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Jin(鬼頭ジン)
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狸神ヒーロー・シガラキング

 ヒーローなんてこの世にはいないと思っていた。  所詮、テレビや漫画の中の架空の存在。ピンチの時には必ず駆けつけ人々を救ってくれる都合の良い存在……現実の世界にはそんなものはいないのだと思い知らされたのは、小学五年生になった時だった。 「助けて……誰か……――マン……!」 「バーカ、――マンなんていねーんだよ! あ!は作り話! テレビの中のフィクションってやつなんだよ! 現実見ろバカ!」  同じクラスのやつにいじめを受けたあの一年間の事は、忘れたくても忘れられない。誰かに助けを求めても誰も助けには来てくれなくて、俺はその時必死に堪えるしかなかった。嫌だと言う勇気も出せずに、ただ嬲られる屈辱の日々を送った。 「誰か助けて! 見てないで……あぐっ!」 「……」 「誰もテメーを助ける奴なんていねーよ。分かったらさっさとなんか出せや!」 「だ、出します! だから、これ以上は……」  いい歳した大人が近所の不良学生にカツアゲされている。そんなもの、俺の生まれ育った街ではさほど珍しくもない。男は助けを求めるが、それに応えてくれる他人など誰一人としているはずがない。そんな面倒事に関われば、こちらも痛い目を見るのは目に見えていたから。  里崎信太郎、それが俺の名前だ。特に有名でもなければ、これから名を残す事もない、ただのろくでもない大人、それが俺だ。 「うわ、かわいそー」 「またあの不良校の奴らだろ?」 「あの学校も大変ねー、あんなのを相手にして」  傍観者を気取った街の喧騒が俺の耳を突く。どうせ何もしないんだから何も言わなければいいのに、そう思うけれどそれは俺だって同じだ。俺も社会に対する厭世者を気取って斜に構えて生きているだけの男だ。  子供の頃いじめられ、高校にも馴染めず、今は必死にアルバイトとして表向きは真面目に働いている虚無人間だ。  夢も将来の目標もない。何もなれないのを自覚してただ歳を取るだけの存在。そんな自分を恥じる時は何度もあるが、それでもここから抜け出せないのはなんとなく分かってしまうので、そこから諦めてしまう、どうしようもない。  今が良ければそれでいい――自分さえ良ければいい――そんな自分勝手な考えを抱きながら俺は今日も誰かが舗装してくれた道路を踏みつけ生きる。  俺は、ずっとそうして生きる――そう思っていた。 「おい! そこの貴様!」  ――あいつに会うまでは。 ◆狸神ヒーロー・シガラキング 「……は?」  そこにいたのは、横倒しになっている信楽焼の置物だった。どこかの店に置いてある、あの狸の。その置物が、喋っていたのだ。  しかも、この俺に助けを求めている。 「???」  俺は錯覚かと思い目を擦り、再度その場を確かめてみる。そこにはやはり街の片隅に倒れている狸の置物があった。しかも、今も嗄れた声で俺を呼んでいるのだ。 「おい、聞こえてるんだろう! 早く起こさんか!」  しかも助けを乞うている割にはやけに尊大な口振りだ。人に頼み事をする時は言い方に気をつけろと親に言われなかったのか? 「むうう……最近の若造は……!」  置物が何やら喚いているが、もう知るか。というよりも喋る信楽狸というのがもう現実的じゃない。これはきっと何かの幻覚だ。俺は毎日の疲れからこんな妙な幻覚を見たのだ。 「こうなったら……!」  俺はそのまま家へと帰り、シャワーを浴びて夕食を摂ると死んだように眠った。また明日、いつもの空虚な一日が来るのを恐れながら。  ――…………。  ……眠い……  体じゅうが、ふわふわしている……  寝起きだからなのだろうか、妙に身体が重い…… 「……イ、……きんか」  ――頬が痛い。  ペチペチと音がする。  何かが、俺の頬を叩いているようだ。  うるさいなあ、明日も早いんだから、寝かせてくれよ。 「さっさと起きんか、ウツケモノ」 「……あ?」  ……誰だ、お前?  どっかで聞いた事のある声だな。  このスットンキョウな嗄れ声、昨日どこかで…… 「いつまで寝ぼけとる」  そこには、妙な出で立ちをした狸が立っていた。というより、狸によく似た、人間のような何か。例えるなら、信楽焼の狸の置物が、そのまま動物になって二足歩行している。そんな感じ。  そいつが、今俺の枕元に立ちながら話しかけている。その事実に俺が気付いた頃、俺は口から裏声に似た叫びを上げていた事に、少ししてから気付いた。 「わぁぁぁぁっ!?」 「りあくしょんが遅いわ、莫迦者が」 「えっ、えっ? いや、何?」  リアクションとか呑気に言ってる場合かよ。っていうかお前一体何なんだ? そんな妙チキりんな姿をした奴に、バカとか言われたくないんだが? 「儂の名は枝我楽器。まあ言ってしまえば、ここら一帯を取り仕切る、守り神……みたいなもんか?」 「は?」  守り神?  こんな情けねえ姿をしたジジイ狸が、守り神だと? 冗談も休み休み言えよ。寝言は寝てから言えって話だ。  そもそも、その守り神サマとやらが、どうしてごくごく普通の一般人であるこの里崎信太郎様に用があるんだ? 「儂は今、貴様の夢の中で話しかけている。これも数ある儂の能力のひとつであるが……まあ、今はそんな話はいいじゃろう」  お前から話したんだろうが。  で、結局俺に何の用があるんだって。 「貴様は、儂が見えたのだな?」 「え?」  見えた? お前を? いつ、どこで?  俺はずっと達成感のない作業の繰り返しで生きてきた普通の人間だ。お前みたいなヘンなヤツなんか見るはずが…… 「あっ」 「……思い出したか」  そういや昨日、狸の置物に話しかけられたような気がする。あまりに非現実的なもんで記憶から抹消してたわ。あいつが、このシガラキ様だったってワケね。なるほどね、納得納得……  できるワケないだろ。お前が見えたから何なんだ。横倒しになって、俺に助けを求めてたお前が、俺に何をするんだよ。助けてもらえなかった恨みをここで返すつもりか? 夢の中まで来るとか、どんだけストーカーなんだよ。 「昨日儂を助けなかった事に関しては大目に見よう……代わりに」  ……代わりに?  助けなかったから何かしろってか。とんだ現金なヤツがいたもんだ。一体どんな無茶難題を押し付けられる…… 「貴様はこれからこの地を守ってもらう!」  は? 「太古より儂は神としてこの地を守ってきたが、文明が発達した今は、儂はただの狸の置物として扱われ、故に力も弱まってきとる……  だから必要なのだ。現世に肉と魂を持って生きる者がな。里崎信太郎。貴様は、現世を守る現人神に選ばれたのじゃ!」  カミ? ゲンセ? アラヒトガミ?  何から何までが意味不明すぎる。荒唐無稽すぎる、ファンタジーすぎる、フィクションすぎる。  こんな事があってたまるか。どうして俺がそんな大役に選ばれなくちゃいけないんだ。  これも俺が深層心理で抱いていた成功願望が悪いのか? 心の中でいつか物語の主人公になりたいと思っていたのが悪かったのか?  だから、こんな不細工な邪神様に目をつけられたのかよ。  はは、そうだ。これは夢だ。夢なんだ、夢だった。あいつだって、今俺の夢の中で話しかけてるっつってたし。 「たわけ、夢などではない!」 「いたっ!」  おい、殴るなよ! まだ何も言ってねえだろ!  この時代、軽々しく人を殴っただけでも問題になるご時世だぞ、この時代遅れ老人め。 「黙っとれば好き放題思いおって。儂の力の一つに読心能力もあるのじゃ。儂に隠し事など一切通用しないと思え」  げぇ、だったらおちおち考え事もできないな。  仕方ない、寝直すか。夢で寝たらこっちで目が覚めるだろ。 「寝るな莫迦モン! ……まあよい。そのまま聞いておれ」  結局話すのかよ。 「儂は古来より、奥底の地より来たれる悪鬼どもを祓っておった。しかし儂の力が弱まり、神への畏敬が薄まった昨今では、逆に悪鬼の力が高まりつつある。故に、再びこの地に、神の護り場と呼ばれたここに、新たな神を顕現させなければならん。この地を悪鬼が支配する前に。  貴様は、儂と融合し、現人神として悪鬼を祓いし者となる運命にある。儂が見えたという事は、神となる素質がある、という事だからな。  これから頼むぞ、里崎信太郎よ。日の本の平和は、貴様と儂に……かかって……おる…………  …………―― 「結構金持ってんじゃん」 「あーゆー手合いは使う金がねぇからなー」 「どこ行くべ」 「そだなー」  その夜、街では恐喝で得た金を持った不良学生達が我が物顔で歩いていた。まるでこの世界は俺達のものだと言っているようだった。  その驕りが彼を呼び寄せたのだろう。  この地で力を蓄えつつあった、悪鬼を。 「うぐっ!?」 「おい、どうした隼平!」 「グオオオオオ!」  その夜、三人の人間がこの世から消えた…… 「んー……」  スマホのアラームがけたたましく鳴り響く。スマホの時計は6時を表示している。俺はその音でやんわりと目を覚まし、スマホのアラームを切るといつものように出勤の準備を始めた。  にしても、昨日はヘンな夢見たな……これも狸の置物を助けなかったせいか? 『いんや。儂が見えた時点でそうなる運命だったのだ』  そうかー。  ……って、 「うわぁ!」  お前! 俺のスマホをこんな不細工な画面にしてんじゃねえよ!  つーかどうしてこんなとこにいんだよ!  あれは夢じゃなかったのかよ!  もう色々ワケがわかんねえよ! 『落ち着け。夢の中で話したじゃろ。貴様は儂に変わってこの地の新たな守り神になるのじゃと』  あれ、マジだったのかよ……  夢だけど、夢じゃなかった。ってやつ?  どうして俺がこんな目に遭うんだ? あいつが見えただけでこんな事になるとか、本当についてない。なさすぎる。 『『視えただけ』……儂が視えるのは、この世で貴様一人だけなのだがな。儂と魂が同一の者は、一人しかいないのだから』  ……どういう事だ? 『鈍いな。言ってしまえば、貴様は儂そのものなのだ。儂と同じ魂共有せし者、儂の生まれ変わりと言ってもよい』  俺が、アンタの、生まれ変わり?  バカ言うな。お前は生きてるじゃねえか。そもそも死んだ事もない奴が、生まれ変わりとかほざくなよ。生まれ変われるのは、死んで輪廻転生を経験した奴だけだぜ? 『儂はとうの昔に死んでおるよ。信仰心が失われた時点で、神としては死んだも同然……今の儂は神もどき。神の残滓、残響でしかない。故に悪鬼が復活しつつある。故に貴様を頼るほかなかった……儂だけで解決するならばしとるわい』  あー、つまり幽霊みたいな感じか。神サマの搾りカス。首切られても生きてるニワトリとかクズリみたいな。 『失礼な物言いをするでないわ、たわけ!』 「今日は仕事あるから、あんまうるさくすんのはやめろよ」 『心得とるわい』  ホントにわかってんのかなー。  この新しくインストールされた神サマアプリ、不細工なSiriモドキと話しながら俺は駅へ向かう。一度乗り遅れたが最後、俺には遅刻という最悪のイベントが待っている。  人身で止まるとかそんな事がない限り、余裕で間に合うはずなんだが…… 「は?」 『現在、事故により運行を見合わせております。再開は……』  ふざけんな!  ここでフラグ回収とかギャグ漫画かよ!  ただ、人身ではないらしいんだよな。  純粋な、事故。なのか?  とにかく、妙な事が起こっているのは確かだった。 「ヤバいってアレ!」 「突然スゴい風が吹いて、電車が飛ばされたんだって?」 「中にいた人……どうなったんだろう……」  は?  風だと? それで、電車が?  そんな事故が、起こるのか? この現代に?  俺の頭には疑問符が浮かぶばかりだった。 『おい、信太郎』  何だよ、神サマ。 『この近くに、邪気を感じる。もしや、悪鬼が既に復活したのでは……』  どういう事だよ?  悪鬼が復活? 『只今ニュースが入りました! 現在、絹田市上空に、謎の飛行物体が出没中の事です!』  飛行物体? この現代に?  オカルトブームなんかとうの昔に去ったはずだぞ。 『飛行物体は走行中の電車を飛ばした後、町の建物を破壊しているそうです!  見えました、謎の飛行物体の正体は……人です! 妙な格好をした成人の男性が、空中で暴れ回っています!?』  飛行物体の次は、空飛ぶ男だと?  しかも電車を吹き飛ばした奴の正体だって?  こんな事が立て続けに起きるなんて、なんて日なんだよ。  神様はどこまで俺をバカにすれば気が済むんだ。 『バカになどしとらん』  お前に言ったんじゃねぇ!  にしても、こいつ、アレに似てんな。 『風よ吹け、嵐よ、この地を全て更地にしてしまえ! この地はこれより、儂、黒風天狗が戴く!』  そう、天狗だ。  真っ赤な顔をした長い鼻の山伏姿の男。  こいつは、それにそっくりなんだ。  まるでホンモノの天狗のようだ。  ホンモノの天狗ぅ!? 「どうして天狗が現代にいんだよ!!」  ……思わず叫んでしまった。周りの視線が刺さって痛い。  赤っ恥をかく前にそそくさと退散する。  今日の出勤は諦めるしかない。  まあ、この騒動に遭遇したって言えば、ギリ許してくれるだろ。俺の会社、そこまでブラックじゃないし。 『矢張りな』 「矢張り?」 『あやつは悪鬼じゃ。恐らく、人間の身体を乗っ取りこの世界に受肉したんじゃろう』  乗っ取った……って。  じゃあ、あいつは元々は人間だったって事か? 『あやつは己を『黒風天狗』と名乗っておった。あれは人々が抱く“畏れ”が具現化した存在……そのイメージは、乗っ取った人間が持っておったものなのかも知れぬ』  じゃあそいつは、風に対して畏れを持ってて、そいつがイメージしてた天狗になったって事か? 『違う、もっと広域的なものじゃ。まあよい、悪鬼が現れた以上、儂らが動かなくてはなるまいて。急ぐぞ、信太郎』 「は?」  嘘だろ?  あんなバケモン相手に何しろっつうんだよ。 『安心せい。儂の力で奴のいる場所までひとっ飛びじゃ。悪鬼の気配はこちらからもプンプン漂ってきとるしな』  そういう問題じゃねえ!  第一俺は……!  そう言おうとして、俺の体は瞬間移動した。  テレビでよくあるワープを俺が使うなんて、思いもしなかった。 「使ったのは儂じゃが」 「うるせえ!」 「ふあはははっ! 物や人が吹き飛ぶ様は爽快痛快実に愉快! このまま全てただの塵となるがよいわ!」  この天狗野郎……! 俺を煩わせやがって……  上司に怒られたらテメーのせいだからな! 『そこまでじゃ、黒風天狗!』 「む? 儂の名を呼ぶ不届き者はどこだ?」 『ここじゃ、罰当たりの悪鬼め!』  おい! 勝手に挑発するんじゃねえよ、このバカ神!  ここは様子を窺うのがセオリーだろうが! 「ほう、誰かと思えば枝我楽器ではないか。嘗て栄華を誇った神も今や人間の奴隷か。実に滑稽滑稽! そんな貴様に復活した儂を祓えるわけがないわ!」 『それはどうじゃろうな』 「なんだと?」  おい! なんだよその自信は!  その無根拠な自信はどっから湧いてくんだよ! 『根拠ならばある。それは貴様自身の存在じゃ、里崎信太郎。いや、枝我楽器よ』  お、俺? 『言ったじゃろう。貴様は儂そのもの、儂の生まれ変わりじゃと。これから貴様に儂の力の半分を注ぎ、その身を一つにする。そして貴様は、悪鬼からこの地を守る現人神となるのじゃ!』  力? 一つ? 『信太郎! 儂の入ったスマホを掲げ、『シガラキ変身』と叫ぶのじゃ! さすれば貴様と儂は一時的にひとつとなり、悪鬼を凌ぐ力が生まれよう!』  そ、そんな恥ずかしいマネできるわけねーだろ! 「何を話している。貴様らもそろそろ死ぬがよい!」 『いかん! 悪鬼が迫ってきておる! いいから早く『変身』するんじゃ! 信太郎!』  くそっ……こうなったら仕方ない。死ぬよかマシだ! 「シガラキ変身!」  俺がその単語を叫んだ瞬間、手に持っていたスマホが光り輝いた。その光はたちまち俺を包み込み、俺を作り変えていく。 『シガラキラクーンパワー、フルチャージ!』  いきなり流暢な横文字を口にした神サマが、俺の中に自分の神の力とやらを流し込んだ。  確かに、何かスゴいパワーが俺の中へ次々と入ってくるのが分かる。  これから俺はどうなるんだろう。なんか、深緑色の空間に裸で浮いてるけど……これ、ヒーローや魔法少女の変身バンクみたいで結構恥ずかしいんだけど。っていうか、破けた俺のスーツ弁償しろよ!  ってか、俺の体、太ってきてね?  普通も普通だった俺の体が、どんどんデブデブになってきてんじゃん。おいふざけんなよ! こんな巨デブになったら日常生活困るだろうが!  手も足もごん太になって、なんか毛まで生えてきてる。ゴワゴワの茶色の毛が。  って、どうして俺の体に毛が生えてるんだ?  おいおい! 体中が毛むくじゃらになってんだが! 全身脂肪だらけになった体、全身を覆う茶色の毛……。  なんかこれ、狸っぽ…… 「んあぁ!?」  その時、俺の尻から何かが勢いよく生えてくる感覚がして、俺はつい変な声をあげてしまう。ついでに、股間がピクピクして、妙な気分になってしまった。何なんだよ、この感覚……つーか、尻に生えたこれって…… 「尻尾……?」  毛と同じ、茶色の尻尾が、間違いなく俺の体から生えていた。やっぱり、俺の体は狸になっている? あいつと融合してるから?  冗談じゃない。俺まであんな不細工な狸親父みたいになりたくない。どうしてアイツのせいで勝手に神サマにされた挙句に、こんな太っちょの情けないケモノの体にされなきゃなんないんだ。  俺は出来るだけ普通の人生を送ろうとしていただけなのに……いじめられたあの日から、夢や希望を抱く事を諦めていた。だから目立たず、高望みしない。そんな生き方を目指していたのに……。 『“ひいろう”……貴様は子供の頃、それになりたかったのだな』  おい! 勝手に俺の心に入ってくんな!  プライバシーの侵害ってレベルじゃねぇぞ!  確かにヒーローとやらになりたかった純粋な頃もあった。でもいつまでもそんなんじゃいられないんだよ。子供はいつか大人になるんだから。叶わない夢は諦めなければならないんだから。 『そんな事はない。夢は想いの力。そうであれと願い、行動すれば、おのずと結果として現れる。どうして貴様がそうなってしまったのかは追及せん。しかし、貴様が強く想えばそれは現実になる。儂が持っているのはそういう力じゃ』  出涸らしが偉そうな口を叩くもんだな。俺がいなきゃ何もできなかったくせに。  でも、それは俺も同じだ。お前に会わなければ、俺はずっとそうやって世界に諦念を抱きながら怠惰に過ごしていたかも知れない。  でも、だからといってこれはねえだろ!  こんな、こんな体に、なって…… 「うが、ぐっ、ぐぅおおおぉぉ……!」  顔が、顔がいてぇ! なんか、俺の口が変形してる、骨格から変わってる音がする! 耳からスゴい生々しい音がしてるんだが!?  顔にも、毛が生えてきてる……狸になるんだからそりゃそうなんだが……俺の目からは正確には見えないが、俺の顔がどんどんケモノに近づいていってる事がわかる。視界からちらりと伸びたケモノの口が見えているし、俺から漂ってくるケモノ臭さが分かるようになってきている。 『うむ、器が完成しつつあるな。では、儂も貴様の中に入るとしよう』  は? お前、さっき何て言った?  おいバカやめろ、俺の中に勝手に……  うむ、なかなかの具合じゃな。っておい! 早速自分の家みたいにくつろぐんじゃねえよ!  落ち着け。今から儂と貴様はひとつになるのじゃからな。こううるさいとしっかりと融合できんじゃろ。  ちょっと待ってくれ、融合って、こんな感じなのか、神サマが、シガラキが俺の体の中に入ってくるみたいな、うわ、これすげぇ気持ち悪い!!  やめてくれ! 俺の心まで狸になってく……神サマの心や記憶や気持ちが少しずつ入ってきてるのが、すごく気持ち……あれ? 何だか俺自身がわかんなくなってきた。アイツと混ざってきてるから? にしては、シガラキの、儂としての感覚はいまいち感じられなくて、なんて表せばいいんだろうか。複数の個が、違和感なく一つに融溶し、新たな個を作っていく……そのような感覚だ。  シガラキの魂が儂を満たすたび、狼狽と困惑で満ちていた儂の心は泉のように静かになってゆく。この地を守護する神としての自覚が芽生え、この愛おしい世界を悪鬼から守りたいと心から思えるようになる。  人間である里崎信太郎の心と、神である枝我楽器の心がひとつとなって、此の現世に顕現せし獣の肉体を得た現人神。それが儂だ。  これより儂は守り神――否、世界を守るヒーローとなり日の本を脅かす悪鬼どもを祓わん。さあ、今すぐ此の地に降り立ち、儂の名を世界に轟かそうではないか!  祓魔の武装を纏い、失われし神力を満たす狸神、儂の名は……! 「儂はヒーロー、シガラキング! 日の本から悪鬼を退散せすべく、此の地へ新たに参上せし!」  儂はそう宣言すると、我が物顔で空を侵す天狗悪鬼に見栄を切った。これこそが、神でありヒーローである儂の矜持だ。 「シガラ……キング、だと?」 「愛すべき人間達よ、この儂が来たからにはもう安心だぞ! ぐわっはっはっは!」  儂はヒーローらしく豪快に笑ってみせた……が、人々はそんな儂を不気味に思ったらしく、そそくさと逃げてしまった。まあよい、そちらの方が儂からしても都合がいい。悪鬼の魔の手から人々を守るには、早く逃げてもらった方がいいしな。 「よもや貴様……枝我楽器か? やけに滑稽な姿になったものだな!」 「否、今の儂は枝我楽器にあらず。人間、里崎信太郎の体と心を借り新たな肉体を持った全く新しい神、それが儂じゃ!」  今、儂が身につけているのは編笠、徳利、通帳といった信楽狸の装備。これらは全て儂の力となるものだ。股座を守る白の褌、足には真っ赤な足袋と草履。そして腰には…… 「さぁて、シガラキングの初陣じゃ」  魔を斬る刀、佗怒斬が収められている。鞘から刀を抜けば、白銀色の刀身が太陽の光を反射し眩く光り輝いた。 「ほう、なかなかの業物じゃないか。しかし……その得物では空を舞う儂を斬り伏せる事など不可能! 残念じゃったなシガラキング!」  天狗が悪辣そうに儂を嘲笑う。しかし、古き思想に凝り固まった悪鬼どもは知るまいて。儂は現代を生きる人間の魂を持ち合わせている事を。 「そんな貴様には、油断大敵という言葉を教えてやらねばならぬな。ふっ!」 「むっ!?」  儂は空中の天狗目掛けて突くように刀を振り抜く。白刃へ黄金色の光の束が集まっていくと、それは凝縮されたエネルギーとなって天狗の下へ真っ直ぐ向かっていく。 「くっ!」 「どうした? 鳩が豆鉄砲を食ったような顔じゃな」  これこそ、儂の新たな技のひとつ、『斬撃光線』だ。信太郎が見ていたアニメから着想を得た技である。此の技ならば空中の相手にも容易く攻撃が可能だ。 「くそっ、なめおってからに! 黒死風!」  ようやく本気になった天狗は、右手の葉扇から夥しい数の鎌鼬を繰り出した。だが、儂の力は攻撃だけではない。 「言霊・『護壁』!」  儂は腰の筆で手帳に“護”という字を書き込み、投げる。紙は光の壁となり、全ての鎌鼬から儂を守った。これこそが儂の筆と手帳の力。文字を書き込めば、一度だけそれが現となる。一日に三回までしか使えぬ奥の手だがな…… 「くっ、厄介なやつだ!」  そう言うや否や天狗は空を激しく飛び回る。儂を撹乱しているつもりか? しかし、儂の佗怒斬は邪気を読み取り、自動的に悪鬼を追尾する力を持つ。故に、刀から放たれる光線はその全てが天狗を狙って飛んでいく! 「なにっ、ぐおおっ!」  漸く一筋の光線が天狗に当たり、空中で爆発を起こす。撃ち落とされた天狗は空から地へと落ちていく――が、天狗の方もただやられているわけではないようだ。 「ちっ、烏よ、狸の体を啄んでしまえ!」  すかさず天狗は眷属である烏の群れを儂に寄越してくる。罪のない命を屠る趣味は儂にはない。再び手帳に“護”の字を書き防壁を実体化させると、それにぶつかり動きが止まった烏を、刀の一振りによって起きた風で吹き飛ばした。 「くっ」 「逃がさぬ!」  たまらず退避しようと背を向けた天狗に向かって儂は頭の編笠を投げつけた。 「なにっ!?」  儂の編笠はただ頭上を守るためのものではない。編笠の先は投げる事により鋭い刃となり悪鬼を切り裂く武器となる。これこそ必殺『編笠円刃』じゃ! 「ぐおっ!」  編笠円刃は、見事天狗の片翼を奪った。翼を喪った天狗は飛ぶ力を失い今度こそ地に堕ちていく。 「とどめじゃ!」 「うおおお!?」  儂は佗怒斬を抜くと、落ちる天狗にその刃を振り抜いた。祓魔の力を込めた神の斬撃、名付けて…… 「必殺、汰貫斬!」  斬撃は見事天狗悪鬼を捉え、天狗は黒い羽を撒き散らしながら落ちていく。これで決着、じゃろう。 「ぐうう……」  邪悪な力をほぼ失った天狗は苦痛に悶えながら地を這う。空を自由に舞う天狗も、こうなってはただの人じゃな。  さて…… 「浄化の時間じゃ。お主、覚悟はよいな?」  儂は悪鬼を組み伏せると、いそいそと褌を外していく。褌の中から、儂の巾着のような巨大な金玉と、皮を被った豆粒のような珍宝が飛び出す。  儂は、神力を込めた右手で珍宝をゆっくりと揉んでいくと、珍宝はたちまち勃起して弾丸のようなぶっといものに早変わりする。  此の姿となってするのは初めてじゃが、儂もまだまだ元気じゃな。 「お、おい、何をするつもりだ!」  次に、悪鬼の法衣を果物の皮を剥くかのように優しく剥いでいく。奴の筋肉で覆われた真っ赤な体が露わになる。悪鬼のくせにいい体だ、興奮してくるじゃないか……おう、儂の珍宝もぎんぎんにいきりたっておるわい。  儂は、悪鬼の尻を広げると、そこから見えた穴に狙いを定める。儂の勃起した珍宝を当てがうと、儂は腰をゆっくりと後ろに引いた…… 「や、やめっ……!」  そして儂は、己の珍宝を悪鬼の尻穴に容赦なく突き挿した! 「ふん!」 「ぬあぁっ!?」  たまらず悪鬼は声をあげる。この世を荒らした罰じゃ。お主にやられた人間達の苦しみに比べれば、儂のこれなど、むしろ気持ちよいくらいじゃろう。 「突くぞっ!」 「ぐあああっ!」  儂は勢いよく腰を振って悪鬼の腹内を突いていく。腹を揺らし汗を撒き散らしながら、儂は悪鬼へ最後の制裁を続ける。言っておくがこれは私欲での行為では断じてない。これは悪鬼を浄化するために必要な過程なのだ。 「ああぁ〜……中でねっとり絡みついて……たまらんわい! 悪鬼のくせに、出来がよいではないか!」 「ぐそおっ! この、この変態めえっ! 貴様なんぞが神であるものかっ……んおおぉ!」  未だ減らず口をやめない悪い天狗に突きのおしおきをしてやると、天狗の声はすぐさま情けない喘ぎ声となった。ただ、天狗のケツマンの方も、ただ儂に犯られるだけでは済まないとばかりに儂の珍宝を強く締め付けてくる。しかしそれでは儂は屈さない。むしろ、興奮してきてしまうわ。 「おいたをする悪い子は……こうじゃっ!」 「あひぃっ!」  お次は、無防備となったその固い尻に折檻を施すべく、平手で軽いびんたをする。ばちん、ぺちんと連続で尻たぶを叩いてやると、天狗は泣いて喜び善がった。ただでさえ赤い肌がさらに真っ赤になっていく。 「んおっ、おうぅ……! お主もなかなかっ、らるのぅ……おぉ! 儂の金玉が脈動しておるっ……!」  儂の金玉から作り出されるのは、神力が詰まった神聖な精子。ひとたび放てば、人々に神の加護を与え、木々は茂り花は咲き誇る。今からその『聖液』を悪鬼に全て注ぎ込む。  さすれば悪鬼は浄化され、神に近しい力へと反転し、此の地の新たな力となる。  金玉から聖液が溜まっておる。儂の珍宝も、そろそろ限界じゃ……気持ち良い時間は惜しいが、これもヒーローである儂の使命。悪鬼にとどめのを刺すべく、儂は最後の一突きをお見舞いした。 「おおっ! お主の中に出すぞっ! イクイクイクゥ!」  儂はとうとう絶頂し、金玉の聖液を悪鬼の中に全て解き放った。悪鬼はビクビクと痙攣しながら、邪気が浄化される苦しみに悶えている。 「ぐわああああ! やめろっ、やめろぉ、儂の力がぁ!!」  天狗悪鬼の体から邪気が抜け、空へ霧散していく。天狗から邪気が全て消えた頃、奴の体に変化が起こった。 「む?」  天狗の体の筋肉がみるみるうちに萎んでいく。天高く伸びていた鼻も縮み、普通の高さになっていく。厳つさを見せていた天狗の男は、あっという間に普通の人間になってしまった。  おそらく悪鬼が人間に取り憑き、儂のように人の身を借りて現れたのだろう。とすれば、これから厄介な事になりそうじゃな…… 「息は……しとるな」 「やめろぉ……来るなぁ……」  まあ、保護してやらん事もないが、悪鬼に魅入られた人間などたかが知れておる。風邪をひかぬようとりあえず男の体に布を巻いてやると建物の壁に立てかけておいた。あとはきっと警察が保護してくれるだろう。厄介な事にならぬよう、少し認識を歪めておくがの。 「さて、とりあえず悪鬼は過ぎ去った。儂はまたただの人に戻るとしよう……」  儂は力を解き変身を解除する。儂は、俺と儂に戻り、あの時立っていた駅に戻った。 「……あれ?」 「あの不審人物、いなくなったらしいぞ!」 「シガラキングって誰!? 着ぐるみ?」  事が終わったらしい駅では、そこで起きた一部始終で大騒ぎになっていた。あれの正体が、俺と神サマの融合した姿なんて事は、誰にも言えやしなかった。  結局、その日は仕事を無断欠勤したのだった……。 「ああああ! もう恥ずかしくて外出れねえ!」 『落ち着け。あれを貴様とは誰とも思うまいよ』 「そういう問題じゃねえんだよっ!」  あれから、俺の住む地方では謎のヒーローの噂で持ちきりになっていた。  『狸ヒーロー、シガラキング現る』『ヘンテコヒーロー、その活躍』なんて見出しの記事がいくつも作られ、その活躍や正体についての考察など、様々な噂が立てられた。  俺がやらかした悪鬼との行為もばっちり裏ニュースで取り上げられてしまい、『変態ヒーロー』『エロ狸親父』なんて不名誉な渾名までつけられる始末。おかげで俺は正体が割れていないにも関わらず恥を晒しながら生きる羽目となってしまった。 『次のニュースです。市内で保護された未成年の少年が過去起こしていた恐喝容疑で逮捕されました。少年は昨日の未明、裸の状態で倒れており……』 「あ、あいつ……」  テレビに映っていたのは、昨日サラリーマンにカツアゲしていた不良の一人だった。どうしてこうなったのかは知らんが、因果応報という言葉はあるのだな、と思った。 「にしても、変身した時の事はあんま覚えてないのが幸いだったな……天狗とヤってた事とか覚えてたらマジで地獄だろ……」 『でも凄く気持ちよさそうじゃったな。とても儂らとは思えない程の淫乱ぶりじゃった……』 「言うな、言うなっ!」 『しかしそう言ってもられんぞ。神力が衰えた地にはこぞって悪鬼がやってくるからのう。これからも儂らがシガラキングとして戦う時は何度もやってくるはずじゃ』  そうか、俺のヒーローとしての人生はまだ始まったばかりなんだ。  って事は…… 「またあの姿で色々ヤるって事か!?」 『まあ、そうなるじゃろうな』  あ、悪夢だ……  俺は、シガラキングとして恥を晒し続ける日々を送るのか…… 『ま、長い共生生活となるだろうが、これからよろしく頼むぞ、信太郎!』 「ふざけんなああああああ!!」  こうして、俺と狸の神サマの、奇妙なヒーロー生活が始まったのだった……


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