投稿実話シリーズ「声優の母…の、過去…」 サンプル
Added 2025-07-06 04:16:53 +0000 UTC七月の午後。 蝉の声が空気を震わせるように響く中、風鈴がチリンと鳴っていた。 築十数年の二階建ての家。小ぢんまりとしてはいるが、掃除の行き届いたリビングには、穏やかで、どこか柔らかい空気が流れている。 その空気の中心にいるのが、新田惠美(あらた・えみ)、41歳。 栗色の髪を後ろでひとつにまとめ、ノースリーブの白いシャツに淡い花柄のロングスカート。 どこか舞台で見たような、品のある立ち振る舞いで、スムージーをミキサーにかけていた。 「もうすぐ帰ってくる頃ね、尚人……」 時間にすれば、午後三時すぎ。 扉がカチャ、と音を立てる。 「ただいまー」 乾いた声だが、どこか甘えが残る。 玄関に現れたのは、中学1年生の新田尚人(あらた・なおと)。 黒髪に、ぱっちりした目。中性的な顔立ちに、どこか大人びた雰囲気をまとっている。 学校の友達からは「落ち着いてる」「クール」と言われるが、家では全く別の顔を見せていた。 「おかえり、尚人。暑かったでしょ。冷たいの作っておいたわよ」 惠美が差し出すグラスには、黄緑色のスムージー。 キウイとバナナと、ヨーグルトの香りがふんわりと広がる。 「ありがと、母さん。……うん、うまい」 「でしょ? ビタミンたっぷりよ」 尚人は当たり前のように、惠美の隣に座る。 二人の間には、どこか恋人のような空気さえただよっていた。 尚人にとって、母・惠美は“自慢”であり、“味方”であり、“女神”だった。 母一人で自分を育ててくれていることに、物心ついた頃から彼なりに感謝していた。 そして母はただの「母さん」ではなかった。テレビのナレーションでその声を聞いたこともあるし、ラジオで流れる楽曲の中に、惠美の透き通る歌声が混じることもあった。 「すごいよな……母さんって、なんでもできるし、綺麗だし」 そう思うたび、尚人の胸は誇らしくなった。 「尚人、今日の英語どうだった?」 「リスニング、結構できたよ。母さんの発音聞いてるから、かもね」 「ふふ、じゃあ、今度英語の詩でも朗読してあげるわね」 「えー、それ録音して提出できたら満点だな」 そんな冗談を交わすやりとりも、日常の一部だ。 ある日曜日のこと。 尚人はリビングのソファでゴロリと横になりながら、スマホをいじっていた。 最近の宿題で「家族の仕事について調べてまとめる」というレポートが出たことがきっかけだった。 (母さんの職業って、ちゃんと書くと何なんだろう……) 舞台女優、声優、ナレーター、ラジオパーソナリティ、歌手。 ジャンルは多岐に渡っているが、肩書きとしては“フリーの表現者”とでも言うべきか。 (そういえば……ちゃんと調べたことって、一度もなかったかも) 母親の仕事に対して、尚人はどこか「触れてはいけない」ような、神聖さを感じていた。 だからこそ、スマホで名前を検索する、ただそれだけの行為にすら、わずかな背徳感があった。 (……“新田惠美”って、検索したら何が出てくるんだろう) 母は芸名など使っていない。 あくまで本名で活動している。だから、検索すれば何かしら出てくるはずだ。 尚人は指先を画面に滑らせ、「新田惠美」と検索窓に打ち込んだ。 最初に出てきたのは、出演した舞台の記録。朗読会の情報。 ファンのブログ、レビュー、そして過去のラジオアーカイブを集めたページ―― (……ああ、これだ。これが母さんの仕事) どこか誇らしさを覚えながら、尚人は次々にリンクをタップしていった。 舞台の写真、朗読会の映像、ファンのブログ。 「母さんは本当にいろんなことをやってるんだな……」 けれど、ふとスクロールを続けていくと、今までとは明らかに異質なタイトルが画面に浮かび上がる。 《大人気声優○○ ハメ撮り流出》 ……え? 一瞬、脳が追いつかず、指が画面の上で止まる。 まるで他人事のように、その言葉の意味を考えてしまう。 (……母さん? これ……?) タイトルの横には、小さくモザイクのかかったサムネイル。 それでも、どこか母の面影を感じる。目元、輪郭、雰囲気―― ざわっと背中に寒気が走った。 続きは応援プラン限定