NokiMo
茶

fanbox


人生トレード魔法――セレナ皇女の場合(発端・二)

「私の直接関わった例ですと、南方大陸の飛竜騎乗が好きな第三王女にこの呪文を教えたことがあります。幼い頃から飛竜に乗るのが何より好きだった彼女でしたが、十五歳になると、危険だからと以後は飛竜に乗ることを固く禁じられていました」 「その方は、わたしも話に聞いたことがあるような……たしか、国民的英雄の飛竜騎手と結婚した方では」 「ええ。同時代の同じ国で取引が成立し、まさか互いに元の自分と結婚するとは思いませんでしたが」 「え?」 「相手は当時十二歳の貧民窟の少年でした。彼は私とは別ルートで呪文を知ったのですね。そして取引は成立し、元王女はそこから飛竜厩舎の下働きになり、飛竜騎士となり、レースで勝ちまくり……一国を超えて南方大陸全体で人気を博するに至った。そして結婚し、幸せになりました。めでたしめでたし」 「え、その……」  たしかに……全体としては、好きなものを奪われて絶望した人が、新たな人生でそれを満喫しつつ大活躍して成功を収めたわけで、めでたくはありますが……。 「まあ、これは特別に出来すぎなケースですね。取引は、現状に絶望した者たちの間で行なわれますから、もっとささやかな幸運を噛みしめるように生きていく場合の方が多い」 「は、はい」 「画家として名を成した青年が、病で失明したことがあります。彼に呪文を教えたところ、その場で唱えましてね。次の瞬間、『彼』の中には病で余命いくばくもなかった遠国の少女の魂が入っていました」 「はあ……」 「後日その『少女』の遺した何枚もの絵を見る機会がありましたが……どれも絵を描く喜びに溢れたいい絵だったと思います。一方、『彼』は目が見えないという困難を抱えつつも新たな人生を受け入れていますね。最近結婚したようです」 「はあ」  短い人生でも、その画家は自分が本来なすべきことを取り戻して全力で生きたのでしょう。そして相手は、まだ若いのに目前に迫り来る死という恐怖から逃れられた。お互いに満足とは言えないだろうとは想像しますが、それでも元の人生でいるよりはよかったのではないかと思います。  でも……。 「時間を超えた場合というものもあります。親族の破産に影響されて大学の職を失い本格的な研究を断念せざるを得なくなった歴史学者が、研究対象としていた数百年前に滅亡した王家の侍女と入れ替わったことがあります。『学者』はその後、当時の王宮の隠し部屋から多くの史料を発見し、在野の研究者として学会に貢献、さらにその王家の人々を冷静ながら丁寧に丹念に描いた小説も多数発表して、遠い昔の王家を愛する人々をかなり増やしました。『侍女』が書き残したものなどは、偶然なのか必然なのか何一つ今に伝わっておりませんが」 「ええと……」 「取引相手と世界が違う場合もあり、その場合、こちらから向かった方のその後を私は確認できません。ただ、こちらの世界へやって来た側の話から推測するに、少なくともこの世界での悩みとは無縁にやっているのだろうなと考えられるわけです。例えば、冤罪で逮捕され家族や友人にも信じてもらえなかった資産家の男は、過酷な自然環境を一族の結束と連帯で生き抜く人生から抜け出せそうにないと知った異世界の少女と入れ替わりました。『彼』は後に無罪を勝ち取り、世界各地を気ままに旅しています」 「あの……」 「また、取引は必ず一対一というわけでもありません。三者以上の入れ替わりも起こります。闘争の激化に怯えて平穏な生活を心の底から望んだ海賊と、平凡で貧しい人生がこの先も続きまず変えられないと悟って絶望した小役人と、一族内での陰湿な権力争いに嫌気がさして痛快な冒険を求めた貴族令嬢とが入れ替わったこともありました」 「その……この人生の取引というものは、異性になるものと決まっているのでしょうか? 先ほどからお話を伺っていて、そうなることがあまりに多いのが引っかかってしまいまして」 「それは絶対というわけではありませんね。今しがた話した、海賊から小役人のケースなどは男から男ですし」  公爵は少し考え込みました。 「ただ、仮説としては……この呪文を使えるのは今の人生を何もかも捨ててしまいたいと思う者たちだけです。性的な快楽……性交とまで行かずとも、夜に密かに己を慰める、そんな程度のものであれ、今の自分に強い未練があるのなら、この呪文は使えません。今の性別にも多少なりと嫌悪感のようなものはあり、そんな意識が異性の人生を選択させるのかもしれません」  そこまで話すと、あわてたように首を振ります。 「ああ、『選択』とは言いましたが、呪文を唱えた者は実際に第二の人生を選べるわけではなく、どうもその辺は先ほども話しました『人知を超えた存在』が割り振りをしているようですね。ただ、これまでいくつも話してきましたように、呪文を唱える前の人生よりはマシだと、それは私が話を聞いた全員が思っているようでした」  そして公爵は話を締めくくりました。 「私からの説明は以上となります。呪文を必ず使わねばならないわけではありません。気を取り直して今の生を続けている方もいますしね」 * 「……呪文と数々のご説明をありがとうございました」  受け取った様々な情報を吟味して、自らの現状と照らし合わせて考えて、考えて、わたしは結論を出しました。 「この呪文を使わせていただきます」  十七年間の人生に、これまでの出会いと経験に、周囲から褒めそやされるこの身体に、未練はあります。  他人として生きていきたいと思ったことなんてありませんでした。高確率で異性になるという話にも怯えはあります。  それでも。  帝王の後宮に閉じ込められて、性的な慰み者同然の存在となり、子を孕むことでしか地位を確保できず、子の性別や健康状態や能力の高さなどにその後を左右される……そんなこの後の人生は、わたしにとってはやはり我慢のならないものでした。 「ただ、やはり気になるのはわたしの代わりをどんな人が務めるかで……」 「この話が持ちかけられるのは、どの時代のどの世界においてもまともな者に対してだけと、聞いています。少なくとも私は、そういう相手にしかこの呪文を教えたことはありません」 「公爵様とそのお仲間の方々を、信じることにいたします」  公爵はどのような立場にあるお方なのでしょう。あるいは様々な世界の様々な時代における現地の担当者のようなものなのか。訊ねて答えてもらえるとも思えませんでしたので、訊きはしませんでしたが。 「では参ります。お世話になりました。もし次の『セレナ』が困っているようでしたら、少しは手助けしていただけるとありがたいです」 「おや、もうですか?」 「結論が定まっている以上、引き延ばすことに意味があるとも思えませんので」 「それは一理あります。そして、直後の『あなた』についても手を貸せることは貸すと約束しましょう」 「ありがとうございます。では」  祈るように手を組み、呪文を唱えます。  そしてわたしは『セレナ皇女』ではなくなり、新たな一生を始めるのでした。 ***


Related Creators