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誕生祝い

全天候型管理都市。 人類が文明を手に入れてから数万年の時を経ても克服が叶わなかった自然という存在に対して、明確に離別を告げたのがこの都市だ。 人口300万人の大都市を囲うように設置された12の巨塔から生じさせた電磁エネルギーによって、物理的な障壁を生み出し都市空間を包むように展開することで、外部からのあらゆる干渉を寄せ付けない。 その名の通り雨粒などはもちろん、陽光すらも透過率の設定で調整することで、天候の全てを人類が掌握するに至ったのが十数年前のことだ。 それだけの莫大なエネルギーを供給する体制が取れたのは、当然ながら雨に打たれるのが嫌という国民感情などではなく、これが純粋に軍事的視点から優れた防壁であったから。 弾道ミサイルの直撃を受けてなお変わらず煌々と輝く障壁は、SF世界のバリアのようであり、安全と安心を求める人々がこの都市に殺到するのに十分な理由となった。 元々は中規模都市であったはずなのに、この十数年間で人口は爆発的に増え続け、今では500万人を超える世界有数の大都市となった。 「凄い技術ですね。興味があるので少し試してもよろしいでしょうか」 凛とした美しい声音が都市全体に響き渡った瞬間、そこに暮らす人々は誰もが驚いて声のする方へ視線を向ける。 一瞬前まで青空が広がっていた空間に漆黒の何かが存在した。 優美な曲線を描きながら高く高く登っていくそれは、ついには雲を突き破ってさらにその先へと伸び続けている。 急激な人口増加に対応するため競うように作られた高さ200〜300メートルの超高層ビルや、都市郊外に広がる山脈がその黒巨塔との間に存在するが、そんなものは巨塔をまるで遮らない。 唖然とする人々がその正体を知ったのは、巨大な漆黒のそれがフワッと宙に浮かび上がり、自分たちに向けて迫ってきてくれたから。 底に当たる形状は角に丸みを帯びた三角形に近いものであり、そこから少し離れて棒が突き出ているそれ。 地表の人々がそれを女性用の履物であると認識した瞬間、白銀の長髪を靡かせたリリスが高度10,000メートルを優に超える高高度から微笑んだ。 「ふふっ」 17,400メートルの超巨体。 そんな彼女が履くのは、太ももの半分までを覆う漆黒のニーハイブーツ。 その靴底が高度3,000メートルの高さを彷徨ってから、都市に向けて降下する。 ようやく状況を理解した人々が悲鳴をあげた瞬間、都市を囲う電磁フィールドと彼女の靴が接触、これまで生じたことのない巨大な火花が都市上空に咲き乱れた。 あまりに発光量に直視した人の目が焼けるほどのそれであったが、幸いなことに数秒のうちに火花は消え去った。 リリスの靴底が電磁フィールドから離れたのだ。 「あら、本当に凄いのですね。これでは入れそうにありません……」 残念そうな少女の声に人々は僅かに心の余裕を取り戻す。 通常の砲弾はもちろん、弾道ミサイルの直撃さえ意に介さず、理論上ならば核攻撃すらも防ぐ無敵の防御機能。 エイギスシステムは万全にその役割を果たしているのだ。 人々は互いに言葉を交わし、パニックに巻き込まれて怪我した者を助け起こして怪我の手当てを始める。 「――なんちゃって♪」 リリスが再び足を動かして今度はそのブーツのヒール部分を突き出してみれば、先ほどと同じように電磁フィールドが火花を散らして、やはりすぐに消えていく。 だが、理由が違う。 エイギスを作動させる12の制御塔全てが出力限界を遥かに超える負荷に耐えきれず同時に爆散したことで、障壁それ自体が消滅してしまったのだ。 人々にとっては何が起きたか理解する間もなく、ニーハイブーツのヒールは都市オフィス街に突き刺さり、100メートル四方の面積に存在していた数十の雑居ビルと高層ビルを瞬時に粉砕、その衝撃波で周囲に巨大なクレーターを形成する。 深々と突き刺さっているはずだというのに、それでもヒールの高さはこの都市に存在する最大の建物である500メートルを優に超えてしまうのだった。 「ふふっ、入れてしまいました。……ああ、気落ちなさらず。皆さんはちゃんとメッセンジャーとして合格されていますから」 リリスは足元に広がる街並み、とは言っても10,000分の1サイズではせいぜいが大きめのベッドサイズでしかないそれを見下ろして微笑む。 人々はその圧倒的な巨体を見上げて、彼女の左右で色の異なる瞳と視線を交わす。 真紅の瞳も紫紺の瞳も、どちらも視線を吸い込むかのような美しさだというのに、そこには嘲りが浮かんでいるような気がした。 「実は全世界へ向けてメッセージを届けるのをお手伝い頂きたいのです。『明日の正午、国家共同議会の議場で重大発表を行いますので、各国代表の方はお手数ですがお集まりください』、と」 リリスが都市に突き刺したヒールを抜き出すと、その一帯を構成していた建物の破片が無数に舞い上がって周囲に埃の雲を作り出す。 そこを高高度から撮影してみれば、街を構成する灰色の中に明らかに異質な茶色の点がくっきりと浮かび上がることになる。 どれだけ少なく見積もっても1万人以上が犠牲になっただろうその惨状は、この都市どころかこの世界に暮らすすべての人間に恐怖を植え付けるのに十分。 美しい少女の足元で蠢く矮小生物たちは、宙に浮いたままの靴底を見上げてただ呆然と立ち尽くするのだった。 「では、私はこれにて。最後にお手伝い頂いた皆さんを評価してあげましょう」 トンっ、と。 リリスは持ち上げていた足の爪先だけを大都市の上にそっと、それでいて躊躇うことなく置いてしまう。 先ほどのヒールの直撃を凌駕する圧倒的な暴力は、その下に存在していた住宅街を何百とまとめて押し潰し、そこにいた人々に悲鳴をあげる暇すら与えない。 大質量の衝撃が大地を伝播して周囲の建物を崩壊させようとした瞬間、地面に押し当てられたブーツが滑ることでそれらを消し去った。 直線距離でも数百メートル離れていたはずだというのに、その移動速度があまりにも速いが故にまばたきする間に通過してしまったのだ。 リリスがその美脚を振るう姿は実に優美なものであり、それをはたから見ることが出来れば思わず足を止めて見入ってしまうかもしれない。 だが、大都市に暮らす人々は見入るのではなく、迫り来る圧倒的質量の津波にすくみ上がったことで足を止めてしまうのだ。 行手にあるのが学校だろうが、病院だろうが、避難所だろうが、彼女のブーツが止まることはなくその靴底で全てを擦って消す。都市を横切る大河も存在しないかのように蹴散らされ、その先に広がる高層ビル群も薙ぎ払われた直後に押し潰された。 ついさっきまでヒールの作り出したクレーターなんかに気を取られていたのが馬鹿馬鹿しくなるような大規模殺戮。 泣き喚く人間、殺さないでくれと縋り付く人間を何万、何十万と物言わぬ存在へ変えてしまうそれは、僅か20秒間の悪夢だった。 「花丸ですよっ♪」 リリスは足で描いたそれを見下ろして意地悪く笑う。 自らのコルセットドレスにもあしらった薔薇。 大都市をキャンバスとして、直径10,000メートル超の花丸を描くためには、およそ400万人の犠牲が不可欠。 この犠牲によって彼らは真にリリスのためのメッセンジャーとなるのであった。 *** 国家共同議会。 この惑星上に存在する国家の大半が加盟するその共同体は、一つの議場に代表者を集めることで国際会議を開く仕組みだ。 すり鉢上の議場に用意された席数は200を優に超えているものの、そこにはいくつか空席が存在する。 昨日とある国家で起きたばかりの厄災はあまりにも衝撃的であり、これまで人類が経験したあらゆる悲劇がまるで比較にもならないものだ。 本来ならば早くても半年前から招集される会議が昨日の今日で開催されることになったのは、ひとえにその尋常ではない被害があったからだ。 それぞれが国家を代表して集まった人々は、議場が普段とわずかにレイアウトが異なることに困惑する。 すり鉢上の部屋の中心には演題が置かれているはずだが、今日はそこにポツンと一つの椅子が置いてあるのだ。 一瞥するだけでそれが極めて精巧に作られた芸術品であると分かるのに、それでいて華美とは無縁の上品さを備えた椅子だった。 ――コツコツ、と。 硬質なものが床を叩く小さな音がした瞬間、議場のざわめきが一瞬で消えた。 昨日と同じ、しかしその身長はこの場にいる誰とも変わらない少女が、その場にいる全員の視線を受けながらドアから入室して椅子へ向かう。 リリスは椅子の隣にそっと並ぶと、議場を一瞥して不満そうな表情を浮かべる。 「重大な発表だとお伝えしたはずですが……。欠席があるようですね」 少女の澄んだ声が室内に響く。 そしてその瞬間、集まっていた人々はもう一つの違和感の正体に気が付いた。 翻訳機能付きのヘッドフォンが用意されていないのだ。 しかし、少女が何を口にしているのか、ここにいる誰もが理解することができる。 あまりにも奇妙な出来事であり、集まった人々は互いに顔を見合わせるが、誰一人としてそれに説明ができるものはいない。 「仕方ありませんね。最初からなかったことにしましょうか。お集まりの皆様は少々お待ちを」 リリスが軽く手首を揺らした瞬間、椅子の周囲に突如として緑色が広がる。 パッとみただけでは苔のようでしかなかったが、そのところどころに茶色や灰色が混じっていることで苔とは違うことが分かる。 その不可解なものの出現に議場がざわめくが、誰かがその緑色が欠席した国の領土と同じ形状であることに気付いた瞬間からざわめきはより大きくなる。 「ふふっ」 えいっ、という可愛らしい掛け声と共にリリスのブーツがそれを踏み付ける。 トンっという乾いた音は、靴底と床がぶつかったことによるもの。それらが、トントントンと繰り返されると、緑色だったそれらが消えて元の床が露出した。 あまりにも自然に行われるものだから誰もすぐには意味を見出さなかったが、昨日の出来事と彼女の言葉が脳内で結び付いた瞬間、言葉を失うような想定が成り立つ。 「ああ、これは失礼しました。これでは何が起きているか分かりませんね。モニターに映しますから、そちらでご覧になってください」 議場の中心に設置された3枚の大型モニターは資料投影用のそれ。 リリスが何をするまでもなく突如として電源が起動すると、衛星軌道からの超高高度撮影された惑星表面が映し出される。 一部の国の代表がそれに驚愕したのは、直後に自国の軍事衛星のコントロールが奪われたという知らせが入り、そしてその軍事衛星が捉えているはずの映像がモニターに映し出されていたからだ。 息をするように容易くハッキングされた最新鋭の軍事システムによって映し出されるのは、無惨にも抉られた大地。もはや元々そこにどんなものが存在していたか思い出せないそれは、しかし緯度と経度によって確かに国だったことが示されている。 場内の静寂は困惑と懐疑によるものだったが、やがてどの国の代表の元にも同行したスタッフたちが情報を報告することで、いま起きたことの全貌が判明する。 ――ひとつの国家が消滅した。 人口4,900万人のその国家は、100万分の1という極小の存在としてこの場に呼び出され、そして少女の足元で文字通りに踏み躙られることで消失したのだった。 ほんの数秒。確認されるまでの時間を含めても数分のことだ。 「あと欠席したのは……。2つ、ですね。ちょうどよかった」 彼女の足元に先ほどと同様に緑色のそれが出現した瞬間、モニターの惑星表面が移り変わって全く同じものを映し出す。 それを一瞥したリリスはゆっくりとその長身を椅子に腰掛け、ニーハイブーツの履き口に細い指をかけると、それをスッと脱いでしまう。 あらわになるのは薄い黒タイツに包まれた脚と足。 もう一方のブーツも同じように脱いだリリスは、それぞれ左右の手でブーツを摘むと、先ほど呼び出した二つの国家を色の異なる瞳で見据えた。 「ここまで長いブーツだと置き場所に困ってしまうのです。それぞれにお預けするので、国家の総力をあげて適切に保管してくださいな。それで欠席した無礼を不問としましょう」 パッとリリスが摘んでいた指を離した瞬間。 まだ彼女の体温がしっかり残るそれらは同時に落下すると、靴底部分が床にぶつかる軽い音が室内に響いた直後、中心部からグニャリと折れ曲がって床に垂れ落ちる。 それだけであれば女性の玄関でよく見る光景。 だが、そこは玄関ではなく議場であり、そして極小サイズの国家が存在する。 全長600キロメートルを悠々と超える巨大なそれが落下する衝撃は破滅的な破壊力を有しており、しかしその破壊が伝播するよりも先に筒が無数の都市と街を押し潰す。 その犠牲となった数千万の人間は、自分たちの身に何が起きているのか理解することもないまま、圧倒的質量の暴力によって塵に変わるのだった。 議場のモニターに映し出されるのは、宇宙空間から撮影したにも関わらず、女性用のブーツがハッキリと映り込む異様な光景だ。 「お待たせしました。改めまして、お集まり頂いたこと感謝申し上げます」 リリスがその長い脚を組みながら口を開く。 会場にいる誰もが息を呑んで彼女を見据えるが、その傍らでは再び多くのスタッフたちが慌ただしく情報収集に勤しむ。 次々に差し入れられてくるメモには知りたくもない情報が淡々と事実として記されており、いま目の前で彼女に処分された3カ国については、どの国も大使館との連絡が途絶してしまっている。 推定される犠牲者数が1億を優に超えることは誰もを絶望させてしまう。 昨日あった歴史的な被害などもうすでに霞んでしまっている。 ふと、周囲が静かになる。 喧騒が消えただけではなく、人の気配までもが瞬時に激減するのだ。 この空間にいる人間は全て座っている。先ほどまで忙しなく動き回っていたスタッフたち、各国が選抜した何百と言う人間が消え去っている。 誰もがその原因に心当たりがある。いや、合ってしまう。 国家代表たちの視線が向くのは当然のようにリリスであり、その視線を一心に受け止めたリリスは、豊満な胸の下で腕を組み、大胆に露出したその谷間を彼らに向けている。 視力に優れるものは裸眼で、そうでないものはリリスの温情によって映し出されたモニターで、彼女の胸元で何かが蠢いていることに気が付いた。 「この方々が悪いわけではないのですが……。先ほどから少し目障りに感じてしまいまして。呼んだ覚えもありませんし」 1,000分の1という小さな生き物たち。 それらを何百とまとめて包み込むおっぱいは、きめ細かい素肌の美しさと対象的に、その内部で無数の悲鳴がこだましている。 リリスによって適当に転移させられた彼らは天地すら配慮されないまま谷間に埋まり、そして暗く暖かく良い匂いのする空間で強烈な圧にさらされるのだ。 運良く彼女の上乳周辺に飛ばされた者だけが、形の良い顎を引いて自分たちを見下ろす少女と目が合ったことで、自分がどこにいるのか理解してしまう。 「なのでこうします」 リリスが組んでいた腕をそのまま上に持ち上げた瞬間、巨大なおっぱいが急激にその左右が密着させることで谷間の空間が消滅してしまう。 一瞬前まで賑やかだったおっぱいは本来の静けさを取り戻し、代わりに幾つかの赤い筋が垂れ落ちる。 しかし、その彼らが存在した唯一の痕跡さえも、リリスによって転移させられることで少女の素肌に残ることは許されなかった。 「ようやく落ち着いてお話ができますね」 リリスがそう言いながら脚を組み替える。 もはやこの場において言葉を発する者はなく、静寂が支配する空間では黒タイツが擦れる音が鮮明に響く。 人類がこれまでに経験したことのない圧倒的な脅威が少女の姿で目の前にいることを信じたくないのに、これほどまでに見せ付けられてしまうのだ。 「では、お待ちかねの重大発表です。――私、今日が誕生日なのですよっ♪」 少女の楽しそうな声音に反応する者はいない。 一瞬、聞き間違えたかと疑うものの、誰もそんなことを口にはしない。 都市一つを壊滅させることで人を集め、更に欠席を理由に3つの国家を消し去っておきながら、その場でされた発表が誕生日であること。 あまりにも道理から外れ過ぎてしまっていて、むしろ聞き馴染んだはずの言葉が脳で処理できない不思議な感覚。 衛星通信を介してこの様子は全世界に向けて放送されているが、それを見ている数十億の人も大半は同じ感覚を共有していることだろう。 「誕生日。とても大切な日ですよね? 祝福されるべき日です。だから一緒にお祝いしてください。方法はお任せしますので、皆さんの創意工夫に期待していますよ」 リリスは音もなくスッと椅子から立ち上がると、来たときと同じような軽い足取りで議場を去ろうとする。 彼女がドアに手を掛けた瞬間、何かを思い出したかのように振り返し、その白銀の髪が宙に舞う。 「そうそう。言い忘れてしまいました。皆さんにも準備が必要でしょうから、10分だけ時間を差し上げます。その間は適当に遊んで待ちますね」 それでは、と言い残してリリスの姿がドアの奥へと消える。 議場に取り残された人々は、自分たちの目の前で起きたことが信じられず呆然とするばかりであったが、補佐官たちがもうこの世にいないことを思い出すと、席から立ち去るものと携帯電話を取り出すものに反応が二分する。 どちらにせよ、彼女が指定した10分という時間は無駄にできない。 彼らが外部とコンタクトを取ろうとした瞬間、建物が内部から破裂したことで、彼らはこの世から姿を消した。 *** 最初にその異変を捉えたのは議会の周囲に展開する国共軍だ。 各国から派遣された軍が混成した彼らの任務は議会の警備と防衛にある。 原則として外からの襲撃に備えていた彼らは、自分たちの背後で生じた爆発に驚き振り返ると、そこには巨大な砂煙が生じていた。 一瞬前まで存在した議会建物の姿がなく、その煙がとって変わったかのよう。 高さ100メートルにも達する砂煙が収まるには相当な時間がかかるはずだったが、狼狽する彼らが凄まじい突風に晒された瞬間、煙は瞬時に霧散した。 「あら、ちょうどよかった。皆さん、この辺りのデパートを知りませんか?暇潰しに買い物でもしようと思いまして」 足元にたち込めていた煙を足のひと薙ぎで消し去ったリリスは、装甲車と戦車、地対空ミサイルで武装した兵士たちを見下ろしながら口を開く。 1,740メートルに達する巨体。 先ほどまでリリスがいた議場は彼女が今の姿となる過程で破壊され、今となってはその足元で瓦礫となって残るのみ。 超高層ビルですらまともな比較対象として機能しないほど巨大な存在が目の前に出現したことに誰もが言葉を失う。 「ご存知ないのでしょうか?それとも意地悪で教えてくれない? あっ!もしかして、こうしたら思い出せますか?」 リリスが僅かに足を前方へ押し出し、踵を地面につけたまま軽く足首を捻る。 全長が優に200メートルを超える巨大な足が持ち上がることで、足元の小さな生き物たちはその形状が女の体の一部に過ぎないことを痛感する。 彼らが何か口にしようとした瞬間、躊躇うことなくリリスがペタンと足を地面に付けたことで、そこに展開していた百数十名の兵士と機甲車両数両がその下に消えた。 あまりにも当然のように起きたそれは、周囲に激震と暴風を巻き起こし、直接の接触がなかった兵士たちを紙屑のように地に這わせる。 そしてその直後、たったいま振り下ろされたばかりのそれが再び持ち上がり、踵を軸として僅かに角度を変える。 彼女にとって些細な角度調整は圧倒的な暴力の方向性を残存する部隊へ向けるものだ。 「ショック療法と言うそうですよ。どうです、効果ありましたか?」 百を超える人命を奪うことをまるでちょっと試しただけと言わんばかりの口調。 そして、残念ながら彼女にとっては本当にその程度の認識しかないのだと、誰もが考えるまでもなく理解させられてしまうのだ。 誰かが引き金を引いて銃声が響いた瞬間、ようやく我に帰った人々は目の前の脅威に向けて対処を始める。 戦車の砲塔が仰角を調整し、地対空ミサイルの照準が変更され、そして準備が整ったものから順次に攻撃を加えるのだ。 銃声と砲声。爆発と閃光。 一瞬にして周囲は戦場と化し、そしてそれら鋼鉄の嵐が向けられるのはリリスの左足。 黒タイツに包まれた彼女の足裏はあまりにも広大であり、どれだけ下手くそでも銃弾の一発すら外れることはない。 持てる火力の全て、文字通りにその全てを発揮しているというのに、破壊することは愚かそれを退けることも、なんなら刺激反応を引き起こすこともできない。 もともとは警備防衛として配置されていた戦力に過ぎない彼らは、装填していた弾薬を瞬く間に使い切ったが、その攻撃の前後で変わったのは周囲に薬莢が散らばったことだけだった。 「ふふっ、やり返しちゃいますね」 彼らの死力を尽くした攻撃では微動だにしなかった足裏が動き出す。 それが緩慢に見えるのは、彼らの脳内で尋常でないアドレナリンが放出されているからであって、実際に逃げようとしても体は岩のように重く動かない。 実際には動かせているのに、それが遅過ぎて動かないと錯覚しているのだ。 そして、いくら緩慢であろうともそれが動いている以上、いつかそのときはやって来る。 彼らは人生最期の瞬間を実際の数倍長く味わうことになるのだった。 「仕方ありませんね。自分で探すとしましょう」 キョロキョロと周囲に視線を向けてみると、少し離れた市街地に異様なほど大きな建物を見つけたリリス。 とりあえずそれを目指して歩き出すと、その一歩ごとに大地には巨大な足跡が刻まれ、同時に凄まじい揺れが周囲を襲う。 なんら配慮なく歩く彼女の足元に広がっていた住宅街はまるでカーペットのようでしかなく、それは道中にあった学校やスーパー、病院なども同様だった。 ただ、カーペットであれば踏まれても毛が倒れるだけで元に戻るが、現実の街並みは当然ながら元には戻らない。 数百を超えて数千の単位で建物を踏み潰すことで到着した巨大なそれは、リリスの膝を越えるほどの高さを有する超高層ビルであった。 「いいじゃないですかっ♪どんなお店があるか楽しみです」 リリスはその長身をそっとうつ伏せに大地へ横たえると、その豊満な肢体でオフィスビル群一帯を壊滅させてしまう。 砂山の上に寝転んだとしてももう少ししっかりと体重を支えてくれるだろう。 あくまで人間が内部で活動することを前提に設計された建物は、その空洞があるゆえに砂よりも遥かに脆いのだ。 うつ伏せになったことで随分と視線を下げたリリスは、高さ650メートルのそれに上から下へと視線を這わせることで内部の様子を伺う。 上層階はオフィスとして、中層階が目当てのショッピングセンター、下層階はどうやら飲食店や映画館などのアミューズメントが入居しているらしい。 リリスはそっと手を伸ばして建物の上層部を言葉通り手中に収めるのだ。 「ここは要りませんね。紛らわしいので片付けさせてください」 彼女の細い指。純白のグローブに包まれた清廉なそれが、圧倒的な握力によって鉄骨とコンクリートの塊を瞬時に粉砕するのだ。 あまりにも強烈な圧力であったがゆえに建物は爆ぜるように破壊され、内部の人間は悲鳴をあげる暇もない。舞い上がった粉塵をふっと吐息で消し飛ばしてみれば、先ほどまでの威容が嘘のように無惨な姿となった超高層ビルが現れる。 「驚かせてしまいましたね。私は先ほど預けてしまったブーツの代わりを探しにきただけで、用が済んだら帰りますのでご安心を。おすすめの品があったら紹介してくださいますか?」 そんな風に語りかけてみても当然のように返事がない。 建物内部にいる誰もが、それこそ店員も客も関係なく、非常階段に殺到してそこから逃げ出すのに必死なのだ。 地上75階建ての超高層ビル。ついさっき、おおよそ50階建てにされてしまったが、それでも内部には1万を越える人々が存在するのだ。 物理的な破壊に加えてケーブル破断により電源供給が途絶えたことで、エレベーターもエスカレーターも動かず、彼らの移動は遅々として進まない。 苛立ちが焦りに、焦りが恐怖に、それぞれ置き換わるのはあっという間のこと。 泣き喚く声と悲鳴は絶え間なく建物全体を包み込んでいる。 「今日はどうにも無視されてしまいますね。私、誕生日なのに……」 そんな内部の様子など知る由もなく、また知るつもりもないリリスがため息混じりにそう呟く。 仕方がないので真紅と紫紺の両瞳を超高層ビルに限界まで近付けてみると、その鼻先がツンと触れた外壁部分がまるで解体用鉄球が衝突したかのように粉砕された。 大半の窓ガラスが砕け散ったことで内部の様子は鮮明に確認できたが、先ほど自分が上層部を握り潰したときに生じた強烈な衝撃が建物全体を揺らしたらしく、売り場は嵐にでも遭ったかのように混沌としており、何があるのか満足に理解できなかった。 再びのため息を吐いた瞬間、そのため息が建物内部に散乱していた商品や瓦礫を吹き飛ばして壁に叩きつけた。 その滑稽さに苦笑しながら立ち上がったリリスは、だいぶ期待外れであった超高層ビルを見下ろすと、半歩ほど移動してその両脚の間にすっぽりと収めてしまう。 「少しだけ八つ当たりしていいですか?いいですよね?」 リリスは足首を外側に向けると、そのまま膝を一気に曲げてしまう。 その美しい長躯が折り畳まれるかのように下がることで、彼女の柔らかなお尻が勢いよく直下の建物と衝突する。 まるで角砂糖をハンマーで叩き壊すかのようだった。 あまりにも巨大なエネルギーを受け止められるはずもなく、無惨な姿を晒していた超高層ビルはその無惨な姿さえ残すことを許されなくなる。 粉々に砕けた破片はその周囲数百メートルにわたって飛び散り、そして多くのビルの外壁を突き破って穴を開けるのだ。 大きく開脚してしゃがみ込んだリリスは、自分の真下を覗き込み、さっきまであった建物が基礎部分だけ残して粉砕されたことを確認して楽しげに微笑む。 そして、ついでに自分の背後に大きな駅が存在することに気が付いた。 リリスの接近を知って街から逃れようとした人々で溢れた駅。しかし、リリスが歩き回った衝撃で歪んだレールの復旧が済むのは早くて数週間先のこと。 来るはずない電車を待ち侘びる人々は、彼女の注意が自分たちに向けられていることにまだ気付いていなかった。 「んー、見つけちゃいましたっ♪ お気の毒です」 リリスは自らの重心を背中に集めてゆっくりとその体を倒していく。 全身を支えるため両手を背後に回して先に地面につけると、そこにあった大型デパートと政府銀行の建物がそれぞれ犠牲となったが、そんなものは些細なこと。 体が安定したことで躊躇う必要が消えたリリスの尻はより早く降下して、ついには駅舎の天井に触れてしまう。 先ほどのような勢いあるそれとは異なり、敢えて速度を制御したことで、その瞬間に駅舎が消し飛ぶようなことはない。 しかし、それでも天井は大部分が崩落し、壁や床には無数の巨大な亀裂が走り、ようやく異常を察した人々がそこで騒ぎ始めるのだ。 「ふふっ。なんだかザワザワしてる気がしますねぇ。気のせいでしょうか?」 駅舎に触れた尻を軽く前後に振ってみるリリス。 その瞬間、駅はその強烈な外部圧に耐えきれず半分が崩れ落ち、単なるどよめきに過ぎなかった喧騒は一気に悲鳴に塗り替わる。 しゃがみ込んでなお1,000メートルを超える位置にあるリリスの耳にも聞こえてしまうほどに。 「ああ、やっぱり。ちゃんと聞こえますよ。皆さんお元気そうでなによりです。……まぁ、煩わしいので静かにしてもらうわね」 冷酷な声音に相応しくリリスはその尻を揺らして遊ぶのをやめた。 押し付けるのだ。じっくり、ゆっくり、まるで悲鳴を楽しむかのように。 タイツ越しに感じるパキパキという脆い何かが爆ぜる微細な感触。 そのこそばゆさが焦ったく、しかし心地良い。 ただでさえ利用者の多い街中心部の駅に人が殺到しているのだからその密度は凄まじい。彼らは助けて、助けて、と叫ぶだけで満足に身動きすることもできない。 もはや駅の大半がリリスの履く短いスカートの中に消えた瞬間、リリスは全身から力をフッと抜くことで、その丸っこい柔尻をズンッと地面につけるのだった。 彼女がさらに尻を擦り付けるように腰を捻ったことで、駅周辺に存在する飲食店や雑居ビルすらもそれに巻き込まれて消え去る。 そこに残っているのは、満足そうに微笑むリリスだけであった。 *** 誕生日を祝え。 誰もが少女から何かしらの要求があることは予想していたが、これはあまりにも想定外だった。 惑星上のほぼ全ての国家が首相や元首を失った世界において、残された人類に与えられた10分という時間はあまりにも短い。 何をすればいいのか、誰がやればいいのか、どこでやればいいのか。 その全てが分からないまま人々は恐怖の中で模索を続ける。 だが、彼らが分からずに困惑した三つについては完全な杞憂となった。 「はい、時間になりましたよ。何をしてくれるか楽しみですねぇ〜」 そんな声を全ての人類が共有することになる。 先ほど議場で存在した言語の壁がないことの違和感を今度は全世界で体験する。 そして、彼らはその声が遥か空から聞こえることに気付いて空を見上げるのだ。 そこにリリスがいる。 彼らが知っているリリスは最も巨大でも17,400メートルの体躯。相対的な観点であれば、1,740,000メートルという大陸級のリリスと対峙した者も存在するが、彼らはリリスのブーツの下でその生涯を終えてしまっている。 だが、今の彼女はそれとは違う。 もはや地上には存在せず、大気圏外の宇宙にその身体を置いているのだ。 174,000,000メートル。174,000キロメートル。 どちらで表現してもなお違和感があるのは、それはもはや天文学の世界でしか使わない数値であるからだ。 「さ、どうぞ。始めてください。どこでも見えますから」 この惑星の直径はおよそ18,000キロメートル。 リリスからしてみればサッカーボールよりも一回り小さいものでしかなく、背中で手を組みながら上半身を捻るように覗き込めばその全てに目が行き届く。 どこでやる、なんてことは考えなくてよかったのだ。 あまりにも不条理な出来事に誰もが言葉を失ったが、彼女が自分たちの理解が及ばない存在であることはもはや認めるほかない。 最初にあったのは歌だ。 北部に広がる極寒の貧困地帯に住む人々が集まって捧げるその地域の祝いの歌。 聞こえるかどうかも半信半疑であるが、それでも微かな祈りを込めて空へ歌う。 歌い出した瞬間、宇宙空間に存在する圧倒的に巨大な瞳が自分たちを捉え、そしてじっと観察しているのだ。 歌い終えた瞬間、その巨大な瞳がスッと鋭くなったような気がした。 「ありがとうございました。……でも私、『創意工夫に』期待しています、とちゃんと伝えませんでしたっけ?」 自分たちの歌が彼女にちゃんと届いたことの驚き、無意味ではなかったことの安堵感。そして、それらを容易く打ち消す冷酷な言葉が戻ってくる。 彼らが何か口を開こうとした瞬間、スッと遥か空から光の如き速さで大気圏を貫いた何かが降り注ぐ。 実に直径1,000キロメートルにもなる巨大な人差し指だ。 リリスはそれを指で突いたと表現するが、実態としては恐竜を絶命させた隕石の落下を遥かに凌ぐ破滅的エネルギーの発生。 歌唱隊が集まっていた集会所はもちろん、それがあった村、それどころか属していた国家と隣国3つまでもがその指先一つで捻り潰されるのだった。 「はい、次の方どうぞ」 何事もなかったかのように彼女はそう言い放つ。 あまりにも凄まじい恐怖が惑星の全てを襲い、そして覆い尽くしてしまうのだ。 彼らが今日まで認識していた大虐殺とは核兵器を用いて戦略的に行われる国家事業としてのそれであり、たった一人の女の子の不興を買ったが故に彼女の指先だけで行われるようなものではない。 そんな現実と直面して誰もが自然と涙を流し、その場で膝から崩れ落ちる。 たった一度、彼女の指先が触れただけで数千万の人命が消え去り、惑星の地殻には破滅的なダメージが加わり、巡り巡って幾つかの火山噴火と巨大地震を引き起こす。 この時点ですら人類が生き残る確証はないというのに、彼女は次を要求するのだ。 「あら、面白いことしますね」 惑星全土が絶望に包まれる中、リリスの視線を惹きつけるものがある。 そこにあるのは光の文字。 「Happy Birthday」の文字が浮かび上がるのは、人口3,100万人という大都市の全てが共同して行う照明の点灯と消灯を組み合わせた大規模イルミネーションだった。 昨日、リリスが花丸の印を大地に描いたことをヒントにして行われたそれは、現時点の人類が実行できる中で最大規模の表示だ。 先ほどとは違って指先が降りてきて大都市の埃のように擦り潰して終わるようなことはなく、リリスの表情に穏やかな笑みが浮かぶことに人々は安堵する。 「ふふっ、ありがとうございましたっ。これには私も大満足です。ご褒美にいいこと教えてあげるわ」 リリスがその美しい顔をスッと惑星に近付ける。 元々が圧倒的に巨大な存在であったというのに、それによって人々が見上げる空の全てがリリスになってしまう。 誰もが息を呑み、そして固唾を飲んで彼女の言葉を待つ。 「私が本当にやりたかったのは、ケーキのロウソクを吹き消すあれです。……こんな風にっ♪」 その瑞々しく美しい唇が僅かに隙間を作った瞬間、これまで人類が計測したことのない激風が惑星の表面をなぞった。 あまりに凄まじいそれは、そこにあった人間の作り出した全ての構造物を粉々に変え、山脈すらも綿埃であるかのように吹き散らし、直撃した大地全域を地下数千メートルに渡るまで抉り消してしまうのだ。 当然、人類の1億倍の巨体をもつ存在に相応しいロウソクなんてものが存在するはずもなく、代わりに使われたのが一つの大都市。 リリスへ向けてHappy Birthdayを送った3,100万人が暮らす大都市は、彼女の吐息によって地表から完全に消え去るのだ。 不興を買っても、認められても、その先にある結果は全く同じ消滅。 僅かに残されていた希望すらも完全に潰えた、いや、そもそも存在していなかったことを知った人々は、ついに理性を捨てて狂うしかなかった。 誰もが喉が裂けても叫びをやめない。知的な言葉を発することは2度とない。 そんな人類を観察してリリスはフッと小さく笑うのだった。 「さて、ではそろそろ『リリス』が怒るので帰りますね。誕生日をそこそこ楽しく過ごせたお礼に、皆さんを苦痛から解放してあげましょう」 特別ですよ、とイラズラっぽく言い放つリリスは、目の前にある球体を両手で無造作に掴むと、それをサッと自分の股に運んでいく。 リリスの両手。純白グローブに包まれたそれが触れた瞬間、惑星はその誕生から今日までで負った中で最大の衝撃を受け、核に至るまでも巨大な亀裂が走る。 当然、その表面にしか存在できない知能あるバクテリアのような存在でしかない人類にそれを生き延びる術などなく、言葉の意味そのままに絶滅させられてしまうのだ。 そして、彼女の股まで運ばれた壊れかけの惑星は、その何倍も巨大な黒タイツに包まれた太ももの間で放置されることになる。 直後、左右から接近してきた太ももは、容赦無くその土塊を挟み込んだ。 まるで粘土のように球形から楕円形に捏ねられたそれは、彼女が徐々に股を閉じることでさらに細くなり、数秒のうちに筒のような形状に変えられてしまった。 一瞬だけ股を開き、見るも無惨なそれを解放したリリスであったが、ぷっと小さく吹き出すように笑った直後、全力で脚を閉じることで、太ももによってそれを叩き潰してしまうのだった。 120億人まで数を増やした人類の最後はあまりにもあっけないものであった。 *** 暖炉の炎が照らす部屋。 それほど広いわけでもないその部屋にあるのはテーブル一つと椅子二脚、壁際に置かれた天井まで届く大きな本棚と、隅にあるベッドだけ。 部屋にある唯一のドアが開いて遊びから戻ったリリスが入ってくると、それを一人の少女が大喜びで出迎える。 純白のドレスを靡かせながら駆け寄ると、遠慮なくリリスの体に抱き付く。 互いの豊満な胸部どうしが押し付け合うことで柔軟にその形を変えるのだった。 「お帰りなさい、お姉ちゃんっ!」 「ただいま。少し遅れてしまったかしら?ごめんなさいね、『リリス』」 「ううん!いいの。ちょっと寂しかったけど……」 リリスを見上げる少女の瞳もまたリリスと同じオッドアイ。 その身長差と衣服によって傍目には全く別人とわかるものの、一部だけを比べたらあまりにそっくりで驚くだろう。 「お姉ちゃんの誕生日のお祝いだもん。ワガママなんて言わないよ。……あ、そうだ。これお誕生日のプレゼントっ!」 ぎゅっと抱きしめていた姉を解放すると、二人の間にうっすらとした光が現れる。 全体がぼんやり発光しているようで、しかしよく見れば極小の光源が無数に集まっているらしい。 それらはまるで生きているかのようにモウモウとその形を変え続ける。 「お姉ちゃん言ってたよね。『ロウソクを吹き消すのがやりたい』って」 「ええ、そうだけど。見ていたの?」 「うんっ!見てた!お姉ちゃんのことはいつも見てるよ。……ずっと、見てる」 「…………そ、そう」 妹からときおり感じる得体の知れない何か。 言葉にしないほうがいい、と理屈なく体が信じているそれをリリスは今日も受け流すことにする。 「これはね、さっきお姉ちゃんが遊んでた惑星のある銀河系なんだぁ。恒星たちの位置を暖炉の炎と同期させてみたの。……ロウソクみたいだよね?」 「……」 ずっと見ていた。さっき妹は間違いなくそう言った。 そしていま、自分が遊んでいた空間をこうして銀河系という単位で出現させた。 どうしようもなく嫌な想像が頭の中で成立してしまうのだ。 「ほら、ふぅ〜ってやっていいよっ!ふぅ〜、って」 リリスにそう促される。 自分と同じ名を持ち、自分と同じ力を持つ妹。 対等な存在、むしろ姉として優位であるはずなのに、どうにもそんな実感がない。 言われるがままに息を吹きかけ、一つの銀河系をそこに存在する2,300億の惑星を粉々に粉砕するのだった。 その過程で失われた命の数なんてもはや考えることすら手間であり、何より彼ら自身も何が起きたかなんて理解していないだろう。 「これでいいの?」 「うんっ!お姉ちゃん、お誕生日おめでとうっ!」 再び姉に抱き付くリリス。 それを軽く抱きしめ返してあげれば、妹は可愛らしい声を漏らす。 暖炉の炎だけが二人のリリスを見守るのであった。 〈終わり〉

誕生祝い

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