第五話 気を引き締めるためのお仕置き
よく五時間目を座って過ごせたものだと、我ながら数十分前の自分に感心しかけたが、そのツケが家路に向かう今の自分にしっかり回ってきているのを実感し、結局、ただ無理をしていただけなのだなぁと、目尻に滲む涙を拭いながら思った。
帰りの会でのお立たせは、正直、思い出したくもない。明日の授業の予定や持ち物の確認、日替わりで班ごとに一日を通して気づいたことなどを報告する間、私は教卓の横でお尻を出して早く終われ、早く終われと願いながら立っていた。
先生からの一言も、今日の私のお仕置きを絡めて、クラス全体が弛んできていることへのお説教。本心、私のドジに託けて、まだやってもいない悪さへのお説教を受ける筋合いはないし、一緒にされたくもないという心地がした者も中にはいただろう。
もしかしたら勝手に思い込んでいただけかもしれないが、どうもお尻に向けられるみんなの視線が、いつもよりずっと痛いような気がしないでもなかった。もっとも、視線を向けられずとも、腫れ上がったお尻は充分にジクジクと疼くのだけれども。
「ああ、もうすぐ家か……」
表通りの角の酒屋。下着に擦れて痛むお尻を庇いながら、積まれたビールケースの脇を曲がる。もうすぐ休めるという希望と同時に、もう一波乱あるのではという嫌な予感も首をもたげる。
(まさか、無いよね)
心配のタネは、必ず保護者に見せてサインを貰うように言われた連絡帳。そこには今日やらかした罪と罰……本のタイトルではなく、そのまんまのお仕置き内容が書かれているのだ。
朝 遅刻 校門前にてお尻百叩き。 教頭 坂口。
本人は必死に走ってきたようですが、車への注意も散漫になり危険です。普段から余裕を持って起床し、近隣の班ごとの集団登校をするよう心がけてください。
昼休み 掃除サボり 教室にてお尻叩き四〇回。 担任 鈴峰。
物事に熱心な反面、時間や周囲への注意力が散漫になりがちのようです。今日も教室に遅れて走り込んできた際にクラスメイトにぶつかり、幸い双方ケガはありませんでしたが、少しハラハラする状況がありました。この事にせよ、朝にせよ、少し気が緩み始めているのかもしれません。厳しいようですが、ご家庭でも重ねてのご指導を宜しくお願い致します。
これである。気になるのは最後の厳しいようですが、からの一文。まさか、お母さんからも追加のお仕置きがあったりしないだろうなぁ。嫌な予感を感じつつも、歩けばいずれは着くわけで、気がつけば見慣れた玄関ドアの前。
(よーし)
呼び鈴鳴らしてドアが開くまでの十数秒、せめて何事もなかったかのように振る舞って自然に流してしまおう。深呼吸を二回、ガチャリとドアが開く前に、極めて自然にいつも通りに帰ってきましたよという体を装う。
「おかえり。今日なんかあった?」
「あー、いや、あー。……ちょっと」
なぜか一瞬で見破られ、とりあえず家に上がって、早速、お話の時間になってしまった。
「お尻見せてごらん」
「!!」
私が居間でランドセルを下ろした途端、お母さんが言った。そのまま、なんでお尻を、などとわざとらしく繰り返す暇もないくらい、慣れた手つきでスカートを捲られ、下着をずらされる。
「おおー、道理で歩き方が面白いわけだ。で、なにやったの?」
「えーと……連絡帳に、その。サインを……」
ふんふん、と、連絡帳を読んだお母さんが一言。
「うちでもご指導、しとこうか」
確かに最近は少し甘やかしていたかもしれないね。最後にお仕置きしてあげたのだって、もう何ヶ月も前だし。そう呟きながら連絡帳を閉じてテーブルに置く。
「いや、だって今日は目覚まし時計が!」
「そういうのも含めての自己管理でしょ。それに反省した子は言い訳なんかしない」
言い訳虚しく腕を掴まれ、覚悟しな、と腫れたお尻をパチンと軽く弾かれ、お膝に腹這いにさせられる。ダメだ。早くも鼻の奥がツンとして、目頭が熱くなる。
なにが辛いって、お母さんが腫れた私のお尻を見て、同情するでもなく慰めるでもなく、連絡帳の言葉に乗ってさらに打とうとしたことだった。
ああ、そうか。お母さんも私の気が緩んでいると、もっと厳しく躾けなきゃと思っているのか。まあ、ミスをしでかしたのは自分だし、元々あったルールに従って罰を受けただけなのだから、やはり自業自得でしかないのだけれど。そうは言っても、なんとも言えず悲しい気がした。
「お尻ペーン、ペン!」
パチン、パチンと二連続で、お尻の真ん中に手の平が当たる。学校でさんざん叩かれたお尻は敏感になっていて、素手といえども激痛が……奔ると思って身構えたが、そうでもなかった。
「はい、おしまい」
「?」
おずおずと身を起こし、お母さんの膝から降りる。
「ドキッとした? ヤバイと思った? じゃ、それで充分」
言葉通りペンペンと叩く真似だけされて解放され、涙目のままぽかんとしている私に、お母さんはこう言って微笑んだ。
「お仕置きなんてのは、そんなもんでいいんだよ」
まあ、言っても聞かずに何べんもやらかしたり、わざと人様に悪意をぶつけたら、泣いてごめんなさいするまで折檻してあげるけどね。アレを使って……と、布団叩きを指差す。
「手洗いとうがい済ませてきな」
言いながら、買い物袋からソース煎餅を取り出す。
「何枚食べる?」
そう聞かれた私が四枚と答えると、少ない!縁起も悪い!あと三枚!と追加された。ウソかホントか、ソース煎餅はカルシウムの補給になるらしい。
「食べなきゃ、お尻治んないよ?」
「骨に異常は無いってば……」
流し台で手洗いとうがいを済ませ席に戻ると、ゴソッとソース煎餅の束を渡される。
「ケツ鍛えて手の骨砕いてやれよ」
たまに出るお母さんの地。私の年齢が上がるにつれて、少しずつ見せる機会が増えているその瞬間の一言で、本当はどう感じているかが分かった気がした。
「また無茶苦茶を……」
わずかに手に残った水気でふやけたソース煎餅に、梅ジャムを塗り伸ばしながら答える。
テーブルに広げられた連絡帳には――
この度はご迷惑をお掛けいたしました。うちでも厳しくお尻を叩いたうえで、気を引き締めるようしっかり言い含めておきました。
――と、書かれていた。
「こんなもんでいいか。印鑑どこ置いたっけかね?」
ローボードの引き出しを引っ掻き回すお母さんの背中を見ながらソース煎餅を齧ると、しんなりした捉え所のない歯応えと共に、梅ジャムの癖のある甘酸っぱさが口に広がった。
しおごはん
2021-05-14 15:45:11 +0000 UTCC.haru(C.h.a.u)
2021-05-14 12:39:33 +0000 UTC