環境破壊と気候変動によって、地球は人類が生存できる場所ではなくなっていました。地上は有害な大気と水で満たされ、灼熱と極寒とが目まぐるしく入れ替わり、濃硫酸と猛毒のガスの暴風雨が常に吹き荒れていたのです。人間はもう、地上では一分と生きられません。
人々は地下都市を築き、そこで細々と生き残っていました。
地球をこのような姿に追いやった為政者と科学者たちは、自らを破滅に押し遣った「英知」を再び結集させ、地上の浄化を試みようとしました。そしてついに、環境を正常化させる浄化装置を開発したのです。
しかし研究者たちの試算予測では、地球が浄化装置によって再び人間の住める惑星に回復するよりも早く、地下都市で暮らす人類が滅びるという結果が明らかになりました。
人類の科学力では、これが限界でした。
それでも科学者たちは諦めず、発想を転換することにしました。
地球を元に戻すのではなく、
「人類を環境に適応させる体に作り替えればいいのではないか」と――。
為政者と科学者は、「社会に不要な人間」を集めて人体実験を始めました。
たくさんの人々が残酷な人体実験で犠牲になった結果、過酷な環境に耐える生物の遺伝子として、昆虫類を主な構成とする生体が適していることと、実験の素体には成人ではなく子供の身体が適していることが明らかになりました。
またその過程で、汚染物質を食べて分解し、浄化させる働きを持つ遺伝子の組み合わせを偶然発見したのです。
科学者たちはそれを新昆虫人類『インセクトイド』と名付けました。
この発見により、計画と方針が変更されることになりました。
地位の高い人々は、「なにも自分たちが危険を冒して醜い怪物にならなくても、インセクトイド化した人間に地球環境の改善を任せればよいのではないか」と考えるようになったのです。
インセクトイドには、次のような目的と役割とが与えられました。
1.過酷な環境でも生きられること。
2.単為生殖で増殖できること。
3.汚染物質を摂取して分解し、無害化する『環境浄化生物』であること。
4.最終的に目的が果たせられなかった場合、インセクトイドが人類に代わって新人類として、文化や文明を継承させる。そのため、人間の知能は維持すること。
こうして人類の未来は、浮浪児や社会的地位の低い家庭の子供たちに託されたのです。
人間をインセクトイドに改造する方法を探るまでに、たくさんの身寄りのない子供たちが犠牲になっていきました。
孤児院『希望の箱舟』には、今日もたくさんの身寄りのない子供や、貧しい親から売り払われた子供が「搬入」されてきました。当然、そこは孤児院とは名ばかりで、子供をインセクトイドに改造するための研究施設でした。
地下都市では人口の抑制と管理も重要な課題でした。『希望の箱舟』は有用な人間を選別し、「不要な人間」を順に間引いていくためのシステムのひとつでもあったのです。
搬入された子供の中に、ユーゴという十一歳の男の子がいました。
ユーゴの両親は地下都市の横暴な上流階級を批判する、反体制派の活動家でした。既に両親は処刑されていましたが、ユーゴはそのことも、両親が何をやっていたのかも知りませんでした。
何も知らないまま、ユーゴはこの『希望の箱舟』で暮らすことになりました。
『希望の箱舟』では友達になった子供たちと一緒に勉強や作業をして、何の変哲もないのどかな共同生活をしていました。
ただ、毎日何かの薬を飲まされて、週に一度は注射をされてメディカルルームのカプセルで眠らされました。目覚めてカプセルから出ると、体中が痛くて気持ちが悪くなるので、みんなこの日を嫌がっていました。
子供たちは何をされているのかはわかっていませんでしたが、地下都市で不健康な生活をしてきた子供のための健康チェックをしてくれているのだと思っていました。疑問や不安に感じることもありましたが、明日死ぬともしれない浮浪児生活と比べるまでもありませんでした。
時々、子供の一人が突然苦しみながら倒れて、どこかへ運ばれて行きました。
運ばれた子供は、それっきり帰ってこなくなりました。大人からは、「地下都市汚染が原因の病気だ。施設とは別の大きな病院に運ばれたのだ」と教えられていました。
ある日、ついにその順番がユーゴにもやってきました。
部屋で眠っていると、突然体中が燃えるように熱くなり、肌がパリパリと音を立ててひび割れ始めたのです。
「先生、ユーゴ君がっ!」
友達が先生たちを呼ぶと、ユーゴを担架に乗せて運んでいきました。しかしそこは、いつものメディカルルームでも病院でもなく、『希望の箱舟』の奥深くにあった地下施設でした。見たこともないような機械に囲まれた、実験室だったのです。
「実験体ナンバー4番。ユーゴの〝蛹化(ようか)〟が始まったようですね。」
「ああ、今度こそ上手くいくといいな。」
ユーゴは苦しみながら廻りを見回しました。いつのもの先生たちのほかに、今まで見たことのない白衣を着た大人たちがいました。
「何を……、言ってるの。先生、助けてよ……。」
ユーゴの言葉を無視するように、大人たちはガラス張りのケースのような個室にユーゴを投げ込んだのです。ユーゴは激痛に悶えながら、体をゴロゴロと転がしました。口からは血と一緒に、見たこともないようなどろどろの肉の破片と粘液を吐き出しています。体中の皮膚がひび割れ、そこからも血と粘液が滲み出してきました。
「げはっ、がはっ! ぐる、じいぃ。だず、げでぇ……。」
そして、ユーゴはそのまま意識を失ってしまいました。
それから、どのくらいの時間が流れたのでしょうか。
ユーゴは目を覚ましました。
「ギギャッ!?(イ、イキガデキナイ……!!)」
厚手の透明なゴムのようなものに全身を包まれていることに気付いたユーゴは、必死でもがきながらそれを突き破って脱出しました。
ドチャッ!
床が目の前に迫ったとき、自分の体が天井の高い位置に張り付いていて、そこから落下したことを知りました。肩で息をしながら、何故か上手く力が入らない腕を小刻みに震わせて立ち上がろうとします。
「ガッ、ガアアッ!?」
視界がガラス球を覗いたときのように歪んでいるなか、飛び込んできた自分の腕の形に混乱しました。
「ギャゲエエッ!?(な、なんだこれ。これ、俺の腕なのか……!?)」
壁のガラスに映る自分の姿を見た瞬間、ユーゴは大きな悲鳴を上げました。
「ギイギギギギーーーーッ!!」
目の前にいる昆虫人間のようなものが、自分と同じ動きをしていたのです。ユーゴは、醜い昆虫人間として生まれ変わってしまったのでした。
「ガッガガギイィ!(いやだっ、いやだああああっ!)」
もう、ユーゴの口は上手く言葉を話すことができなくなっていました。
「成功だ!」
「『インセクトイド』第一号の誕生だ!」
白衣を着た人や先生たちが、自分の醜い姿を見て、手を叩きあって喜んでいる姿が見えました。
「ギガアアアアッ!(俺を元に戻せっ!)」
昆虫人間となってしまった少年の悲鳴は、もう誰にも聞き取れませんでした。
ユーゴのインセクトイド化の成功データを基にして、研究者たちは次々と子供たちをインセクトイドに人体改造し、製造していきました。それでも成功率は一パーセント以下だったと言われています。
こうして、インセクトイドに改造された子供たちは、過酷な環境の地上へと放流されていきました。
それから半世紀の歳月が流れました。
地下都市が限界を迎える直前に、人間は防護服無しで地上に出られるようになりました。まだまだ地球は荒れ果てた状態でしたが、これも浄化装置と、インセクトイドとなった子供たちのおかげでした。
調査のために先発として第一次調査隊が地上に出ていきました。
気温は二十度前後。大気や水に含まれる放射能と有害物質も基準以下。植物の自生も見られます。まだまだこれからだとはいえ、緑に覆われた地球で、人類の再出発が始まろうとしていたのです。
しかしそのとき、突然大きな羽音が調査隊の上方から聞こえてきました。
空から真っ黒な塊が調査隊員の上に降り注ぎました。一瞬の出来事でした。彼らの体は悲鳴を上げる間もなく、跡形もなく消えてしまいました。
通信記録には、黒い塊からの音声が残されていました。
〝ニンゲン、ユルサナイ。コロス、ニンゲン、コロスッ――!!〟
こうして、人類と新人類『インセクトイド』との、地上の覇権をめぐる戦いが始まったのです。
そしてインセクトイドの王は、自らを『ユーゴ』と名乗っていたそうです――。
* * *
【エフェクト無し】
【かわいそうなユーゴくん】
ご依頼ありがとうございました!
ねじゅみ
2022-06-18 02:49:26 +0000 UTClishiqing0
2022-06-17 11:46:30 +0000 UTC