「・・どうして」 どうして今頃。 どうしてこんな形で。 にちかは祭事の片隅で、暗がりの木陰から炎に照らされる踊り子たちを見つめていた。 人垣の隙間から炎を背に激しく舞う踊り子。 幾度となく傍らで見つめてきた優美な舞。 「美琴さん・・どうして・・」 今すぐにでも生存と再会の喜びを分かち合いたい。 だがそれは到底叶わぬ願いだった。 彼女は他の島から招かれて来た祭事の巫女。 そして今はその祭事の真っ只中。 そして何より。 「・・美琴さん・・そのお腹・・どうして・・」 にちかは溢れ出る複雑に絡み合った感情を抑えつつ漏らした。 何年かに一度執り行われる合同祭事。 それに伴い島外の部族から使者が招かれる。 青天の霹靂たる報せに、にちかは狼狽した。 ずっと孤立無縁の島だと思っていた。 他の島があるという事でも驚きなのに、 そこに他の部族が暮らしている。 にちかは今までずっと自分だけ知らされてこなかった事を、 夫に喰ってかかって抗議した。 「なんでずっと黙ってたのイディ!?」 妻の剣幕にイディは困惑した。 何故妻がそう怒りをあらわにするのかが分からなかったからだ。 基本、部族の人間は余計な事は口に出さない。 村内においては、市井の噂話ですら稀なのだ。 それが閉鎖社会に於いて余計な不和を齎さず穩便に生きていく爲の知恵だという事。 部族の人間たちも本質は理解せず、長い生活で無意識にそうしているだけ。 外部から来た年端もゆかぬにちかが理解出来ないのも当然だった。 狼狽えるばかりの夫を一頻り問い詰め、糠に釘だと解るとにちかは一先ず気を収めた。 一年以上部族の暮らしが続き、毎日変わらぬ面々との生活に飽き飽きしていたにちかは、外部の人間に触れる機会を密かに心待ちにしていた。 そして変わらず抱き続けて来た淡い期待も忘れてはいなかった。 (もしかしたら、美琴さんとか来たりして・・) 「うそ・・」 神様の奇跡か。 将又運命の悪戯か。 にちかの淡い期待は見事叶えられた。 祭事当日、舟で島外の部族が到着した。 三艘の小舟だけだったが、島の人間には新鮮な出来事だ。 村の人間たちは我先にと島外の部族を歓待、または見物に浜へ押し寄せた。 にちかとイディも例に漏れず、その集団に紛れていた。 人混みの隙間から、一団の姿が垣間見えた。 その瞬間にちかの身体は硬直した。 (美琴さん・・!) 傍らの護衞に助けられながら下船したその姿は、にちかが待ち焦がれていた美琴その人だった。 にちかは反射的に叫んでしまいそうになったが、美琴の姿を人混みの間から再度確認してわが目を疑った。 その姿はかつてにちかが憧れていた美琴のものとは大きく異なっていた。 浅黒く灼けた肌、全身に彫り込まれた刺青、淫靡な衣装、そして大きく膨らんだ腹部。 その瞬間、にちかは込み上げるどす黒い感情を抑えきれなくなり、一人人混みに紛れて静かにその場から逃げ出した。 にちかは諦観に満ちた瞳で、美琴の舞を見つめていた。 (そりゃそうだよね・・) 同じ場所で遭難したのだ。 当然助かったとしても、待ち受けているのはにちかと同じ運命だ。 ともなれば選択肢は自ずと絞られる。 (あれ、プロデューサー・・なんだろうな・・) にちかは舞に興奮し踊り狂う若者たちの傍らに、一人座り込んで舞をじっと静かに見つめる護衞の男をみとめた。 刺青と鍛え上げられた体躯のせいでよく分からないが、おそらくプロデューサーのようだった。 細身ですらっと背の高いだけだったプロデューサー。 だが視線の先にいるのは、がっしりとしたイディと同じくらい逞しい屈強な部族の男だった。 最初は見間違いかと思っていたが、美琴との接し方からその疑念は払拭された。 島に来てから終始仲睦まじく触れあう二人。 美琴の柔らかい笑顔。 その仲を示すかのようにふくらんだ美琴のお腹。 その先はもう考えたくもなかった。 つまりはそういう事だったのだ。 一人島に放り込まれた自分とは違い、二人には互いの存在という唯一無二の心強い存在が有った。 そんな二人がやがて結ばれるのは当然の結果だ。 「なんで・・なんで私だけ・・」 にちかは祭事の灯りから眼を背け、木にもたれ掛かりながら嗚咽した。その姿を見かねた夫は、にちかの小さな身体を背中からそっと抱き締めた。 にちかの背中に、夫となった男の厚い皮膚が重ねられる。 岩のような体躯とは裏腹に、伝わる体温は暖かく、そして優しかった。 「ニチカ、ホントウニイイノカ?」 合同祭事最終日。 祭事を終えた他部族の面々が舟に乗り、浜から村の皆に見送られながら去っていく。 にちかとイディは離れた小高い丘にふたり、その様子を眺めていた。 にちかは無言のまま、島を去り行く舟に視線を注いでいる。 イディは他の島から来た二人の男女に、にちかが何かしらの特別な想いを抱いている事は何となく想像できていた。 それ故に終始言葉も交わさず会う事もせず、果ては見送る事もしないにちかの様子に疑問を抱き、心配していた。 夫の問いかけに、にちかは終始無言のままだった。 舟は遠くなりつつある。 だがにちかには分かっていた。 視線の先にある舟に、二人が乗っていると。 去来する複雑な感情は、最後まで整理が付かないままだった。 (ばいばい・・美琴さん・・プロデューサーさん・・もう来なくていいですからねー・・) にちかは心の中で昔のように悪態を吐いて、何気なしにてをひらひらと振った。 すると目で追っていた舟の二人がゆっくりと立ち上がり、此方に大きく手を振り返してきた。 (・・うそ・・!) 遠目では有ったが、にちかはそのシルエットでそれらが誰であるかすぐに理解出来た。 手を振る美琴。 それを支える様にそっと抱くプロデューサー。 ふたりして、此方に手を振り返している。 二人が手を振り返しているのは村の人間へなのか。 それとも自分を認識してくれての事なのか。 顔も分からない距離では分かりようもない。 にちかは心と体を震わせた。 抑え込んでいた感情が再び湧き上がる。 「う・・うぇ・・ええ・・」 にちかは傍らの夫へ無造作に抱き着き、抑え込んでいた感情と涙を発露させた。 「ニ・・ニチカ」 イディは突然の出来事に、狼狽するばかりだった。 だが愛する妻が悲しんでいる以上、してやることは決まっている。 イディはいつもと同じように、何も言わずににちかをそっと覆うように抱き締めた。 辺りに拡がる嗚咽と潮騒。 島の海風が、それらをそっと海の彼方へと運び去って行った。
囚人六号
2025-10-04 00:21:14 +0000 UTC善野英子
2025-10-03 14:07:45 +0000 UTC善野英子
2025-10-03 09:52:04 +0000 UTC