以前、公開停止にされてしまった作品の修正版です。
第一話 遅刻のお仕置き
冬の朝。吐き出される白い息の寒々しさとは対象的に、ファー付きコートの下は汗ばんでいた。この前買ってもらったばかりのスニーカー、その少し硬めの靴底がバタバタとアスファルトを打ち鳴らす。間に合え、間に合え。学校まで全力疾走。私はそれまで徒競走でもしたことがないような前傾姿勢で、一心不乱に走っていた。
ついさっき、目覚まし時計の電池切れに気づかないまま眠りについて、なんとか自力で起きた時には、いつもより三十分以上遅い時間。なんで起こしてくれなかったの! と、母に詰め寄る時間も惜しんで、(そもそも自主性を養うため、親が起こしてはいけない校則があるのだが……)朝ご飯も食べずに家を飛び出した。
間に合え、間に合え。不運な信号待ちを含めての家からの約十分間。いくら強く念じても、マラソン大会なら好成績を残せそうなペースを出しても、しかし、待ち受ける結果は残酷なものだった。
「遅い!」
校門前で仁王立ちの先生の姿が見えた途端、思わず足を止めて膝から崩れ落ちそうになる。なんとかしゃがみ込まずに立て直すも、ダメだとわかった瞬間に思い出したように起こる脇腹の痛みに、私はゴホゴホと咽ながら校門までの距離を詰めた。
「ごめ……ごめんなさいっ!」
「残念だけど、十分以上の遅刻はお仕置きだよ」
先生は私に腕時計をちらと見せながら、本来の登校時間から十分以上遅れていることを告げた。しかし、そこにお仕置きが付くかどうかのリミットからは、まだわずか一、二分。あの赤信号にさえ引っかからなければ。ほんの少しの長針のズレが目に焼き付く思いがした。
「ここで……ですか?」
そうだよ、知ってるでしょ。そう言いながらも、あまりにも息も絶え絶えな私を見かねた先生は、先に水を飲んできてもいいと言ってくれた。言葉に甘え、校庭にある一番近いの水飲み場で冷水を口に含む。美味しい。疾走で上がりきった体温とのギャップで、胃袋まで水が通っていくのがわかった。
「ふぅ……」
やっと一息つく。しかし、その身体の快感とは裏腹に、私の心は早くも泣きそうなほどに動揺していた。校門を振り返ると、先生は先ほどと変わらず門の外側に立ったまま私の方を見て、早く来なさいと目で促していた。やはり、あそこで受けるしかないのだ。ここで逃げても、どうせ教室で捕まるだけ。
(お仕置きか)
なにがどうしてそうなったのやら、うちの学校は時間に厳しい。規則正しくをモットーとしているだけあって、もしチャイムまでに席についていない子がいれば、それだけで一騒動といった具合の空気になる。その中でも特に厳密なのが登校時間で、十分以上の遅刻にはとても厳しい罰が与えられる決まりになっていた。具体的に言えば、その場でお尻百叩きだ。
今時体罰なんて、それもちょっと朝に遅れたくらいで……よそから見れば、そう感じるかも知れないが、なんせそこしから知らない私たちにとっては、まだそれも当たり前のことだったのだ。
「遅刻した私に、百叩きのお仕置き、お願い……します」
「よし。じゃあ、しっかりお尻を出して、お馬さんになりなさい」
ごねて逃げられた試しも減刑された試しもない。私は先生に頭を下げると、お尻を向けてパンツのゴムに指を掛けた。少しだけためらってしまったが、次に空気を吐き出す勢いで、一気に足首まで下ろして片足を引き抜く。どうせ完全に脱がないと、あとで叱られるだけなのだ。
下着に覆われていたお尻が外気に触れ、ヒヤリとする。さらに四つん這いになれば、お尻の肉に守られていたところまでが寒風に曝されて、頬の熱さとは裏腹に身も凍るような思いがした。
「時間がないから、早めに終えるよ」
「はい……」
どうか、終わるまで誰も通りませんように。そう願いながら、道路側に向けられた無防備なお尻に、先生の鋭い平手が落ちるのを待った。
バチン! バチンッ! バシッ!!
「あああっ!!」
いきなりハイペースな連打。体が前につんのめるような勢いの平手打ちに思わず声が漏れた。地面についた手の平とつま先に力を込めて、必死に倒れないように踏ん張る。
バシッ!! バシッ!! バチンッ!!
朝の日差しを反射する目前のアスファルトがかすみ、ボタボタと溢れる涙が、それに黒い染みを作っていく。百叩きが終わる頃には、鼻水もよだれも垂れるだろう。汚いが事実だから仕方がないし、とてもじゃないけれど、そんな事を気にしている余裕はないのだ。
バチン! バシッ! バシッ!!
「ほら、がんばれ」
「やああっ!!」
耳に入る先生の励ましに意味はない。お仕置きの時は、ただ焼けるように熱いお尻と平手打ちの圧に負けて崩れ落ちないように、全力で泣き喚きながら力むしかない。今日のお仕置きはいつもよりペースが早いから、特に辛かった。当然、数を数えて、あと少しだなんて計ることもできなければ、目覚ましの確認をして寝ればよかったとか、せめて早く布団に入っていればとか、反省のような後悔のような反芻をする余裕もない。
ビシッ! パンッ! バシッ!!
「ごめんなさいっ!! ごめんなざいぃぃ!!」
気がつけば、いつもこうして叫んでいるだけなのだった。
……
「よし、おしまい」
「ひっ……ひぐっ……」
おそらく三分も掛かっていないが、いつの間にか百叩きは終わり、痛みと嗚咽で頭がボーッとしていた私は先生にそっと起こされた。
「よくがんばったな。この痛みをしっかり覚えて、次から遅れないように気をつけなさい」
「あ、ありがとう、ございま、したっ」
しゃくり上げる私の背中を擦りながら、パンツを履かせてくれる先生。もう帰ってしまいたい。そう思いつつも私は、涙が鼻に流れていく違和感と布に擦れてビリビリと痺れるお尻を気にしながら、下駄箱のある昇降口に向かってトボトボと校庭を横切っていった。
しおごはん
2021-05-11 13:42:52 +0000 UTCkazumatsu
2021-05-11 12:54:54 +0000 UTCしおごはん
2021-05-11 10:07:22 +0000 UTCC.haru(C.h.a.u)
2021-05-10 21:41:10 +0000 UTC