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『幼なじみが俺で、俺が俺の妹で』(16)『文芸部の活動』

「蘇芳くん、こんにちは」 「こ、こんにちは」  散歩していると、影山さんに行き会った。彼女は犬の散歩をしていて、リードの先には柴犬がつながれている。  緊張している僕とは違って、影山さんは落ち着いたものだ。 「か、可愛い犬だね」 「ポチっていうの」  すごく普通の名前だけど、確かにこの犬はポチとしか言いようがない気がした。影山さんのネーミングセンスはすごい。 「じゃあまた、学校でね」  気軽に手を振って去っていく彼女を、僕は突っ立って見送っていた。  好きな女の子を前に、僕はいつも何もできない。  帰り道、いつもはスルーする神社に僕はお参りした。お賽銭を入れて、手を合わせて、拝む。 (影山さんともっとお近づきになれますように!)  その夜、布団に入った僕は変な声を聞いた。 「願い事を叶えて進ぜよう。三ヶ月したら元に戻るから心配することはないぞ」  お爺さんっぽい声がそんなことを言った。 * 「ポチ、おはよう!」  いきなり声をかけられて目を覚ました。朝。草の匂いがすごい。なぜか外にいる。いや、一応家の中? でも窓は開け放たれて……って窓じゃなくて、壁に穴?  それに今の声は、影山さん? 穴の向こうに足が見える。  穴から外へ這い出すと、僕は庭にいた。自宅の庭じゃなくて、きれいな芝生のもっと広い庭。  立ち上がろうとして、うまく立てなかった。  地面に着いた両手を見ると、毛が生えた前足のようにしか見えなかった。 「どうしたのポチ?」  もう一度影山さんが言う。明らかに、僕に向かって。  僕は、影山さんのペットのポチになっていた。  四本足で街を歩く。首輪からつながったリードに引かれて。 「ポチ、今朝は元気ないねー」  前を行く影山さんが何度も声をかけてくれる。なるほど、確かに僕は影山さんと「お近づき」になれているのかもしれない。  でも、今の僕たちは犬と人間で、ペットと飼い主で、僕は全裸で。  落ち込むしかない。  これは違うだろ! と叫びたくならずにはいられない。いや、実際には叫ばないけどね。おかしくなったと保健所に連れて行かれたり、そうはならなくてもブリーダーに預けられて訓練なんてことにはなりたくないし。  あの声が、三ヶ月で元に戻れると期間を区切ってくれたことも大きい。  三ヶ月間、こうして影山さんの傍にいられる。ペットの犬という立場であっても。  そんな風に考えてみると、少しは落ち込む気分から回復してきた。こんなすぐ近くに全裸でいて不審に思われないなんて、ちょっと興奮すらしてしまう。  僕は影山さんの前に立ち、リードを引く勢いで歩き始めてみた。 「ポチ、そっちじゃないよ」  僕が影山さんの散歩コースを知るわけがなかった。  歩いているうち、僕はおしっこをしたくなった。  どうしようと迷っているうち、本当に耐えきれなくなり足が止まる。 「ポチ、おしっこ?」  影山さんに問われ、羞恥に身悶えしそうになる。今の僕は犬なんだ、犬だから恥ずかしくないんだと自分に言い聞かせながら、道の端へ寄る。  自然と、電柱に向けて片足を上げ、犬がするように用を足していた。  影山さんに見られてる。そう思うとこの場から逃げ出したいくらい。でもおしっこは止まらない。  恥じらいの気持ちの中、心臓はどういう理由でかドキドキして、そんな状況でのおしっこはなぜかこれまでにないくらい気持ちよかった。  用を済ませた後、パンツやズボンを穿くこともなく歩き出し、自分が全裸であることを改めて実感した。  散歩から帰った後、影山さんは制服に着替えて学校へ向かう。  僕は庭の犬小屋に入った。登校直前の影山さんが皿にドッグフードを入れてくれて、少し抵抗はあったけれど実際に食べてみると悪くなかった。  庭をうろついたり、影山さんのお母さんが準備してくれたお昼を食べたり、人間としては暇な一日を過ごしたが、影山さんが帰ってくるとその退屈さも報われた気がした。  僕はペットの犬らしく、いかにも飼い主を待ち望んでいたように、彼女に飛びついてはしゃぎ回る。 「ポチってば、元気良すぎ」  言いながらも手早く支度して、僕を散歩に連れて行ってくれた。  ただ、彼女のつぶやきを聞くと心穏やかではいられなくなった。 「今日の蘇芳くん、すごくフレンドリーで、何だか可愛かったんだ」  影山さんの話を聞いて、僕は『僕』がどうなっていたか、今まで考えてもいなかった疑問を認識した。そこら辺は何か神様っぽいあの声がうまいことやってくれているのではと漠然と思っていたのだけど、いきなり解答を与えられた。  僕がポチになって、ポチが僕になっている、たぶん。  それはいい。影山さんの様子だと、『僕』が学校で特別変なことをしたわけでもなさそうだし。  でも……三ヶ月の間に、影山さんがポチの『僕』とすっかり仲良くなっていたら? 元に戻った僕が、それまでの『僕』と違うと失望されたら?  それを思うと僕は不安に駆られてしまうのだった。 † 「……みっくん、どう?」  瑠璃に見せられたプリントを読み終わったタイミングで、瑠璃が訊いてきた。 「これ、瑠璃が書いたのか?」 「うん。文芸部なんだし読むだけじゃなくて書く方も、ってこの前先生に言われたでしょ?」 「部活として書いたってことは、これ発表するの? 俺の名前で?」 「う、うん……あ」  まず肯いた瑠璃だが、「俺の名前で」が意味するものを正確に理解してくれたようだった。  人間から犬になるのはまだいいとして、裸で恋する女性のすぐ近くにいることに興奮したり、足上げて小便することにドキドキしながら気持ちいいと語ったり。  将来的に黒歴史確定だし、リアルタイムでどう思われるかも想像に難くない。 「それは勘弁してくれ、お願いだから……!」  俺が必死に頭を下げたこともあり、部誌などに掲載される事態は回避できた。  ただ、プリント自体は処分することなく愛読した。  たぶんこんなものを書いたのは瑠璃自体の現状が影響しているのだろう。そしてそれは、俺も充分理解できるものだった。  ……何で主人公が男なのかなとか、犬として用を足すシーンは何かの比喩なのかなとか、あれこれ考えてもしまったけれど。

Comments

レスが遅くなってしまいまして、すみません。 文芸部設定から急遽考えたネタでしたが、楽しんでいただけたようで何よりです。さすがに作中で続きを書くこともなく、三ヶ月後も考えていませんけど(普通に行くと、元ポチと影山さんがすっかりいい感じになってしまって、彼は彼で雌犬に発情してしまって……となりそうですが)。

もう! ビックリしたじゃないですか。 あれっそんなに覚えてなかったっけ。 とか あぁ新しい登場人物なのか?どう絡むんだろ。 とか ひょっとして同じ神社?またやっちゃったの? とか いろいろ考えちゃいました。 挙句の果て 3ヶ月後も気になるではないですか! もう! つれない人だぁ。 いつもありがとうございます。

丸井主将


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