今月もご支援いただきありがとうございます!
今月中旬には雑記更新したかったですが遅くなりました。
その間裏であったことや感じた変化など共有していきたいと思います。
目に見える絵の話より、気持ちの変化の部分の話が多いですね。
■pixivリクエストを始めて
以前から始めたいとずっと思っていた「通常より安価で手軽な設定のコミッション」をpixivリクエストで、ふと始めてみました。
理由としては安価で1日クオリティにすることでもっと気楽にこなすこともできるのではないか、通常の高価なコミッションをメインとしてこのお手軽なコミッションをサブとすればいい息抜きになるのではないか、などありました。
始めてみたらこれが楽しくて思った以上の効果がありました…!
4月7日に始めて、非公開やpixivリクエスト非経由のものを含むと8枚。
(最初は3日連続で納品して気持ちよかったです。)
募集を閉じるまでは15件いただきましたが、承認期間が間に合わなかったり、描けないと判断したものがありました。
描けそうなものもあったんですが、いったんは様子見で募集を閉じました。
実際にやってみて感じた恩恵を以下に挙げてみます。
・1日の中で達成感を得やすい。
達成感とは、成果を生み出したかにかかっていると思います。
何日もかかる絵だと成果が生まれないまま悶々と過ごす期間もあります。
1日クオリティのコミッションであればそれが簡単に解消されます。
わかりやすい…!
普段は息抜きでラクガキを描いてそれを解消していました。
・描いた分だけ生活の糧になる
従来の抱えてるコミッションに加え、さらにプラスの収入になります…!
これはでかいです。それまではこの二年間、決定的な収入増加を見込める動きがまったくなかった(頭打ちだった)のですから、新しい希望が生まれました。
これは自主制作のラクガキより有意義と感じる点です。
今は描いた分だけ収入になるよう、(直接的な収入の発生しない)自主制作を控えないといけない状況です。
そのため、自主制作やラクガキにとって代わるものがこのpixivリクエストになると言えます。(ちなみにpixivリクエストは翌月の月末近くが振込時期なので、今描いた分の収入は来月に反映されます)
・気楽に描ける、ちょっとした試しの場にできる
あらかじめ手癖で描くことを概要に告知しているので、ものすごく気楽に描けます。
線画も下書きもせずほぼ直に描きだす手法なので、勢いも出ます。
そのかわり、計画的に下書きをしたり構想したりはしません(できません)。そこでやり直しや試行が生じると作業量が増える=金額をオーバーする労力になるからです。
(と言いつつ、実際には下書きして描いたものもあります…😅)
また、普段のラクガキの延長上も兼ねて、ちょっとした塗り方や描き方を試す場としても活かせます。そうすることでちょっとした描き方のアップデートを乗せることができ、飽きがこない工夫の余地もあります。
何より、新しいお題が来ることで刺激になったりします…!
・シコい
変な話ですが、何日もかけて描いた自主制作より、時としてこういった一連の絵の方がシコいと感じます😆
約一日で決着をつけるからなのか、その時の感覚・感情が薄れない内に形にしきる。それによって絵の方向性がシンプルに定まりやすいのかもしれません。
逆に言えば、綺麗な線や色をじっくり練るよりも、多少荒くてでもその場でスパッと決める形の方が時として魅力あるのかもしれません。
デメリットとしては、とにかく体力的に疲れました…!
連日やっている間はやりたいようにやって精神的には楽しかったんですが、
一定の稼ぎを目指すには体が持たないかも、という危惧はありました。
描きながらも体をケアしないとやばいです。
楽しいのでいくらでも無理ができちゃう、
肩に来るか目に来るか手に来るかわかりませんが、それが絵描き寿命を縮めてしまうくらいに危ないと感じました。
そのため、前回より金額を挙げる必要性があります。
加えて3~5枚連続で描いたら休むとか…休養のタイミングを考えないといけないです。
睡眠もそうですが、食事も疲労回復を意識したものにし始めました。
あとは、1回の睡眠で充分回復できるまでに1日の疲労感をとどめておくのも大事だと感じました。
すべて自分の管理にかかっていますね。
■過去の思い出をひとつ克服できた話
pixivリクエストを始める少し前の事だったか、ふとした気持ちの変化がありました。
これまで書いてきたイップスの遠因といえるものがいくつかありますが、そのひとつが以前身を置いていた環境にまつわる話です。
いわゆるソーシャルゲーム会社に身を置いて絵を描いていましたが、その会社を辞めてからは自分の思うように描けない謎の違和感をずっと抱えていました。
日々の試行でそれが大部分解消されつつありますが、それまではその職場のことを思い出すのがいやで仕方ありませんでした。当時の同僚のtwitterフォロー等を切ったり連絡先を削除したりブロックしたり。
当時聴いていた音楽や、持っていた品物などもいやな気分にさせるトラウマのようなものがありました。
当時聴いていた音楽に関しては、今はほとんど解消され、今を生きる自分の活力になるものとして新たにアップデートされました。
しかし思い出したくない象徴の最たるものとして、会社に所属していた頃誕生日に所属チームから贈られたスノードームがありました。
その当時誕生日プレゼントを訊かれ、自分がスノードームが好きなのがありわがままを言い、わざわざそれを購入してもらったのでした(本当はほのぼのした一軒家を収めた形のものが理想でしたが世にはなかなか流通してないようです)。
手元にずっと取っていましたが、ある時期から捨てようと思い、自宅の燃えないゴミ入れに眠っていました。最も当時の環境を思い出す生々しいものだったからです。
今月になり、何か気持ちの面で克服しきったのかそれを取り出しました。
時間の経過がそうさせたのか、日々のルーティン・セットアップで自分をアップデートできたのかわかりませんが、もうトラウマを感じることはなくなりました。
どちらかというと、当時頑張っていた時の強さの象徴のようでもあります。
ただ嫌な思い出だけでなく、間違いなく絵を描くのが好きで仕事に情熱を燃やしていた自分もいました。
その思い出を力に変えられつつあることが、自分にとって大きな変化でした。
そんな変化を迎えられたのが本当によかったです。
■絵を描くにあたって大事なこと
まだpixivリクエストを始める前の4月1日。
一向に生活状況が変わらない(手立てがない)ことに焦りを覚え、せめてその気持ちを表現して発散しようと、昔の日記絵みたいなものを描いてみました。
絵としてはつまらないんですが、何か描いていくうちに紙の中の世界観をつくっていく楽しさを思い出しました。
そうだ、俺は今「妄想」をして描いているのだ、と。
それは昔から自分を救ってくれた、絵を描く上での基盤でした。
妄想に生きる。
実家にいる頃は、自分の価値感を理解できる人は身近にいませんでしたが、それでもかまわず創作をエンジョイしていました。妄想する楽しさが創作の原動力になっていました。
だから現実ではどんなにみじめに見られてもいい。
たくさん妄想しよう。妄想を楽しんでいこう。
それが本当の絵を描く動機になる。
絵を完成させることや良く見られることが真の目的ではない。
そんな目的で絵に臨んではいけない。
妄想に本質がある。
改めてそういう原点を思い出しました。
マツダ名義での創作はまだリハビリ中ですが、そういった本質をしっかり身にまとった状態で少しずつ形にしていけたらと思います。
■一件降りた話とわかってきたこと
直近の出来事ですが、制作中だったコミッションを一件降りてしまいました。
その制作はどんどんイメージが自分の感覚と乖離してしまい、筆が動かせないまでになったのでした。
「何を描いているのかわからない」「なんのためにやっているのかわからない」
そういった矛盾の中でその制作と向き合うたびに恐怖と混乱が大きくなってしまい、このまま無理やり完成させるのは精神的に苦しく非常に危険と判断してギブアップしました。
ただ相手方に非はなく、自分の受け方が根本的に間違っていたのでした。
結論から言えば、
ポーズや構図の詳細な指定や、途中の細部調整などは受けることができないという自分の性質の問題でした。
そういった指定は、「感覚的な共感や根拠」を感じることがなければ、または「自分の無意識の感覚や解釈(表現)が介入する選択肢や余地がある」ものでなければ、
自分の腕では対応できないのです。それを実行することは自分の感覚を捻じ曲げてしまうからです。
しかし、そのコミッションでは間のチェックや調整・指定に応じる形で臨んでしまったのです。
自分の甘いところで、「相手に対し律儀に聞き、応える」ということをやろうとしてしまい、それが自分を苦しめる姿勢となりました。
すべて相手の要望や指定を律儀に「聞いた」からと言って、それがイコール「できる」ではないと気づけなかったのです。
結局のところ、ほぼキャラ指定のみでのpixivリクエストのようなものが自分に非常に合っていました。
衣装の指定も、とても自分に合っています。衣装は自分にとって深いテーマ性があります。
しかし構図やシチュや具体的すぎるポーズの指定が、自分のイメージが介入する余地がほとんどないものだったようでした。
介入する余地がないからこそ感覚が入れ込めず、妄想のスタートラインが切れないとも言えるかもしれません。
そういった線引きがだいぶわかってきました。
構図や具体的なポーズ指定が受けられるものは、依頼者との感覚が合致してるという、よほどのものでないといけないようです。
現実には実はかなりの感覚のズレがあり、言葉で共有しあえる領域(双方同じ向きで制作できる領域)にもある程度の限界があると実感します。
だからこそ、その領域を容認してもらってあとは自由に描いてもいいという形のコミッションがとてもありがたく感じます。
(中には、イメージが多少ズレても立派なコミッションになるという方もいらっしゃってありがたいばかりです)
今後はそういった失敗を繰り返すことなく、事前に共有していけたらと思います。
■自分を高める場所を守る
上に挙げた苦しかった制作の話ですが、自宅が制作場所となるので「自宅にいる=苦しい」という状況を作っていました。
それも大きな間違いで、今後は自分を高め、また自分が休まるこの場所を守っていかなければいけないと感じました。
その場所を守らずしてどこで自分を高められる?どこで自分を休められる?
だからこそ、自分を苦境へと追い込むのはやってはいけないことだったと自戒しています。
特にpixivリクエストでは、描き続けることで得られる高みを感じました。
もっともっとそれを感じていきたいです。
■関わる形を考える
上に挙げた話の続きですが、重ね重ね依頼者さんに非はなく自分の制作の入り方が間違っていました。いわば自分の問題でした。
それはつまり、その人と関わることが悪いのではなく、その人との関わる「形」を間違えなければこうならなかったと気づかされます。
人生には、そういった人と関わる形の選択によって幸や不幸が決まるという学びがありました。
■一人では強くなれない
以前にあった絵のコメントで、絵には現実に出来ない=絵にしか出せない魅力があるという当たり前すぎることを再確認させられることがありました。
そういった気づきも自分一人では得られなかったものでした。
また、勉強になる人の絵を見て刺激を受けることを意識したり、リクエストで得られる思いがけない視点や発見だったり…
つくづく自分一人では自分を強くすることはできない、自分を強くしてくれるのは他人だと感じさせられることが多くありました。
だからこそ、そういった他人との機会を今後も大事にしていきたいと思う次第です。
そういった機会や場があるのがありがたいことです。
■最近の練習
写真模写。この二枚の間に20日くらい間が開いてました。
ちょうどpixivリクエストをこなす前と後ですね。
■進捗
デジ絵での進捗はないです…!
マツダ名義でのリハビリを兼ねたシンプルなコミッションの下書き。
こちらは没版。これはこれで悪くないけど色々考えすぎてる感ありました。
大事なのは頭で考えた構図より、清書でいかに気持ちよく筆を走らせることができる絵なのか、がポイントになりそうです。
以上です。
引き続き今月もよろしくお願いします!
松吉 C105(日)東T-01b
2023-05-02 14:29:56 +0000 UTC