複数の新しいゲームを一気に始めちゃって大忙しのフクッチ(エロッチ)です。
今回は絵描き界隈で定期的に話題になる「才能」について語っていこうと思います。
今回の話を要約すると「才能は常時無条件で能力を底上げするパッシブスキルに過ぎないのでやっぱり努力はいる」という感じです。
それでは講座を始めます。
「才能と努力」
Twitterにいる絵描きは数ヶ月に1回周期で「才能と努力」について語り始める。これは絵描きの生理現象みたいなものだ。
「才能が全て」
「才能がない人は上手くなれない」
「才能なんて関係ない」
などなど、各々の価値観を目にすることが出来る。絵が上手い人達も意見が見事にバラバラになることも多く、正解がないんだろうなということがよくわかるはず。
この問題は非常にデリケートで扱いが難しい。
しかし20年以上絵を描いてきて大勢の絵描きを見てきてハッキリと答えが出ているものも確かにあったので今回はそれを共有したい。
みんなが気になる「才能が全て」という言葉。
この言葉は「自分より絵が上手に描ける他者に対しての嫉妬心から生まれた言葉」である。(例外はある)
簡単に言うと、本当はやれば誰でも出来るようになることを自分の意思でサボった上で「いいよなーアイツは才能があって羨ましーなー」と言うだけって感じ。
確かに才能はその人の成長スピードに大きく影響を与えるのは事実だ。しかしやるべき努力をこなして最終的に行き着く画力は、才能がある人も、才能がないと思ってる人も大して変わらないのもまた事実なのだ。
この講座を以前から読んでる人ならもうわかると思うが、順番に局所的に問題を解決していけば誰でも必ず絵は上手くなる。才能はそれを補助しているに過ぎない。
そもそも「絵を描く才能」なんてものは存在しない
あるとしたら「色を正確に識別できる」「目で見た複数のものの違いを識別できる」「立体把握能力がある」「一瞬で見たものをだいたい記憶する」といった感じのものがいわゆる「絵を描く才能」に該当すると思う。
果たしてこれらの才能がないと絵は上手になれないだろうか?
答えはNO
お手本をすぐに見える場所に置いたり下に敷いたりデッサン人形いじったりスポイトで色吸ったりしてカンニングしてもいいのが絵描きの世界だ。
上の才能たち、確かにあれば手間が省けて便利だけど別になくても工夫しだいでいくらでもカバーできちゃうじゃんって思わない?
実際そうなの。いくらでもカバーできちゃうの。
現在世に出て仕事をしている絵描きの中にも3Dモデルやデッサン人形、自分の体、実際の写真、資料本などを駆使しながら描いてる人はエベレストほどいる。そういう人の方が圧倒的多数だ。
そんな中便利アイテムも使わず自分の絵だけ見つめて画力が伸び悩んで神絵師と比べて病んでる人達……なんというか、生きづらそうだよね。いや、マゾなら止めはしないけど。
それ、全く触れたことない系統の銃でゾンビいっぱい倒すゲームで銃も握らずナイフ1本で縛りプレイしているようなものだからね。修行だと思う。
もっと楽な方法選んでもいいんだよ。ナイフで勝てないなら銃を拾ってきて使い方を覚えてそれでゾンビを倒していこうよ。いや、マゾなら別にナイフ1本でもいいんだけどね。尊重するよ。がんばって。
ちなみに才能がある人をこのゲームに例えると、初期状態からいい武器を持っていたり、銃の弾の数が増加されてたり、強力なエイムアシストが付いてたり、ナイフの攻撃力が異常に高かったりする。
「ずるい!」ってなるのもまあわかる。でもそんな能力があったところで操作をしなきゃあっさり負けるし、あくまでただの補助なのである程度操作スキルが必要とされる強い敵が来たら必ず苦戦を強いられる。
才能がある人も、才能がない人も、本質的にやるべきことは全く同じ。等しく「努力」は必要だ。そこは諦めて欲しい。努力しないで結果を得られる人なんて存在しない。
これからの講座でも何度も何度も同じことを言うと思うが、できることから順番に積み上げていくしかないのだ。
才能はあくまで補助。お助け追加能力ということが分かればここまでにの話の理解度は完璧!
以上、才能についての講座でした!お疲れ様!そしてここから長い余談だよ!
余談「努力も才能?」
努力は才能というのは間違ってはいないが才能が全てという訳では決して無い。
とにかく頑張ってればなんでも努力である。しかし、「画力アップのための努力と思ってたそれは、ただの手癖力の強化のための努力だった」ということがよくある。(手癖力については過去の講座を読んでね)
要するにどの努力がどの結果に結びつくのかを理解してなかったというやつだ。
闇雲に頑張ったところで、本人さえどの部位のレベルが向上しているのか気づいてないし、おそらく何となく身についたスキルに喜んで的外れな解釈をし、「闇雲に頑張ればいつかああいう風に上手い絵が描けるようになる」と勘違いをして突っ走って、いつか壁に当たった時「努力してるのにどうして…」と病んでいく。努力の方向性によってレベルが上がる部位が変わることも知らずに……これ絵描きあるあるだから注意。
絵が上手くなるために歌を歌っても画力が上がらないのは誰でも分かることだが、自分の絵だけ見てただ描き続けても画力が上がらないということには気づきにくい。
それくらい努力には細かい方向性が存在していて、その努力の先にある結果も細かく分かれている。
これは以前の講座の知識の木を想像したらわかりやすいかもしれない。
木の先にある知識が欲しければ、その方向に向かって順番につたって行かなければそこまでたどり着けないのがわかるはず。
この「努力の方向性」に気づく能力は才能や頭の良さももちろんあるが、才能や頭の良さが全てという訳でもない。
世の中には努力の仕方やその方向性を教えてくれる人がいっぱいいるし、調べればいくらでも学べる場所がある。
僕の講座もそのひとつだ。
あとオススメはイラストレーターのさいとうなおきさんのYouTube動画。チャンネル登録と高評価を忘れずに。
賢い人達や絵が上手い人達が気づいてくれた努力の真理をたくさん吸収していこう。
「結果が出ない努力は努力ではない」という厳しい言葉も、ここまでの講座を読んでいれば何を言いたいのか理解出来るはず。
「とにかく闇雲に頑張る」ではなく「○○が上手くなりたいから○○を頑張る」という意識を持って効率よくレベル上げるのだ。
余談の余談「継続も才能?」
なんでも才能パワーだと思うのは人間の悪い癖だぞ!もちろん才能もあるけどそれだけじゃないってことをとにかく今回は知って欲しい!
ちなみに継続するには日課にするか好きな趣味にする必要がある。
毎日歯を磨くために才能は必要だと思う?
好きな趣味は才能がないと続かないと思う?
答えは当然両方NOだ
お絵かきの継続ができない人はとにかく毎日線を一本だけでも描く習慣を身に着けるか、お絵描きを好きになってとにかく好きなことだけ毎日やろう。これを定着させることが最優先。これもまた局所的に行う努力のひとつだ。難しい技術とか面倒なことは後回しでいい。
余談の余談の余談「好きになるのは才能?」
それは才能(断言)
どう足掻いても好きな物は好きだし嫌いなものは嫌いだ。でも嫌いだったものが一瞬で好きになることもある。
こればかりは何が起こるかわからないけど、色んな方向から絵に触れ続けないと好きに変わる機会を逃してしまうのでやっぱり工夫して絵と付き合って行くしかない。生のにんじんが大嫌いな子もカレーやハンバーグに入れたらいっぱい食べるように、いろんな調理法を試したりしながら自分がどんな風に絵と関わるのが好きなのかを知っていこう。
もしかしたら1枚絵より漫画を描く方が好きかもしれないし、人を描くより動物や背景を描く方が好きかもしれないし、絵本っぽいのが好きかもしれない。いろんなものに触れてみて。そして好きになったものを大切にして、それを育てていこう。
余談の余談の余談の余談は無いので安心してください。
才能はお助け追加能力で努力は方向性があるということ、努力も継続も好きになることも才能という一言で片づけてはいけないということが分かれば今回の講座は完璧!お疲れ様でした!
さて、カレーというワードが出てきたし明日は納豆カレーでも食べようかな(なんにでも納豆をかけるフクッチ)(納豆はいいぞ)
フクッチ
2020-11-15 06:35:17 +0000 UTC風花橋
2020-05-29 23:19:02 +0000 UTCフクッチ
2020-05-29 19:10:08 +0000 UTC風花橋
2020-05-29 12:39:47 +0000 UTC