NokiMo
茶

fanbox


俺が神官少女で神官少女が触手で(5)

「ごめん、すぐに気づけばよかったのに」 「しかたないですよ。入れ替わりなんて起きればパニックになるのも当然です」  俺を慰めるように言いながら、トゥクファは俺から受け取った指輪を眺めまわす。けれど上級職の賢者でもない俺たちでは、この指輪が本当に瞬間移動の指輪なのかは判別できない。 「まあ使ってみればわかります」  言いながら、俺の身体のトゥクファが指輪をその手に握りしめる。俺は思わず訊いていた。 「え? あの、俺が使うよ……」  どっちが使っても、瞬間移動の指輪であれば問題ない。戦士の俺でも神官のトゥクファでも。  でも俺は自分が使うつもりでいた。  指輪を手に入れたのは俺だったからという気持ちからかもしれない。戦闘でまったく役に立てなかったからせめてこれくらいはという動機だったかもしれない。  でも、直後に起きたことを考えると、虫の知らせのようなものもあったような気はする。……これとて、後知恵かもしれないが。 「わたしは瞬間移動の指輪を使った経験があります。だいたいあなただと、座標指定もおぼつかないのでは?」 「う……」  けれどそれらの思いは、トゥクファの正論に一蹴された。 「とにかく、ひどいトラブル続きですし、まずは安全地帯に戻ることを優先しましょう。諸問題に悩むのはそれからで」  だが、ひどいトラブルはこれで打ち止めではなかったのだ。  指輪を握ったまま、もう片手も添え、トゥクファは祈りを捧げるような姿勢になる。『俺』が神官の女の子みたいなポーズをしていると思うと微妙な気持ちにもなるが。  しかしそんな呑気なことを考えられたのはそこまで。 「解放……っ?!」  トゥクファの顔色が変わる。 「どうした!?」  ただならぬ雰囲気に手を伸ばそうとするが、相手の握り拳――指輪のある場所を中心に光が球体状に広がり、俺の手は弾かれる。  まばゆい光の中、トゥクファの――『俺』の――シルエットが浮かび上がり……異様なことが起きた。  シルエットが奇妙に歪み、形をどんどん変えていくのだ。  粘土細工のごとく、ぐにゃぐにゃになる。人の姿を離れていく。 「トゥクファ?!」  光の中で何が起きているかは想像もつかない。でもろくでもないことだというこの勘は、きっと間違っていない。  なのに、俺には何もできなかった。  光球は次第に縮んでいきながら、全体がゆっくりと降下していき、やがて床の近くで消えた。その中に収まっていたシルエットだったものが、ぽとりと床に落ちる。  触手、としか言いようのない存在だった。  四方八方に触手が十数本ばかり伸びている、頭部のないタコのようなもの。全体にピンクであり、ところどころ赤黒く、赤紫の部分もある。  何もかもが俺の理解の範疇を超えていた。人間がこんなものになってしまうなんて。これがさっきまでの『俺』の身体なんて。トゥクファの魂がこんな存在に押し込められているなんて。  彼女はどうなっている?  そう思った俺の目の前で、触手がぴくりと動いた。何本もある触手をいくつも蠢かして、周囲を探るように這わせている。  おぞましさを覚えつつも、危険なのかもしれないと思いつつも、放置なんてできるわけもない。  俺はその生き物らしき存在に触れて、呼びかけた。 「トゥクファ?」 (ジクーブさん?)  俺の心の中に、流れ込むようにトゥクファの声が聞こえた。さっきまでの『俺』の声とは違う、トゥクファ自身の声。 「ど、どうなってんだ?」 (それはわたしの台詞です。自分の身体がどんな風になっているのかよくわからなくて。動こうにもうまく動きませんし、声は出ませんし。見えますし聞こえはしますけど) 「み、見えるって、どこから?」 (それもよくわかりません。視界がいくつもあって簡単に切り替わるような感じなんです。あの……わたし、どんなことになっているんですか?) 「………………落ち着いて話を聞いてくれ。発狂はしないでくれると助かる」  トゥクファの意識は、変化前と何ら変わらず明瞭だった。異形と化した自身の状態も、少なくとも表面的には冷静に受け入れてくれた。 (迷宮では何が起こるかわからないとはよく言いますが、まさかこんな目に遭うとは予想もしてませんでした)  触手生物に目や耳など感覚器官はないが、全身で見て聞いて嗅ぐことができるようだ。移動に関しては、できなくはないようだがまだ不慣れ。  彼女(?)の声は、俺が直接触っている時だけ聞くことができる。俺も、実際に声に出さなくても直接触れば彼女と意思疎通はできる。 (これは、まあ便利だな。声を出してると傍目には独り言を呟いてるやばい奴にしか見えないし) (『わたし』の身体なのに心の声はジクーブさんなんですね。見た目と声のギャップがなかなか……) (うるさいよ) (それにしても、こんな形で意思疎通ができるのは不思議ですね。この生物の能力なのでしょうか。それともジクーブさんの身体が『トゥクファ』だから、わたしと何かつながりが保たれているとか?) (さてな)  そんな風に色々わかりはしたが。  俺たちは、今度こそ完全に詰んでいた。  俺は『トゥクファ』の身体で、剣も持てないし、かと言って神官呪文も使えない。なのに頑強な『俺』の身体で呪文も使えるトゥクファは触手生物に変異してしまった。『俺』の装備一式は『俺』の変異の際に身体に吸い込まれるように消えてしまったし、そもそも身体を普通に動かすことすらままならない今のトゥクファでは、あったとしても使えない。そして声を出せないのだから呪文も使えない。  変異をもたらした元凶である指輪は、力の解放によってトゥクファの手の中で崩れ落ちていくのを感じたそうだ。仮に壊れずにいたとしても、もう一度使って人間に戻れるかは定かでない以上――下手したらもっとおぞましい何物かになってしまう危険性すらある――使うわけにもいかなかったろうが。  これからどうすればいいかまったく思いつきもしない。  肉体的にはともかく――俺だけでなく、身体が変わり果てたトゥクファも疲れは特にないということだった――精神的には疲弊しきっている。  ひとまず魔法陣の中に立てこもったまま、仮眠をとった。


Related Creators