聖水少女奮闘記~尿意に堪えて悪魔を倒せ~(前編)
Added 2020-12-11 10:02:15 +0000 UTC1999年 某日 ある予言者が「恐怖の大王」の到来を予言し、世界中を震え上がらせている頃、欧州のとある国ではそれと似た伝説が話題となっていた。 この地に伝わる古い伝説、「ドラキュラ伝説」である。 人の血肉を糧とする魔王が、100年に1度魔界から蘇り人間界を恐怖と絶望で満たす。 魔界を統べる王の顕現は、この世を瞬く間に怪物の跋扈する魔界へ変える。100年に1度の皆既日食の日が、その日なのだと伝えられていた。 この救いのない伝説は、多くの人の心に絶望と恐怖を刻み込んでいた。 だがこの地には、このドラキュラ伝説と対になるもう1つの伝説も存在する。魔界より出でし怪物どもを滅する者たちの……「太陽の一族」の伝説が。 「行ってきます。お父さん、お母さん……」 丘の上に建てられた2つの墓に手を合わせる少女。中世の町娘を思わせる野暮ったい衣服に身を包んだこの少女「マリー・へリオライト」こそが、古からドラキュラと戦い続けてきた一族の末裔なのである。 「太陽石」の名を冠するこの一族は、太陽の持つ聖なる力を身体に宿している。その力がドラキュラ打倒の大きな力となっているのだ。 そしてその力を増幅し、太陽の一族と共に魔王を討つ聖剣もまた、代々受け継いでいる。その身に宿す力と聖剣の力を以て、魔王の襲撃を防ぎ魔界へと押し返し続けていたのだ。 ドラキュラが100年に1度人間界を襲っているのにここが魔界と化していないのは、彼女らへリオライト一族の奮闘があったからこそである。 マリーもまた、その一族の力と使命を受け継ぐ者。年若い少女でありながら、その短い人生のほとんどをドラキュラ打倒の修行に費やしてきたのだ。 魔界から溢れ出た魔物との戦いで生命を落とした両親の墓前で、少女はドラキュラ打倒の誓いを立てる。 「聖水よし、クロスよし、ナイフよし、銀の銃弾……よし、全部よし!」 (見ていてね。お父さん、お母さん……!) 最後に荷物の確認をして、少女は旅立った。 この世で最も魔界と近い場所。ドラキュラが根城とする町外れの古城へ……「悪魔城」へと。 _________ 彼女が自宅を発ってからおよそ10分。ドラキュラの根城を視界に捉えた辺りで異変に気づいた。 辺りに漂う腐臭。そして寒気のするような呻き声がマリーの足を止めた。 彼女のいる場所は、街から離れた場所に位置する墓地。そこで遭遇した魔物は、彼女にとっては戦い慣れた相手だった。 「ゾンビなんかで、足止めできると思わないで!」 それは魔力により変異し、一時的に生命を得た骸、ゾンビ。怪物を狩る者にとってはごくありふれた獲物でもある。 ゾンビは魔界の魔力が高まる満月の夜などにもよく現れ、その度に退治の依頼が舞い込んでくるのだ。 しかしその戦闘力はさほど高くなく、一般人でも武器などがあれば倒すのは難しくない。厄介なのはその数であって、単体での脅威度は魔物の中で最低クラスなのだ。 そして最強のハンターであるヘリオライト一族にとって、この程度の敵は物の数にも入らない。 「はあぁぁっ!」 手にした剣を横に薙ぎ、一振りで五体ものゾンビを斬り倒す。 一族の聖なる力を剣に込めることで、単なる切れ味とは一線を画する威力を宿した聖剣の前に、ゾンビなどは無力であった。 群がる亡者を薙ぎ払いながら、少女は城に向かって突き進んでいく。その身に託された、ドラキュラ打倒の使命を果たすために。 「ふう、なんとか撒けた……かな」 それから20分ほどの間、闘いながら駆け続けてようやくマリーはゾンビを撒くことができた。 ゾンビは魔力によって意志を宿した死体であるが、死体ゆえに活動時間はそう長くない。彼らの湧き出る墓場からさえ離れれば、襲われるより先に相手の身体が朽ちるのだ。 新鮮な肉を食って力を得た場合を除き、ゾンビの限界活動時間は20分程度と見ていい。今マリーのいる場所は、ちょうどゾンビが力尽きる位置なのだ。 そこまで計算して、彼女は小休憩をとっていた。これからの闘いを冷静に分析し、生まれ持った力に頼るだけでなく、体力の配分をしっかり考えて行動する。10代という若年ながら、彼女は魔物退治のプロフェッショナルなのだ。 (城までは……このペースだとあと20分もかからないかな。この事は間違いなく相手も気づいてるはず……気を引き締めないと) そのプロフェッショナルとしての経験から、マリーはこれからの道筋を予測していた。 一族にとってそうであるように、ドラキュラにとっても彼女たち太陽の一族は倒すべき宿敵である。100年周期の顕現ごとに毎回戦い続けてきて、何ら対策を講じていないということはありえない。 これからの道のりは過酷なものになると、改めて気を引き締めて歩き始める。 マリーがふたたび歩き始めてから20分。彼女は宿敵の住まう城の門へと到達していた。 城の外では魔力によって凶暴化した野犬や、野垂れ死にした人間のゾンビなどに襲われはしたものの、ドラキュラの配下からの襲撃はなかった。 しかしそれは、戦力を城内に集結させているとも言うことができる。 あえて城内へと招き入れ、獲物を確実に仕留めるという魔王の悪意が透けて見えるが、だからと言って逃げるという選択肢はありえない。 今までより一層の緊張感を以て、マリーは城の門を開いた。ここから真の戦いが始まるのだ。 (ここがドラキュラ城の中……明かりはそこらじゅうにあるけど、なんだか薄暗くて不気味な感じ……) (そしてやっぱり……城内は敵でいっぱいみたいね) 城内に入ったマリーを出迎えたのは、鎧を着た無数の白骨化した戦士たちの骸だった。 ドラキュラの魔力により、彼の意のままに動く操り人形と化した哀れな骸が、フロアを埋めつくしていた。 「スケルトンね。それも、こんなにたくさん……」 (剣でも倒せなくはないけど、この数を相手に剣で戦うのは少しリスクが大きい……) スケルトンは魔力による操り人形にすぎず、その身体をいくら砕いても復活する性質を持つ。完全に倒すためには聖なる力を以て魔力の干渉を消し去らねばならない。 聖剣で斬ることによっても倒すことはできるが、余りに数が多すぎてそれも得策とは言い難い。 相手にとっては雑兵に過ぎないスケルトンの攻撃であっても、人間であるマリーが食らえば手痛いダメージとなる。四方を囲まれた状態で、正攻法で戦えば攻撃を受けるリスクは非常に高い。 そこでマリーは決断を下した。消耗こそ激しいが、この局面を打開しうる技を発動しようと。 (やるしかない……!) 「天にまします我らが神よ、私に力をお与え下さい……!グランドクロス!」 そしてマリーは、一族に伝わる奥義を発動する。 手にした十字架に祈りを捧げ、神の力を借りて自身の聖なる力を一気に放出するという技だ。 いかに聖剣が強力であっても、剣である以上多数の敵を相手にするには限度がある。今のように無数の敵を相手に戦うための技が必要となる状況は多い。 そのための技がグランドクロスである。十字架の加護を得て太陽の一族の力を一気に放出するのだ。 いわば自分自身を一時的に太陽と化し、その光で敵を討ち滅ぼすのである。 その威力は絶大で、フロアを埋め尽くす数百のスケルトンはただの骨に戻り、その場にばらばらと崩れ落ちていった。 「ふぅ……これで先に進めるかな。でも……」 スケルトンを一掃したことで先に進めるようになったが、マリーはここを動けずにいた。それというのも、大技を使ったことによる反動があるためだ。 グランドクロスは強力である反面、体内の聖なる力を一気に放出してしまうため消耗が激しいという欠点がある。 一族の力は太陽が由来であるため、日光浴をするか睡眠をとることで回復するが、そのような時間はかけていられない。 「やっぱり……やるしかないよね……」 歴代の一族たちはこのような時のため、多くの者は魔法を身につけていた。しかしマリーは両親を早くに亡くしており、魔法を教えてもらえていないのだ。 それはすなわち、聖なる力が枯渇した時に戦う術を持たないということである。 そんな彼女が見出した解決策。それは単純でありながらとても有効で、しかし彼女にとってはあまり採りたくない手段であった。 マリーがカバンから取り出したのは、水の入ったびんだった。このびんに入っている水こそ、彼女の抱える問題を解決してくれるものなのだ。 この中にある水は、聖なる力を宿しやすい性質をもつ塩を混ぜ、さらに陽の光を浴びせて作った特製の「聖水」なのである。 この聖水を飲むことで、失った分の力を補うことができるのだ。 便利に思えるこの回復法であるが、ひとつだけ致命的な欠点があった。魔物を狩るものとしてだけではなく、1人の少女としても、致命的な欠点が。 「これを飲んだら、我慢しなくちゃいけないよね……おトイレ……」 そう。聖水の抱える欠点とは、体外に排出してしまうと効力がなくなってしまうことにある。 それどころか逆に、役目を終えた聖水は彼女にとって重しとなりうるものでもある。 塩を混ぜた水は聖なる力を宿しやすく、それに陽の光を浴びせることで回復薬として用いることができている。しかし逆に、それを体内に摂取するということは、彼女自身の聖なる力を聖水に吸い取られるということでもあるのだ。 役目を終えた聖水は膀胱内に溜まり、時間と共に少しずつ回復するはずの彼女自身の力を吸い上げ続ける。 それを排泄することはせっかく補充した力を失うことと同時に、当分は回復が望めないほど消耗してしまうことを意味する。 それに何より年頃の少女にとって、トイレ以外の場所で排泄するというのはこの上ない屈辱なのだ。 もし我慢できなければ……と。使命を果たせないだけではなく、少女としての誇りをも失う最悪の事態が脳裏をよぎる。 (そうなる前に、けりをつける……!) やるしかない、と自分を追い込みながらマリーはさらに城の奥へと進んでいく。 入口から見える範囲にいた敵は全て先ほどの攻撃で倒しており、増援も見受けられない。 上階へと繋がる階段も見つけ、1階フロアはこれで制圧したかと思われた。 しかしここは敵の本拠地。そう易々と攻略できるものではなく……邪悪な気配が階段の上からやってくるのをマリーは感じていた。 それはこの階段の守り手。1階フロアの魔物を統率する者……スケルトン達を取りまとめるため、ドラキュラから多量の魔力を譲り受けた者。 生きていた頃は戦場で名を馳せる剣豪だった者の骸が、行く手に立ち塞がっていた。 「さしづめ、スケルトンロード……といったところかな。手強そうだけど、手間取ってはいられない……!」 いかに相手が強者だろうと、ドラキュラにとっては下僕に過ぎない者を相手に時間をかけてはいられない。 マリーは怖じけることなく猛然と、聖剣を手に向かっていく。 ガギィン! 「なっ……!?」 しかし、その一閃は容易く見切られてしまった。当てるだけで相手を浄化できる剣の特性を活かすため、速さに特化して鍛えてきたマリーの剣が、いとも簡単に。 生まれてこの方、ずっと魔物を狩り続けてきて初の経験に彼女は戸惑いを隠せない。 しかし、これは仕方のないことでもある。マリーの鍛えてきた経験はあくまで魔物を相手取ってのもの。人間を想定したものではない。 そして相手はかつての剣豪……人間を殺傷するエキスパートである。 骨だけとなった今でも、その時の力量はそのまま有している。マリーがいくら魔物退治のプロであっても、「戦争」のプロを相手にしては分が悪いのは必然と言えた。 「ぐ……くぅ……っ!」 (つ、強い……!このままじゃ……っ!) 剣で倒すのが困難である以上、残された手段は多くない。魔法が使えないマリーの手札にあるのは、魔物退治で用いられる道具の数々だ。しかしこれらは、できるなら温存しておきたいものである。 銀の弾丸は6発しかなく、銀の投げナイフも2本程度しかない。しかもこれほど素早い敵を相手に、当たる保証もない。 となれば、採れる手段はひとつしかない。 「グ、グランドクロォス!」 全方位に対し有効な大技、グランドクロス。 代償こそあれ、確実にマリーを勝たせてくれる必殺技に縋るしかなかった。 そしてその代償は、きちんと払わなければならない。 「の、飲むしか……ないよね……」 小さなびんになみなみと注がれた「聖水」。それは彼女の力になると同時に、彼女のおなかに溜まる「排泄物」にもなる。 それが後々どんな影響をもたらすかは想像に難くない。だが、それでも飲まなくてはならない。消耗した力を補うために。 「んく……ふぅ。ひとまず勝てたけど……急いだ方が……いい、かな」 下腹部の奥で微かに感じる感覚が、少女を急がせる。 今はまだ遠くとも、確実に迫り来るタイムリミットの中で、彼女は戦わなければならないのだ。 「……行こう!」 限られた時間の中で、使命を果たすため少女は再び進んでいく。悪意渦巻く城の深奥へと。 スケルトンロードを倒したことにより、上階へと繋がる階段が解放された。1階と同様に2階でも激しい戦いとなることを警戒しつつ、マリーは歩を進めていく。 そして階段を登りきった彼女を出迎えたのは、がしゃがしゃとひしめく鉄の鎧たちだった。 それは鎧と武器だけの身体で、中に人が入っているかのように襲いかかってきた。 「くっ……!」 (リビングアーマー……また厄介な相手を……!) それは霊魂によって成る、動く鎧。その厄介なところは、中身がないゆえに斬ることができないというところだ。 いわゆるポルターガイストによって動いているものであり、この鎧をいくら斬ろうとも意味が無いのだ。 仮にこの鎧を叩き壊したとしても、破片を繋ぎ合わせてまた襲いかかってくる。完全にこれを仕留めるには、鎧を操る霊魂そのものを倒さなくてはならない。 しかし霊魂は実体を持たず、聖剣による斬撃が通らない。歴代の一族はこうした場合は魔法で倒していたが、マリーは魔法が使えない。 (ど、どうしよう……!ここには日光なんか届かないし……アレは、できれば……) 魔法を使えないマリーがこの敵を倒すには、日光を浴びせて闇の力を浄化する以外ない。だが屋内に日光は届かないし、そもそも今日は皆既日食である。となれば、やはり対抗策はひとつしかない。 うら若い少女としては拒みたいところだが、魔物退治のプロとして、適切な判断が求められていた。 (でも、使うしか……!) 「グ、グランドクロス!」 だが、長引かせたところでどのみち採れる手段は変わらない。それなら早く倒した方が負担は少ない。マリーの判断は適切だった。 とはいえこれ以上の乱発はできるなら避けたいものではある。グランドクロスは1回放つだけでエネルギーを使い切り、その度に聖水を消耗する。 聖水の持つ性質から、過剰な摂取は避けたい。飲みすぎて限界を迎えれば、今日一日の間は再起不能となるのは間違いない。 かといって、温存していたせいで倒されては元も子もない。難しい戦いを余儀なくされていた。 (そのためにも……飲まないといけないよね。これ……) 徐々に迫り来る大敵に塩を送るかの如き行為。しかしそれでも、やらないわけにはいかない。 マリーは意を決して、びんに口をつけた。体内に吸収された聖なる水が、彼女のお腹に降りていく。 じわじわと重みを増していくそこを意識しないようにしつつ、マリーは先へと進んでいく。 2階フロアにいた敵は、先ほどの攻撃で全滅させている。だが1階でのこともあり、警戒を解くことはできない。 そして案の定、マリーが階段を見つけるなり、上から足音が聞こえてきた。 その足音の主は、全身を包帯に包まれた奇妙な出で立ちをしていた。 「これは、マミーね……!また嫌な相手が……」 それは動く包帯、マミー。その厄介さは、その身体が包帯そのものであるところにある。 マミーの人型部分に対し、猛然と斬りかかっていくマリー。 だがその斬撃は、あえなく空を斬った。マミーの包帯がばらばらに散り、斬撃をかわしたのだ。 マミーは一見すると包帯で巻かれた人型魔物に見えるがそうではなく、魔力を宿した包帯そのものが人の形をしているに過ぎない。 霊魂と異なり実体はあるので、包帯を斬れば倒せるのだが、その斬撃は包帯ゆえの柔軟さでかわされて当たらない。 (もうっ!なんでこんなのばっかり……!) 徹底して聖剣の当たらない相手ばかりと戦わされ、マリーの心に焦りが生じてくる。 彼女は知る由もないが、これがドラキュラの策だった。彼女ら一族と戦う上で最も厄介な、聖剣が通用しない者をぶつけて疲弊させることが有効だと考えたのだ。 その策は魔法の使えないマリーに対しては、より大きな効果を発揮していた。 斬撃が通じない場合に採れる手段が代償の大きなグランドクロスしかない彼女にとって、この戦法との相性は最悪といっていい。焦るのも無理はなかった。 しかし、かといって倒さずに通れるような相手ではない。包帯そのものであるこの敵にとって、背を向けた彼女を捕らえることは造作もないだろう。 (でも包帯なら燃えるし、あれが使えるかも……!) しかしマリーも、魔法が使えないことに対して聖水を用いる以外の対策をしていない訳ではない。聖水にもデメリットがある以上、それを他の道具で補うのは至極当然のことである。 そのための道具として、炎魔法の代わりとするためスプレー缶とライターを用意してきていた。 本来は虫型魔物のような小さな相手をまとめて焼き尽くすためのものであるが、このような場合にも効果が期待できる。 ひらひらと逃げ回り、斬撃の通らない布状の敵に向けて、広範囲に及ぶ火炎放射をお見舞いするのだ。 「できれば取っておきたかったけど、しょうがないよね……ファイヤー!」 掛け声と共に、スプレー缶とライターとを併せた即席火炎放射器をマミーへと向ける。 ごうごうと唸りを上げて火炎が襲いかかり、瞬く間に包帯を炎が包み込んだ。いかにマミーが魔力を授かったものであろうと、完全に灰となってはそこからの復活は不可能だ。 なんとか強敵を退けたものの、少女の表情は明るくならなかった。ことごとく聖剣の効かない敵とばかり戦い、消耗が激しいためだ。 魔法が使えないのを道具で補うのが彼女の戦法だが、その道具も無限ではない。あまり多く持ち込み過ぎれば動きが悪くなるので、最低限の数しか用意していないのだ。 聖水だけはさすがにたくさん持ち込む必要があるので残り8本はあるが、それ以外は銀の弾丸6発と拳銃、銀の投げナイフ2本、残量が僅かとなったスプレー缶とライター、そして探索用の懐中電灯くらいである。 銀の弾丸とナイフは空を飛ぶ敵を想定したものであり、そういった敵と遭遇しづらい城内にいる時点でほとんど役には立たない。そもそも聖剣で斬れないような、実体のない相手に通じるものではない。 必然的にグランドクロスの重要性が高くなるが、あまり乱発しすぎてドラキュラ戦で力尽きては話にもならない。そして、そうなる頃には尿意もひどいものになっているだろう。まともに戦えるかわかったものではない。 ドラキュラにたどり着くまでどれだけの敵がいるかわからない中で、これだけ消耗させられてしまったのだ。浮かない顔をするのも無理はなかった。 「……でも、道具のことを心配してる場合じゃない……今は戦うことを考えないと」 しかし沈んでいても状況が良くなる訳ではない。少女はそう己を奮い立たせ、先へと進んでいく。 3階へと繋がる階段を登ると、豪奢な絨毯の敷かれたフロアが広がっていた。 鮮やかな紅色のそれは、血の色を想起させる……まさに吸血鬼を象徴するような色合いだった。 その持つ意味は単純で、この先に特別な存在がいることを示唆していた。 (この雰囲気、やっぱりこの先に……) 倒すべき敵が目前にいる。どうしても気持ちが逸ってしまう状況ではあるが、その前にやるべき事があった。 それは城主の部屋を守護する、最後の障害の排除。先程から彼女を見下ろしている黒い影に、強い眼差しを向ける。 それは黒い翼を折りたたみ、天井からぶら下がる巨大な蝙蝠だった。 吸血鬼の腹心として相応しい相手であり、空を飛び回るという点も厄介なところである。 しかし、そのために用意した道具がある以上、グランドクロスしか対抗策がないこれまでの相手より幾分か戦いやすいと言えた。 「大コウモリ……剣で相手するのは大変だけど、こっちには銃があるんだから!」 即座に銃を構え、銀の弾丸を放った瞬間だった。1匹の巨大な蝙蝠が、無数の小さな蝙蝠に分離したのだ。 「え!?ええっ!!?」 これまでハンターをしてきて始めての経験に、マリーは戸惑いを隠せない。 大コウモリの存在は祖先の遺した書物により知っていたが、このような魔物の存在は記されていなかったのだ。 彼女が大コウモリだと思っていたこの魔物の正体は、無数の吸血蝙蝠の集合体。蝙蝠の群れに魔力を与え、群体として高度な行動を取れるようにしたものである。 マリーは知る由もないが、これはドラキュラが一族への対抗策として新たに生み出したものであり、群れで襲いかかることで飛び道具の効き目を最小にするのが狙いだった。 (こ、こんなにたくさんいたら全然弾が足りない……!飛んでたら剣だって届かないし……ど、どうしよう……!) その目論見は見事に的中し、マリーは未経験の事態への対処法を見出せずにいた。 だが、彼女がそれをしたくないということを抜きにすれば、対処法がないわけではない。相手の数が多かろうと、飛んでいようと関係のない必殺技が彼女にはあるのだから。 (なんでほんとに、こんなのばっかりなのぉ……!) 「うぅ……!グランドクロス!」 太陽の光を浴びせて、邪悪な魔力を問答無用で浄化する必殺技、グランドクロス。 この技を使えばこの局面を打破できる……と安心した彼女の前で、蝙蝠たちが思いもしない行動をとった。 なんと群れの半数ほどが残り半分の盾となり、その体で光を防いだのだ。 浄化の光といえど、物理的な限界はある。遠かったり、壁があったりなどで届かなければ効力はない。 この敵は肉壁を作るという極めて乱暴な、それでいて合理的な手段で彼女の必殺技を封じてきたのだ。 グランドクロスを何度も打たなければならない状況に追い込むことで消耗させる。そういった目論見に、彼女はものの見事に嵌められていた。 (さ、さっき炎を使ってなければ……でもあの時はああするしかなかったし……) なんとか聖剣で斬ろうとするも、やはり飛び回る敵を相手にしては分が悪い。 こういった相手に対して有効な火炎放射も、先ほどマミーに向けて放ったせいでスプレー缶の中身が殆ど残っていない。八方塞がりだった。 そうなると、やはり残された手段はひとつ。消耗するのを覚悟の上で、敵が全滅するまでひたすら撃ち続ける。それ以外になかった。 隙を見て聖水を取り出し、一息に飲み干す。これで再び必殺技を放つ準備は整った。 (お願いだから、これで終わって……!) 神への切なる願いを込めて、彼女はその全身から浄化の光を放出する。 だがやはり、彼女の願いは叶わなかった。先ほどと同じく、半数の敵がもう半数の肉壁となって阻止したのだ。 残りの数は20体ほど。随分と数を減らしはしたが、まだ飛び道具だけで対処できる数ではない。 あともう1度か2度の発動が必要となり、彼女が持ち込んできた聖水の実に半分をこれまでで消費させられることになる。その消耗は決して軽いものではない。 しかしドラキュラを相手に、背後に脅威を残したまま進むのは挟み撃ちのリスクがある。ここで倒して後顧の憂いを断っておく必要性は高い。 例えそれが時限爆弾のタイマーを早める行いだとしても、彼女にはそれをする以外の選択肢はなかった。 「は、はやく終わってぇ……!グランドクロス!」 再び放たれる必殺の光。それはまた半数の敵を浄化し、残ったもう半分の敵に向けてもう一度浄化の光を放つ。 残った蝙蝠の数は5匹。これなら残りの弾丸の数で事足りる。 最初に撃った1発と併せ、手持ちの弾を撃ち尽くしてようやくマリーは全ての蝙蝠を撃破することができた。 しかしその代償は大きい。銀の弾丸は使い果たされ、聖水も残り半分の5本にまで数を減らしてしまった。しかもこれからドラキュラと戦うために、また飲まなければならない。 びん1つにつきおよそ200mlのそれは、彼女の下腹部に無視しがたい違和感を与えていた。 (さ、さすがに飲みすぎたかな……でもここでドラキュラを倒せば後は帰るだけなんだし、大丈夫だよね……!) これまで6つの聖水を飲み干し、延べにして1200mlの水分を摂取してきた。出かける前に済ませてきたとはいえ、その量がもたらす影響は大きい。 早く帰るべく、少女は一族の宿敵が待つ最上階へと進んでいくのだった。 後編に続く