~猿村~ 『守るべき忠告…』 サンプル
Added 2025-06-08 06:25:22 +0000 UTC~本編~ 夜の静寂を切り裂くエンジン音が響いていた。栄介と沙耶は、都会の喧騒から逃げるように深夜のドライブを楽しんでいた。栄介が運転する車は、舗装が不完全な細い道へと入り込んでいた。目指す場所もなく、ただその場のノリで進むだけのドライブだ。 「なあ、見てみろよ、これ」 栄介が笑いながら前方を指さした。視線の先には、不気味なまでに静まり返った村のような場所が広がっていた。小さな家々が点在し、街灯もなく、月明かりだけがその輪郭をぼんやりと浮かび上がらせている。 「何ここ?こんな場所、今まで見たことなくね?」 興奮したような声に、沙耶は思わず眉をひそめた。 「ねえ、栄介。これ、なんかヤバくない?ちょっと待って……」 沙耶は慌ててスマホを取り出し、地図アプリを開いた。 「ほら、ここ、地図に何も載ってない。ただの“森”って表示されてる。」 スマホの画面を見せられた栄介は、驚くどころか、かえって面白がった様子だった。 「マジで?やっべえ、超面白そうじゃん!」 「ちょっと、冗談やめてよ。戻ろうよ、なんか変だって。」 沙耶の声には明らかな不安が滲んでいた。しかし、そんなものは栄介には通じない。普段から無鉄砲なところがある彼にとって、恐怖よりも興味が勝っていた。 「何が変だよ。ただの村だろ?こういうの、探検しなきゃ損だって!」 栄介はアクセルを踏み込む。彼の若さゆえの無鉄砲さと、好奇心が危険な方向へと彼を突き動かしていた。 沙耶はシートベルトを握りしめたまま、不安げに周囲を見渡す。外は異様なほど静かだった。木々が風に揺れる音さえも聞こえない。車のライトが照らす範囲外は深い闇に包まれていて、まるでその村全体が外界から切り離されたような感覚を沙耶に与えた。 「ねえ、本当にやめようってば。なんか……普通じゃない気がするの。こんなところ、普通の人が住んでるわけないでしょ。」 沙耶の声は震えていた。 「普通じゃないから面白いんだろ?ほら、行くぞ!」 栄介は笑いながら車をさらに奥へと走らせた。 その瞬間、車のライトが小さな祠を照らし出した。古びた木製の建物で、苔がびっしりと張り付き、放置されて久しい様子だった。沙耶は嫌な予感に胸がざわつくのを感じた。 「栄介、本当にここで引き返したほうがいいって。なんか、こういうの……映画とかで最悪な展開になるやつだよ。」 しかし、栄介は祠の方を指さして笑うだけだった。 「ああいうの、絶対中に何かあるって!ちょっと見てくるわ。」 そう言うと、車を停めると同時にドアを開けた。 「やめて!」 沙耶が必死に止める声を背中に受けながら、栄介は躊躇うことなく闇の中へと歩き出した。その背中は、車のライトの光に照らされているだけで、周囲の闇に飲み込まれるようだった。 沙耶は車の中で震えながら、栄介が戻ってくるのを待つしかなかった。 祠の周りはひっそりとしていたが、近くの草むらからかすかな物音が聞こえた。栄介は一瞬耳を澄ませたが、大したことではないと思い、気にせず祠の中を覗き込んだ。 中には古びた木製の板に奇妙な模様が描かれており、小さな動物の彫像がいくつか並んでいた。おそらく何かの儀式か、動物の厄払いを目的としたものだろうが、栄介にはその意図がまるで理解できなかった。ただの古臭いオブジェにしか見えない。 「なんだこれ?全然大したことねえな。」 栄介がつぶやくと、後ろから走ってきた沙耶が彼の腕を掴んだ。 「ちょっと、やめてよ!こんなとこで何してるの!」 沙耶の声は怯えて震えていた。 「落ち着けって。ただの祠じゃん。別に何もねえよ。」 栄介は彼女を安心させるように笑いながら言ったが、沙耶の不安は消えなかった。 二人は村を歩き回りながら、廃れた家々や使われていない井戸などを見て回った。しかし、どれも同じような風景で、栄介はすぐに飽きてしまった。 「つまんねえな、車に戻ろうぜ。」 そう言って引き返そうとしたときだった。背後から再び物音が聞こえた。今度ははっきりとした足音だ。振り返ると、一本の杖をついた老人が立っていた。痩せた体に古びた和装をまとい、鋭い目つきで二人を見つめていた。 「お前たち、勝手にこの村に来て何の用だ?」 老人の低く乾いた声が静寂を破った。 「別に用とかないっすよ。なんか面白そうだったから寄っただけ。」 栄介は肩をすくめ、気軽に答えた。 「二度とこの村に来るな。」 老人は杖を強く地面に突き刺すようにして言った。 「特に、この先の森には絶対に入るな。絶対にだ。」 「森?なんかいるんですか?クマとか?」 栄介は興味津々といった様子で聞き返した。 「…猿だ。」 老人は短く答えた。 「猿?ただのサルかよ!」 栄介は声を上げて笑った。 「なーんだ、びびらせんなって。」 しかし、老人の目は鋭いままだった。 「ただの猿ではない。異常に賢い。間違いなく、お前よりな。」 その言葉はどこか冷たい響きを伴っていた。 栄介は「それマジっすか?」と再び笑ったが、内心少し気味悪く感じている沙耶は老人の言葉に真剣に耳を傾けていた。 「聞き分けのない若者よ。」 老人は溜息をつき、背を向けた。「もう忠告はした。あとはお前たち次第だ。」 杖を突きながらゆっくりと去っていく老人を見送りながら、沙耶は肩を抱いて寒気を振り払った。 「ねえ、本当に帰ろうよ。あのおじいさんの話、なんかただ事じゃない気がする。」 「ただの猿なんだろ?別に怖がる必要ねえって。」栄介は笑いながら車に戻る準備を始めたが、沙耶は胸の奥に消えない不安を抱えたままだった。 車に戻った栄介は、エンジンをかけると同時にスピーカーから音楽を大音量で流し始めた。リズミカルなビートが車内に響き渡る。沙耶は眉をひそめて、栄介の腕に軽く触れた。 「ねえ、音量下げてよ。なんか、ここじゃ響きすぎて怖いってば。」 「別にいいだろ?誰もいないんだし。」栄介は気にも留めず、笑いながらアクセルを踏んだ。 車は村の奥へと進んでいく。栄介はスピーカーから流れる音楽に合わせて軽く指をリズムに乗せながら、「賢いサルってなんだよ」と鼻で笑った。 「おっかねえことでも言ったつもりかよな、あのじいさん。」 沙耶は助手席で腕を組み、不安げに外を見つめていた。村はどこも薄暗く、まるで時間が止まったかのように静まり返っている。 沙耶の心には老人の「絶対に森には入るな」という言葉が繰り返し蘇っていた。 しばらく進むと、車のヘッドライトが森の入り口を照らし出した。木々が密集し、暗闇がさらに濃くなったその場所は、まるで別の世界への入り口のようだった。看板には文字が掠れていて読めないが、何かを警告するような雰囲気を醸し出している。 「これじゃね?じいさんが言ってた森って。」栄介はワクワクした様子でハンドルを握り直した。 「ちょっと、本当にやめようよ!」沙耶が強く言った。 「さっきから変なことばっかり起きてるし、あのおじいさんもあんな真剣に止めてたじゃん。」 「大丈夫だって。」栄介は肩をすくめて笑った。 「車なんだし、サルなんてどうってことないだろ?」 「でも——」 沙耶が言い終わる前に、栄介はアクセルを踏み、車を森の中へ進めた。 ライトが木々を照らし、細い道を進むにつれて闇がさらに深くなっていく。沙耶は心臓が締め付けられるような感覚を覚え、シートベルトを握りしめた。 続きは応援プラン限定。