは――


「ああ暇じゃ。ああほんとうに暇じゃ。ああほんとうにもう」

 私の意識は、ぷつんと切り離されて清明になった。

 私達は元に戻っていた。相棒も私も、全身に傷を負った状態で地に倒れ伏している。だが、スライムになった感覚も意識もまだ生々しく私の中に残っている。全身がほどけて個が曖昧になっていくあの感覚。むしろ形を保っている今が、刺々しい感覚の筵に包まれて苛まれているようにも思える。

 今のは――

 再び相棒が起き上がる。やはり、意思を持たない人形のような動き。

 だけど今度は溶けなかった。

 相棒の全身は、急速に縮み始めていた。

 みるみるうちに頭身が下がり、毛が抜け落ちて、赤い地肌があらわになっていく。顎が肥大化して大きな牙が下顎からはみ出ている。鼻は潰れ蛙のように。ごつごつとした眼窩の中で大きな緑色の目がぎょろぎょろと動く。長く伸びた耳と、頭頂部から生える小さな角。小さな樽のような寸胴な胴体から、骨ばった手足が伸びている不格好な身体。

 見覚えがある姿だった。小鬼族――ゴブリンだ。

「ギィーッ、ギヒャッ、ギヒャッ」

 そしてまた――相棒は私を犯そうとしているようだった。今度はすぐにわかった。

 その股間から身体に不釣り合いな、異形の男性器が突き出ていたからだ。

 そしてまた、私もゴブリンに変わっていった。

 先ほどとは対照的に、全身の骨の軋む音が嫌というほど響く。肌がざらざらした赤い表皮に変わり、気がつけば手の指は3本に減ってその先から不潔な爪が伸びている。乳房は縮み、腰のくびれはなくなって、私はただ寸胴な胴体をくねらせることもできず、細い手足をばたばたさせて相棒の交尾を受け入れるだけのゴブリンになっていた。

「ギィッ、ギィッ、ギヒッ」

 スライムのときとは違い、私の心はまだ恐怖や苛立ちの機能を持っていたが、それ以上に私は興奮し、陶酔し、ただの裂け目になっただけの鼻の穴を膨らませて快感に身を委ねていた。ただの性的な快感ではない。己のすべてが…肯定されているような絶頂の幸福感……これは魔物化の副作用か……それとも……

 ぼんやりと……人間のわたしが最期の思考を巡らせる……ゴブリンは、奪うことや盗むことにギヒッ、非常な快感を覚える種族、だと……。ギイッ、だから、彼らはわざと……村の近くに集落を作り……簒奪を繰り、返す、……ギヒャッ、ああっ、もっと……

 ゴブリンになった、わたしが……人間のわたし、から、すべてを……奪っている……ギヒャッ、そうだ、うばってる、うばってる……から……こんなに、きもち、いいのだ……ギヒャッ、きもちいい、すべてを、うばう、それが、ゴブリンにとって、しじょうの、こうふく……そうだ、ぜんぶ、もらう、おれの、おれの、ギヒャッ、きえろ、きえろ、おれになれ、ギヒッ、ギヒィ――――


 「ああ暇じゃ。暇じゃ、ほんとうにもう。ほんとにああ」

 また意識が遡る。

 全身がどくどくと脈打っている。すべてを奪い、しゃぶり尽くす快感が私の中でまだ熱として私の中に残存していた。いまは心ごともとに戻っているとは言え、悪意に染まった絶頂が記憶に刻まれていることに言いようのない動悸を感じている。

 これは厭悪なのか、それとも。

 そしてまた相棒が立ち上がり、ループが繰り返される。

 相棒が猪人族――オークになったときは、雄の匂いを肥大化した鼻に送り込まれて絶頂し。

 鳥人族――ガルーダになったときは、相棒の歌声と踊りに天にも昇る感動を覚えて排泄口を差し出した。

 擬宝族――ミミックになったときは、お互いの舌で相手の体内に溜め込まれた宝を舐め回して絶頂し、物言わぬダークアイ――大きな目玉が宙に浮かんでいるような魔物――になったときは交尾の合図になる特殊な信号を至近距離で目に送り込まれ、とろとろに魅了されながら交接腕を下部から露出させた。

 私たちは、永遠に幸福の中にいる。

 いつの日か、別の誰かがあの狂った天使を殺して私たちは解放されるかも知れない。

 そのときにどんな姿で解放されるか、私たちは知る由もない。

 どうでもいい。

 私たちはいま幸せなのだから。

[小説]あいぼうに おかされて TF

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