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お豆
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 今日は1月1日、正月元日。  まさに新しい一年の始まりの日であり、新しい決意を人それぞれが抱く特別な日だ。  そんな日に俺は少し遠出をしていた。    今日この日に学業や仕事の無い人間が出掛ける予定で最も多い物といえば、おそらく初詣だろう。  俺もその例に漏れず、初詣にやってきた一人という訳だ。  いや、一人というと勘違いされるかもしれないな。何も一人きりで来たわけでは無い。  俺の他にもう一人、とても大切な人を初詣に誘っていた。    お相手は、俺の姉貴分かつ恋人――いや、恋人というのも語弊がある。  俺の姉貴分かつ想い人、百代姉さんだ。恋人ではまだ、ない。  昔から、今よりも遥かにガキだった頃から姉さんに惹かれていた俺は、しかし姉さんが川神学園を卒業しても、想いを伝えることが出来ないでいた。  そのせいもあり、仲の良い女性がそれなりにいたというのに未だ恋人は出来ずにいる。  とはいえ姉さんとの中は順調に進展中で、だからこそ元日から一緒に初詣へ行こうという誘いも断られなかったのだ。  こんな祝うべき日なのだから、今日こそ姉さんとの仲をより進展させたいという思いを俺は密かに抱えていた。  さて、姉さんはどこだろうか。  俺が姉さんの姿を探し、駅前できょろきょろとしていると。 「こっちだ、大和」 「あ、姉さん!」 「ふふ、私を探してたのか? 可愛い弟め」  呼び声に反応し振り向くと、そこには姉さんが優しい笑顔を浮かべてこちらを見ていた。  街の護衛役として活躍している普段の着物姿とはまた違う、風雅な振袖に袖を通し、結った髪には花飾りを付け、華やかに着飾った川神百代がそこにはいた。  普段とは違う上品な佇まいに、俺はごくんと唾を飲み込む。 「お、おはよう……あ、いや、あけましておめでとう姉さん」 「あぁ、あけましておめでとう。今年もよろしくな」  思わず緊張してしまったが、気を取り直して新年の挨拶を交わす。  いやしかし、分かってはいたが相変わらず物凄い美人だ。  凛々しく整った顔立ちに、意思の強さを感じさせる目。スラリと伸びた長身と抜群のプロポーションは、すれ違う人を振り向かせるのに十分な美しさがある。  そして何より、武人としての強者のオーラが、何をせずとも姉さんの持つ存在感を際立たせていた。 「今日は振袖なんだね。綺麗でいいね」 「可愛い舎弟との初詣だからな。私もおめかししてきたという訳だ」 「ははっ、似合ってるよ」  俺のために着てきてくれたというのは嬉しいが、今でも舎弟扱いというのは、ちゃんと男として見られているのか不安になる部分もある。  だが、そんなことを気にしている素振りは見せないようにして、俺は姉さんをリードしようと努めた。 「じゃあ、行こうか」 「あぁ、エスコート頼むぞ」  俺は自分には不釣り合いな程の美女を隣に並べて歩き出す。  手を繋ぐぐらいの積極性があればよかったのだが、流石にそこまでの勇気は無かった。いや、まぁあまりがっつきすぎても良くないし……。  そんな訳で、俺たちは地元からは少し離れた所の神社に向かった。  本来ならば川神院の跡取り娘である姉さんなら、川神院で初詣も行うのが自然なのかもしれないが、この時期あそこは初詣に来た参拝客で溢れ返る。  あの人混みではとても落ち着いて歩けるような雰囲気では無いし、それに姉さんの家族や知り合いばかりの中でデートというのも少々遠慮しておきたかった。  というわけで、俺たちが向かったのはもう少し人の少ない神社だ。時間も早朝では無く午後なのでもう人も減っている。  学園卒業後の姉さんは街の警護を担っているので、人が集まる日は忙しいはずなのだが、それでも午後の時間を俺のために取ってくれたというのはそれだけでありがたい。  俺は浮かれ気分で、年の初日を楽しんでいた。  俺たちが向かった神社は人混みも少なめで、正月としては少々寂しい所もあるが、混雑しないし長時間並ばなくていいのは楽だ。  そもそもこの辺りの初詣に行く人達は、大体が川神院に流れているようだった。  とはいえ、姉さんと一緒ならどこでも特別になるような、そんな気がした。 「大和は、何をお願いするんだ?」 「え?」  神社で参拝の列に並んでいると、隣で姉さんがそんなことを聞いてきた。 「いや、まぁ~……色々あるけど」 「んー? あんまり多くを願ってたら叶わなくなるぞ。 一つに絞った方がいいんじゃないか? 大和なら今はやっぱり、学業成就とか」 「あぁ、それなら問題無いよ。特に勉強では不安は無いかな」 「ほ~ぉ、優等生なことだな。なら他には何かあるか?」 「それは……えっと、うーん。あんまり人に言うと、それこそ叶わなくなるとか言うしなぁ」 「ふーん。ま、それもそうか。なら、私も秘密だ」  言って、姉さんはニッと笑う。  本当を言うと、神様に願うことは決めているし、それを姉さんに直接言うのは気恥ずかしかっただけなのだが、それは黙っておく。  そうこうしている間に、俺たちの順番がやってくる。  俺は賽銭箱の前に立ち、お賽銭を投げてからパンッ、パンッと二回手を合わせた。  そして目を瞑り、頭の中に願い事を浮かべる。  ――姉さんと、今年こそ上手くいきますように、という切実な願いを。  邪……ではないはずだ。  もうそろそろ、仲を進展させても良い頃だろう。  姉さんも川神学園を卒業して、会える時間は減ってしまった。だからこそもっと一緒にいる時間を増やしたいのだ。  そして、行く行くは恋人に――。  そうした願いは人には言えないので、代わりに神様に聞いて貰うことにする。頼むぜ神様、願い事は恋愛成就一点張りだ。  俺は目を閉じたまま、むむむむと強めに願を掛けていた。幸い人は少ないのだ、多少時間を掛けてお願いしても問題無いだろう。  そうして念じていると。 「――――ん゛っ」  隣で姉さんが、小さく喉を鳴らした。 「……くっ……ふっ」  すぐ隣に居なければ気づかない程度だが、微かに姉さんの息遣いが聞こえる。どうしたのだろう?  少し時間を掛けすぎたかと思い、俺は目を開け隣を見た。 「ん……終わったか?」  姉さんは特段変わった様子も無く俺と視線を合わせた。多少顔が赤い気はするが、寒さのせいかな。 「あ、うん。もういいよ。行こっか」 「そうだな。じゃあ――」  俺たちはくるりと後ろを向き、元きた道を戻ろうとする。  だが、その最中、姉さんが肩を揺らしたかと思うと、カクンと膝を折った。 「ふぐっ……!?」 「姉さん!?」  一瞬姿勢を崩した姉さんだが、そのまま転けることは無く、すぐに体勢を元に戻す。 「大丈夫? どうかした?」  俺は心配になって声を掛ける。だが姉さんはなんでも無いという風に首を横に振り、こちらに手のひらを向けた。 「あぁいや、大丈夫だ。ちょっと躓いただけ……でっ!?」  言い終わる前に、また姉さんがビクッと身体を震わせる。  やっぱり、何か体調に異変がありそうだ。 「本当に大丈夫? もしかして、風邪だったり? 今日寒いし……」 「いや……心配無い。何も……んっ、無いから、気にするな……」  俺は来た道の脇に逸れて、姉さんの身体を案じる。  姉さんにしては珍しいが、やはり体調が悪いのでは……。  或いは、神社に来て苦手な霊関係のことを思い出してしまったとか? それは考え過ぎか。  いずれにしろ、あの姉さんにしては珍しい。  ……いや、幾ら強いと言っても姉さんだって人なんだ。気分が悪い日もあって当然か……。 「無理しなくていいよ、今日は昼まで忙しかったんでしょ? 疲れてるんだよ」 「疲れて……? ……あぁ、まぁ確かに体力は、大分使ってしまったが」  姉さんはどこか言い淀んで答えた。街の護衛役として、闘いとはまた違った苦労があるのだろう。 「今日は早めに帰ろうか。帰ってゆっくり休もう」 「……そうか、悪いな」 「俺は姉さんと一緒に初詣出来ただけで十分だよ」  この後のプランも色々考えてはいたのだが、無理は禁物だ。  一年の始まりに姉さんと会えただけで十分という気持ちに偽りは無い。なので姉さんが悪いと思う必要も無いし、俺が残念に思う必要も無い。 「帰ろうか」  俺は姉さんの身体を気遣いながら、帰路へつこうと神社の出口に歩を向けた。  しかし、その途中で姉さんは立ち止まり、ばつが悪そうにこちらへ顔を向けてきた。 「……すまん大和、ちょっと向こうに行ってくるから待っていてくれるか」 「向こう?」  姉さんが言う方向、そこには境内の公衆トイレがある。  俺は察して「あ、うん」と頷いた。  姉さんは軽く手を挙げてトイレに歩いていった。気分が悪いからか、少々歩きづらそうだ。  俺は姉さんが帰ってくるまでの間、近くの木の下でスマホでも見ながら時間を潰すことにした。 「ん……? あれは……」  そうしていると、ふと視界の端に気になるものが映った。  先程姉さんが向かったトイレ、そこに見覚えのある顔が向かっているのが見えたのだ。  線の細い体付きに猫背気味な歩き方。一度見れば忘れられなくなる、顔を真っ白に塗ったやりすぎな古風さが特徴の男。  うちの学校の教師、綾小路麻呂だ。 「なにしてんだ……? いや、そりゃ初詣か」  意外……かは分からないが、マロも初詣に来てたんだな。  まぁ、正直正月から会いたい相手では無い。教師だから、とういう訳ではなく。  仲の良い先生なら新年の挨拶くらいする所なのだが、相手がマロじゃあなぁ。 「……気づかないフリしとこ」  俺はトイレに向かったマロと顔を合わせないよう、後ろを向いた。  あぁでも、姉さんがすれ違ってしまう可能性があるな。  まぁ大丈夫だろう。川神院の跡取りで、世界最強の武道家とも呼ばれる姉さんには、あの性格の悪い教師も強くは出られないはずだ。  俺はマロを無視してバレないようにしつつ、姉さんが帰ってくるのを待った。  それから数分――。 「遅いな、姉さん……」  10分は経った気がするが、まだ姉さんは帰ってきていなかった。  トイレにしては長い……。  もしかして、気持ち悪くなって苦しんでいるとか……? 心配だ……。  真冬の寒さに俺の身体も震えてきている。俺は姉さんが出てくるのを待ちつつ、はぁぁと息を吐いて手を温めた。  じっとして待っているだけなのは中々厳しいと思いながらも、俺はそのまま姉さんを待ち続ける。  そうして、更に数分が経った頃だろうか。ようやく姉さんが帰ってきた。 「はぁ……はぁ……」  姉さんはどこか浮ついた様子で、顔が赤く息も荒くなっていた。  どうやら本当に苦しんでいた様子だ。熱もあるかもしれない。 「大丈夫? 辛そうだけど……」 「あ、あぁ……。悪いな待たせてしまって。寒かっただろう?」 「いや、俺は平気だけど。それより姉さんの方が……」 「私は……その……」 「百代は気分が悪いようじゃぞ、直江大和」 「えっ?」  俺が姉さんに寄り添おうとしていると、姉さんの背後から声を掛けられた。  妙に古風な喋り方のこの甲高い声は……先程見たマロだ。 「綾小路先生……。どうしてここに?」 「どうして? 初詣に決まっておろう。貴様もそうじゃろ?」 「えぇ、まぁ」  会いたくは無かったが、気づかれてしまったものは仕方ない。適当に挨拶をしておこう。 「ほほ、正月から雅な麻呂に会うことが出来るとは、運のいい奴じゃの。そうは思わぬか?」 「ハハ……」  名家の生まれということで自尊心が馬鹿みたいに高いのは知っているが、正直今は鬱陶しくて仕方ない。  姉さんとのデート中だし、一々何か言われてもたまったものではない。  俺は適当に相槌をうち、早く切り上げようとしていると。 「ところで、百代のことでおじゃるが」 「え?」 「体調が悪いのじゃろう? よければ麻呂が送って帰ってやろうかの?」 「なっ……!?」  突然何を言い出すんだこいつは。  姉さんは今俺とデート中だぞ。いくら教師とはいえ、冗談じゃない。 「いえ、流石にそれは……。姉さんは俺と帰りますんで」 「ほう? じゃが、貴様は歩きじゃろう? 麻呂は近くに車を止めておる。川神院なら麻呂も場所は知っておるし、こちらの方が楽じゃぞ」 「いやそれでも……」 「それに、百代にはもう話は通してある」 「え!?」  マロの言葉に、俺は驚いて姉さんの方を振り返る。  姉さんは顔を赤くしたまま、麻呂のほうに歩いていった。 「……さっき、そこで綾小路先生に会ってな。私が苦しそうにしてるのを見て、送ってやるって話になったんだ……」 「そ、そんな……。いいの、姉さん? それで」 「…………」  姉さんは視線を落としながら、小さく頷いた。  どうやら、本当にそういう話で決まっていたようだ。 「ホホホ、まぁそういうことじゃ。安心せい、百代は麻呂がしっかりと送り届けてやるから、の」  麻呂は口元を扇子で隠しながら、余裕たっぷりに言ってのける。 「……すまん大和。今日はホントに……無理なんだ」 「姉さん……」 「気分がよくなったら、また一緒にどこか行こう。だから今日は、先に、送って貰うな……?」  姉さんがそう言うなら、俺が止める理由は無くなってしまう。  本当は絶対嫌だが、姉さんの体調が良くないのは確かなんだ。教師が送ってくれるというならそれは良いことなんだろう。  しかし姉さんはもう卒業生だぞ? 大人の男と二人になって、何かあったら……。  いや、勿論姉さんに限ってそんなことはあるはずないのだが、常識論として。 「ん゛ぅっ!? ふ、うぅ……!」  俺が思案していると、姉さんがまた苦しそうに呻き、俯いた。 「おぉこれはいかぬの。やはり早く安静にせねば危なそうじゃ」 「ふっ……ふっ……ぅ」  姉さんは口を抑え、辛そうに脚を震わせた。 「では百代よ、行こうかの」 「……はい」  マロは馴れ馴れしく姉さんの肩に手を回し、駐車場の方へ連れて行く。  姉さんは熱に浮かされたような表情のまま、素直にマロの言うことに従った。 「それではの、直江大和。よい年を過ごすでおじゃるよ」 「あ…………」  俺は姉さんを連れて行くマロの背を見て、何も言えず立ち尽くした。  これで、良かったのだろうか……。  姉さんを止めるべきだったんじゃ……。  モヤモヤとした思いだけが胸の中で渦を巻く。  姉さんなら、たとえ相手が評判の悪い教師だったとしても問題無い。平気だ。  そう自分に言い聞かせても、何か無性に嫌な予感がして仕方なかった。  マロが妙に姉さんに馴れ馴れしかったのが気に掛かる。  普段から鼻の下を伸ばしたような家柄に反して品のない顔だが、今日はそれがより一層下品でいやらしく見えた。  教師が、元教え子が困っていたから助けてあげただけ……そう考えて良いのだろうか。 「まぁ……姉さんが良いって言ってたんだし……、問題ない……のか?」  結局俺に出来ることは、姉さんを信じるしかない。  きっと明日には体調も良くなって、今日の分の埋め合わせをすることになるだろう。  俺はそう自分を納得させて、深く考えることを止めた。

②

Comments

もし可能なら他の武士娘とのシーンもみたいですね。

dragon


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