NokiMo
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第5話 「糸の先 ― 静まる街角」

最初は、笑いだった。
スマホを構えた若者たちは、画面を覗き込みながら肩を揺らしていた。
「やべえ、見ろよこれ」
「変なやつ見つけた」
そんな声が混ざり合い、私は彼女に笑顔を固定させたまま、ゆっくりと化粧直しの動作を繰り返させる。

唇の輪郭ははみ出し、頬を赤く染め、額に意味のない模様を描く。
それでも彼女の視線はまっすぐ前を向き、焦点は虚空を貫く。
まだ、この段階では「面白い奇行」だ。
観客の呼吸は軽く、スマホのレンズは彼女を飾る舞台照明のように光を放っている。

――糸を少し強く引く。
彼女は化粧道具を落とし、片膝を立てて胸を張り、顎を天井に向けて固まる。
その姿勢のまま、わずかに震え続ける。
笑い声が減り、代わりに小さなざわめきが生まれた。
「なにこれ…?」
スマホのカメラはまだ向けられているが、笑顔の主は減ってきている。

次の一手を加える。
彼女を立たせ、腕を水平に広げて固定。
そのまま、指先を細かく痙攣させる。
一見して不自然なその動きに、誰かが小さく息を呑む音が混じった。
背後で、子供が母親の服の裾を掴む。

私はさらに速く動かす。
しゃがみ、立ち、またしゃがむ。
膝を開き、閉じ、腕を振り、止め、また振る。
テンポは一定ではなく、急に速まり、唐突に遅くなる。
その度に彼女の胸や肩が大きく上下し、呼吸が乱れるが、表情は完璧な笑顔を保ったままだ。

ここで、群衆の空気が変わる。
笑い声は完全に消え、ただの沈黙と呼吸の音だけが残る。
スマホを構えていた数人が、ゆっくりとカメラを下ろした。
レンズ越しの映像が、笑える奇行ではなく、「見てはいけないもの」に変わったのだ。

最後の糸を引く。
彼女は片足で跳ね、空を掴むように手を差し伸べ、誰もいない方向へと笑いかける。
その笑顔は揺らがず、瞳は光を反射するだけで、何も映していない。

群衆の最前列にいた若者が、一歩後ずさる。
背後の誰かが低く「やめた方がいい」と呟く。
しかし私は糸を放さない。
彼女はまだ動き続ける。
この街角の静寂と異様さを、もっと深く刻み込むために。


続く


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