【↑300】サディークさんと通話するだけ 前編【4,200文字/サディーク→良平】
Added 2025-01-19 11:00:00 +0000 UTC某日、ダウンタウンの片隅にあるレストランにて。 今日はサディークさんのヒアリングのため、少し早めの時間帯に落ち合って昼食をご一緒することになっていたのだけれども……。 「良平って……いつも一人の時何してんの?」 「え?」 二人用テーブルを挟んで向かい側、運ばれてきた謎のパッケージに入った固形物を突きながらサディークは質問を投げかけてくる。 伸びた前髪の下、普段はあちらこちらと向いている目が珍しく俺の方を見ていた。 サディークが目を見て話してくれたことに対して感激するあまり飛んでしまったが、よく考えてみると一人の時自体がそもそもない。 側にいなくとも誰かしらが常に俺を見張ってると言う自覚はあるだけに、なんと答えればいいのか言葉に迷った。 「ええと……そうですね。お茶を飲んだりニュースを見たり……あとお風呂に入ってます」 「それって普通のことじゃね」 「あ、た、確かにそうですね……」 言われてみれば俺、つまらない私生活を送っているのかもしれない。後は他人に口外できるようなことはない。 改めてその事実に凹みつつ、俺は別の話題を探す。 「サディークさんは何されてるんですか?」 「……アンタのこと考えてる」 「そうなんですね。…………え?」 「は?」 「は、『は?』ってなんですか……?!」 「いやちが、その……言い方間違えた、やっぱなし今の」 「え」 なんだったんだ、今のは。 なんとも照れくさそうにするサディークだが、恥ずかしいのは俺も同じである。 カップの黒い液体を喉に流し込み、サディークは「あー」と視線を右往左往させながら言葉を必死に探しているようだ。 「仕事のこととか……色々。自分がやりたいこととか、色々前向きに考えるようになって……その度にお宅の顔がチラチラ浮かぶっつーか……」 「お、俺のことを思い出してくれてるんですか……?」 小さく頷くサディーク。 それはそれで俺にとっては嬉しい事で間違いなかった。 じんわりと首から上に熱が集まっていく。――嬉しい。 「お、俺も、今日はサディークさんの夢を見ました!」 「え、なに……こわ」 「こ、怖くないです……! 変な夢とかでもありませんから! ……ええと、今日サディークさんに会ってどんなことを話そうかなとか考えながら寝てたので、きっとそれが夢に反映されたのかもしれませんね」 言葉足らずのあまりこのままでは誤解されてしまい兼ねない。そう慌てて昨夜のことを思い出せば、サディークは頬杖を突いた。相変わらず視線は逸らされたまま。 「……そ。俺の夢、見てたんだ」 「はい、……へへ……すみません、急にこんな……」 「俺も、あんたの夢見たい」 「そしたら、目覚めがいいかもな」そうサディークは微かに口元を緩める。 サディークさん、恥ずかしがり屋だけどこういうことはさらっと言うのだから侮れない。 急に暴れ出す心臓を抑え、俺は心臓の疼きを誤魔化すようにテーブルの上に置いたままになってた飲みかけのドリンクに口をつける。 人工甘味料だけでは打ち勝てない甘ったるい空気が俺たちのテーブルの周りには広がっていた。 こんな時に限って望眼の言葉が脳裏を過ぎる。 『あまり担当と距離詰めすぎるな』面倒なことになるから、と何度も繰り返し望眼は俺に教えてくれた。 空になったボトルを手にしたままストローから口を離すタイミングを探っていた時、「良平」とサディークに呼ばれて「は、はいっ」と思わず背筋がぴんと伸びる。 そっぽ向いたまま、それでも視線はそろりとこちらに向けるサディーク。 「……暇な時、連絡していい?」 「それは……」 「普通に。……仕事抜きで」 仕事とプライベート、公私混同、ただの営業と担当社員。ヒアリングの延長線。 あらゆる言葉や肩書きが頭に浮かんでは弾けて消える。 俺は、俺は……。 「はい、大丈夫ですよ」 「本当に?」 「もちろんです。サディークさんともっと仲良くなりたいので、俺も」 嘘、ではない。本当のことだ。 別に下心はないし、望眼さんだって担当の人と友達のように付き合ったり飲みに行ったりするとも行ってたし――連絡くらい、いいはずだ。 そう己に言い聞かせるようにサディークに微笑みかければ、目が合ってサディークは慌てて口元を隠す。 「っ、……そ、そう。……ふーん、へー……」 普段抑揚のないサディークの声が僅かに上擦ってる。手の下でサディークの口元が弛んでるのを見て、釣られて顔がにやけてしまう。 サディークにそんな風に言ってもらえるくらい打ち解けてもらったという事実がなによりも嬉しかった。 じんわり胸が熱くなるのを感じながら、俺はサディークとの食事と他愛のない会話を楽しんだ。 それからヒアリングを終え、サディークとは本社ビル前で解散することになる。 これからサディークは用事があるからまた外出するらしい。一人では危なそうだから、という理由でわざわざ本社前まで送ってくれたサディークに頭を何度か下げ、さよならをした。 そして、会員証を使って本社へと戻る。 そのままフロントからロビーへと抜け、エレベーターへと乗り込んだとき。誰もいないと思いきや、扉が開いてひょろりと背の高い男がエレベーターに乗り込んできた。 振り返れば、そこにいた人物に「あ」と声が漏れる。 「善家君」 「も、モルグさん。おはようございます。今からお仕事ですか?」 「違うよ〜、今日は僕が見張りの日だからねえ。君を尾行をしてたんだけど、気付かなかった?」 「そ、そうだったんですか?! 気づきませんでした……」 「だろうねえ、君、サディーク君とのお話に夢中だったみたいだから」 「なんて、半分冗談。一応変装してたからねえ」と笑うモルグ。確かに仕事中いつも羽織っている白衣が今日はない。完全オフモードだ。 そのまま俺の隣までやってきたモルグはその口元に嫌な笑みを浮かべる。 「それより、君結構やってるねえ」 「……? あ、も、もしかしてサディークさんとの会話……聞いてましたか?」 「勿論。僕は地獄耳だからなんでも拾っちゃうよ〜」 「ひ、ヒアリング中はダメですよ、守秘義務が……!」 「大丈夫。僕に営業部のルールとか適用されないから」 そういうもんなのか。まあ、モルグほどの立場となればここに所属する社員全員のデータ握ってそうだしなと思わず納得してしまう自分もいる。 「それよりも、悪い子だねえ。君。……あんな言い方じゃサディーク君、勘違いしちゃうんじゃない?」 「勘違い……?」 「そ、勘違い。……君と仲良くなれるんだって」 やはり、しっかりとレストランでの会話を聞かれていたらしい。第三者に会話を聞かれるのはなんとなく気恥ずかしいが、やましいことはない――はずだ。 「それは勘違いではないですよ、俺はサディークさんなら仲良くなりたいなと思ってますし……」 言いながらもごにょごにょと語尾が萎んでいく。 あまりにもモルグが嫌な笑顔を浮かべてるからだ。面白いオモチャを見つけたようなそんな目で俺を見つめては、「ま、君がそう言うならいいか」とあっさりと身を引いた。 「一応僕は止めたって事で」 「え、あ……も、モルグさん……?」 「火遊びもほどほどにねえ、善家君。純粋な子ほど後が怖いから」 モルグが言うと妙な説得力があるな。 「肝に銘じます」と頭を下げつつ、俺はそのまま営業部へと戻ることにした。 ◆ ◆ ◆ 退社後、自室にて。 モルグと一緒に食事を済ませ、風呂に入って寝間着に着替えてさあそろそろ眠るかとベッドに腰をかける。 あれからモルグはサディークのことには触れてはこなかったが、なんとなくずっとモルグの言葉が頭には残っていた。 まだ胸がドキドキするのは少し長風呂し過ぎて逆上せたからだろう。 なんて思いつつ、寝る前にデバイスを手にニュースをチェックしていた時だ。画面の手前にぽこんと通知が表示される。 ――サディークから通話だ。 なんでこっちのデバイスに、と思ったがそうだった。社用デバイスだと記録があれだからということでプライベート用デバイスの連絡先を交換したのだった。 今更どぎまぎしながら俺は慌ててそれに応答する。 「は、はい、もしもし……」 『……良平、今大丈夫か?』 聞こえてきたのは昼間聞いたばかりのサディークの声だった。 少し声が硬く聞こえるのは気のせいではないはずだ。 「はい、大丈夫ですよ。丁度寝ようか迷ってたところです」 『……あー……そ、よかった』 「どうかしましたか?」 『ん……や、アンタの声、聞きたくて』 「俺の声ですか? ……いいですよ、俺でよければお付き合いします」 『……どうも』 なんだか不思議なやり取りだ。 お互いに距離感を探るようなやり取りがなんだかおかしくてついくすりと頬が緩む。そんな時間も楽しく感じた。 「サディークさんは何されてたんですか?」 『……っ、俺は……別に何も』 「そうですか。……あ、もしかして眠れないとか?」 『眠れは……しないな。全然。……アンタは寝るところだっけ』 「はい、なので今ベッドの上からサディークさんとお話ししてます」 『……っ、……ぁー……それ、……まじか。なんか邪魔したか』 「あ、でも今は目が覚めたのでご心配なく! ……眠くなったらまたお伝えしますね」 なんとなくベッドの上で座り直す。正座しながらデバイスに声をかければ、僅かに沈黙が広がった。 微かな呼吸音。今、言葉を探しているのだろうなというのが空気から伝わってくる。 そして数秒の間のあと。 『……良平って優しいよな、俺にも』 「え、どうしたんですか? 突然……」 『アンタに名前呼ばれるの、……好き』 予想してなかったサディークの言葉に思わず部屋の中に誰もいないか確認してしまった。リビングの方ではモルグがごろ寝をしてるはずだ。 後ろめたいことなどないはずなのに、眠たいからか普段よりもサディークの声が柔らかく聞こえた。だからこそ余計にこんなに変な感じになってしまうのかもしれない。 「お、お名前……呼びましょうか?」 『ん。……呼んで』 「さ、……サディークさん……」 『……』 「ど、どうして何も言ってくれないんですか……?!」 『……ぁ……いや、……っ、ちょっと……』 恥ずかしさは無論あった。 けど、それ以上に恥ずかしがってるサディークについむずりと腰が浮く。「サディークさん」と今度はマイクの部分にもっと近付いて名前を呼んでみれば、大きく布が擦れる音がした。そして、溜息を吐くサディーク。 調子に乗り過ぎただろうかとデバイスから顔を離そうとした時。 『――良平』 耳の側で呼ばれる名前にずぐりと胸の裏側が擽られるような、そんな甘い感覚が広がった。 【続く】