~アマチュアプロレス~ 『夫婦タッグ誕生』
Added 2025-03-08 22:05:21 +0000 UTC※今回はエロシーンが入ってません。 次回、『人妻レスラー聡美の“プロレス”』をご期待ください。 ~メイン登場人物~ 名前:植田 聡美(うえだ さとみ) 年齢:31歳 性別:女性 名前:植田 光明(うえだ みつあき) 年齢:34歳 性別:男性 名前:江田(えだ) 年齢:46歳 性別:男性 アマチュアプロレス団体の選手兼会長。 本人はゴリゴリの筋肉、広い肩幅、ぶ厚い胸板。 練習場所は年季の入った雑居ビルの2F。 ~4年前の出来事~ 「なあ、光明、休日って何してる?」 昼休み、同僚の磯井がふとそんなことを尋ねてきた。 「ん? まあ、特に何も……。家でのんびりしたり、ちょっと散歩したりくらいかな」 答えながら、改めて自分の休日の過ごし方を思い返してみる。予定を立てることはほとんどないし、趣味らしい趣味もない。結婚してからも、聡美と一緒に過ごす時間は多いが、二人で特別なことをするわけでもなかった。 「それ、奥さんも同じ感じ?」 「まあ、そんなところかな。お互いインドアってわけじゃないけど、これといって積極的に何かすることもなくて」 「ふーん……じゃあさ、アマチュアプロレスって知ってる?」 「アマチュアプロレス?」 思わず聞き返す。プロレスなら知っている。テレビで時折見ることはあったし、子供の頃は友達と真似事をしたこともある。しかし、アマチュアプロレスとなると、聞いたことがなかった。 「そうそう。俺、最近始めたんだよ」 磯井の言葉に、光明は目を丸くする。 「お前が? プロレスを?」 「そう驚くなって。まあ、実際やってみたら楽しいぞ」 磯井の体型は、どちらかといえば細身で、大柄というわけでもない。屈強な体をしたプロレスラーのイメージとは程遠かった。 「いや、でもさ……プロレスって、ごつい奴らがやるもんだろ? お前みたいな普通の体型でできるもんなのか?」 「それができるんだよ。フィットネスジムみたいなもんだって思えばいい。試合をするかしないかは自由だし、単純に運動不足解消にもなる」 「ジムみたいなもん、ねえ……」 光明はまだ半信半疑だった。プロレスといえば鍛え上げられた肉体同士がぶつかり合う激しいスポーツというイメージがある。そんなものが、ジム感覚でできるとは思えなかった。 「よかったら見に来てみるか? 今度の休みにでも」 磯井の言葉に、少し迷ったが、結局頷いていた。何となく、興味が湧いてきたのだ。 ・・・・・・・・・・・・・。 「アマチュアプロレス?」 光明が休日にプロレスの練習を見に行くことを話すと、聡美が小さく首をかしげた。 「うん。田村がやってるらしいんだけど、全然想像がつかなくてさ」 「確かに……私もプロレスって、大きな人たちがやるものってイメージがあるけど」 聡美も光明と同じ反応だった。二人ともプロレス好きというわけではないが、その分、固定観念が強いのかもしれない。 「まあ、せっかくだし、どんなもんか見てくるよ」 そう言って、光明はその週末、磯井の紹介でアマチュアプロレスの練習場へと足を運ぶことになった。 ・・・・・・・・・・・。 後日、 光明はスマートフォンを取り出し、グーグルマップを頼りに目的の場所を目指した。 地図が示したのは、大通りから少し外れた細い路地の一角にある、古びた小さなビルだった。決して立派とは言えない外観。どちらかといえば、年季の入った雑居ビルといった印象で、「本当にここか?」と一瞬疑いたくなるほどだった。 「……まあ、アマチュアなんだし、こんなものか」 自分にそう言い聞かせながら、光明はビルの入口へと足を向けた。 中に入り、階段を上がる。鉄製の手すりには少し錆が浮いていて、足音がやけに響いた。2階の踊り場に着くと、目の前にはシンプルな扉がある。そこには紙に手書きで「アマプロ練習場」と貼られていた。 (……本当にここでプロレスなんかやってるのか?) 光明はまだ疑念を拭えないまま、扉の前で立ち止まった。未だに心の中には、プロレス=屈強な男たちの集団というイメージが根強く残っている。その彼らが、もし「なんだ新入りか?」と厳しい目を向けてきたら――。 想像しただけで、胃のあたりが少し重くなる。 (……いや、ここまで来て帰るのはさすがにダサいか) 深く息を吸い、覚悟を決める。そして、意を決してドアを開けた。 「失礼します! 見学に来ました、植田です!」 体育会系の世界では挨拶が重要だ。厳しい雰囲気の中で舐められないように、しっかりと声を出す。 だが―― 「うおおっ!? やめろ、やめろ、ロープないんだから投げるなって!」 「ははは、受け身取れば大丈夫だって! ほらいくぞ、ジャーマン・スープレックス!」 「だから言ってるだろ! そんなキレイに投げられたら、俺、頭から落ちるって!」 「それっぽく転がれば何とかなるから! ほら、いけるいける!」 ドスンッ! という音とともに、マットの上で一人が転がる。だが、悲鳴もなければ緊張感もない。 「お、おぉぉ……なんか、それっぽい……?」 「だろ? でもお前、もっと背中で受けろよ。なんかゴロンって感じになってるぞ」 「いやいや、普通に投げられたら怖いから!」 そんなやりとりが飛び交っている。 光明は、目の前の光景に唖然とした。 彼の頭にあった「プロレス」のイメージは、屈強な男たちが全力でぶつかり合い、リング上で火花を散らすものだった。だが、今見ているものは、そんな壮絶な戦いとはかけ離れている。 マットの上にいるのは、どこにでもいそうな体型の男性たち。彼らは笑い合いながら、まるで子供の頃のプロレスごっこのように、互いに技を掛け合っている。 そもそも、この部屋にロープがない。リングではなく、ただの柔道場のようなマットが敷かれた空間だ。にもかかわらず、先ほどの男たちは「ロープに振るぞ!」などと言いながら、実際には何もない壁際に走っていき、何かに弾かれたかのように跳ね返っている。 「いや……なにこれ……」 光明はまじまじとその光景を見つめた。目の前で繰り広げられているのは、間違いなく「プロレス」なのだろう。だが、それはテレビで見るような激しい格闘技ではなく、もっと緩く、もっと楽しそうなものだった。 「おー、植田、来たね!」 入り口の奥から声がする。見ると、誘ってくれた磯井が手を振っていた。 「まあまあ、とりあえず座って見てみなよ。楽しいぞ?」 光明はまだ頭の整理がつかないまま、促されるままに見学用のパイプ椅子に腰を下ろした。 そして、再びマットの上に視線を向ける。 (……俺が思ってたのと、全然違う……) プロレスとは、こんなにも気軽にできるものなのか? いや、そもそもこれは「プロレス」と呼んでいいのか? 光明は混乱しながら、改めて彼らの動きをじっと見つめた。 光明がマットの上の様子を眺めていると、その中に一人だけ、明らかに屈強な体格の男性がいることに気がついた。 筋肉の厚みが他のメンバーとは桁違いで、肩幅も広く、動きもどこか洗練されている。プロレスラーと呼ぶにふさわしい体格だった。 しかし、その表情はどこか穏やかで、周囲のメンバーに優しく声をかけながら、技のかけ方や受け身の取り方を丁寧に教えている。 「そうそう、その調子。力を抜いて、相手と呼吸を合わせることが大事だから」 「すみません、つい力が入りすぎちゃって……」 「大丈夫大丈夫!最初はみんなそうですから。無理に力を入れるのではなく、相手の動きに合わせて、自然に流れるように動くのがポイントです」 そのやり取りを聞いて、光明は少し驚いた。プロレスというと、力と力のぶつかり合いという印象が強かったが、今目の前で行われているのは、それとはまるで違うものだった。 すると、その男が光明の方を向き、ゆっくりと近づいてきた。 「こんばんは。あなたが磯井さんの言っていた見学の方ですね?」 近くで見ると、より一層圧倒される体格だった。だが、その声は低く落ち着いていて、どこか安心感を与えるような話し方だった。 「あ、はい。植田光明です」 「はじめまして、植田さん。私は江田といいます。このアマチュアプロレスの団体を立ち上げた者です」 そう言って、大きな手を差し出してくる。光明は少し戸惑いながらも、しっかりと握手を返した。 「見学してみて、いかがですか?」 「いや……正直、思っていたのと全然違うなって……」 「なるほど。プロレスと聞くと、もっと激しくて、屈強な人たちがぶつかり合うようなイメージを持たれる方が多いですからね」 江田は柔らかく微笑んだ。 「でも、本来のプロレスは、相手を傷つけるものではなく、一緒に技を作り上げるものなんです。どんなに派手な技でも、受ける人がしっかりと受け身を取れなければ成り立ちません。お互いを信頼し合いながら、楽しむことが大切なんですよ」 その言葉を聞いて、光明は少し意外に思った。プロレスにそんな側面があるとは考えたこともなかった。 「せっかくいらっしゃったのですし、もしよければ少しだけ体を動かしてみませんか? もちろん、無理にとは言いません」 光明は迷った。まだ戸惑いはあったが、ここまで来て「いや、やめておきます」と言うのも気が引ける。 「……じゃあ、ちょっとだけ」 「ええ、それで十分です」 江田が優しく微笑むと、周りのメンバーも「おっ、新人さんだ!」と盛り上がった。 最初に教わったのは受け身だった。 「後ろに倒れるときは、頭を打たないようにしっかり顎を引いてくださいね。そして、腕を大きく広げて、マットを叩くことで衝撃を分散させます」 言われた通りにやってみると、マットが柔らかく衝撃を吸収し、思ったほど痛くなかった。 「いいですね。とても上手ですよ。もう一度やってみましょう」 何度か繰り返すうちに、少しずつコツがつかめてきた。 次に教わったのは、簡単な投げ技「アームドラッグ」だった。相手の腕を取って引っ張り、軽く回転させることで相手を転がす技だ。 「無理に力を入れなくても大丈夫です。ほら、こうすると相手が自然に動いてくれます」 実際にやってみると、意外にもスムーズに相手が転がっていく。 (俺、今……プロレスしてる……?) 最初は緊張していた光明だったが、やっているうちに、いつの間にか夢中になっていた。受け身を取る感覚、相手と技を掛け合う感覚――どれも新鮮で、何より楽しかった。 (俺、まるでプロレスラーになったみたいじゃないか……) 気がつけば、あっという間に時間が過ぎていた。 「今日はこのくらいにしましょうか」 江田の声で我に返る。時計を見ると、思っていた以上に時間が経っていた。 「すごいですね。初めてとは思えないほど、しっかり動けていましたよ」 「いや、そんな……でも、思ったより楽しかったです」 「それはよかったです。プロレスは見るのも面白いですが、実際にやってみると、また違った楽しさがありますからね」 江田が満足そうに微笑む。 光明は着替えを済ませ、練習場を後にした。帰り道、少し疲れているはずなのに、体が妙に軽い気がした。 (俺、また来るのかな……) そんなことを考えながら、家へと帰っていった。 ・・・・・・・・・・・・・。 家に帰ると、光明はそのまま浴室へ向かおうとしたが、ふと気になって鏡を見た。 (おお……結構赤くなってるな) 腕や肩、そして背中のあちこちが赤くなっていた。受け身のときにマットへ叩きつけた跡や、軽い投げ技を受けたときの痕が残っているのだろう。痛みはほとんど感じないが、見た目には結構派手だ。 「光明、帰ってきたの~?」 リビングから聡美の声がした。どうやらソファでくつろいでいたようだ。 光明はそのまま浴室に向かい、シャツを脱ぐ。 「えっ……ちょっと、何それ!?」 背後から驚いた声が聞こえた。振り返ると、聡美が目を丸くしてこちらを見ている。 「なにって?」 「その体!どうしたの!?すごい赤くなってるじゃない!」 聡美が慌てて近づき、光明の腕や背中をじっと見つめる。 「ああ、これ? いや、プロレスやってたらこうなったんだよ。まあ、遊びみたいなもんだけどな」 光明は軽く笑ってみせたが、聡美の表情は変わらない。 「遊びって……これ、絶対痛いでしょ?」 「全然大したことないよ。むしろ、こういうのがあると強くなった気がするんだよな」 光明はわざと腕を軽く回してみせた。 「強くなったって……」 聡美は呆れたようにため息をつく。 「で? 来週も行くつもりなの?」 「もちろん。今日行ってみて思ったけど、結構面白かったんだよな。だから、来週も行こうと思ってる」 「ええ……?」 聡美は嫌そうな顔をした。 「なんかさ、アナタにはプロレスなんて似合わないと思うんだけど。体を鍛えたいなら、普通にジムに行くとかでもいいんじゃない?」 光明は腕を組み、得意げに笑った。 「いやいや、プロレスは単なる筋トレとは違うんだよ。あれは相手と信頼し合いながら技を掛け合うものなんだ。激しいぶつかり合いに見えるけど、実はお互いが協力してこそ成り立つスポーツなんだよ」 そう言いながら、光明はどこか満足げだった。 江田が言っていたことを、そのまま自分の言葉のように語る。 「……何それ。絶対さっき聞いてきた話をそのまま言ってるでしょ」 聡美は呆れ顔で腕を組む。 「いいじゃないか、ちょっとは格好つけさせろよ」 「ふーん……」 聡美は疑わしそうに光明を見つめる。 「そうだ、お前も来週一緒に来いよ。どうせ暇だろ?」 光明が軽く誘うと、聡美は即座に眉をひそめた。 「絶対嫌」 きっぱりと言い放つ。 「え、なんでだよ」 「なんでって……あんなの、見てるだけでも痛そうなのに、やるわけないじゃん。それに、アナタがいくら楽しそうに話してても、私は全然興味ないから」 「そんなこと言うなって、見学するだけでもいいからさ」 「嫌なものは嫌!」 光明は苦笑した。 (まあ、予想通りの反応だよな……) それでも、来週になればまた気が変わるかもしれない。そう思いながら、光明は風呂場へ向かった。 ・・・・・・・・・・・・。 翌週の週末、光明はまた楽しそうに出かけていった。 「行ってくる」 「はいはい、いってらっしゃい」 聡美は適当に手を振りながら、ソファに腰掛けた。 (ま、どうせすぐ飽きるでしょ) そんな風に思っていた。光明は基本的に飽きっぽい性格だ。新しいことを始めても、最初のうちは楽しそうにしているが、三日も経てば興味を失い、元のだらけた休日に戻るのがいつものパターンだった。 ところが―― その翌週も、そのまた翌週も、光明は当たり前のように出かけていく。 気がつけば、毎週決まった時間になると、嬉々として支度をし、足取り軽く家を出るのが当たり前になっていた。 (……なに? そんなに楽しいわけ?) 最初は鼻で笑っていた聡美だったが、段々と気になり始めた。 もともと、光明も聡美も休日は何をするでもなく、ダラダラと過ごすことが多かった。特に予定も入れず、昼近くまで寝て、テレビを観たりスマホをいじったりしているうちに一日が終わる。そんな日常が当たり前だった。 それが今では、光明の休日はまるで別人のように生き生きとしている。 プロレスなんて、どこか泥臭くて野蛮なものだと思っていたのに――なぜか光明は、すごく楽しそうだ。 そして数週間後の日曜、またいつものように支度をして出かけようとする光明に、聡美はふと声をかけた。 「ねえ、練習してる場所ってどこなの?」 光明は靴を履きながら、意外そうにこちらを見た。 「……なんだよ、まさか一緒に来る気か?」 「は? そんなわけないでしょ」 聡美はすぐさま否定する。 「ただ、場所くらい知っておこうと思って。住所、LINEに送っといて」 「……ふーん?」 光明はニヤニヤしながらスマホを取り出し、住所を打ち込む。 「はい、送ったぞ」 「うん」 スマホの画面を確認しながら、聡美は何気ないふりを装った。 「じゃ、行ってくる」 光明が玄関のドアを開ける。 「はいはい、いってらっしゃい」 バタン、とドアが閉まり、部屋には静寂が戻る。 ソファに座り直し、スマホをいじる手を止めると、ふと独り言が漏れた。 「プロレスねぇ……」 光明からのLINEを確認しながら、聡美は何となく、胸の奥にわずかな引っかかりを感じていた。 聡美はスマホの画面を見つめたまま、しばらく動かなかった。 (……行くの? 私が?) そう自問しつつも、気づけば立ち上がっていた。スマホをポケットに突っ込み、適当に上着を羽織る。 「別に、ただ確認しに行くだけだから」 そう自分に言い聞かせるようにしながら、そそくさと支度を整える。靴を履き、バッグを肩にかけ、玄関のドアを開ける。 (ちょっと覗いて、すぐ帰ればいい) そう決めながらも、目的はただひとつだった。 光明がハマっている「アマチュアプロレス」とやらの実態を、この目で確かめること。 もしかしたら、光明はとんでもない世界に足を踏み入れてしまったのかもしれない。もしかしたら、屈強な男たちにこき使われているのかもしれない。 そんな疑念を振り払うため、聡美は歩き出した。 スマホの地図を頼りにたどり着いた先は、古びた小さなビルだった。 「……ここ?」 思わず声に出してしまうほど、パッと見た感じはプロレスとは無縁のように思える。 もっと大きな体育館とか、ジムみたいな場所を想像していたのに、そこにあるのは街の片隅にひっそりと建つ、何の変哲もない雑居ビルだった。 (まさか、本当にこんなところで?) 戸惑いながらも、意を決してビルの入り口をくぐる。 「……ったく、何やってんのよ、あの人」 文句を言いながら、階段を上る。 (これで本当に屈強な男たちがいたら……) そう考えると、心臓がドキドキしてくる。 もし、光明が無理やり何かさせられていたら? もし、プロレスという名の下に、変な契約でも結ばされていたら? もし、今すぐ逃げたほうがいいような危ない集団だったら? 想像はどんどん悪い方向へ膨らんでいく。 (バカみたい……そんなわけないじゃん) 自分の考えを振り払うように、小さく息を吐く。 そして、ついに扉の前に立った。 ゴクリと唾をのみ、深呼吸をする。 (大丈夫、覗くだけ……覗くだけだから……) そして、意を決して、扉を開けた――。 「……え?」 思わず、声が漏れた。 そこには、聡美の想像とはまるで違う光景が広がっていた。 屈強な男たちが、激しくぶつかり合う戦いを繰り広げている…… ……はずだった。 しかし、実際に目の前に広がっていたのは―― 「えいっ!」 「ぐはっ! やられたー!」 「お前、それじゃ全然ダメだぞ! もっとこう、バシッと決めないと!」 「わ、わかりました!」 まるで子供のお遊びのような、なんとも緩いプロレスの光景だった。 マットの上では、大人たちがまるで学芸会の劇をするように、掛け声とともに技を決め合っている。激しいぶつかり合いどころか、互いに「ちゃんと受ける」ことを意識した、どこか芝居じみた動き。 その横では、光明が妙に楽しそうに笑いながら、誰かと手を取り合って倒れ込む練習をしている。 (な、何これ……?) 聡美の目には、まるで「プロレスごっこ」を楽しんでいる大人たちの集まりにしか見えなかった。 (こ、こんなのに夢中になってたわけ……?) 呆然としたまま、聡美はただその光景を見つめていた。 すると、 「どうしました?」 優しげな声に、聡美はびくりと肩を震わせた。 目の前に立っていたのは、先ほどまでの「プロレスごっこ」を楽しんでいた男たちとは明らかに違う雰囲気を持つ人物だった。 (……でかっ…) まるで、ここだけ別の空気が流れているかのように、その男はどっしりと構え、鍛え抜かれた体を持っていた。 明らかに他の男たちとは違う。 ゴリゴリの筋肉、広い肩幅、ぶ厚い胸板。そして何より、穏やかながらも鋭さを感じさせる目つき。 (この人だけは……私が想像してたプロレスラーっぽい……) 聡美は思わず怯んでしまう。 「あ、あの……」 言葉を探していると、今度は別の声が聡美の名を呼んだ。 「おー! 聡美! やっぱり来たのか!」 振り向くと、マットの上でヘラヘラと笑う光明がこちらを見ている。 「……やっぱりって何よ」 「あんだけ気にしてたんだから、いつか来るとは思ってたぜ!」 そう言いながら光明は立ち上がり、手をパンパンと払ってこちらに歩いてきた。 「みんな、こいつ俺の嫁の聡美です!」 光明がそう言った途端、周囲が一気にざわついた。 「えっ、奥さん?」 「まじで?」 「女性がこんなところに来るなんて!」 先ほどまでプロレスごっこに夢中になっていた男たちが、やたらとはしゃぎ始める。 「すげぇ、美人じゃん!」 「いやー、俺らのこと見に来るなんて奇特な奥さんだなあ」 「なあなあ、光明くん、どこでこんな綺麗な人捕まえたんだよ!」 好き勝手に言いながら盛り上がる男たちを、聡美は冷めた目で見つめた。 (……こんなのに混じって、光明は毎週通ってたわけ?) なんとも言えない気持ちでいると、さっきの屈強な男――江田が、穏やかに微笑んだ。 「せっかくいらしたんですし、よろしければ見学していってください」 そう言いながら、近くにあったパイプ椅子を引き寄せ、手で軽く叩く。 (……まあ、ここまで来たんだし) 聡美は軽くため息をつきながら、「はぁ…ありがとうございます…」と気のない返事をして椅子に座った。 すると、周りの男たちが再び騒ぎ出す。 「よし! 今日は女性が見てるから、ダサいところは見せられないな!」 「そうだぞ、気合い入れろ!」 「おいおい、余計ダサくならないように気をつけろよ!」 みんなが楽しげに盛り上がるのを見て、聡美は心の中で呟いた。 (いや……もう十分ダサいんだけど) 椅子に座ったまま、ため息混じりに腕を組みながら、彼らの様子をじっと眺めていた。 しばらくすると―― 「そうだ、せっかくだしさ、奥さんもちょっとやってみる?」 誰かが冗談めかして言うと、周囲の男たちが「お、いいね!」と調子を合わせた。 「いやいや、私は見てるだけで……」 聡美がすぐに否定すると、「まあまあ、見学だけでもいいんで」と江田が穏やかに微笑みながら、マットの端を軽く叩いた。 「こういうのは、体験してみると意外と印象が変わるものですよ」 光明も笑いながら、「ほら、ちょっとくらい試してみれば? 受け身だけでもやってみたら?」と気軽に促してくる。 「受け身?」 「そう。まずは後ろに倒れる練習。怪我しないためには必須だからな」 江田が自らマットの上に膝をつき、見本を見せるようにゆっくりと後ろへ倒れた。彼の背中がマットに着くと同時に、両腕が勢いよく広がり、「バン!」と力強い音が響く。 「こうやって、腕を使って衝撃を分散させるんです。ほら、ちょっとやってみましょうか?」 「……ええっと……」 正直、気が進まない。 けれど、周りの視線を感じると、なんとなく「やらない」と言いづらくなってくる。 「まあ、座った状態からやればいいさ。いきなり立ってやるのは怖いだろ?」 江田が優しく促しながら、マットの上に膝をつくように手招きする。 聡美は気が進まないまま立ち上がり、しぶしぶマットへ向かった。 (……うわ、絶対汗染み込んでるでしょ) 心の中で嫌悪感を覚えつつも、ここまで来たからには仕方がない、と割り切ることにする。とにかく、さっさとやって適当に流して帰ろう。 江田の指導のもと、まずは光明が軽く技をかけることになった。 「じゃあ、軽くいくからな」 光明が言うと、江田が補助しながら、聡美の腕を軽く引いた。半ば誘導されるように体が傾き、マットへと倒れ込む。 バンッ! 腕を広げてマットを叩くと、思ったより衝撃が和らぐのが分かる。確かに、ちゃんと受け身を取れば痛みは少ない。 「おお! いいじゃん、聡美!」 光明が嬉しそうに言い、周囲の男たちも「おお、初めてにしては上手い!」「センスあるよ!」と盛り上がる。 (……で? これの何が楽しいの?) 賞賛の声が飛び交う中、聡美の気持ちはまったく高揚しない。確かに痛くはない。けれど、それだけだ。何が面白いのか、どこに魅力を感じればいいのか、まったく分からない。 そんな聡美の心境を察したのか、江田がふと微笑んだ。 「じゃあ、今度は奥さんが技をかける側をやってみますか?」 「えっ?」 思わず眉をひそめる。 「やられるだけじゃ、あまり面白くないでしょう?」 江田が軽くマットを叩くと、周囲の男たちが「おお、それいいな!」「やってみなよ!」と期待を込めた視線を向けてくる。 「いや、私はもう――」 「大丈夫ですよ、簡単な技からやってみましょう。」 江田はそう言うと、マットの中央に立ち、落ち着いた声で説明を始めた。 「たとえば、アームホイップ。相手の腕を取って、回転させて投げる技です。力はほとんど必要ありません。コツさえ掴めば、どんな体格の人でもできますよ」 そう言いながら、江田はゆっくりと実演してみせた。受け身を取る相手がクルリと転がると、周囲の男たちが「おおーっ」と歓声を上げる。 「じゃあ、奥さんもやってみましょうか」 江田が柔らかく微笑みながら言った。 「……え?」 聡美は一瞬、何を言われたのか分からなかった。 「光明じゃなくて、私が?」 「はい。実際に技をかける側を経験すると、また違う感覚が分かると思いますよ」 江田が当然のように言うと、周囲の男たちも「おっ、いいね!」「奥さんのプロレスデビューだ!」と無邪気にはしゃぎ始めた。 しかし、聡美はすぐに首を横に振る。 「いやいや、無理ですよ! 私みたいなのが、技なんて……!」 さすがに冗談だろうと思った。江田のような屈強な体格の男に、自分のような普通の女性が技をかけるなんて、考えただけでも現実味がない。 「大丈夫です。ちゃんとサポートしますし、そもそも力は必要ありませんから」 江田の落ち着いた口調は、不思議と説得力があった。 「でも……」 躊躇する聡美を見て、光明が「やってみろよ、案外いけるかもよ?」と軽く笑う。 「せっかくなので、一度試してみるのもいい経験かと」 江田がゆっくりと手を差し出す。その姿勢には、無理強いするような圧力はない。それなのに、なぜか断りづらい空気があった。 (……やらないって言ったら、なんか場が白けそう……) 周囲の男たちの期待に満ちた視線。光明の軽い促し。そして、江田の穏やかな自信。 聡美は、深く息を吐いた。 「……分かりました。じゃあ、一回だけですからね」 そう言って、一歩前に出る。 「はい。じゃあ、ゆっくりやってみましょう」 江田は優しく頷き、聡美に腕を取らせた。 「まずは相手の腕をしっかりと掴んで――」 聡美が恐る恐る江田の腕を握る。 (……めっちゃ硬い) 鍛え抜かれた筋肉に触れた瞬間、自分の非力さが浮き彫りになった気がして、内心ひるむ。 「そこから、腰をひねって、相手を誘導するように引きます。無理に力を入れず、自然な流れを意識してください」 江田の落ち着いた指導に従いながら、恐る恐る腕を引く。 その瞬間―― 江田の体が、スルリと回転し、マットの上に転がった。 「えっ……?」 思わず固まる。 (な、なに今の……!?) まるで自分の動きに合わせて、江田の体が勝手に倒れたようだった。 しかし次の瞬間―― 「うわぁぁぁーっ!!」 江田が本場のプロレスラーさながらに大げさなリアクションを取った。マットを叩きながら派手にのたうち、苦しそうに転がる。 「すげぇええ! 奥さん、めちゃくちゃキレイに決まってるじゃん!」 「完璧なアームホイップだったな!」 周りの男たちが一斉に盛り上がる。拍手が沸き起こり、光明までもが「やべぇ、俺も負けそう……」と冗談めかして驚いた表情を浮かべている。 しかし―― この状況で一番驚いていたのは、聡美自身だった。 (え、何これ……? そんな大げさに反応することなの?) 確かに、自分が技をかけた。でも、それにしても江田の動きが見事すぎたせいか、本当に自分の技で倒したように思えてしまう。 そのときだった。 「奥さん、俺にもやってくださいよ!」 一人の男が手を挙げながら、期待に満ちた笑顔で聡美の前に進み出た。 「えっ? いや、でも……」 戸惑う聡美。しかし、江田が優しく微笑みながら助言する。 「大丈夫ですよ。さっきと同じようにやればいいんです」 その言葉に、背中を押されるような気持ちになる。 「……じゃあ、一回だけ」 そう言って、さっきと同じように男の腕を取る。腰をひねり、軽く引っ張ると―― 「うわぁぁぁーっ!!」 江田のときと同じように、男が大きく回転しながらマットに転がり、ドラマチックなリアクションを取る。 「おおーーっ!!」 歓声が再び沸き起こる。 (……な、なにこれ……?) 驚きながらも、聡美は確かに感じた。 自分の動きに合わせて、相手が倒れる。この感覚―― (なんか……すごい……) すると、今度は別の男がやって来る。 「奥さん、俺もお願いします!」 「え、また!?」 戸惑いつつも、さっきの感覚が忘れられなかった聡美は、言われるがままに腕を取る。 「いきますよ?」 「はい! いつでも!」 そして―― 「うおぉぉぉぉぉ!!」 今度の男もまた、完璧なリアクションを取って吹っ飛んだ。 (また倒れた……!) 聡美の中に、ふわりとした高揚感が生まれる。 ただ引っ張っただけなのに、自分の動き一つで、大の大人が倒れる。しかも、それに対して歓声が上がる。 (……これって、なんか……) 言葉にならない感覚が、体の中に広がっていく。 まるで、自分がプロレスラーになったみたいな―― いや、むしろ、舞台の上で観客を魅了する、主演女優になったような―― そんな、不思議な快感が生まれていた。 「なあ、次は俺が相手になってやるよ!」 そう言いながら、光明が得意げな顔でマットに上がってきた。 「え? あんたが?」 「おう! ここまで来たら、俺も旦那として、聡美の技をちゃんと受けとかないとな!」 周囲からも「いいね!」「夫婦対決だ!」と盛り上がる声が飛び交う。 聡美は、思わず笑ってしまった。 「ふふっ、じゃあ、いくわよ?」 「お手柔らかにな!」 光明が構える。聡美は今までと同じように、彼の腕を取って、腰をひねりながら軽く引く。 すると―― 「おおっ! うわぁぁぁっ!!」 光明の体が宙を舞い、マットへと転がる…… ……はずだった。 「ぐっ……うわ、いったぁぁぁ!!!」 どさっ! 光明は変な角度で落ち、マットに倒れ込んだまま動かなくなった。 「えっ!?」 聡美が驚いて覗き込むと、光明は顔をしかめながら背中を押さえている。 「ちょ、おまっ……マジで痛えって……!」 その瞬間―― 「ははははは!!」 「え、ちょっ、なにやってんの光明!」 「下手すぎだろー!」 周囲の男たちが一斉に大笑いした。もちろん、聡美もお腹を抱えて笑う。 「えっ、ちょっと……! なんであんただけ本当に痛がってんのよ!」 「俺が聞きてぇよ! なんか変な落ち方しちまった!」 情けない顔で背中をさすっている光明を見て、さらに笑いが込み上げる。 「もう……ほんと、バカじゃないの……!」 聡美は笑いながら、自然と肩の力が抜けていることに気づいた。 そして―― (え、なにこれ……) 心の中で、ふと疑問が生まれる。 (プロレスって……なんか……楽しいの……かな?) たしかに最初はバカバカしいと思っていた。ダサい、子供っぽい、そんな風にしか見えなかった。 でも―― 今、自分はこうして笑っている。周りも笑っている。自分が技をかけるたびに、みんなが盛り上がり、楽しそうに声をあげる。 (もしかして……こういうものなの?) 受ける側も、技をかける側も、お互いに「楽しむ」ためにやるもの。 ただの勝ち負けじゃなく、相手と呼吸を合わせて、一緒に技を作り上げていく。 それが、「プロレス」。 (へぇ……プロレスかぁ……) 聡美は心の中で、ゆっくりと呟いた。 さっきまで「ダサい」「くだらない」と思っていたものが、今では妙に心をざわつかせる。相手が技を受けてくれるからこそ成立する――それは、ただの力比べじゃない。息を合わせ、互いに協力しながら魅せるもの。 (なんか……いいかも) 胸の奥に、じんわりとした高揚感が広がっていく。 ――でも。 聡美は、ふと現実に引き戻される。 (……いやいや、でもこれ、男の世界でしょ。私がやるなんて、ありえないって) 自分に言い聞かせるように考える。今はたまたま雰囲気に飲まれてるだけ。所詮、男たちの趣味にちょっと付き合っただけのこと。 そんな思いが頭をよぎる。 すると、その様子を見ていた江田が、静かに口を開いた。 「女性がプロレスをやることは、珍しくないんですよ」 「え?」 思わず顔を上げると、江田は微笑みながらスマホを取り出した。 「ちょっと見てみますか?」 そう言って、画面に映し出したのは―― そこには、女性たちが華麗にリングを舞う姿があった。 赤いコスチュームを身に纏った選手が、ロープを使って宙を舞い、力強く相手を投げ飛ばす。もう一人はカウンターを狙って俊敏に動き、場内の歓声を浴びていた。 美しく、そして、かっこいい。 彼女たちはただの力自慢ではなかった。磨かれた技術、観客を引き込むパフォーマンス――それは、エンターテインメントそのものだった。 「……すごい……」 思わず声が漏れる。 (こんな世界があるなんて……知らなかった) リングの上で輝く彼女たちが、今の自分と同じ「技をかける楽しさ」を感じているのかと思うと、なんだか胸が熱くなった。 そんな聡美の表情を見て、江田が静かに言う。 「もし興味があれば、いつでも歓迎しますよ」 その言葉が、妙に心に引っかかった。 ・・・・・・・・・・。 帰り道、夜風に吹かれながら二人は並んで歩く。 「で? どうだった?」 光明がニヤニヤしながら訊ねた。 聡美は、つい強がって肩をすくめる。 「……まぁ、悪くはなかった、かな?」 「あれだけ笑ってたくせに、随分冷静だな?」 「うるさい」 わざとそっけなく返す。けれど、口元が緩むのを止められなかった。 光明はそんな聡美の様子を見て、確信する。 (……こりゃ、完全にハマったな) 何も言わずに歩く彼女の表情が、いつもよりずっと楽しそうに見えた。 ・・・・・・・・・・。 そして、翌週―― 「さぁ、早く支度して行くわよ!」 朝からやけに張り切った声がリビングに響く。 光明は寝ぼけ眼でソファから顔を上げた。 「えっ……?」 「あんたがモタモタしてると、遅れるわよ!」 聡美は手早くジャージを羽織り、髪をまとめながら言う。 「あのさ……お前、もしかして、これからずっと来る気?」 呆れたように訊くと、聡美は当然のように頷く。 「は? 当たり前じゃない」 光明は軽く苦笑しながら、頭をかいた。 (まぁ、そうなるとは思ってたけどな) こうして、二人のプロレス熱は、ますます高まっていったのだった。 ・・・・・・・・・・。 そして、そんな日々が数か月経った頃―― 練習の終わり際、江田が静かに手を叩いた。 「ちょっと、みなさんに大切なお話があります」 その言葉に、マットの上で雑談をしていたメンバーたちが一斉に振り向く。江田の口調が普段よりも少しだけ真剣だったからだ。 「なんだなんだ、引退宣言か?」 「まさか、結婚報告?」 冗談交じりの声が飛ぶ中、江田は軽く苦笑しながら首を振った。 「違いますよ。実は……今度の連休に、知人の団体と合同で、イベント会場で試合をやることになりました」 その瞬間、場が一気に沸き立った。 「マジか!?」 「イベント会場で試合!?」 「すごいじゃん!」 歓声が上がり、みんなが口々に興奮を露わにする。 聡美も驚きながら江田の言葉を反芻した。 イベント会場で、試合――。 それはつまり、観客の前で本物のリングの上に立つということだ。 (……すごい) 胸が高鳴るのを感じた。 しかし、そんな熱気に包まれる中、江田は落ち着いた表情のまま、続ける。 「ただし……正直に言うと、プロレスというのは今の時代、決して大人気というわけではない。だから、イベントとはいえ、あまり時間を確保できなかったんです」 「えっ?」 「つまり……1試合しか組めません」 さっきまでの騒がしさが、少しだけ静まった。 「え、1試合だけ?」 「そうなんです。本当は何試合か組みたかったんですが、イベントの枠としては短時間しか確保できなくて……」 「まあ、仕方ないか……」 「それでもすごいことだよな!」 最初こそ落胆したものの、それでも「自分たちがリングで試合をできる」という事実には変わりない。誰もが嬉しそうに笑っていた。 江田はそんな彼らの顔を見渡しながら、改めて言う。 「というわけで……その試合に出るメンバーを、みんなで決めましょう」 場が再びざわつく。 (試合に……出る人を決める?) 聡美の心臓が、ドクンと跳ねた。 もちろん、興味はあった。むしろ、ものすごく出たい。 けれど―― (私なんかが出ていいの……?) この中では、一番の新参者だ。経験も浅いし、技術だってまだまだ未熟。 それに、唯一の女性ということもあり、遠慮すべきではないか――。 そんなふうに考えていると、不意に誰かが言った。 「聡美ちゃん!」 「え?」 「俺も聡美さんがいいと思う!」 「聡美さんがいい!」 次々と、メンバーたちの声が重なった。 「えっ、ちょっと待って……」 聡美は思わず戸惑いながら周囲を見回す。 「なんで、私……?」 光明がニヤリと笑いながら、腕を組んだ。 「そりゃあ、聡美しかいないだろ」 「なんでよ! 私、一番新米じゃない!」 「関係ないよ」 「そうそう、聡美さんの練習に取り組む姿勢、すごく真剣だったし」 「技の精度も上がってきてるし、何より……熱意がすごい」 「女性がプロレスをやること自体、珍しいし、逆にイベントとしてはインパクトがあるかも!」 「それにさ、聡美さん、めっちゃ楽しそうなんだよな。俺らもそれ見て、もっと頑張ろうって思えるんだよ」 みんなが、口々に言葉を重ねていく。 それは、聡美自身が気づいていなかった「周囲の目」だった。 (私……そんなふうに思われてたんだ……) 言葉が出なかった。 ただ楽しくてやっていただけのつもりだった。 自分ではまだまだだと思っていた。 けれど、みんなはちゃんと見てくれていた。 努力も、姿勢も、熱意も。 (……こんなに、私のことを認めてくれる人がいるんだ) 胸の奥が、じんわりと温かくなった。 「……聡美」 光明が優しく微笑んだ。 「やってみろよ」 聡美はゆっくりと唇を噛みしめる。 迷いが、少しずつほどけていくのを感じた。 「……じゃあ」 一度、深く息を吸う。 そして、江田の方を向いて―― 「やらせてください!」 はっきりと、そう言った。 その瞬間、周囲から歓声が上がる。 「おおーっ!」 「決まりだな!」 「頑張れよ、聡美ちゃん!」 江田は穏やかに頷き、静かに言った。 「では、聡美さんで決まりですね」 その言葉を聞いたとき、聡美は心の底から実感した。 ――私は今、本当に「プロレスラー」になったんだ。 「ちょっと待った!」 突然、場の空気を切るように声が上がった。 「……ん?」 振り向くと、光明の友人である磯井が腕を組みながらニヤリと笑っている。 「なあなあ、せっかく夫婦でやってるんだしさ……光明も一緒に出て、夫婦レスラーとして試合したら面白いんじゃない?」 「は?」 光明がポカンとした顔をする。 しかし、その提案に周囲のメンバーたちは即座に反応した。 「おお! それいいじゃん!」 「プロレスといったらタッグマッチだろ!」 「夫婦レスラーとか、めっちゃウケそう!」 一気に場が盛り上がる。 「えっ、俺も?」 戸惑いながらも、光明の顔はどこか嬉しそうだった。 すると、江田が腕を組みながら「なるほど」と呟いた。 「それは確かに面白そうですね。夫婦タッグ……なかなかインパクトがありますよ」 「ちょ、ちょっと待ってください!」 慌てて聡美が手を挙げた。 「私だってまだまだ素人なのに、試合なんて……どうすればいいのか、不安ですよ」 「うん、それはそうだよな。相手は俺たちみたいな素人じゃなくて、本物の団体の人なんだろ?」 光明も慎重な表情を浮かべる。 一瞬、場の熱が引き締まる。 しかし、江田は穏やかに微笑みながら首を振った。 「大丈夫ですよ。向こうも我々と同じような形でやっている、いわばアマチュアの方々です。プロの団体ではなく、趣味や地域の活動の一環としてプロレスを楽しんでいる人たちなんです」 「えっ、そうなんですか?」 「ええ。だから、そこは心配いりませんよ」 その言葉を聞くと、メンバーたちは一気に態度を一変させた。 「なーんだ、同じような団体か!」 「だったらウチの聡美ちゃんで大丈夫だ!」 「なんたって、みんな聡美ちゃんにはボコボコにされてるからな!」 「ちょっとー! 何ですかソレー!」 思わず聡美がツッコミを入れ、目の前の仲間の腕を軽く叩く。 「うわぁーっ! やられたーっ!」 叩かれた男がオーバーリアクションで吹っ飛ぶような仕草をすると、周りの仲間たちも「うおー! 聡美ちゃんの一撃だー!」とふざけながら転がる。 「……もう! みんなバカじゃないの?」 呆れつつも、自然と笑みがこぼれる。 緊張していた気持ちが、いつの間にか消えていた。 江田はそんなやり取りを静かに見守った後、再び二人に向き直る。 「では、改めてお聞きします。聡美さん、光明さん――お二人とも、試合に出場するということでよろしいですね?」 光明は一瞬、聡美の方を見た。 聡美もまた光明を見つめる。 そして、同時に、力強く頷いた。 「はい!」 こうして、植田聡美と植田光明――夫婦レスラーとしての新たな挑戦が始まった。 ・・・・・・・・・・・続