エリート官僚ちゃん、退職す
Added 2025-10-30 15:00:00 +0000 UTCこの職場はいつも騒々しい。 いつも、というのは比喩ではなく実際に朝8時頃から人が動き始め、そして翌日の深夜2時頃まで大半のフロアの電気が消えない。 不夜城と呼ばれるのも納得の空間で一人、蔚夜〈うつよ〉は生気のない顔で手元の缶コーヒーを開ける。 配属されて2年目のデスクから書類の山が消えることはなく、それらは昨日と今日、今日と明日はまるで内容が異なってくるのだ。 将来の生活安定を求めて難関とされる国家公務員試験に合格、こうして官僚としての社会人生活をスタートさせたことがもう遠い昔のように思えてくる。 「はぁ……」 タイトスカートから伸びる脚を組み直す。 黒タイツを履いたその美脚どうしが触れ合うことでむにゅっと柔らかそうに形を変え、20代前半の女性としての魅力を振り撒くが、周囲はそれに目もくれない。 苦い液体を何度か口に運んでから、崩れ落ちるように机にうつ伏せになってみれば、今度は女性の平均を大きく超える巨大な胸が白シャツを限界まで引き延ばしながらむにゅっと広がるが、やはりそれにも視線は集まらなかった。 それどころか、とくに声をかけることもなく、どさっという音と共にクリップ留めされた何かの資料を誰かが机に置いて去っていった。 「よしっ、辞めるか」 これまで何度も、それも1日のうちに何度も頭に浮かんできた選択肢。 自宅が生活空間ではなく仮眠所になるような生活にウンザリするなという方が無理な話である。 蔚夜が退職手続きどうやるんだっけと思ってとりあえずパソコンに視線を移した瞬間、メールとチャットの通知が津波のように押し寄せたので、反射的にウィンドウ右上の×マークを連打していると、官給品の低スペックパソコンは当然のようにフリーズするのだった。 普段なら舌打ちするだけのことであるが、今日は違う。 ――その瞬間、蔚夜の中で何かが切れた。 足元に倒れていたカバンに手を突っ込み、乱暴に中を漁ると、そこから細長い棒のようなものを掴んで取り出す。 一瞬見ただけではシンプルなデザインのペンにしか見えないそれも、よく観察すればいくつか切れ込みが入っていて回転するようになっていることに気が付くだろう。 蔚夜がその先端部を摘んだ瞬間、一瞬だけ躊躇うように動きを止めたものの、それでも彼女の指は先端を回転させてしまう。 瞬間、太陽が出現したのかと錯覚するほどの光が生み出され、同時に懐かしい感覚が蔚夜の体の内と外を区別することなく駆け巡るのだ。 *** 中央統括省が国家の中心であるというのは、その有している機能があらゆる官公庁を束ねるものであるという実務的側面と、本庁舎が首都のほぼ中心に存在するという実物面の二つから言われるものだ。 高さ150メートルを超える高層ビルであるそれは、正面に存在する広大な公園で休日を過ごす人々に木陰を提供する存在でもあった。 そんな巨大建造物が内側から爆ぜたことで、無数の瓦礫が周囲に飛散することで、変わり映えのない日常が突如として災禍に突き落とされる。 瓦礫の直撃を受ければビルの壁面は容易く粉砕されて内部まで食い込み、地表に落下すれば自動車が押し潰されてガラスを散らし、アスファルトはまるでクッキーかのように砕けてしまう。 当然ながら正面の公園にも数えきれないほどのそれが降り注ぎ、街路樹を薙ぎ倒し、芝生を抉り取り、そして人体を破裂させる。 何が起きたのか分からない人々はいっとき呆然としたものの、直後にそれは阿鼻叫喚へと置き換わった。 「ふふっ、この視界は久しぶりだね。最後に力を解放してから10年、我ながらよく我慢したものだ」 高層ビルを破裂させた元凶が楽しげに苦笑する。 足元にあるのは優美な曲線を描く黒いパンプス。そこから伸びる脚は黒タイツに包まれ、やがてタイトスカートの中へと消えていく。 黒づくめだったそれが変わるのは、真っ白なシャツが上半身を包むようになってからであり、首にかかった入館証だけが赤い紐で異彩を放つ。 ボブカットの黒髪を靡かせる蔚夜は、168メートルの長身にヒールを合わせて175メートルとなった巨体で足元に積もった瓦礫を見下ろしていた。 「建物を内部から突き破るのはなかなか楽しいんだ。脆いそれを一方的に叩き壊す感触を全身で味わえるからね。……ところで、まだ生きている人はいるかい?いるならなんの予告もしなかった非礼を詫びようじゃないか」 蔚夜がそんな言葉を投げかけても足元にある瓦礫が応えることはない。 数百人が犠牲になっていることは確実であるが、中央統括省の本庁舎に詰めているのは概ね2,000名であり、その多くは生死不明だ。 おそらく、大多数は蔚夜が力を解放してその長身を巨体に変える過程で、その巨体と壁や天井、床に挟まれて死亡したか、運が良くても瓦礫の下だろう。 「ふむ、どうやら居ないらしい。ボクは人に詫びるのが嫌いでね、名乗り出てこないのはとても助かるよ」 そういうと蔚夜は軽く右足を持ち上げると、瓦礫の山をその靴底で踏み付け体重を乗せていく。既に建物としての原型は留めていなかったが、圧倒的な質量によってそれをより細かく、文字通り粉々に変えてしまうのだ。 もう一方の足も加えてその場で何度か足踏みすることで、蔚夜にとっての直接的ストレス要因は跡形もなくこの世界から消えた。 子猫がクッションを踏むような動作で職場を消し去った蔚夜は、端正な顔に僅かに喜びの色を差し込む。 「では、次は……。そうだね、教育省にしようか。この1ヶ月の残業原因を作ってくれたお礼をしたいと思っていたんだ」 175メートルの巨体をゆらりと、それでいて超高速で動き出す。 前方に踏み出したパンプスはまだ避難が始まってすらいない公園を当然のように踏み締め、そこに靴底と同じ形状の深々とした穴を作り出す。 穴といってもそれは底面までが垂直であって、まるで切り取られたかのよう。 彼女のパンプスはそこが地面だろうとコンクリートだろうと、休憩用のベンチであろうと、そして不運な人間であろうと何ら差別することなく靴底を押し当て、次の瞬間には地面と同化させていく。 ほんの数歩で公園を横断した蔚夜は、目的の建物を正面に捉えたが、それは彼女の肩に届くがどうかというような大きさの高層ビル。 周囲と比べて比較的新しいためか大きな窓が採用されており、しゃがみ込んだ蔚夜がその視線を向けてみれば、内部で逃げ惑う多くの人間がその瞳に映り込む。 「教科書検定部は確か15階だったはずだが……。ふふっ、こうして外から見るとどのフロアも全部同じように見えてしまうよ。探すのが面倒だ」 蔚夜はしゃがみ込んだまま細い腕を伸ばすと、教育省の建物屋上に無造作に手を置く。 小さな子供を宥めるようなそれであったが、子供の頭と違って鉄とコンクリートの塊は女性の手によって容易く破壊されてしまう。 フロア2つ分ほどを押し潰した蔚夜の右手は、続けて当人の意思によってそれを奥へと押し出していく。 建物に加えられた暴力はあまりにも一方的で、既知の大型台風であれば何が直撃しても揺れることさえないはずの建物が軋む、歪む、壊れていく。 建物全体から金属が圧壊する音と人間の悲鳴が巻き起こり、一瞬遅れて建物の基底部が砕けたことによる轟音が響く。 「さようなら」 蔚夜がそれを軽くトンっと前方へ向けて押した瞬間のこと。 高層ビルはまるで本が横になるかのような気軽さで奥に向けて倒れ始め、そこに存在したオフィスビル数棟を巻き添えに押し潰し、地面に叩き付けられることで粉々に砕け散ってしまう。 凄まじい砂埃が立ち込めて辺りを覆い隠すが、蔚夜が薄い唇から息を吹きかけることで即時に霧散し、その惨状があらわになるのだった。 「ふふっ」 少し誇らしげに笑ってしまう蔚夜。 これまで何度もあの馬鹿馬鹿しい広さの公園を横切って足繁く通った憎き相手がこうもあっさり、これほど豪快に消滅してくれたのだ。 今になって思えば自分は一体何を我慢していたのか自分でも分からない。 幼少期から持ち合わせていたこの能力。 自分自身という存在を望むがままに作り変えることができるのに、どうして人間社会の中で一般人であろうと努めてしまったのか。 高校入学時に何となく大人になろう、という曖昧な考えで能力を封印したような覚えがあるが、あのときの自分は今より真面目だったのかもしれない。 「ああ、そうそう。実はボクはこの公園も好きじゃないんだ。これが存在するせいで無駄に移動させられたからね。……まぁ、その根本原因を作ってくれた教育省はもうないわけだが」 蔚夜が立ち上がって足元に視線を向ければ、そこにはまだ多くの人々が存在する。 倒れ込んで全く動かない者もいれば、座り込んで無様に後退りしながら蔚夜を見上げて涙する者、ヨロヨロと倒れそうな足取りで懸命に逃げる者も。 誰もが巨大建造物があっさりと破壊される光景を2度も見せ付けられたことで、久しく忘れていた根源的な恐怖が心から引き摺り出されているのだ。 文字通り見上げなければならない圧倒的な巨体。 どこを見ても女であることを主張してやまない豊満な肉体で優美ですらあるというのに、そこから感じるのが恐怖だけ。 「ボクはまだまだ未熟者でね。……袈裟まで憎くんでしまうんだ」 蔚夜の言葉に不穏な雰囲気を感じ取った人々が動き出そうとした瞬間。 彼女の履いたパンプスがなんの容赦もなくそこにいた人々を叩いた。 先ほどまで彼女が無意識に歩くだけですら凄まじい振動が生じていたというのに、今回は意図して体重を乗せた一撃だ。 これまでの揺れなどとは比較にならないそれは、直径200メートルを超える円形の公園を隅々まで揺さ振ることで、僅かながら存在していた公衆トイレのような建物を崩落させてしまう。 パンプスの靴底。 彼女の激務によって使い込まれたことで幾分もすり減ったそれは、一瞬にして十数名の命をこの世から消し去ったのだった。 「人間を踏み潰すのは久しぶりだが……。そう、こんな感触だった。悪くないな」 そこから始まったのはあまりにも一方的な殺戮劇。 木の陰に隠れた人間はその木ごと踏み潰し、死体のフリをしていれば動かない分手間がないだけだと踏み潰し、せめて子供だけでも助けてと懇願する親の前で子供を踏み潰し、親が叫ぶ前にその体を爪先で蹴り飛ばして破裂させた。 泣き喚いていればうるさいからと踏み潰し、恐怖で黙り込めば面白くないと踏み潰す。 極めて丁寧に、しかし無慈悲に、美しい女性の足はその下で命を消していく。 おそらく百数十の人間が存在した空間はものの数十秒で、蔚夜と彼女が作り出した無数のパンプス型の足跡だけが残る空間へと変貌するのだった。 「ふふっ、小学生の頃、狂ったように巨大化して遊んでいた理由を思い出したよ。こんなに楽しかったら子供のボクが病み付きになるのも無理はない」 蔚夜は両腕を天高く突き上げるようにして全身を伸ばす。 深刻な肩こりを引き起こす巨大なおっぱいがそれに合わせてフニフニと形を変える。 軽く肩を回しながら、次に何をしようかと思案する蔚夜の表情は、あまりにも冷徹でしかしこれ以上なく楽しげなものであった。 *** この国が巨人の出現を災害として認めたのは十数年前のことだ。 あまりにも被害規模が大きすぎるがゆえに対応できる枠組みが災害か戦争しかなかったのだ。 当時の国家人口はおよそ1億8千万人とされていたが、巨人が集中して現れた数年間でその1割以上が命を奪われることになった。 比類するもののない凄まじい被害規模だけでも異常だが、その巨人が記録にも記憶にも残らないという圧倒的な異常性も存在した。 可愛らしい女の子だった気がする。 それが巨人を目撃した人物の証言の全てであり、同時にあらゆる記録を分析検証した結果だ。 認識が阻害されるそれは、もはや魔法と呼ぶ他なく、政府公式の調査チームが数年間の調査の最終結論としてそれを採用してしまうほど。 正体こそ不明ではあるが、幸いなことに被害をもたらした事実だけは記録されたことで、巨人の出現への対抗策は十分に検討され運用可能な段階にある。 それゆえに、蔚夜がストレス発散のために遊び始めてから僅か数分で爆撃機が飛んでくるのも当然のことであった。 「やぁ、遅かったじゃ……、いや、そうでもないか。迎撃要綱の規定内だね」 黒タイツ脚を両方とも前方へ投げ出し、地面に直座りしている蔚夜が手首に巻いた腕時計に視線を落とす。 時計の細いベルトは彼女の手首をより華奢に見せるのに一役買っている。 腕時計から視線を上げて再び飛来したそれらに目を向ければ、同じ形状をした機体が全部で4機、菱形に編隊を組んで真っ直ぐに向かってくる。 迎撃要綱に沿った安全高度10,000メートルからの精密誘導爆撃を敢行する予定だった彼らは、本来ならば遥か眼下に存在するはずの目標を不思議と正面に捉えてしまう。 おっぱい。 白いシャツを大きく盛り上げているそれは、一つの物体ではなくもはや背景として認識すべきものとして正面に存在する。 蔚夜が第一ボタンを外したことで、その奥の深々とした谷間が覗く。 「すまないね。迎撃要綱がなぜか100倍体だけを前提に練られていることを知っていたんだが、訂正すると仕事が増えて面倒だと思ったから黙ってたんだ。ご覧の通りボクの身体は無制限に可変するよ」 自分で自分の出現に備えるマニュアルの整備をやらされたときは流石に苦笑したのをよく覚えている。 国外からの他国勢力の侵略に備えた少数拠点分散配置から、国土全域に速やかに展開する多数拠点分散配置に転換し、航空攻撃は5分以内、地上部隊も30分以内で展開を終えるように整備されている。 その第一弾として飛来した爆撃機編隊は、おそらく想定も想像もしていなかった16,800メートルの超巨体をその視界に捉えて何を思うのだろうか。 こうしてペタンを座ってあげなければ彼らに気付くことも難しかっただろう。 しばしその4機を見守っていると、どうやら攻撃の続行を選んだらしく、進路を変えることなく真っ直ぐに飛んできた。 「健気なことだね。……ほら、やるなら早くした方がいい。大勢が死んでしまうぞ?」 そう言いながら蔚夜は投げ出していた脚をゆっくり閉じていく。 タイツ生地に包まれた太ももとふくらはぎ、そして踵の3点が極小サイズの都市を薙ぎ倒しながら左右で合流しようとしているのだ。 全長が優に8,000メートルを超えるそれらが動くことで巻き込まれる建物は一瞬だけでも数百に達し、1秒あれば千を十分に超えてしまう。 先ほどまで蔚夜が好き放題に遊んでいたことで生じた被害も甚大なものであったが、これと比較したらもはや端数として無視してよい程度のものだ。 文字通り山のような高さを持つ漆黒の壁が世界を塗り潰した後、そこにあるのは深さ数百メートルまで抉られた、人工物が一つも存在しない広大な荒野だ。 そんな風に急かしてみれば、爆撃機は一気に加速して最大速度での接近を試みるが、蔚夜には変化がよく分からない程度のものでしかない。 ようやく女体の上空まで達した爆撃機が機体下部の弾薬倉を開けると、搭載していた地中貫通式爆弾を一斉に投下するのだ。 厚さ3メートルの地下耐爆コンクリートすらもやすやすと貫き、たった一発で高層ビルを粉砕する爆発を引き起こすそれが、4機から合わせて120発投じられる。 小規模な街であれば軽々と消し飛ばすだろう圧倒的な破壊力は、蔚夜の上乳に多数の花火を生み出すが、そのうちの幾つかは谷間の中に吸い込まれるように入り込んだせいで爆発を確認できない。 対巨人を念頭に開発された兵器の初実践投入はそれだけで完了してしまった。 「ふむ。国防省がやたら自慢げに新兵器だと発表していたから期待していたんだが……。なんだ、こんなものか」 蔚夜が上乳に付着した爆弾の残骸と僅かな煤をサッと手の甲で払い落とすと、そこにあるのは爆撃敢行前と何ら変わらないクソデカおっぱい。 怪我をするようなことはないだろうと思っていたが、意識しなければ刺激に気が付くかも怪しいレベルでは拍子抜けが過ぎる。 蔚夜が軽く首を捻って視線を向けるのは、爆弾の投下と同時に機首を強引に引き起こし、何とか蔚夜の肩を飛び越えてその背後に向けて飛び去っていく爆撃機たち。 「おや、それは薄情じゃないかい? ……見捨てられてしまったね。可哀想に」 蔚夜がそう話しかけるのは、彼女の両脚が作り出す僅かな空間に存在する人々。 彼女からすれば、拳ひとつ分ほど幅で残されているだけのそれだが、それでもその狭い範囲には十数万人が取り残されてしまっている。 正面も左右も黒タイツによって塞がれてしまった彼らにとって、唯一の脱出口は彼女に背を向けて足首側へと向かうことだが、脚が動くことで生まれた凄まじい地揺れによって半数以上の建物が倒壊し、その瓦礫によって道路が埋め尽くされ、人々は満足に逃げることさえ出来ない。 彼女の巨体が作り出した陸の孤島に満ちている圧倒的な絶望感は、純粋な質量と暴力によって生み出された、目を背けることのできないものだった。 「可哀想だからあまり虐めないであげるよ」 スッと音もなく蔚夜の右脚が浮かび上がる。 山脈の如く存在したそれが空に向かう過程で凄まじい量の土砂がそのタイツ繊維からこぼれ落ちて地表に降り注ぐが、そんなことに気を取られる人間などいない。 持ち上がった直後、僅かに位置どりを変えたそれが何をしようとしているのかあまりにも明白であって、人々の関心はそこだけに向けられていたのだ。 触らなくても見ただけでその柔らかさが伝わってくる太もも。 そして、それが落下したら自分たちは形すら残ることなく粉砕されるという事実。 彼女のいう『虐めない』の意味は残念ながら言葉通りの意味でしかなく、殺さないとも助けてあげるとも言っていない。 蔚夜が美脚を振るうように地面に叩きつけた瞬間、十数万の人たちは2度と泣き喚くことができなくなってしまったのだった。 「さて、じゃあ次は……そうだなぁ」 思案しながら周囲を見渡す蔚夜の視界の外れに一つ、面白そうなものが映り込む。 官庁街を尻に轢いて粉砕したまま動くことなく向けだけ僅かに変えると、それは蔚夜と正対することになってしまう。 煉瓦作りのそれは今から200年前に建てられ今日現在も使われている議事場であり、この国を運営する上での最高機関。 そして、蔚夜にとってみれば過酷労働のほぼ全てを生み出す元凶。 蔚夜が座ったまま上半身を押し倒し長身痩躯が地面と水平になったことで、議事場は彼女の目に随分とはっきり見えるようになった。 そこでようやく、建物を囲うように陸軍の部隊が展開していることに気が付いた。 さらに目を凝らしてみれば、何かが糸屑のようなものが視界に映り込み、直後に顔のところどころでチラチラと煌めく。 しばしその正体を思案した蔚夜は、ようやくそれが地上からの地対空ミサイルによる攻撃だと気付いた瞬間、思わず吹き出しそうになってしまうのだった。 「君たちは本当に、こう、何と言うか……。可愛らしいな」 国内主要施設の防衛を行う配備計画を練った蔚夜は、その過程でいくつかの装備を実際に見学して操作したことがある。 機動性を増すためにトラックの荷台に増設できるよう設計された地対空ミサイルはその発射装置だけでも見上げるほど巨大だったと言うのに、今となってはそれがゴマ粒のよう。 もう少しよく見てみようと顔をそっと近付けていくと、蔚夜の髪がそっと揺れて地上を僅かに擦ってしまう。 それだけでオフィスビルがいくつも粉々に粉砕され、道路がズタズタに寸断され、逃げ惑う人間は塵と化して見えなくなった。 それによって一瞬、地上部隊からの攻撃が止んでしまったが、数秒あけてより激しく再開されるのだった。 「ふふっ、なんだ、怒ったのかい? ……あ」 蔚夜がその薄い唇から言葉をこぼした瞬間。 鼻が地面に触れそうになるまで近付いていたことで、彼女の声が衝撃派となり、息継ぎは暴風となった。 軍用に設計された鋼鉄の兵器たちが彼女の声で粉々になった次の瞬間、吐息によって巻き上げられてこの世界から消失してしまうのだ。 兵器ですらその無様だというのだから人間など言うまでもなく、それどころか彼らが存在していた大地までもがごっそりと抉られてクレーターとなった。 議事場防衛のために配備されていたミサイル一個大隊を意図せず壊滅させた蔚夜は、あまりにも弱過ぎるそれに思わず目を疑うのだった。 「うーん、これは……。遊び相手にするのは難しそうだね」 苦笑する蔚夜はとくに残念そうなそぶりを見せることもなく、もともとの目的であった議事場に右手をのばず。 高さ80メートルを超える巨大な建物であるはずのそれが、直上に翳された全長1,800メートルになる女性の手のひらと比べるとあまりにもちっぽけに見えてしまう。 このまま手を押し当てるだけでも周囲の区域ごと容易く粉砕できてしまうが、蔚夜はそうすることなく、中指と親指だけをそれに近づけるのだ。 「議員の皆さんは避難できたかい? ボクの作ったマニュアル通りならもう全員が地下シェルターにいるはずだよ。逃げ遅れは自己責任さ」 蔚夜の指先。 親指の腹で押さえ付けられた中指をピンっと解放してみれば、超高速の振り子となったそれが建物の中心部を見事に捉える。 透明な爪が外壁に触れた瞬間、その建物の全てを粉々に粉砕し、跡形も残さない。 女性のデコピン一つで数百年の歴史を持ち、今も現役で使われる国家機能が容易く消されてしまうのだ。 「地下150メートルに位置する厚さ2メートルの耐爆コンクリートで覆われたシェルター。国防省と国防司令部とのネットワークを幾層にも構築し、例え核兵器で国土全てが焼き払われても国家を維持できる。……そんな謳い文句を書いた覚えがあるよ」 議事場をデコピンで粉砕した指先が、今度はその跡地に突き刺さり、さらには残りの指も同様に地表につけると、そのままズブズブと沈み込んでいく。 大地がまるで豆腐のよう。 そのまま拳を握り込むように指を曲げてから引っこ抜いてみれば、彼女の手のひらには小さな山に匹敵するだけの巨大な土塊が存在する。 それを手のひらで弄ぶように動かしてみれば、パラパラと巨大な土の塊が地表に降り注ぎ、彼女の右手が抉り取った巨大な穴をわずかに埋める。 続けて蔚夜がそっと息を吹きかけてみれば、手のひらに残る土塊は幾分も量が減り、消しゴムのような大きさの箱だけとなるのだった。 「うん、ちゃんと図面通りに作れているじゃないか。これなら巨人の襲来にも耐えられるはずだったろうね」 この国の中枢部を文字通り手のひらに載せた蔚夜は、左手の人差し指でそれを軽く突いてみる。 抵抗らしい抵抗を感じさせることなくクシュっと潰れてしまい、それだけで箱の大きさは半分以下となる。 想定では国会議員とその秘書、職員など合わせて最大で2,000人が避難しているはずだが、あまりにも分厚い壁によって彼らの悲鳴は外に聞こえない。 「……いや、無理だな。ボクは構造を知っているからね。100倍体のままでも空気循環用のパイプを踏み潰して窒息死させていただろう。もしくは君たちの家族を連れてきて、見せしめに処刑することで投降させたかもしれない」 案外そっちの方が面白かったかもしれないね、と意地悪く笑う蔚夜。 もしその笑みを見ることがあれば、あまりの恐怖に失神することだろうが、運よく彼女の顔を見るものはここにはいない。 「まぁ、何にせよ今となってはどうでもいいことか」 クシュ、っと。 蔚夜がその小さく可愛らしい手を握った瞬間、当然のように手のひらは指に飲まれるようにして見えなくなり、代わりに拳が形成される。 そのままグッと何度か力を込めることで、手の中にあるものを圧倒的握力で粉砕するのだ。 次に彼女が手を開いたとき、そこにあるのは砂粒だけ。 一瞬前まで国家機能の全てを司っていた施設と同質量の砂つぶたちは、彼女が手のひらを傾けたことで空中に撒き散らされ、風に乗って消え去った。 わずかに彼女の皮膚に付着したそれも、もう一方の手とパンパンっと打ち合わせることで見えなくなった。 官公庁街を尻で敷き潰し、立法府を握り潰した蔚夜は、もはや国家として成立していると呼べるのか怪しい空間で空に視線を向けて何やら思案する。 「冷静に考えてみれば、ボクは4カ国後を話せるし、保有資産の半分は外貨建てだ。敢えてこの国で暮らす理由はないと言えばないな。……友達もいないし」 小学校、中学校、高校、大学、そして社会人。 これまで知り合った人々の思い起こそうとしたものの、その大半はもう顔すら思い出せず、何とか顔を思い出せても名前が分からず、数人しかいない名前がわかる人たちも分かるのは苗字だけ。 蔚夜の明晰な脳が思考をどれだけ重ねても、特にこの国を特別に考える理由がない。 自分が国家公務員なんて職業を選んだとき、面接対策で何か語ったような記憶があるが、どうせネットで拾った合格体験記の暗記だっただろう。 思案を終えた蔚夜がスッとその場で立ち上がれば、その視界は遥か高みから地平の彼方までの全てを見通すことができてしまう。 「そう、ボクは国家公務員。だから奉仕すべきは当然、――全国民さ」 自分が口に出した言葉に思わず背筋が震える。 ゾワゾワとした奇妙な感触が背中から足にかけて駆け回るが、それも一瞬のこと。 抑えきれない欲求に突き動かされた右手が、ポケットに入れたままの棒切れに触れて、その先端部を回転させてしまうのだった。 *** 初めて自分の能力を解放した日を思い出す。 周囲のもの全てがありえないほど小さく、しかし実物であるが故に圧倒的にリアルなそれらが足元に広がる光景に胸がすいた。 そしての蔚夜も言ってみればそのときと同じく『初めて』を経験している。 あの時と異なるのは足元を見下ろしても小さな木々や建物なんてものは視界に映らず、ひたすら緑色と所々に灰色、そしてその2色を囲う青色があるだけ。 100万倍体。 さっきまでの自分だって考えるまでもなく世界最大の生物であったが、ここまで大きくなればもはや比較対象は惑星が適当になりかねない。 身長1,680キロメートル。 彼女に足元で広がる島国は南北に2,000キロメートル、東西には450キロメートル。 もはや少し大きいベンチのようなものだ。 学生時代以来、久しぶりに世界地図を見たかのような光景に、蔚夜は思わず感嘆の息を漏らす。 スッとパンプスから引き抜いた足が大気に触れて急速に冷えるのを感じながら、黒タイツに包まれた左足を向けた先にあるのは、主要5島のうちの1つだ。 5つの主要島と呼ばれる島と、それ未満の小さな島々が数百集まって作られる国。 蔚夜が生まれ育った国においてもっとも広大な面積を有しているはずのそれは、全長245キロメートルになる足裏によって大部分が覆い隠される。 「このまま足を置いたら680万人が死ぬわけだ。……ふふっ、歴史に残る大虐殺じゃないか」 面積に対しての人口はそれほど多くない。 だが、人が暮らせる土地が限られていることもあり、中心部に栄えた都市は極端に人口過密を引き起こしている。 堂々と空に浮かび人々の頭上を塞いだ圧倒的なそれはもはや生物の一部とは思えず、太陽光を完全に遮断されたこともあってもはや闇そのものだ。 さっきまで遠く離れた首都で起きている異常事態に関心を寄せていた人々は、どこか他人事のように考えていた甘さを痛感する。 人工衛星から送られてきた映像に映し出される美しいスーツ姿の女。 その見た目に反してあまりにも強大な力を気ままに振るって首都を蹂躙していた彼女の足元に自分たちがいること。 それに気付いた瞬間、彼らは気が狂いそうな恐怖に飲まれてその場で叫び出す。 「では失礼するよ」 トンっと、黒タイツ足を大地につけた瞬間。 平均標高2,000メートルを超える巨大山脈が、直径5キロメートルの湖が、百数十万の建物が作り出す都市が、そしてそこに暮らす数百万の人間が。 一瞬にして消え去ってしまうのだ。 その全てを引き起こした元凶が見せる反応は、冷たい地面を踏んだ感触にビクッと体を震わせるだけ。 しかし、その反応すらも次の瞬間には消え去り、僅かに体重をかけてグッと島を押し沈めてみる。 途方もない超圧力によって地盤がズタズタに破壊されたことで、もはや島としての形を保つことがままならず、まるで滑るかのように島が海に没していく。 タイツ足の周囲が隆起して生み出した標高数千メートルの巨大山脈もその例外ではなく、僅か数秒のうちに海にのまれて消失してしまうのだ。 それに慌てた蔚夜が足を持ち上げた瞬間、島だったそこは支えを失ったことで完全に崩落し、この世界から姿を消したのだった。 「……少し濡れてしまったか。気持ち悪いな」 600万人を踏み潰した実感に心震わせていた蔚夜は、その足に海水が染み込むことに気付くのが遅れた。 爪先とその付け根部分までがぐっしょりと湿ってしまい、濡れたことによる特有の不快感が彼女の顔を曇らせる。 だが、ふと思い立ってその湿った爪先を地面の灰色、人口90万人程度の中規模都市の上に翳して接近させてみる蔚夜。 器用に足指を動かしてタイツ繊維を摘んだ後、ギュッと力を込めて指で絞ると、蔚夜からすれば微々たる、その直下に暮らす人々にとっては破滅的な量の水が滴り落ちるのだ。 高度10,000メートルを遥かに超える超高度から降り注いだそれは、その過程で大部分が蒸発するものの、それでも都市を構成する建物を叩き潰すのに十分な威力。 高さ400メートルを超えるような超高層ビルであろうと、空から降り注ぐ圧倒的な破壊力に対してはあまりにも無力で、直撃と同時に爆ぜてしまうのだ。 それよりも小さな建物が無事なはずもなく、また人間なんて考えるまでもない。 都市中央部を襲った莫大な水はそのまま周囲に溢れ出し、郊外に至るまでの住宅街を当然のように押し流してしまう。 蔚夜が何度かそれを繰り返した結果、都市であったはずの空間は瞬く間にその大部分が泥と変わり果てた。 「ふむ、全部は押し流せなかったか。……ちょっと腹立たしいな」 思い描いた光景を生み出せなかった蔚夜は、少し強めにつま先で地面を叩く。 それがされたのは、たった一度であったがそれでも壊滅寸前の都市を粉砕し、あまりの理不尽に泣き喚く人々を消し去ることは十分にできてしまう。 全長80キロメートルにもわたって大地を陥没させたその一撃は、周囲に伝播した衝撃波によって都市2つと街を十数個、無数の村々を薙ぎ払う。 今の蔚夜はつま先だけで瞬時に数十万の人命を消し去ってしまうのだ。 「うん、これでよし」 足元の惨状を見下ろして満足そうに微笑む蔚夜は、次の瞬間、自分の足首周辺で閃光が煌めいたことに気が付いた。 その後も無数に繰り返されるそれは、まるでスマホカメラのフラッシュのよう。 特に痛みが生まれるでもなく、黒タイツが背景となっていなければ気付かなかったかもしれないそれ。 蔚夜の脳裏に浮かんだ答えは、あまりにも滑稽なもので思わず吹き出してしまう。 「ふふっ、おいおい。この国は核兵器を持ってないことにするんじゃなかったのかい?その建前を用意するの大変だったんだぞ?」 蔚夜の足元で無数に生じるのは核分裂反応によって生み出された爆発的なエネルギーのそれだ。 一発で中規模都市を壊滅させる戦術核を搭載したミサイルは、全国各地の偽装サイロに格納されて常に発射可能な状況にある。 建前としては防空用ミサイルとなっているものの、一般的な対空ミサイルより遥かに巨大であり、専門家でなくてもそれが弾道ミサイルであることはうっすら気付いてしまうだろうか。 対巨人用に用意された最終手段であり、仮に巨人が全国各地のどこに出現したとしても最終手段を取れるよう分散配置されたそれ。 この国に残された最後の希望として放たれたそれらは、ちょうど良いと閃いた蔚夜の足指に命中して炸裂、そこに小型の太陽を生み出した。 「流石にタイツの湿り気を乾かすくらいはできるんじゃないかい? ……ああ、ダメそうだね」 核兵器ですら女が履いた靴下を乾かす用途にすら力不足。 そんなあまりにも馬鹿馬鹿しい現実に対して、もはや人々にできることはない。 先ほど蔚夜が島を踏み潰して崩落させたことで生じた津波は、近海に集結しようとしていた海軍艦隊を叩き潰して壊滅させてしまっている。 陸軍や空軍がどれだけ無力であるかはまだ彼女が小さかった、とはいえ、16,800メートルの超巨体であるが、ときに実証されているのだ。 「まぁ、最期なんだから満足するまでやってくれて構わないよ。好きにするといい」 嘲笑混じりにそんな言葉をこぼした蔚夜は、首を軽く捻って背後を確認すると、そこに巨大な灰色の水たまりを見つける。 中学受験のために嫌というほど見た世界地図と同様の位置で存在するのは、数世紀前までこの国の首都とされていた大都市と、それに隣接する2つの中規模都市。 山脈によって隔てられているとはいえ、綺麗な正三角形を描くように存在するそれらはとても国土地理の中でも非常に特徴的。 3つの都市を合わせた総人口はちょうど2,100万人で首都とほぼ同水準になる。 首都だった場所が女の履くパンプス置き場として消え去った今、彼らこそがこの国を実質的に統治する存在だ。 もっとも、それは蔚夜が意地悪にもその長身を折り畳むようにして尻を押し付けてくるまでの話であり、彼女の履くタイトスカートは容赦なく数百万の建物を粉砕し、都市間に存在した山脈すらもまるで意に介さず押し潰し、そのまま大地を抉るようにして沈み込んでいく。 都市が作り出すトライアングル。それらを何個かまとめて敷き潰せてしまう巨大な尻は、2,100万の人命を当然のように散らし、先ほど蔚夜の右足が生み出した680万人の大虐殺という記録を易々と塗り替え更新してしまうのだ。 最期の瞬間まで熱核兵器が蔚夜の尻を押し留めようと都市上空で迎え撃っていたことを彼女は知ることもなかった。 「さて、もうそろそろ人口は半分を割り込んだんじゃないかな」 座り込んでいた蔚夜が大勢を変えながら呟く。 都市三つをまとめて押し潰した尻と持ち上げ、代わりに両膝を地面に付けるために体を捻る。 彼女が両手足をつけて四つん這いになると、その上半身がまだ蔚夜が手をつけていない国土の全てを覆い尽くすことができてしまう。 引き締まった腹部からは華奢な、突き出したおっぱいからは柔軟な、全てを見下ろし嘲る美顔からは狂気が。それぞれ存分に滲み出る。 蔚夜が島を踏み付け、大都市に座り込んだことで生じた激震は凄まじいエネルギーとなって惑星表面を駆け巡り、彼女の目にはまだ無事なように見える残りの国土ももはや壊滅寸前だ。 数えきれないほどの建物が倒壊し、そこから立ち上る火の手はやはり数えきれない。 中には地盤がそれに耐えきれずに崩壊を起こしたことで本土から切り離されてしまう箇所すらも存在する。 生存者よりも死体の方が遥かに多い街中で、人々は瓦礫の枠に立ち尽くし、あるいは崩れ落ち、自分たちに被さった巨大な女を見上げて泣き喚く。 助けてください、殺さないでください、許してください。 聞こえるはずがないと分かっているのにそんな言葉を自分でも止められないのだ。 「では今から0にしようじゃないか。君たちには僕の体に触れることを許してあげるよ。ボクはセクハラには寛容な女だからね」 ゆっくりとその超巨体を押し倒していく蔚夜。 適切な比較対象すら存在しない圧倒的な質量の接近はそれだけで人々の本能的な恐怖を呼び覚まし、すでに叫んでいた彼らは喉を裂くほどの絶叫をあげる。 逃げ出すものもいるが、どこまで走ろうとも空にはシンプルなシャツ姿の女がいる。 彼女の全身が国土の全てを押し潰すまでの時間は10秒もなく、それこそ弾道ミサイルだって逃れることは叶わないだろう。 最初に犠牲となったのは彼女のおっぱいが着地した地点に存在した人口250万人の都市であったが、直後にむにゅっと柔い乳が広がったことで周囲にあった街々が飲み込まれてしまう。 そして、おっぱいである以上、同じことが左右で起きる。 東西に狭いこの島国は彼女のおっぱい両方を地面に下ろすにはギリギリ。 続けて細い腰が落下したことでこの国最期の大都市が叩き潰されて千数百万人が犠牲となり、最後に細い全身を擦り付けるようにして彼女の腹部が大地を蹂躙する。 「ふふっ、国家殲滅もこの程度のことか。実に呆気ないな」 うつ伏せで寝転んだ蔚夜は、組んだ腕に顎を乗せて楽しげに笑う。 自分の全身で小さな世界を押し潰したことを脳内で反芻し、そして感慨に耽るのだ。 他の人間が味わうことのできない背徳感が全身を駆け巡ることで、思わず長いタイツ脚をスリスリと擦り合わせてしまう。 ふと、蔚夜の視界に映り込むものがある。 海を超えた先にある異国の地だ。 しばらく眺めていた蔚夜であったが、それに向けて軽くてを伸ばしてみる。 国家間の間に存在する海は200キロメートル以上にもなる海峡であったが、その程度のものであれば蔚夜の腕は余裕で超えることができてしまうのだ。 「……ああ、そうだ。思い出したよ。『領土問題』だ。君たちもボクに残業をもたらしてくれていたね」 蔚夜の手のひらが何やら楽しげにワキワキと動いた直後、全長180キロメートルの手のひらがその大地を叩いた。 そこに存在していた都市1つを粉砕することで110万人を即死させた蔚夜。 その手を持ち上げて高高度でパッパッと振り動かしてみると、都市の残骸と膨大な土砂が入り混じったものが周囲に降り注いでそこにあるものを破壊する。 「――さぁ、延長戦といこうじゃないか」 蔚夜はゆっくりとその場で立ち上がると、1,680キロメートルの圧倒的な巨体を揺らすようにして、その巨大な足裏を見せつけるのだった。 〈終わり〉