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ワタル
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ビール二杯の御礼(600円プラン限定


こんにちは。ワタルです。ビールを二杯も奢っていただきありがとうございます。今月もダラダラと書いていこうと思います。



直近の連載で、龍堂が色々と語っていますね。いや僕が語らせてるんですが。一応リンク貼っとくのこの辺り↓のことです。


https://www.fanbox.cc/@usks/posts/8787500


https://www.fanbox.cc/@usks/posts/8793231


ここらへんのプロット切ってて思ったのは「龍堂、結構良い事言うなぁ〜」ってことでした。これが私の素朴な感想。この感想はかなり意味不明で、漫画内で言ってるのは龍堂なんですが、描いてるのは私なんですよね。龍堂の言葉は自分の言葉です。だから「龍堂良いこと言うなぁ」は即ち「私良い事言うなぁ」ということであり、自画自賛の構図になるはずなんです。しかし私は自画自賛の感情とは別に「龍堂良い事言うなぁ」と思った訳です。ちょっとわかりづらいですね、説明します。



この辺りのストーリーで表現したかったのは以下の二点。


・初心者に負けた?対戦相手のレベルに合わせて打ち方変えろよ


・初心者を無慈悲に叩きのめしていいのかって?んなもん自分で決めろ、自分で決められるから趣味は最高なんだろ


これだけです。これが私の言いたい事であり、これをキャラクターに言わせるのが私の仕事…なんですが、キャラクターにはそれぞれの思想や背景があり、彼らは彼らのパーソナリティを通じて私の言いたいことを婉曲・増幅していきます。要するに「龍堂ならこう言うだろうな」の連続で漫画が出来上がって行くのですね。だから本来私からでは到底出てこないような表現になったりします。


例えば。

龍堂は作中でこんな台詞を吐いています。

「おまえが戦うのはデッキじゃないんだ」

「デッキを駆っている対戦相手だ」

「デッキよりも相手を見ろよ、戦う相手を」

いかにも龍堂が言いそうな内容ではありますが、私は普段大会に出る時にはこんなことを意識している訳ではありません。普通にデッキ相性のじゃんけんをしています(そして負ける)。にも関わらずプロット段階でこのような台詞が出てくるのは創作の妙なのでしょうか。キャラクターが描き手である自分から離れていき、一人歩きしているような、そんな感覚。自分の頭から出てきた台詞を読みながら目から鱗が落ちるとでも言いましょうか。


さらに例を上げましょう。

龍堂のこの台詞です。

「答えの無い問題について判断する時に、唯一寄る辺となるものがある」

「哲学だ」

答えの無い問題について判断する時にこそ、個々人のパーソナリティが表出するはずです。この点、私は日頃からそう思っています。しかしまぁ、哲学とは!

言葉の選択の話なのですが、寄る辺とするべきものを問われれば、私ならば「好み」と答えます。格好をつけたとしても「人生観」あたりになるでしょう。「哲学」なんて言葉では絶対に表現しません。そもそも哲学なんて単語自体がパッと出てこない。しかし、プロットを切っていて一発目に出てきた言葉が「哲学」です。龍堂なら哲学と表現する、絶対にそうだ、そうに違いないという確信。自分から出てこなかったはずの言葉が、キャラクターを通してスッと出てくる不思議。私はこの瞬間を創作する上でのひとつの楽しみに数えています。



エピソード・ライ太を描き始めて二年半ほどになるようです。考えてみれば、二年半前にこのテーマについて漫画を描いていたならば、龍堂は「哲学」とは言わなかったかもしれません。長く描いていく中で龍堂というキャラクターの姿形がハッキリしてきた気がします。もちろん、野良やユキ、その他のキャラクターも。何事も継続してみるもんです。



そんな感じで!月末ギリギリになっちゃってすいませんでした。引き続きがんばって描いていきます!

Comments

「キャラがひとりで歩き出している」んですね。 創作ってすごい。世界のシミュレートですよ。

BF

エピソード・ライ太ももう2年半経つんか・・・

KTK

故に義のギデオン・ジュラ

SHOW-Hey

ひとつの概念に対してある者は「哲学」と言い、別の者は「美学」と呼び、またある者はそれへの向き合い方を「粋」と評する。 キャラクターが立つってのはこういうことなんでしょうね。

nakamz


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