人生トレード魔法――セレナ皇女の場合(大横綱ルート・二)
Added 2023-08-31 01:41:25 +0000 UTCこの世界へ来て一年が過ぎました。 わたしはすでに力士としてデビューを果たしています。四股名は不破ノ山。不破ノ関部屋における、期待の新人に与えられる名前のようです。いずれ出世したらまた違う四股名になるのだと親方は話していました。 今の位置は、三段目。親方などの話ではなかなか順調なようです。 身長はさらに伸びて195センチ。体重は115キロまで増えました。かつての『セレナ皇女』の二倍をはるかに超える重さですが、周囲を見るとまだまだ軽いようです。もっと稽古をして食べないと。 トイレが今のところ、この世界でわたしが一人になれる唯一の空間でした。 日々誰かに見られる状態で稽古を重ね、食事をします。風呂は大浴場で寝るのは大部屋での共同生活はまだ続いていて、プライベートルームが欲しければ十両以上に昇進して関取と呼ばれる身分になるしかありません。 特に今は朝。起き抜けで疲れがないこともあり、この時間のトイレが一番心落ち着くものがあります。あまり長時間こもっていると兄弟子らに不審がられることもありますので、手早く済ませる必要はありますが。 下着を下ろすと朝勃ちしたチンポが飛び出ます。それを握ると、快感にわたしは鼻息を荒くしてしまいました。 せっせとチンポを刺激します。「せんずりをこく」とこの国ではいうのだと、いつぞや兄弟子の誰かに教わりました。 夢精によって精通を迎えたのは半年ほど前だったでしょうか。精液と快感にまみれた股間にショックを受けたのも遠い過去のこと、今では毎朝こうして硬くなったチンポを握りしめています。 帝王の支配する後宮にてその寵愛を受けているかもしれなかったわたしが、格闘技に取り組む少年として日々倒され転がっては土にまみれ、山ほど食べてどんどん太り、朝や晩にはこうして人目を気にしながら個室トイレで射精に励んでいる。何という変わりようでしょう。 けれど、こうなって一年経つというのに、わたしはいまだにあの人生からこの人生になったことを後悔していないのでした。 195センチ115キロの男の身体から見る世界は、「華奢」「たおやか」などと評された女の身体で見る世界とはまったく違います。 意味深な仄めかしや遠回しな嫌味や露骨さを避けた悪口が飛び交う王宮での会話に比べ、弱ければ地に這い強ければ勝ち名乗りを受ける土俵のやり取りは何と率直でわかりやすいことでしょう。 時間を気にしつつ、せんずりを続けます。やっぱりプライベートな時間が欲しい。早く関取になりたいものです。 この身体になって、次第に性的な興味が移り変わっていきました。女だった時は男を恋愛対象とすることに抵抗がありませんでしたが、今は女性に性欲が向かいます。実際に女性と恋愛するような余裕などなくて、最近手に入れたスマホでアニメを見てその中の美少女をズリネタにするのが定番になりつつありました。 今も、ミハイルが好きだったアニメ――続編が始まってわたしも好きになったアニメ――のヒロインを心に思い浮かべています。黒髪で、少し気が強そうで、でも楚々としたたたずまいの美少女。 「うっ!」 チンポから噴き出した精液をトイレットペーパーで受け止め、便器で流しました。 トイレから出ると、まわしを締めて稽古が始まります。 四股を踏みます。これが一番重要と教わったわたしは毎日励み、今では右足も左足も高々と上がります。部屋の力士の中では一番かもしれません。 股割りも、摺り足も、鉄砲も、一つ一つの稽古を疎かにしないよう努めます。惰性でやるようになったら意味がないだろうと感じていました。 それらの積み重ねが次第に形になりつつあるのか、本場所で他の部屋の同期に近い力士たちに勝てるだけでなく、一年前にはとても敵わないと思っていた兄弟子たちにも稽古の中で次第に勝てるようになりつつありました。 夕食後、わたしは部屋を出ました。向かうのは高校の夜間部です。 言葉、特に会話については数ヶ月過ごすうちにどうにかなりましたが、それでも読み書きできるようになるわけではありません。わたしは親方とその妻である女将さんに相談し、夜間中学というものに通わせてもらいました。 元の世界より百年以上は進んでいそうな世界です。理科や社会にはかなり苦労しましたが、この前卒業に相当すると認められ、今度は高校へ通うことにしたのです。 力士は髪を伸ばして髷という形に結います。ここでも関取とそれ以下には差があり、関取は大銀杏という結い方なのに対し、それ以下は普通の丁髷(ちょんまげ)です。 けれどわたしは、それなりに髪が長くなってきたものの、中学や高校に通う間はまだ髷を結わずにいることになりました。 そのことや、そもそも学校に通うことについて、兄弟子たちの中にはわたしに厳しい目を向ける者もいるようです。力士はひたすら肉体を鍛錬すべし、外界と交わることなく角界の中で生きるべし……というような発想なのだろうと想像はつきます。 けれどこの点で、わたしは力士になりきれないところがありました。 せっかく別の世界へ来たのだから、この世界のことをできる限り知りたい。死ぬまで力士でいられるわけでもありませんし、引退後の生活を考えれば自分に何ができるかも知っておきたい。そんな気持ちでわたしは勉強をしていました。 夜道の一人歩きというのは、こちらで夜間学校に通うようになってから初めて経験します。『セレナ皇女』だったらこれもありえないことでしたが、今のわたしは不破ノ山。襲い掛かるような無謀な相手はまずいないでしょう。 今夜は世界史などを学びました。多少違うところはあれど、どんな世界も人間がすることは大差ないのだなと改めて感じます。 授業を終えて部屋に戻ると、千代子お嬢さんに出会いました。 「おかえりなさい」 「ただいま帰りました」 この時間に顔を合わせた時にはいつもするやり取りです。けれど今夜、千代子お嬢さんはおかしそうに笑いました。 花がほころぶような、可憐さがありました。 「何かおかしかったですか?」 「違うんです。不破ノ山さんはすごく言葉が上手になったなって改めて思って。まだこの国に来て一年くらいなのに、この国で生まれ育ったみたい」 そこまで言うと、しかし、表情が少し陰ります。 「稽古も勉強もすごく真面目にやっているし、どちらでも結果を出していますよね。……わたしとは全然違うなって」 「お嬢さんも、高校に真面目に通って、部屋では親方や女将さんをよく手伝っているじゃありませんか」 栄養学を学ぶために大学受験の勉強もがんばっているとも、小耳に挟んだことがあります。 「そういうことじゃなくて……いえ、何でもありません」 何かを言いかけようとして、でも口を噤み、お嬢さんはその場から去ります。 相手が何を言いたかったのかはわかりようもありません。 わたしはただ、彼女の残したどこか甘い香りを嗅ぎ取り、彼女の先ほどの可憐な笑顔を思い返して、思わずチンポを硬くすることしかできませんでした。