その日はどういう集まりだったか、もう思い出せません。
パーティをしようということになりました。
お菓子とパーティグッズを買い込み、カラオケルームの一室に入りました。
メンバーは、私と、二見さん、三田くん、篠凪くん、後藤さん、睦月くん。それと…王木くん。
しばらくの間、わいわい話をしてました。最近のクラスのこととか、流行ってるもののこととか、色々。篠凪くんや睦月くんが合間合間に歌ったりして。ふたりとも、歌うまくって、動画投稿とかもしてたんです。
そうして……話すネタも尽きてきた頃に、王様ゲームをしようと誰かが言いました。買ってきたグッズの中にそれ用のくじもありましたから。
王様は王木くんになりました。
「よっしゃー!」「なんだよ王木かよー」「睦月くん、これ撮ってあげたら?」「俺らのそういうチャンネルじゃねえって」口々にやじを飛ばしながら、みな大人しく席につき直します。
「じゃあ…6番は~」王木くんがためながら視線をさまよわせます。反応を見ようとしているのでしょう。
「ブタ鼻おもちゃをつけて」げっ、というような顔を睦月くんがしました。
「ブタになるまで食べ続ける!」
一瞬みな、きょとんとしましたが、すぐにああなるほど、というような顔をしました。テーブルには注文した唐揚げやポテト、お菓子もまだ結構残っていたのです。ブタ鼻をつけてそれを平らげろ(ブタのマネをしながら?)、ということなのでしょう。
ただ一人、睦月くんだけが不可解な顔をしていました。
「ろっ…ろくばん、おれ、ぶたになります」
まるで急に復唱を命じられたような、困惑した声です。そして、ぎくしゃくした動きでテーブルにあったブタ鼻のヒモを耳にひっかけ、そのまますごい勢いで顔を唐揚げの皿に突っ込みました。
どっと笑いが起きます。こういうときに思い切りがいいのは、さすが普段から動画投稿をしているんだなと私も感心しました。睦月くんは「ブヒ、ブヒ」とブタの鳴き真似をしながら、ものすごい早さで唐揚げを飲み込んでいきます。
「おいおい、迫真すぎるだろ」篠凪くんが場を保たせるようにコメントをします。
睦月くんは振り返りもせず、唐揚げの皿をきれいに舐め取ったかと思うと、そのままポテトの皿に鼻先をうつしました。
ブヒ、ブヒ、んご、げふ、くちゃ、むしゃ、ごくっ、うっぷ、ブヒ、ふごっ…
やがてテーブルの上の食べ物はすっかりなくなって、睦月くんが顔をあげます。その顔は油物のカスでてかてかに光っていました。睦月くんは呆然として王木くんを見ています。なんだかさっきよりも顔が膨らんで、丸くなったようです。そんな短期間に肥るってことあるんだろうか、と私が思っていると、王木くんはにんまりと笑ってこう告げました。
「ん~~~ちょっとブタっぽくなったけど、まだまだ全然! 追加!」
たちまち、テーブルの上に食べ物が出現します。注文したわけではありません。ほんとうに、何もない空中からぱっと出てきたのです。山盛りの唐揚げ、ポテト、お菓子、スパゲティ、ピザ、アイスクリーム、たこ焼き。睦月くんは「んぐっ、ブヒ、ブヒ!」と言いながら首をはげしく振りましたが、やがて誰かに後頭部を押さえつけられたみたいに食べ物に顔を突っ込みます。
王木くん以外、誰も笑っていませんでした。
「んぐ、ブヒ、いや、やめ、ブヒ、フゴッ、んご、ゴフッ、ブヒ、ブヒィッ!」涙声でわけのわからないことをわめきながら、睦月くんはなおも咀嚼し、飲み込むのをやめません。後藤さんや篠凪くんが無理やり引き剥がそうとしましたが、びくとも動きませんでした。睦月くんの身体は、もうはっきりと分かるほどに膨らんでいました。輪郭は一回り、二回りと大きくなり、シャツはパンパンに引っ張られ、ズボンはずり下がって肉のついた腰があらわになっています。
もう全員が、明らかに異常なことが起きているんだって理解していました。だって毛が生えているんです。首元とか、腕とかに、細かくて硬そうな毛が、カラオケルームの光を反射して、びっしりと。さっきまで人の肌だったものがもう別のものに変わりつつあるんです。それに耳も大きくなってたし、手の形もヘンになっていました。睦月くんの身体はもう樽のようになっていて、どかっ、どかっとテーブルにぶつかりながら、なおも食べ物の海に鼻先をつっこんでいます。
「おい、ヤベえってこれ! なんかわかんねえけど、誰かに連絡しねえと! 三田…」静寂を破ったのは篠凪くんでした。弾けるように皆が立ち上がり、それぞれ動き始めます。よかった、これでこの異常な空間から解放される。誰もがそう思っていたのを打ち砕いたのはやはり王木くんでした。「1番から5番、着席」
わたしたちはまた座り直していました。篠凪くんも紅潮した顔でぴしっと着席しています。「ダメだよみんな、睦月くんが頑張ってブタになってる最中なんだから。見届けないと」王木くんがそう言うと、わたしたちの視線はひとりでに睦月くんの方へと向いてしまいました。ちょうど睦月くんが顔をあげます。
もう、その顔はほとんどブタでした。つけていたおもちゃのブタ鼻はとうに本物のブタの鼻になって、前方へ突き出している睦月くんの鼻先でうごめいています。目は顔の形が変わってしまったのか、妙に左右に離れていて、表情がなんだかよくわからなくなっていました。でも泣いているのはわかります。わたしたちに懇願していました。どうしようもなかったです。睦月くんも、やっぱり食べることをやめられないようでした。大きなブタの耳の間で揺れてる茶髪だけがもう普通のブタと睦月くんとを見分けるサインになっていました。
再びテーブルの上から食べ物がなくなったとき、最後にニュッと尻尾が生えて、睦月くんはすっかりブタになりました。
さっきまではうっすらと見えていた人間的な表情もすっかり消え、蹄をカッ、カッと鳴らしてカラオケルームの床に鼻を押し付けています。でも、ときおりわたしたちに向けてキィー、キィーと甲高い声をあげたので、まだ心は残っていたのかも知れません。どちらにせよ、わたしたちはどうすることもできませんでしたけど。
「王木くん、もうやめようよ」後藤さんが彼に声をかけました。「きっと、さっき買ったおもちゃの中にヘンなのが混じってたんだよ。それで王木くんもおかしくなっちゃったんだって。調べてもらって、睦月くんのことも誰かに相談しよう」
「5番はだれ?」
「ひっ!」後藤さんが身体を硬直させます「わ…わた、し…」
「ありがとう、後藤さん。心配してくれて。じゃあ…そんな良い子の5番は~」
「首輪をつけて、みんなに可愛がられる飼い犬になれ!」
再び、悪夢のような出来事が繰り返されました。
後藤さんはのろのろとテーブルの上にあったおもちゃの赤い首輪を取ると、泣きながら自分の首につけました。びくん、と後藤さんがのけぞります。今度はじわ、じわと金色の毛が後藤さんの肌から生えていくのがはっきりと見えました。「あう、あっ」後藤さんが声にならない声を漏らします。口に牙が生え、舌がはみ出していました。きっと言おうとしたのではなくて、喉が動いて自然に空気が出たのでしょう。
「5番、テーブルの上におすわり」王木くんがそう命じると、後藤さんはぴょんと跳ねてテーブルの上に飛び乗りました。スカートが翻ったので、顔を真赤にしています。篠凪くんが鬼のような形相で王木くんを睨みましたが、王木くんは意に介さずに発言を続けます。
「1番から4番、5番に命令してあげて! そうしないと立派なわんちゃんになれないからね。あ、褒めるのも忘れちゃだめだよ!」
その時は、ほんとうに恐ろしかったです。
状況にそぐわない感情が勝手に湧いてくるというのが、あれほど怖いものだとは思いませんでした。
わたしたちは、犬になりつつある後藤さんに次々芸を命令しました。お手、おかわり、伏せ、服従のポーズ、ちんちん、回れ、そういうのです。無理やり口が動いていたようなもので、それでも十分厭でしたが、本当に厭なのはそのあとでした。
命令をこなした後藤さんを見ると、可愛くていい子だから褒めてあげないと、という気持ちが自然に内側から湧いてくるんです。わたしは感情に突き動かされて、後藤さんの頭をわしゃわしゃと撫でて「いい子、いい子」と言ってしまいました。他のみんなも、篠凪くんでさえもそうです。後藤さんもそのとき、嬉しい気持ちが勝手に湧いてでてきたのでしょう、怯えていたかと思うと陶酔した笑みになり、そのうち混じって泣き笑いのような顔になりました。
きっと、王木くんが「褒めろ」ではなく「忘れちゃだめだよ」と命じたからなのでしょう。褒めたいという気持ちを無理やり思い出させられたのです。褒めるたびに後藤さんは犬になっていきました。鼻先が黒くなり、耳が垂れ下がり、手は気がつくと本物の前足になってました。後藤さんも褒められたときの快感と興奮ではっ、はっと息を荒げていて、自分のことをどんどん犬だと信じ込んでいるようでした。わたしたちもなんだかそれは自分たちで昔から世話をしていた犬だったような気がしてきて、気づけばみんな「後藤さん」ではなく、「ゴロ、ゴロ」と呼びかけていました。
後藤さんはゴールデンレトリバーになりました。後藤さんもやっぱり、人の心が残っているようで、昔からの飼い犬のように甘えながら、泣きそうな顔が混じっています。ブタになった睦月くんと匂いを嗅ぎ合ってもいました。
「ふう、かわいかったねー。じゃあ次は…」王木くんがゲームを進めようとした瞬間。
篠凪くんが王木くんに掴みかかり、問答無用で顔を殴り飛ばしました。
「王木てめえ、ふざけんなよ」
「うーん。王様ゲームの王様をやるのって、ふざけてるのとふざけてないのとどっち?」
「だからいい加減に…!」
「4番、動くな」
ぴたりと、動きが止まりました。微動だにしない篠凪くんの隣でむくりと王木くんが立ち上がります。殴られたというのに、王木くんの顔はマネキンのように変化がありませんでした。
「ったく、乱暴者だなあ。このゴリラ野郎。そうだ、お前なんかゴリラになれ。4番! ゴリラ手袋をつけてドラミングしろ。ゴリラになるまでだよ。あ、もちろんウホウホって掛け声も忘れずにな」
「なっ…」なんで番号を知ってるんだ、と篠凪くんは言おうとしたのでしょう。だけど言葉はそこで終わって、篠凪くんは命令どおりに動き始めました。テーブルの上のゴリラ手袋を目を見開いたままはめて、王木くんのとなりで仁王立ちになると、どん、どんと自分の胸を叩き始めます。
「ウホッ、ウホッ、ウホッ、ウホッ」
叩くたび、篠凪くんの肩や、胸や、腕が膨れ上がっていきました。
「ウホッ、ウホッ、ウホッ、ウホッ」
だんだん、篠凪くんの鼻が潰れ、顎のあたりが丸くせり上がっていきました。
「ウホッ、ウホッ、ウホッ、ウホッ」
びりっという音がしました。シャツとズボンの裂ける音です。隙間からは黒い毛がはみ出ています。
「ウホッ、ウホッ、ウホッ、ウホッ」
額が盛り上がって目の周りに深い影を落とし、すっかり顔つきが変わってしまいました。
「ウホッ、ウホッ、ウホッ、ウホッ」
肌が灰色になり、黒い毛が全身を覆っていきます。
「ウホッ、ウホッ、ウホッ、ウホッ」
篠凪くんはゴリラになってしまいました。
「ははっ、さすがリズムのセンスあるなあ篠凪くん。ゴリラの才能あったんじゃない?」
「ホォッ!」
ドラミングを止めるや否や、篠凪くんはその太い腕で王木くんを持ち上げました。大きく鼻孔を開き、唇をまくりあげて牙を剥き出しにしています。
「あれっ、ひょっとしてまだ言葉わかるの? ゴリラって賢いねえ」
「ンン゛、ンオ゛オ゛ッ!!」
「でも馬鹿だなあ、言葉がわかったら王様ゲームから逃げられないのに。4番、お前はこれからずっと僕に忠実な下僕だ。僕に絶対服従して、忠誠を誓って、僕を敬愛する奴隷だ。ほら、喋れないから頭の中で定着するまで復唱してろ」
「ッ……!!!」
突然、篠凪くんが頭を押さえて苦しみ出しました。目がぐるんぐるん動き、口を大きく開けてつばを飛ばしています。きっと、いまの自分の心と真逆のことを植え付けられたから、酷く軋んでいるのでしょう。篠凪くんはのたうち回り、鳴き声をあげて…すんと大人しくなりました。その目にもう王木くんへの敵意はありません。まるで彼の家来のように、彼のそばに控えています。
残っているのは、わたしと二見さんと三田くんです。
王木くんは、どうしたものか思案してるようでした。わたしも他の二人も、なにも喋ることができません。他のカラオケルームの音が遠く響いています。ここの外はいつもどおりの空間なのだと思うと、涙が出てきて、後藤さんがぺろぺろと私の頬をなめてくれました。「ごめんね。後藤さん」きゅーん、と後藤さんが鼻を鳴らしました。
突然、ぱちぱちぱちと音が響きました。
二見さんと三田くんです。拍手をしています。王木くんも状況がわからずに、きょとんとしていました。
「すごいね! さすが王木くん!」「いやあ、さすがだよな!」二人が出したのは――賛辞でした。「普段から王木のこと、すげえなあって思ってたんだよ!」「クラスでも…アレだ、活躍してるし! みんなと仲良いし」「こないだ表彰されたのって王木じゃなかったっけ!?」どうやら二人は、王木くんを持ち上げて見逃してもらう作戦に出たようでした。拍手をしながら、満面の作り笑いで王木くんを褒め続けます。その王木くんの顔を見ると――凍りついたような怒りが浮かんでいて、私はさっと顔をうつむけました。
「拍手、好きなんだ?」
「え…あ、いや…」
「まあ知ってるけどさ。バレー部だよねふたりとも」
「う…うん! 王木くんってホントなんでも知ってるよね」
「2番と3番」
「ひっ」
「お前ら、アシカになれ」
ぽん、と王木くんがボールを投げました。おもちゃのボールです。それを三田くんが顔で受け止めると、今度は二見さんのほうに跳ね飛ばしました。三田くんはいつの間にか腹這いの姿勢になって、「おうっ、おうっ」と鳴きながら手をパチパチと叩いています。
二見さんも同じように、顔でボールを受け止めて返し、おうっおうっと鳴いて、拍手をします。二人の顔は尖り始めていて、すべすべした質感の毛が生えていました。もう何が起こっているのか、みんなわかっています。ボールを受け止めて返すごとに、二人はアシカになっていきました。ヒレになった手で握手をしながら、二人の服の中で胴体が流線型になっていきます。足も縮まって、もうのたのたと地面を這いずることしかできません。首を捻らせ、くりくりした、飛び出すような目で自分の身体を眺めています。でもその合間にも見事に芸をして、ぱちぱち拍手をするのです。突き出した鼻先に白いひげがばっと広がりました。
人間なのはわたしだけでした。ブタになった睦月くんと、犬になった後藤さんと、ゴリラになった篠凪くんと、アシカになった二見さんと三田くんがじっと様子を伺っています。みんな、わたしだけは助かってほしいと思っているのでしょうか? それとも、お前だけ逃げるなんて許さないと思っているのでしょうか。わたしはうつむいて、必死にやるべきことをしていました。
もうわたしは気づいていました。王木くんなんていません。クラスにも、わたしたちの友達にも、王木くんなんて名前の子は存在していませんでした。あれはどこからか混じってきたなにか。わたしは必死に手を動かします。だから、二見さんと三田くんに褒めそやされたときに凍りついた顔をしたんです。彼は存在していないものに対してどうすることもできなかった。うつむくわたしのそばに、王木くんが立ちました。
「1番はだあれ?」
誰も、なんの声もあげません。
わたしの持っていたくじには、数字は刻まれていませんでした。必死に爪で削ったからです。わたしはそっと王木くんを見上げます。
彼は、浮ついた顔をしていました。怒ってはいないようです。
「あたり」
ブタになった睦月くん、犬になった後藤さん、ゴリラになった篠凪くん、アシカになった三田くんと二見さん、そして王木くん。みんな消えて、
「その攻略法、広めないでね。しらけるから」
気がつくと、わたしはカラオケルームのなかで一人座り込んでいました。
***
…ええっと、どう答えればいいかしら、一ノ瀬さん。
なんでも。好きに言ってくれていいです、先生。
…そう。じゃあ、まずは私が把握してる事実から言うね。いない…いないのよ、あなたの言った生徒は、全員。この学校には在籍してなかった。
ああ、多分そんな感じなんだろうなと思ってました。なんの騒ぎにもなってなかったから。
ただ…そうね、睦月さんちはブタを飼ってるって有名よ。ペットのミニブタが成長しちゃったからって…庭先でよく見かける。それに後藤くんとこのゴロはあなたも知ってるじゃない。あの人懐っこいゴールデンレトリバー。後藤くんより先に家にいたから、お姉さんみたいなものだったって、彼、よく言ってるよね。ええと、あと市立動物園にはシノってゴリラがいた。賢くておとなしいんだって。その近くの水族館にはたしか、フタとミタってアシカのペアがいたはず。あの二頭、怒られると拍手をしてごまかす癖がついてるってよくSNSのアカウントで動画を見る。ねえ、あなたのその話には元ネタがあって、それをこうして披露したってことよね?
そうですか。そういうふうになってるんですね。
…とにかく、具合が悪いならここで休んでっていいよ。体調が悪かったり熱があったりすると、夢の内容を現実と混濁するのは珍しくないの。寝たら落ち着くよ。連れてきてくれた保健委員の子にはあとで私が言っとくから…彼、すごい心配してたよ。いい子だよね、王木くん。