NokiMo
隊長
隊長

fanbox


【尿意ゲージ付】聖水少女奮闘記 前編

1999年 某日 ある予言者が「恐怖の大王」の到来を予言し、世界中を震え上がらせている頃、欧州のとある国ではそれと似た伝説が話題となっていた。 この地に伝わる古い伝説、「ドラキュラ伝説」である。 人の血肉を糧とする魔王が、100年に1度魔界から蘇り人間界を恐怖と絶望で満たす。 魔界を統べる王の顕現は、この世を瞬く間に怪物の跋扈する魔界へ変える。100年に1度の皆既日食の日が、その日なのだと伝えられていた。 この救いのない伝説は、多くの人の心に絶望と恐怖を刻み込んでいた。 だがこの地には、このドラキュラ伝説と対になるもう1つの伝説も存在する。魔界より出でし怪物どもを滅する者たちの……「太陽の一族」の伝説が。 「行ってきます。お父さん、お母さん……」 丘の上に建てられた2つの墓に手を合わせる少女。中世の町娘を思わせる野暮ったい衣服に身を包んだこの少女「マリー・へリオライト」こそが、古からドラキュラと戦い続けてきた一族の末裔なのである。 「太陽石」の名を冠するこの一族は、太陽の持つ聖なる力を身体に宿している。その力がドラキュラ打倒の大きな力となっているのだ。 そしてその力を増幅し、太陽の一族と共に魔王を討つ聖剣もまた、代々受け継いでいる。その身に宿す力と聖剣の力を以て、魔王の襲撃を防ぎ魔界へと押し返し続けていたのだ。 ドラキュラが100年に1度人間界を襲っているのにここが魔界と化していないのは、彼女らへリオライト一族の奮闘があったからこそである。 マリーもまた、その一族の力と使命を受け継ぐ者。年若い少女でありながら、その短い人生のほとんどをドラキュラ打倒の修行に費やしてきたのだ。 魔界から溢れ出た魔物との戦いで生命を落とした両親の墓前で、少女はドラキュラ打倒の誓いを立てる。 「聖水よし、クロスよし、ナイフよし、銀の銃弾……よし、全部よし!」 (見ていてね。お父さん、お母さん……!) 最後に荷物の確認をして、少女は旅立った。 この世で最も魔界と近い場所。ドラキュラが根城とする町外れの古城へ……「悪魔城」へと。 彼女が自宅を発ってからおよそ10分。ドラキュラの根城を視界に捉えた辺りで異変に気づいた。 辺りに漂う腐臭。そして寒気のするような呻き声がマリーの足を止めた。 彼女のいる場所は、街から離れた場所に位置する墓地。そこで遭遇した魔物は、彼女にとっては戦い慣れた相手だった。 「ゾンビなんかで、足止めできると思わないで!」 それは魔力により変異し、一時的に生命を得た骸、ゾンビ。怪物を狩る者にとってはごくありふれた獲物でもある。 ゾンビは魔界の魔力が高まる満月の夜などにもよく現れ、その度に退治の依頼が舞い込んでくるのだ。 しかしその戦闘力はさほど高くなく、一般人でも武器などがあれば倒すのは難しくない。厄介なのはその数であって、単体での脅威度は魔物の中で最低クラスなのだ。 そして最強のハンターであるヘリオライト一族にとって、この程度の敵は物の数にも入らない。 「はあぁぁっ!」 手にした剣を横に薙ぎ、一振りで五体ものゾンビを斬り倒す。 一族の聖なる力を剣に込めることで、単なる切れ味とは一線を画する威力を宿した聖剣の前に、ゾンビなどは無力であった。 群がる亡者を薙ぎ払いながら、少女は城に向かって突き進んでいく。その身に託された、ドラキュラ打倒の使命を果たすために。 「ふう、なんとか撒けた……かな」 それから20分ほどの間、闘いながら駆け続けてようやくマリーはゾンビを撒くことができた。 ゾンビは魔力によって意志を宿した死体であるが、死体ゆえに活動時間はそう長くない。彼らの湧き出る墓場からさえ離れれば、襲われるより先に相手の身体が朽ちるのだ。 新鮮な肉を食って力を得た場合を除き、ゾンビの限界活動時間は20分程度と見ていい。今マリーのいる場所は、ちょうどゾンビが力尽きる位置なのだ。 そこまで計算して、彼女は小休憩をとっていた。これからの闘いを冷静に分析し、生まれ持った力に頼るだけでなく、体力の配分をしっかり考えて行動する。10代という若年ながら、彼女は魔物退治のプロフェッショナルなのだ。 (城までは……このペースだとあと20分もかからないかな。この事は間違いなく相手も気づいてるはず……気を引き締めないと) そのプロフェッショナルとしての経験から、マリーはこれからの道筋を予測していた。 一族にとってそうであるように、ドラキュラにとっても彼女たち太陽の一族は倒すべき宿敵である。100年周期の顕現ごとに毎回戦い続けてきて、何ら対策を講じていないということはありえない。 これからの道のりは過酷なものになると、改めて気を引き締めて歩き始める。 マリーがふたたび歩き始めてから20分。彼女は宿敵の住まう城の門へと到達していた。 城の外では魔力によって凶暴化した野犬や、野垂れ死にした人間のゾンビなどに襲われはしたものの、ドラキュラの配下からの襲撃はなかった。 しかしそれは、戦力を城内に集結させているとも言うことができる。 あえて城内へと招き入れ、獲物を確実に仕留めるという魔王の悪意が透けて見えるが、だからと言って逃げるという選択肢はありえない。 今までより一層の緊張感を以て、マリーは城の門を開いた。ここから真の戦いが始まるのだ。 (ここがドラキュラ城の中……明かりはそこらじゅうにあるけど、なんだか薄暗くて不気味な感じ……) (そしてやっぱり……城内は敵でいっぱいみたいね) 城内に入ったマリーを出迎えたのは、鎧を着た無数の白骨化した戦士たちの骸だった。 ドラキュラの魔力により、彼の意のままに動く操り人形と化した哀れな骸が、フロアを埋めつくしていた。 「スケルトンね。それも、こんなにたくさん……」 (剣でも倒せなくはないけど、この数を相手に剣で戦うのは少しリスクが大きい……) スケルトンは魔力による操り人形にすぎず、その身体をいくら砕いても復活する性質を持つ。完全に倒すためには聖なる力を以て魔力の干渉を消し去らねばならない。 聖剣で斬ることによっても倒すことはできるが、余りに数が多すぎてそれも得策とは言い難い。 相手にとっては雑兵に過ぎないスケルトンの攻撃であっても、人間であるマリーが食らえば手痛いダメージとなる。四方を囲まれた状態で、正攻法で戦えば攻撃を受けるリスクは非常に高い。 そこでマリーは決断を下した。消耗こそ激しいが、この局面を打開しうる技を発動しようと。 (やるしかない……!) 「天にまします我らが神よ、私に力をお与え下さい……!グランドクロス!」 そしてマリーは、一族に伝わる奥義を発動する。 手にした十字架に祈りを捧げ、神の力を借りて自身の聖なる力を一気に放出するという技だ。 いかに聖剣が強力であっても、剣である以上多数の敵を相手にするには限度がある。今のように無数の敵を相手に戦うための技が必要となる状況は多い。 そのための技がグランドクロスである。十字架の加護を得て太陽の一族の力を一気に放出するのだ。 いわば自分自身を一時的に太陽と化し、その光で敵を討ち滅ぼすのである。 その威力は絶大で、フロアを埋め尽くす数百のスケルトンはただの骨に戻り、その場にばらばらと崩れ落ちていった。 「ふぅ……これで先に進めるかな。でも……」 スケルトンを一掃したことで先に進めるようになったが、マリーはここを動けずにいた。それというのも、大技を使ったことによる反動があるためだ。 グランドクロスは強力である反面、体内の聖なる力を一気に放出してしまうため消耗が激しいという欠点がある。 一族の力は太陽が由来であるため、日光浴をするか睡眠をとることで回復するが、そのような時間はかけていられない。 「やっぱり……やるしかないよね……」 歴代の一族たちはこのような時のため、多くの者は魔法を身につけていた。しかしマリーは両親を早くに亡くしており、魔法を教えてもらえていないのだ。 それはすなわち、聖なる力が枯渇した時に戦う術を持たないということである。 そんな彼女が見出した解決策。それは単純でありながらとても有効で、しかし彼女にとってはあまり採りたくない手段であった。 マリーがカバンから取り出したのは、水の入ったびんだった。このびんに入っている水こそ、彼女の抱える問題を解決してくれるものなのだ。 この中にある水は、聖なる力を宿しやすい性質をもつ塩を混ぜ、さらに陽の光を浴びせて作った特製の「聖水」なのである。 この聖水を飲むことで、失った分の力を補うことができるのだ。 便利に思えるこの回復法であるが、ひとつだけ致命的な欠点があった。魔物を狩るものとしてだけではなく、1人の少女としても、致命的な欠点が。 「これを飲んだら、我慢しなくちゃいけないよね……おトイレ……」 そう。聖水の抱える欠点とは、体外に排出してしまうと効力がなくなってしまうことにある。 それどころか逆に、役目を終えた聖水は彼女にとって重しとなりうるものでもある。 塩を混ぜた水は聖なる力を宿しやすく、それに陽の光を浴びせることで回復薬として用いることができている。しかし逆に、それを体内に摂取するということは、彼女自身の聖なる力を聖水に吸い取られるということでもあるのだ。 役目を終えた聖水は膀胱内に溜まり、時間と共に少しずつ回復するはずの彼女自身の力を吸い上げ続ける。 それを排泄することはせっかく補充した力を失うことと同時に、当分は回復が望めないほど消耗してしまうことを意味する。 それに何より年頃の少女にとって、トイレ以外の場所で排泄するというのはこの上ない屈辱なのだ。 もし我慢できなければ……と。使命を果たせないだけではなく、少女としての誇りをも失う最悪の事態が脳裏をよぎる。 (そうなる前に、けりをつける……!) やるしかない、と自分を追い込みながらマリーはさらに城の奥へと進んでいく。 【マリー 340/1200 28%】 入口から見える範囲にいた敵は全て先ほどの攻撃で倒しており、増援も見受けられない。 上階へと繋がる階段も見つけ、1階フロアはこれで制圧したかと思われた。 しかしここは敵の本拠地。そう易々と攻略できるものではなく……邪悪な気配が階段の上からやってくるのをマリーは感じていた。 それはこの階段の守り手。1階フロアの魔物を統率する者……スケルトン達を取りまとめるため、ドラキュラから多量の魔力を譲り受けた者。 生きていた頃は戦場で名を馳せる剣豪だった者の骸が、行く手に立ち塞がっていた。 「さしづめ、スケルトンロード……といったところかな。手強そうだけど、手間取ってはいられない……!」 いかに相手が強者だろうと、ドラキュラにとっては下僕に過ぎない者を相手に時間をかけてはいられない。 マリーは怖じけることなく猛然と、聖剣を手に向かっていく。 ガギィン! 「なっ……!?」 しかし、その一閃は容易く見切られてしまった。当てるだけで相手を浄化できる剣の特性を活かすため、速さに特化して鍛えてきたマリーの剣が、いとも簡単に。 生まれてこの方、ずっと魔物を狩り続けてきて初の経験に彼女は戸惑いを隠せない。 しかし、これは仕方のないことでもある。マリーの鍛えてきた経験はあくまで魔物を相手取ってのもの。人間を想定したものではない。 そして相手はかつての剣豪……人間を殺傷するエキスパートである。 骨だけとなった今でも、その時の力量はそのまま有している。マリーがいくら魔物退治のプロであっても、「戦争」のプロを相手にしては分が悪いのは必然と言えた。 「ぐ……くぅ……っ!」 (つ、強い……!このままじゃ……っ!) 剣で倒すのが困難である以上、残された手段は多くない。魔法が使えないマリーの手札にあるのは、魔物退治で用いられる道具の数々だ。しかしこれらは、できるなら温存しておきたいものである。 銀の弾丸は6発しかなく、銀の投げナイフも2本程度しかない。しかもこれほど素早い敵を相手に、当たる保証もない。 となれば、採れる手段はひとつしかない。 「グ、グランドクロォス!」 全方位に対し有効な大技、グランドクロス。 代償こそあれ、確実にマリーを勝たせてくれる必殺技に縋るしかなかった。 そしてその代償は、きちんと払わなければならない。 「の、飲むしか……ないよね……」 小さなびんになみなみと注がれた「聖水」。それは彼女の力になると同時に、彼女のおなかに溜まる「排泄物」にもなる。 それが後々どんな影響をもたらすかは想像に難くない。だが、それでも飲まなくてはならない。消耗した力を補うために。 「んく……ふぅ。ひとまず勝てたけど……急いだ方が……いい、かな」 下腹部の奥で微かに感じる感覚が、少女を急がせる。 今はまだ遠くとも、確実に迫り来るタイムリミットの中で、彼女は戦わなければならないのだ。 「……行こう!」 限られた時間の中で、使命を果たすため少女は再び進んでいく。悪意渦巻く城の深奥へと。 【マリー 480/1200 40%】 スケルトンロードを倒したことにより、上階へと繋がる階段が解放された。1階と同様に2階でも激しい戦いとなることを警戒しつつ、マリーは歩を進めていく。 そして階段を登りきった彼女を出迎えたのは、がしゃがしゃとひしめく鉄の鎧たちだった。 それは鎧と武器だけの身体で、中に人が入っているかのように襲いかかってきた。 「くっ……!」 (リビングアーマー……また厄介な相手を……!) それは霊魂によって成る、動く鎧。その厄介なところは、中身がないゆえに斬ることができないというところだ。 いわゆるポルターガイストによって動いているものであり、この鎧をいくら斬ろうとも意味が無いのだ。 仮にこの鎧を叩き壊したとしても、破片を繋ぎ合わせてまた襲いかかってくる。完全にこれを仕留めるには、鎧を操る霊魂そのものを倒さなくてはならない。 しかし霊魂は実体を持たず、聖剣による斬撃が通らない。歴代の一族はこうした場合は魔法で倒していたが、マリーは魔法が使えない。 (ど、どうしよう……!ここには日光なんか届かないし……アレは、できれば……) 魔法を使えないマリーがこの敵を倒すには、日光を浴びせて闇の力を浄化する以外ない。だが屋内に日光は届かないし、そもそも今日は皆既日食である。となれば、やはり対抗策はひとつしかない。 うら若い少女としては拒みたいところだが、魔物退治のプロとして、適切な判断が求められていた。 (でも、使うしか……!) 「グ、グランドクロス!」 だが、長引かせたところでどのみち採れる手段は変わらない。それなら早く倒した方が負担は少ない。マリーの判断は適切だった。 とはいえこれ以上の乱発はできるなら避けたいものではある。グランドクロスは1回放つだけでエネルギーを使い切り、その度に聖水を消耗する。 聖水の持つ性質から、過剰な摂取は避けたい。飲みすぎて限界を迎えれば、今日一日の間は再起不能となるのは間違いない。 かといって、温存していたせいで倒されては元も子もない。難しい戦いを余儀なくされていた。 (そのためにも……飲まないといけないよね。これ……) 徐々に迫り来る大敵に塩を送るかの如き行為。しかしそれでも、やらないわけにはいかない。 マリーは意を決して、びんに口をつけた。体内に吸収された聖なる水が、彼女のお腹に降りていく。 じわじわと重みを増していくそこを意識しないようにしつつ、マリーは先へと進んでいく。 【マリー 630/1200 52%】 2階フロアにいた敵は、先ほどの攻撃で全滅させている。だが1階でのこともあり、警戒を解くことはできない。 そして案の定、マリーが階段を見つけるなり、上から足音が聞こえてきた。 その足音の主は、全身を包帯に包まれた奇妙な出で立ちをしていた。 「これは、マミーね……!また嫌な相手が……」 それは動く包帯、マミー。その厄介さは、その身体が包帯そのものであるところにある。 マミーの人型部分に対し、猛然と斬りかかっていくマリー。 だがその斬撃は、あえなく空を斬った。マミーの包帯がばらばらに散り、斬撃をかわしたのだ。 マミーは一見すると包帯で巻かれた人型魔物に見えるがそうではなく、魔力を宿した包帯そのものが人の形をしているに過ぎない。 霊魂と異なり実体はあるので、包帯を斬れば倒せるのだが、その斬撃は包帯ゆえの柔軟さでかわされて当たらない。 (もうっ!なんでこんなのばっかり……!) 徹底して聖剣の当たらない相手ばかりと戦わされ、マリーの心に焦りが生じてくる。 彼女は知る由もないが、これがドラキュラの策だった。彼女ら一族と戦う上で最も厄介な、聖剣が通用しない者をぶつけて疲弊させることが有効だと考えたのだ。 その策は魔法の使えないマリーに対しては、より大きな効果を発揮していた。 斬撃が通じない場合に採れる手段が代償の大きなグランドクロスしかない彼女にとって、この戦法との相性は最悪といっていい。焦るのも無理はなかった。 しかし、かといって倒さずに通れるような相手ではない。包帯そのものであるこの敵にとって、背を向けた彼女を捕らえることは造作もないだろう。 (でも包帯なら燃えるし、あれが使えるかも……!) しかしマリーも、魔法が使えないことに対して聖水を用いる以外の対策をしていない訳ではない。聖水にもデメリットがある以上、それを他の道具で補うのは至極当然のことである。 そのための道具として、炎魔法の代わりとするためスプレー缶とライターを用意してきていた。 本来は虫型魔物のような小さな相手をまとめて焼き尽くすためのものであるが、このような場合にも効果が期待できる。 ひらひらと逃げ回り、斬撃の通らない布状の敵に向けて、広範囲に及ぶ火炎放射をお見舞いするのだ。 「できれば取っておきたかったけど、しょうがないよね……ファイヤー!」 掛け声と共に、スプレー缶とライターとを併せた即席火炎放射器をマミーへと向ける。 ごうごうと唸りを上げて火炎が襲いかかり、瞬く間に包帯を炎が包み込んだ。いかにマミーが魔力を授かったものであろうと、完全に灰となってはそこからの復活は不可能だ。 なんとか強敵を退けたものの、少女の表情は明るくならなかった。ことごとく聖剣の効かない敵とばかり戦い、消耗が激しいためだ。 魔法が使えないのを道具で補うのが彼女の戦法だが、その道具も無限ではない。あまり多く持ち込み過ぎれば動きが悪くなるので、最低限の数しか用意していないのだ。 聖水だけはさすがにたくさん持ち込む必要があるので残り8本はあるが、それ以外は銀の弾丸6発と拳銃、銀の投げナイフ2本、残量が僅かとなったスプレー缶とライター、そして探索用の懐中電灯くらいである。 銀の弾丸とナイフは空を飛ぶ敵を想定したものであり、そういった敵と遭遇しづらい城内にいる時点でほとんど役には立たない。そもそも聖剣で斬れないような、実体のない相手に通じるものではない。 必然的にグランドクロスの重要性が高くなるが、あまり乱発しすぎてドラキュラ戦で力尽きては話にもならない。そして、そうなる頃には尿意もひどいものになっているだろう。まともに戦えるかわかったものではない。 ドラキュラにたどり着くまでどれだけの敵がいるかわからない中で、これだけ消耗させられてしまったのだ。浮かない顔をするのも無理はなかった。 「……でも、道具のことを心配してる場合じゃない……今は戦うことを考えないと」 しかし沈んでいても状況が良くなる訳ではない。少女はそう己を奮い立たせ、先へと進んでいく。 【マリー 750/1200 62%】 3階へと繋がる階段を登ると、豪奢な絨毯の敷かれたフロアが広がっていた。 鮮やかな紅色のそれは、血の色を想起させる……まさに吸血鬼を象徴するような色合いだった。 その持つ意味は単純で、この先に特別な存在がいることを示唆していた。 (この雰囲気、やっぱりこの先に……) 倒すべき敵が目前にいる。どうしても気持ちが逸ってしまう状況ではあるが、その前にやるべき事があった。 それは城主の部屋を守護する、最後の障害の排除。先程から彼女を見下ろしている黒い影に、強い眼差しを向ける。 それは黒い翼を折りたたみ、天井からぶら下がる巨大な蝙蝠だった。 吸血鬼の腹心として相応しい相手であり、空を飛び回るという点も厄介なところである。 しかし、そのために用意した道具がある以上、グランドクロスしか対抗策がないこれまでの相手より幾分か戦いやすいと言えた。 「大コウモリ……剣で相手するのは大変だけど、こっちには銃があるんだから!」 即座に銃を構え、銀の弾丸を放った瞬間だった。1匹の巨大な蝙蝠が、無数の小さな蝙蝠に分離したのだ。 「え!?ええっ!!?」 これまでハンターをしてきて始めての経験に、マリーは戸惑いを隠せない。 大コウモリの存在は祖先の遺した書物により知っていたが、このような魔物の存在は記されていなかったのだ。 彼女が大コウモリだと思っていたこの魔物の正体は、無数の吸血蝙蝠の集合体。蝙蝠の群れに魔力を与え、群体として高度な行動を取れるようにしたものである。 マリーは知る由もないが、これはドラキュラが一族への対抗策として新たに生み出したものであり、群れで襲いかかることで飛び道具の効き目を最小にするのが狙いだった。 (こ、こんなにたくさんいたら全然弾が足りない……!飛んでたら剣だって届かないし……ど、どうしよう……!) その目論見は見事に的中し、マリーは未経験の事態への対処法を見出せずにいた。 だが、彼女がそれをしたくないということを抜きにすれば、対処法がないわけではない。相手の数が多かろうと、飛んでいようと関係のない必殺技が彼女にはあるのだから。 (なんでほんとに、こんなのばっかりなのぉ……!) 「うぅ……!グランドクロス!」 太陽の光を浴びせて、邪悪な魔力を問答無用で浄化する必殺技、グランドクロス。 この技を使えばこの局面を打破できる……と安心した彼女の前で、蝙蝠たちが思いもしない行動をとった。 なんと群れの半数ほどが残り半分の盾となり、その体で光を防いだのだ。 浄化の光といえど、物理的な限界はある。遠かったり、壁があったりなどで届かなければ効力はない。 この敵は肉壁を作るという極めて乱暴な、それでいて合理的な手段で彼女の必殺技を封じてきたのだ。 グランドクロスを何度も打たなければならない状況に追い込むことで消耗させる。そういった目論見に、彼女はものの見事に嵌められていた。 (さ、さっき炎を使ってなければ……でもあの時はああするしかなかったし……) なんとか聖剣で斬ろうとするも、やはり飛び回る敵を相手にしては分が悪い。 こういった相手に対して有効な火炎放射も、先ほどマミーに向けて放ったせいでスプレー缶の中身が殆ど残っていない。八方塞がりだった。 そうなると、やはり残された手段はひとつ。消耗するのを覚悟の上で、敵が全滅するまでひたすら撃ち続ける。それ以外になかった。 隙を見て聖水を取り出し、一息に飲み干す。これで再び必殺技を放つ準備は整った。 (お願いだから、これで終わって……!) 神への切なる願いを込めて、彼女はその全身から浄化の光を放出する。 だがやはり、彼女の願いは叶わなかった。先ほどと同じく、半数の敵がもう半数の肉壁となって阻止したのだ。 残りの数は20体ほど。随分と数を減らしはしたが、まだ飛び道具だけで対処できる数ではない。 あともう1度か2度の発動が必要となり、彼女が持ち込んできた聖水の実に半分をこれまでで消費させられることになる。その消耗は決して軽いものではない。 しかしドラキュラを相手に、背後に脅威を残したまま進むのは挟み撃ちのリスクがある。ここで倒して後顧の憂いを断っておく必要性は高い。 例えそれが時限爆弾のタイマーを早める行いだとしても、彼女にはそれをする以外の選択肢はなかった。 「は、はやく終わってぇ……!グランドクロス!」 再び放たれる必殺の光。それはまた半数の敵を浄化し、残ったもう半分の敵に向けてもう一度浄化の光を放つ。 残った蝙蝠の数は5匹。これなら残りの弾丸の数で事足りる。 最初に撃った1発と併せ、手持ちの弾を撃ち尽くしてようやくマリーは全ての蝙蝠を撃破することができた。 しかしその代償は大きい。銀の弾丸は使い果たされ、聖水も残り半分の5本にまで数を減らしてしまった。しかもこれからドラキュラと戦うために、また飲まなければならない。 びん1つにつきおよそ200mlのそれは、彼女の下腹部に無視しがたい違和感を与えていた。 (さ、さすがに飲みすぎたかな……でもここでドラキュラを倒せば後は帰るだけなんだし、大丈夫だよね……!) これまで6つの聖水を飲み干し、延べにして1200mlの水分を摂取してきた。出かける前に済ませてきたとはいえ、その量がもたらす影響は大きい。 早く帰るべく、少女は一族の宿敵が待つ最上階へと歩を進めていく。 【マリー 960/1200 80%】 (ここが、ドラキュラのいる場所……?なんだろう、なんの力も感じないけど……) 「よくぞここまでたどり着いた。太陽の一族よ」 「……っ!誰っ!?」 「ほう……今代のヴァンパイアハンターは、己が宿敵の名すら知らぬのか」 「じゃあ、あなたが……!ならここで、あなたを倒しますっ!!」 闇から現れた宿敵に向かい、聖剣を振り下ろす。 しかしその一撃は、虚しく空を斬った。しっかりと狙いを定めていたし、相手は少しも動いていないはずなのに。 「相も変わらず、人間は気が早いな。少しは落ち着きを持ってもらいたいものだ」 「この手応えのなさ……魔力もなにも感じないのは、もしかして……!」 「ようやく気づいたか?そこに我が肉体はないということに」 先ほどからマリーが感じていた違和感の正体。強大な魔力を持つ魔王がいるにしては、なんの気配も感じなかったことの理由。そしてマリーが剣を外した理由。それは極めて単純なものだった。 この場所にドラキュラはおらず、目の前にあるのは彼が魔法で作り出した映像に過ぎないということである。 しかしそこでマリーは疑問を抱いた。人間界を征服しようと、100年に1度の機会を眈々と狙っていたはずの彼が、なぜこんなことをするのかということだ。 「気になるか?私がなぜこのような事をするか……単純なことだ。癪ではあるが、人間どもの進歩は私が考えるよりずっと速かった……今の世は、夜でも光に満ちているではないか」 「確かに、今は明かりがそこら中にあるけど……でも、あなた達が嫌うのは太陽の光だけのはずじゃ?」 「だが、それでも闇は照らされる。我が力の源である闇がなければ、我が力を発揮することは適わぬ……特に貴様ら太陽の一族と戦うにはとても足りぬのだ」 「それじゃあ、もしかして諦めてくれたの!?」 瞳を輝かせるマリーの言葉に、ドラキュラは軽く笑みを浮かべながら答える。 その語った内容は、彼がまだ地上侵略を諦めていないことを示していた。 「だが逆に、貴様らさえいなければ問題は無くなる。闇がなくとも、普通の人間ごときを狩るのは造作もないのだからな」 「フフ……だからこそ私は、私自身をエサに貴様をおびき寄せたのだ。ここで貴様を滅ぼし、次代にその忌々しき血を残させぬ為にな」 「まさか、あなたの狙いは……!」 「そう、貴様自身なのだよ。マリー・ヘリオライト。ここで貴様を倒し、次の日食の暁に地上を征服するのだ」 「その為に私は策を弄し、貴様の力を削ぐことに専念したのだ」 「それなら、なぜあなたは私を殺しに来ないの?」 「貴様の力は想像以上だった。正面から戦えば、力が弱まった今の私では危険が伴うだろう」 「地上侵略の前に私が倒れては仕方ないのでな。魔力のほとんどを配下に分け与え、魔界で身を休めているというわけだ」 「魔力を分け与えて……?あっ、まさか……!」 「フフ……ようやく気づいたか?人間とは本当に浅慮なことだな。私がなんの目的もなく、貴様と話などをすると思っていたのか?」 「やられた……!時間を稼いでいたのね。帰り道に魔物を召喚するまでの……!」 「予め配置していたのはことごとく倒されていたのでな。貴様を仕留めるに充分な相手を拵えるのには苦労したぞ」 「だがこれまでの道のり、決して楽なものではなかったであろう?その消耗した状態で、果たして無事に帰ることができるかな?」 ここに来て明かされたドラキュラの作戦。自分の身を守りつつ、最大の障害であるマリーを殺すための策。 100年に1度、自分を殺すために必ずやってくる太陽の一族をおびき出し、その力を消耗させて仕留める。永遠の生命を持つドラキュラにこそ可能な、100年越しの計略にまんまと嵌められてしまったのだ。 だが、だからといって大人しく殺されるわけにはいかない。ドラキュラの城の最上階で、マリーの戦いは折り返しを迎えていた。 「あなたの配下なんかに、やられたりしません!!」 絶対に一族の血を絶やしはしないと、決意を固めて来た道を戻っていくマリー。 その後ろで、ドラキュラは静かに笑みを浮かべていた。これからの道のりがかつてなく厳しいものになることを示唆するかのように。 【マリー 1020/1200 85%】 下のフロアに戻ると、そこに広がっていた光景はマリーの想像を絶するものだった。 「なに、これ……!」 蝙蝠の群れと戦ったフロアに戻ってきたマリーを出迎えたのは、一面を埋め尽くす植物のツタだった。 一瞬にしてジャングルにワープでもしたかと思うほどの変貌ぶりに、驚きを隠せない。 辺りを見回しても、敵と思しき姿は見受けられない。変わり果てた城の姿に不安を覚えながらも、マリーは先へと進んでいく。 そして彼女がさらに下のフロアへ降りた時、城をこのような姿へと変えた元凶がその姿を現した。 「あれは、アルラウネ……?まさか、こんな力のある魔物じゃないはずなのに……!」 そこにいたのは、処刑場で人の血を吸ったことで変異した植物の魔物、アルラウネ。 人の体液を好み、特に男の精を啜ることで知られるが、逆に性的なもの以外の被害が少ない魔物である。 花の中央に女性を象っためしべがあり、ツタを伸ばして手足を拘束して体液を啜るのが特徴であるが、それぐらいしか攻撃手段がないので比較的危険度は低い部類に入る。 だがここにいるのは、そんな普通の個体とはまるで異なる力を有していた。 普通のアルラウネにこれほど大それた力はなく、ツタを伸ばすにしてもその長さは精々数メートル程度だし、伸ばせる本数も片手で数えられる程度だ。 しかしこの個体のツタは部屋中をびっしりと覆うほど多く、明らかに通常と異なっている。これだけのツタに一斉に襲い掛かられれば、さしものマリーも捌くのは難しいだろう。 「……!?危ないっ!?」 そして、アルラウネの本格的な攻撃が始まった。部屋中にあるツタが、マリーに向かって伸びていく。 本体から伸びるものだけでなく、部屋のあちこちに伸びたツタをも避けなければならない。360度すべてから襲い来るツタを避けながら斬りかかるというのは、もはや神の領域に近い技量が必要となる。 魔物といえど植物には変わりないので、火炎放射はとても有効だがもう残りがない。 近づくことが困難な上、遠距離で有効な攻撃手段もない。もしもこのまま捕まれば、彼女と太陽の一族の命運は絶たれてしまう。 (もう、いやなのにぃ……!!) そしてマリーは覚悟を決めた。すでにこれまで何度も放ってきた技に頼ることを。 十字架に祈りを捧げ、全身から浄化の光を放つ。厄介な部屋中のツタも、これで問題なくなるかと思われた。 しかしマリーの予想は大きく外れることとなる。浄化の光を全身に浴びたはずの敵は、変わることなくマリーに向けて攻撃を放ってきたのだ。 (な、なんで!?なんで、効いていないの!?) それはマリーの心に大きな動揺をもたらした。蝙蝠のように力業で防ぐのでもなく、そもそも通用しないというのは初めての経験だったのだ。 動揺する彼女の前で、アルラウネがその口を開いた。その口から明かされた理由は、考えてみれば当然の理由であった。 「おひさま、ぽかぽか……」 そう、浄化の光とはすなわち太陽の光。魔物であると同時に植物でもある相手に対して、効き目が弱まるのは当然のことだった。 しかしそれでもマリーにとって決め技であり、高い代償を払って放つ技を封じられたショックは大きい。 何とか違う手段を講じようとする彼女に、再びツタが襲い掛かる。 (ま、まずい……そんなに長くよけきれないし、な、なにより……飛び回ると、お腹に響く……!) ツタの密度そのものの問題もあるがなにより深刻なのは、マリーの下腹部に溜まった聖水の残滓がそろそろ重くなりつつあることだった。それは彼女が飛び回る度、じんじんと鈍い感覚を伝えてくる。 一刻も早く決着をつけなければ、これからの戦いに差し支える。ここでマリーは、賭けに出ることを決めた。 グランドクロスが通じず、聖剣で斬ろうにもそこまで近づくことができない。ならばグランドクロスを囮にして接近し、相手に攻撃するのである。 チャンスは一度しかなく、失敗すれば敗北が確定する。しかし勝てる可能性があるとすればこの作戦だけだ。マリーは迷うことなく行動に出た。 残り三本となった聖水の1つを一息に飲み干し、銀のナイフを構える。そして十字架に祈りを捧げ、必殺技を発動する。 「くらいなさい!グランドクロス!!」 「また……ぽかぽか……まぶしい……」 グランドクロスの強い浄化の光で視界を奪い、ナイフの届く距離まで近づく。そしてアルラウネの本体、女性の形をした部位に向けてナイフを投擲する。 「あれ……はもの……?いたい……」 「今だっっ!!!」 「ア…………!」 突き刺さったナイフに気を取られた一瞬の隙を突き、深々とその体に聖剣を突き立てる。 さしものアルラウネも、聖剣に刺されては耐えることはできない。ばらばらと花を散らし、その場に朽ちていく。 部屋中のツタも枯れ崩れ、後に残ったのはマリーと何者かの腕だけだった。 その腕からは強力な魔力が感じられ、その腕がアルラウネに強い力を与えたと思われる。そしておそらくその腕の持ち主は、ドラキュラ本人だろう。 強い魔力を有したドラキュラの肉体は、それを持つ者にも力を与えたのだ。おそらくこの先にいるのも、そうやって強い力を得た相手だろう。 今までにない強敵との戦いに疲労を隠せないが、まだフロアは残っている。迫りくるタイムリミットを前に、ゆっくりもしていられない。 「も、もう飲みたくないけど……そうも言ってられないよね……」 次の戦いに向けて、ちゃぷちゃぷと波打つお腹を圧して聖水を流し込む。 【マリー 1180/1200 98%】 きゅんと切なく疼く感覚を振り払って、マリーは階段を下りていく。 その先にあったのは、怪しげな色の靄に包まれた空間だった。それ以外に怪しい気配はなく、逆に不気味さを感じる。 (何もないはずなんてない……このもやが怪しいけど、行かないわけには……なるべく吸い込まないようにしないと) この靄を吸ってしまわぬよう、袖で口元を覆いながら駆け抜けようとするマリーのすぐ目の前に、巨大な影が表れた。 鼻先がぶつかりそうなほどの位置に突然現れたのは、牛の頭に人の肉体を持つ巨人、ミノタウロス。唐突に現れたそれに驚くマリーに、さらなる仕掛けが牙を剥く。 百戦錬磨の彼女が一切気づかぬ間に、周りを無数のスケルトンが囲んでいたのだ。その事実に驚きと、同時に焦りを覚える。 戦闘の最中にこれほどの接近を許し、さらには包囲までされてしまったということ。そしてこれだけの敵の気配に一切気づけなかったことに動揺していた。 確かに疲れているし、尿意からくる焦りもあるとはいえ、これほど迂闊になるなどあり得ないことである。 しかし、おとなしくやられるままでは迂闊どころの話ではない。無数の敵を相手にやれることはたった一つである。 あと2回しか撃てないとはいえ、出し惜しみして殺されては仕方がない。マリーは迷うことなく、それを発動する。 「……グランドクロス!」 浄化の光が辺りを照らし、闇の力を浄化する。辺りにいた敵も、一瞬にして消え去った。 これで先に進める、とマリーが思ったその瞬間だった。何者かに背後から腕を掴まれ、後ろ手に拘束されてしまったのだ。 一体何が起こったのかわからず混乱する彼女の耳元で、手を掴んでいる相手がささやきかけてきた。その声の主は、女性だった。 「ふふ、忌々しい一族の末裔も、こうなっちゃうとカワイイ女の子……おいしくいただいちゃおうかしら」 「あ、あなたは……!?どうして、なんともないの……!?」 「うふふ、それはね……ドラキュラ様が持っていた日の光を防ぐ外套を纏っていたからよ。今ので台無しにはなってしまったけれど……ね」 「そ、そんなことが……!?」 「お楽しみの前に、自己紹介しましょうか。私はドラキュラ様第一の部下、サキュバスのカーミラ……よろしくね、お嬢さん?」 ドラキュラから差し向けられた次なる刺客は、女性の淫魔であるサキュバスだった。 主から貰った外套でグランドクロスの光を防ぎ、無数の敵を目くらましにして近づいたのだ。 しかしサキュバスが生き残っていたこと以外にも疑問はある。なぜ歴戦の経験があるマリーに、一切気取られずここまで近づくことができたのか、ということである。 「人間ってほんと、単純でかわいいわぁ……この靄がどういうものか、少しも考えないんですものね」 「そ、そうだ……このもやはいったい……?なんだかちょっと、吸ってるときもちよくなってきて……」 「それはそうよ。これは行為の際に焚くお香でね、ちょっと頭をぼんやりさせることでより積極的になれるの。戦いの際には、それで判断を鈍らせたりもできるわ」 「それに私の幻惑魔法を合わせれば、色々と面白いことができちゃうってわけね」 「こうい……?」 「あら、知らないの?ふふ……おねえさんが手取り足取り、と言いたいところだけど今日はそっちじゃなくて……ココ、いじめちゃおうかしらね?」 そういってサキュバスが触れたのは、じわじわと存在感を増してきている下腹部。そこをくいくいと押され、マリーは慌ててそれを止めようとする。 「あ、だめ!だめですっ、そこはぁ!」 「うふふ、今まで飲んできたお水はぜんぶこの中に溜まってるのかしら?もうほとんど飲んでしまったのよね?」 「……っ!だ、だって……いやな敵ばっかり出てくるから……っ」 「それはそうよ。あなたがどういうハンターか分析して、私がドラキュラ様に進言したんだもの。この子はおもらしすると弱くなるから、そういう風に仕向けたほうがいいって……ね」 「そ、そんなことが……!」 「ドラキュラ様はずっと魔界にいて、人間界のことはあまり存じておられないの。だから私みたいなのがこうして進言することもあるわけ。うふふ、びっくりしたかしら?」 ここに来て、マリーは驚くべき事実を知った。今日一日かけてマリーを消耗させる戦法は、他でもなくここにいるサキュバスが考え出したものだったのだ。 それに見事はめられてしまい、10あったうちの9本をすでに飲んでしまったマリーのお腹はすでに波打つほど水浸しだ。それが膀胱に降りてくれば、耐えがたい重しになるのは想像に難くない。 「これまでは戦いで気が紛れてたりしたでしょうけど……どう?ちょっと落ち着いてくると、すごくしたくなってきたでしょう?」 「そっ、そんなこと……!」 「真っ赤になって、かわいいのね。そうだ、いいこと教えてあげましょうか。あなたがこの城に入ってから、どれくらい経ったのか知ってる?」 「時間……?」 「あなたがこの城に入ったのは、もう昨日のことよ。昨日のお昼ごろにお城へ乗り込んできて、今は日付が変わってまもなくというところね。わかる?そんなに長い間、あなたは戦い続けていたの。我慢したままね」 サキュバスが教えてきたのは、マリーがこの城に来てからの時間だ。マリーが家を出て、今に至るまで12時間近く経過しているということ。それだけ長い間、彼女は排泄をしていないということを突きつけてきたのだ。 そのことが、マリーに大きな影響をもたらした。これまでは戦いに夢中で時間の経過など気にしていなかった。ある意味で麻痺していたのを覚まされてしまったのだ。 戦いによる高揚が麻酔の代わりとなっていたのが覚めれば、あとは麻酔と同じである。麻酔によって感じなかった感覚が、一気に押し寄せてくるのだ。 「そんなに長い間行っていないのだもの。さぞかし辛いでしょう?お手洗いに行かないとダメよねぇ」 「わ、私は……別に、行きたくなんか……!」 「あらそう?人間って確か、5~6時間に一度は行くのではなかったかしら?あなたはだいたいその倍は我慢してるし、お水だってたくさん飲んだわよね?」 「そんなの、ぜんぜん平気です……!」 「本当に?それじゃあ……これ、浴びてみる?」 そう言ってサキュバスが取り出したのは、小さな瓶に入った黄色い粉末だった。 それの意味がわからず首を傾げるマリーに、サキュバスは半ば呆れながら挑発する。 「あら、中身がなんなのかさっぱり想像もつかないのかしら?あなたはもう少し穿って考える癖をつけた方が良さそうね」 「お、大きなお世話ですっ……!というか、そういう風にあなたがしたんじゃないですか!このもやで……!」 「それは確かにそうね。じゃあ、ヒントをあげようかしら」 「私たち魔族にとって、さして強くもないアルラウネなんかにドラキュラ様が御力を分け与えたのは、なぜかと思うかしら?」 そう、アルラウネは決して強い魔物ではない。確かに太陽光に耐性はあるが、それなら蝙蝠の群れをもう一度呼び出してグランドクロスを乱発させた方が効率的だったろう。 そんな中であえてアルラウネを選んだ理由。それはその生態にあった。 アルラウネは人の体液を好む。特に男の精液と、若い少女の小便を好むのだ。 そしてそれらを効率よく得るため、アルラウネはその身体から人の身体を狂わせる物質を生成する。 アルラウネの蜜は強力な催淫効果を、そして花粉は利尿作用をもたらす。そしてサキュバスの持つ瓶に収められているのは、黄色い粉末である。 「ま、まさか……!」 「そう、そのまさか。アルラウネは初めからお薬の代わりに呼んだだけなの。太陽への耐性も、まあ役には立ったけれどね」 「や、やだ、やだ……!やめて、くださ……!」 「うふふ、ここでやめるわけ……ないわよね?」 【マリー 1270/1200 105%】 ぼふ、と小さな音を立てて粉末がマリーに振りかけられる。その効果は、すぐに表れた。 【マリー 1680/1200 140%】 「あ、え……!?ぅあ!やだ、や……!は、はなして!はなしてくださいぃ!」 「あらもう?早いのねえ。さすがは魔界の花……いえ、あるいはドラキュラ様の御力かしらね」 「だめ、だめ……!おさえっ……!っ、うぁぁぁ……!!」 サキュバスに抑えられた腕をじたばたと動かし、必死に振りほどこうとする。急激に高まった尿意は、瞬く間に決壊の間際までその水位を引き上げていた。 アルラウネの花粉が持つ利尿作用は元より強力なものではあるが、それでもこれほどの即効性は持ち合わせていない。 恐らくドラキュラの腕によって変異した個体のものだからこそ、これほどの効き目を発揮したのだ。 【マリー 1850/1200 154%】 「あらあら、押さえたいの?もう出ちゃいそうなのかしら?」 「ち、ちがっ……!そんなことぉ……!」 「強がっちゃって……いいわよ、放してあげる。けどその代わり……」 「あっ……!」 「物騒なこれは没収ね。あの光をもう一度放たれたら堪らないもの」 「じゅ、十字架が……!どういうつもり……?」 これまでマリーを後ろ手に拘束していたサキュバスが、突然それを解放したのだ。 それと引き換えに必殺技のキーである十字架は奪われてしまったが、今までよりはあらゆる意味でやりやすい状態になったのは確かである。 ここでわからないのは、サキュバスが何を考えているかということだ。マリーを殺したくて仕方ないはずなのに、こうして塩を送ってくるのはどういう意図があるのだろうか。 「ふふ、単純よ。私たち闇の一族にとってあなたたちは怨敵……それをただ殺すだけじゃ恨みが晴れないわ。さんざんに辱めてからじゃないとね」 サキュバスの意図。それは何百年にも渡って魔族の野望を打ち破ってきた一族の末裔を辱め、長年の恨みを晴らすというものだった。 これはとらえ方によっては、油断ともいえるものだ。絶対的優位に立っているゆえに、こうして相手をおちょくっているのである。 そうであるなら、まだ打つ手は残っている。グランドクロス発動のキーである十字架を奪われはしたが、まだ最後の切り札は残してあるのだ。 (でも、これを撃つには近づかないといけない。それに……うぅ……おなか、苦しいけど……飲まなきゃ……!) だが、先ほどのグランドクロスでマリーの体内エネルギーは枯渇している。それを補わなければ戦うどころではない。 最後の聖水をここで消費してしまうと、この後に強敵が現れた時に為す術を失ってしまうことになるし、すでに悲鳴を上げている下腹部に更なる重しを与えてしまうことにもなる。 だが、飲まなければここで死ぬのは免れない。覚悟を決めて、マリーは最後の聖水に口をつける。 「ぜ、ぜったい、負けませんっ……!」 「あら勇ましい。その剣を私に当てられれば、確かに勝てるかもしれないわね?振れるなら、だけど」 「ば、バカにして……!やああぁ!!!」 勇ましく剣を振りかぶり、サキュバスに斬りかかっていく。だがその一振りは空しくも空振り、逆に隙を晒してしまう結果となる。 隙だらけとなったマリーのお腹に、サキュバスの手が触れる。硬く張り詰めたそこを、手のひらで軽くぽん、と叩きつける。 【マリー 1940/1200 161%】 「んぎゅうううううぅぅっっ!!!!?」 たったそれだけでマリーは持っていた剣を取り落とし、両手で股間を押さえる醜態を晒してしまう。 そんな姿をサキュバスが見逃すはずもなく、嘲りの言葉を向ける。 「あら、大事な大事な聖剣を落としちゃったわよ?誇り高い太陽の一族が、そんなことをしていいのかしら?」 「ふぅ……ふぅ゛~~…………!!!」 「ほら、頑張って我慢なさい?一族の血をこんなところで絶やすつもり?それもオシッコが我慢できないなんて理由で……」 「うるさい……!うるさいっ……!!」 「ふふ、いいわぁその顔……!そうでなきゃ恨みは晴れないものねぇ」 屈辱に顔を歪める姿を見て満足げに嗤うサキュバス。長年の怨敵を良いように弄ぶ快感に浸る彼女は、どこから見ても油断しきっていた。 それはもちろん、そこに至るまでの過程があってのことでもある。サキュバスの策により消耗させられ続けたマリーの尿意は暴発寸前、最後の拠り所であるグランドクロスも十字架を奪ったことで発動不能、負ける要素などないと思うのも無理はない。 そのことが結果として、致命的な判断ミスを招いた。マリーの顔を近くで見ようと寄ってきたのだ。 (チャンスはここしかない……!) ここでマリーは、残された最後の手段を発動する。 両手を広げ、自分自身の身体で十字を描く。通常のグランドクロスは十字架に祈りを捧げるが、これは自分自身を十字架に見立てて神の加護を得るのだ。 本物の十字架を使う場合よりも威力は数段劣るため、接近していないと相手を倒すには至らない。その代わり十字架が無くても放つことが可能な技だ。 名付けてミッシングクロス。十字架を失ってもなお戦うために生み出された最後の技である。 「な!?これは、太陽の……?なぜ……!?」 「ゆ、油断……しましたね……!自分自身を十字架にする……私の、最後の手段です……!」 「そんな……!?ドラキュラさま、もうしわけ……ありま……!」 マリーを苦しめ続けてきた淫魔、サキュバスは光の中に消えていった。


Related Creators