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小雪ちゃんのSNS活用術(前編)

小雪は窓から差し込む陽の光で目を覚ますのが好きだ。 目覚まし時計の無粋なアラームは耳障りで好きになれず、アラーム代わりに好きな音楽をスマホから流してみたらその音楽を嫌いになってしまった。 大学生になってから始めたマンションでの一人暮らしは間も無く一年を迎えようとしているが、朝に弱い性格は治りそうもない。 寝ぼけ眼ながらも普段の習慣通りに身支度を進めた小雪は、ダイニングで軽く焼いたトーストを口元に運びながら、スマホを充電器から外して手に持った。 睡眠時間帯だけ切っていたスマホの通知をオンにすると、途端に夜間に溜まった凄まじい数の通知が津波のように画面を埋め尽くしていく。 バイブレーションや通知音は切ったままにしないと、あまりの煩さにスマホが手から落としてしまうことだろう。 それらは全て小雪のSNSにコメントがあったことを告げる通知であり、それだけ小雪の言動が世間から注目を集めていることの証拠でもある。 毎朝、この通知の波を眺めることは、小雪の小さな楽しみの一つであった。 「ふふっ。みんな生きるのに必死なのね」 流れてくる通知の全てに目を通すことなど不可能だ。 だが、朝食を取りながら流し読みをするだけでも、悲痛な思いがこもったコメントが無数に目に飛び込んでくるのだ。 彼女が白く細長い指先を滑らせてSNSアプリを開くと、自分の顔写真と実名で登録したアカウントプロフィールが表示された。 プロフィール上部にあるフォロワー数は九千万を超え、昨晩からだけでも七百万人以上の急増を遂げていた。 小雪がこのSNSを開設してからまだ二週間。 このペースで増え続ければ恐らく一ヶ月もしないうちに世界中の人間が彼女をフォローすることだろう。 小雪はプロフィールから自らの投稿一覧を開くと、その最上位に固定しておいたアンケートを確認してニヤリと笑う。 「あらあら。賛成派が千人もいるじゃない。……ならその期待に応えなければならないわね」 彼女がプロフィールに固定しておいたアンケートは、小雪が町一つを壊して良いかを問うものだった。 そして、賛成派が一人もいなければ町を壊すのは止めるとも宣言しておいた。 あまりにも荒唐無稽で馬鹿馬鹿しい内容であったが、これまで小雪が行ってきた数々の残虐なデモンストレーションによって恐怖が頭に刻み込まれた人々にとって、それは避け難い現実であり運命なのだった。 小雪が自分の投稿を遡るようにしてスクロールしていけば、まだ百件にも満たない投稿の中に何枚かスマホで撮影したらしい画像付きのものがあった。 最初の一枚は、自動車の上をパンプスで踏み付けているだけの写真だった。 まだ何をしたいのか迷っていた小雪が、自らの体を普段よりも十倍ほど大きくしてコンビニの駐車場で撮った一枚。 撮影時には、車を壊してしまわないように注意していたが、それでもパンプスの靴底で押さえ付けられた天井は大きく歪み、タイヤは四本ともパンクしてしまったようだ。 撮影した後でそれに気がついた小雪は逃げるようにその場を後にして、先ほどの写真をちょっとしたコメントをつけてSNSにアップした。 その直後からポツポツと通知音が鳴り出し、数分後には鳴り止まなくなってしまった。 通知音が耳に届くたびに胸がざわつき、小雪が胸の奥に秘めてこれまで意識的に目を背けてきた感情を際限なく掻き立てた。 目立ちたい。 それは、あまりに原始的で、あまりにも幼い願望であったが、高校を卒業するまでずっと真面目で大人しい優等生であり続けた小雪にとっては新鮮で刺激的な感情だった。 それからというもの、彼女の投稿は徐々に過激さを増していく。 自動車の次は住宅街の空き家だった。家の真ん中を踏み抜かれ、一部の壁が残るだけになった無惨な姿は再び小雪のSNSを賑やかにした。 その次は営業中のコンビニ。普段の五十倍まで大きくなった小雪がスマホを動画撮影モードに切り替えて足元を映すと、誰もが見慣れているであろうその建物に手を伸ばして一気に握り潰してみせる。 このショート動画は順調に閲覧数を伸ばし、小雪の承認欲求を十分に満たしてくれた。 コメントの中で特に多かったのは店員の安否を気遣うものだったが、その日の夕方のニュースで瓦礫の中から遺体となって見つかったと報じられた。 その瞬間、小雪の投稿した動画は爆発的に拡散し世界のトレンドとなった。 それが決め手だった。 世界中からの注目を浴びた小雪の中で、承認欲求が無限大に膨れ上がってしまった。 次の投稿では百倍まで大きくなって通勤時間帯の電車を雑巾のように捻り潰し、その次は授業中の中学校をお尻で押し潰し、最近の投稿では高層ビルに抱き付いて圧し折ってやった。 その投稿がネット上で燃え上がるたびに、小雪はスマホを眺めてニヤニヤしていた。 既に犠牲者の数は二千を超えており、もはや自然災害と比較しても遜色ない被害。 そして昨晩、ついに小雪は町一つを消し去ってみることにしたのだ。 遊び半分にその賛否を問うアンケートをつけた投稿をSNSに上げてから就寝し、朝になって確認してみれば予想を超える反響があった。 「賛成派がいるので実行するわ、っと」 そんな短い一文だけでも反応は凄まじいものがあった。 止めてくれと懇願するコメントもあれば、小雪を悪魔と罵るものもある。 実に多様な言葉が、実に多様な言語で小雪の投稿に寄せられるのだ。 そんな画面をじっと見つめていると、無意識のうちに両の太ももを擦り合わせてしまい、切なさともどかしさが入り混じった不思議な気持ちが込み上げる。 それらを必死に押し殺した小雪は、朝食を終えた皿をテキパキと片付けると、今日という1日を楽しむための服を選ぶため私室に向かう。 今から自分がやろうとしていることは、これまでやってきた遊びの比ではない。 きっとメディアによって世界中に中継されることだろう。 だったら、お気に入りの服を着て出来るだけ綺麗な自分を見せてあげたい。 小雪はクローゼットの前でしばらく悩んだものの、最終的には白と黒のボーダー柄というシンプルなニット生地セーターと、脚を強調するためにあえて短めにした紺色のスカート、そして、そこから覗く長い脚は黒タイツを履いてより魅力を引き立てる。 小雪の腰まで届くほどの黒髪はその毛先に至るまで艶が光り、ファッション全体を清廉な印象にまとめ上げた。 着替えを終えた小雪はそのまま躊躇うことなく玄関に向かい、この日のために買ってきた漆黒のロングブーツを取り出す。 百六十七センチという女性の平均を超える長身の小雪がそのブーツに脚を通せば、百七十五センチまでその身長を伸ばすことができる。 誰もが街ですれ違えばその珍しさに目を惹かれ、続けてその美貌に釘付けになるだろう。 玄関にかけてある大きな姿鏡に自分を写した小雪は、挑発的な笑みを浮かべながらスマホで鏡を撮影した。 「準備ができたのでそろそろ始めるわね。今日は篠河市に遊びに行くから、篠河市の皆さんはご愁傷様。っと」 鏡越しの自撮り写真にコメントを添えて投稿した小雪は、瞬く間にその投稿が拡散されていくのをクスクスしながら眺めていたが、やがてスマホをスカートのポケットにしまうと、目的地に定めた場所を頭に思い浮かべる。 次の瞬間、小雪の体を淡い光が包み込んだ瞬間、彼女の体は突如してその場から消えてしまった。 篠河市は人口およそ六十万人の中規模都市だ。 西部を山脈、東部を川によって囲まれているこの都市は、首都に隣接しているためにベットタウンとして発展を遂げた歴史があり、また首都へのアクセスに優れながらも山間部が半分ほどを占めていることで地価が安く、便利で広い土地を求めた大学が多数進出して学園都市の側面を併せ持つ。 中心部に立ち並ぶ高層ビル群は商業的な発展の象徴であり、また中心から少し離れれば大型のショッピングモールが聳え立ち、住民たちの生活を支えている。 際立つような特色があるわけでもないが、住みやすさに重きを置いた都市計画は十分に成功を収め、これからも発展を続けるはずだった。 今、そんな篠河市はおそらく過去に例のない最大級の混乱に見舞われていた。 自家用車を持つ者は家財道具を強引に積み込んで市外を目指し、そうでない者は電車やバスといった公共交通機関に殺到した。 町中に響き渡る防災無線は住民たちに市外への退避を呼びかけ、それが出来ない場合には頑丈な建物か地下施設へ避難するように繰り返し伝えている。 これまで想定してきた自然災害や、大規模事故・事件、他国からの侵略といったものとは性質の異なる脅威が確実に迫っているのだ。 どこから、いつ、どうやって。その脅威が顕現するかは誰にも分からなかったが、そんな彼らの不安は小雪が姿を現したことで払拭された。 「篠河市の皆さん初めまして。……あら、どこへ行こうというのかしら。この先は行き止まりよ」 最初に小雪と出会ったのは市外へ向けて避難を開始した住民たちだった。 彼らは市の東部を流れる川を超えて隣町へ逃げ込もうとしていたが、凄まじい渋滞によってそれを阻まれ立ち往生した車の中にいた。 そんな彼らの前方に突如として漆黒の巨塔が現れた瞬間、不運にもその下敷きとなって数十台の車が乗車中の人間ともども押し潰されてしまった。 直後に遥か天空から尋常ではない声量で若い女の声が降り注ぎ、耳を塞いでいたとしても無理やり言葉を頭に捩じ込まれてしまう。 彼らが恐れ、怯え、嘆き、悲嘆に暮れることになった原因である女子大生の小雪は、千七百五十メートルというこれまでで最大の大きさとなって町を訪れた。 小雪の足元に存在する極小の生き物たちは、自らの眼前を埋め尽くしている黒い塔が、女の子の履くロングブーツだとは最期まで理解できなかった。 小雪はブーツのヒールを僅かに浮かせると、躊躇う様子もなく川に架けられた全長二百メートルの巨橋のほぼ中央に振り下ろし、鉄筋性のそれを当然のように押し潰す。 そのままヒールで大地を抉るようにして橋の残部を底から掬い上げ、膝の動きだけでそれを前方へ押し出してしまう。 橋に使われた建材だけでも凄まじい質量であったが、救い出された土砂もそれに匹敵する。 橋の上で立ち往生していた車、橋の手前で渋滞を作り出していた車を合わせて何百台、そしてそれに乗っていた千を越す人間をまとめて土砂で生き埋めにしてしまう。 小雪がその場で思い付いた嫌がらせはそれだけで歴史に残る大虐殺となった。 「クスクス。ほら、行き止まりでしょ?」 意地悪な黒髪女子大生は再び巨大なブーツを持ち上げる。 小雪が選んだジョッキーブーツは飾り気のないシンプルな外装をしていたが、その靴底には滑り止めようの幾何学模様が刻み込まれていた。 全長二百四十メートルの巨大な靴底は、見るもの全てを圧倒する。 そんなものを何百メートルも上空で見せつけられた人々は、ただ悲鳴をあげて逃げ惑うことしかできないが、小雪が大地を踏み締めるまでの一瞬で移動できる距離は無に等しい。 大渋滞が続く交差点を狙って振り下ろされたその一撃は、数百台の車を人間ごと踏み潰し、ほぼ同時にアスファルトを踏み砕き、更には十数メートルに渡って沈め込んでしまう。 小雪の意識が向けられていた交差点はもちろん、無意識のうちに巻き添えとなった周囲の住宅街も含め、大地にはくっきりと足跡が刻み込まれる。 ブーツを持ち上げた小雪は、自分の片足が町の一角を跡形もなく消し去ってしまった事実に一瞬だけ思考を停止させたが、次の瞬間には思わず口角を吊り上げてしまう。 「あら、大変なことになったわね……。ふふっ」 くっきりした足跡の底に残る小さな赤黒いシミは、それ一つ一つが一瞬前まで人間だったもの。 今は物言わぬシミ汚れでしかないが、当然ながらそれぞれに名前があって、家族が居て、職場や学校に通う普通の人たち。 それを自分がほんの一瞬のうちに、たった一踏みで、何百とまとめて殺してしまった。 そんなことを考えていると体の奥からゾクゾクといけない感情が沸き起こるが、それに身を任せてしまえば、こんな都市など一瞬で使い尽くしてしまいそうだ。 だからその衝動をグッと堪えて、代わりにスマホを取り出して足元の惨状を撮影する。 「町の蹂躙を始めたわ。最初の一歩、綺麗な足跡が残って面白いの。犠牲者は三百人くらいかしらね。っと」 刻み込まれた靴底の写真を投稿したが、その反応は意外にも鈍かった。 どうやら上空千五百メートルから撮影された画像が、普段の百倍サイズと違って見慣れないものだったせいか、瞬間的には判断がつかなかったらしい。 だが、数瞬の間をおいて画像を拡大して見てみれば、それがどれだけ甚大で無慈悲な光景かが伝わってくる。 非難と嘆きのコメントがポツポツと見えたかと思えば、次の瞬間にはそれらが爆発的に押し寄せてきた。 「次はここを踏み潰そうかしら」 鳴り止まない通知を無視して新しい投稿を続ける。 その投稿には小雪の履くロングブーツの爪先が小学校の校舎に向けられている写真が添付されていた。 より一層激しさを増した非難コメントに思わず苦笑する小雪だったが、その中に一つ面白そうなものを見つけた。 小雪がブーツを差し向けた小学校の教員だと名乗るアカウントは、どんなことでもするから助けて欲しいという悲壮感漂うコメントを残していた。 気になってそのアカウントのプロフィールを覗いてみれば、そのプロフィール写真やこれまでの投稿から、教師になったばかりの若い女教師であることがわかった。 その投稿に対して学校の内部を見せてと返信してみれば、大慌てで撮影したらしい軸のボヤけた写真が送られてくる。 写真には避難することもなく机の下で啜り泣く子供たちの様子が映し出されていた。 「ふふっ」 小雪がブーツの爪先をそっと校舎の側面に押し当てる。 本人にそのつもりがなくても、人間の筋肉は常に微細ながら躍動しており、ヒール付きのブーツを履いていればその重さによって震えは大きくなる。 そんな女の子の無意識のうちに働く力でも、小学校の校舎を粉砕するには十分だった。 触れただけで壊れた。 小雪にとっては意外なことでキョトンとした表情を浮かべるが、校内で建物の崩落に巻き込まれた人々にとっては泣き叫ぶばかり。 ブーツをそっと離してみれば、既に校舎だった半分以上が崩壊して小さな山を作っていた。 その瞬間、小雪のスマホに先ほどの女教師からメッセージが届く。 助けてください。 そんな短い一文であったが、恐らくは震える指を必死に動かして打ち込んだのだろう。 足元にちょこんと残る瓦礫の山のどこかに相手の女性がいるのであれば、生きているのは奇跡と言っていい。 そんな健気な懇願には真摯に応えてあげなくてはいけない。 「お断りするわ。虫ケラを助けてあげる理由がないもの」 返事は口頭で伝えてあげた。 その言葉が相手に伝わったのかは小雪には分からなかったが、次の瞬間には瓦礫ごと校舎を丸ごと踏み潰してしまったのでどうでもいいことだ。 校舎に隣接していた体育館と屋外プール、教職員用の駐車場までまとめて一撃。 深く刻み込まれた足跡だけでなく、続けてグリグリと足首を捻ったことで生み出された巨大なクレータが残るばかり。 後からそこを訪れた人間には、ここに学校があったなんて想像もできないだろう。 「学校をこんなに簡単に壊してしまえるのね…… ふふっ、たまらないわぁ」 今の自分が持っている力を再確認して酔い知れる小雪。 美しい瞳に浮かぶのはもはや狂気と呼んで差し支えないほどの快楽感情だ。 そんな衝動に突き動かされるかのように住宅街に足を踏み入れた小雪は、足の小指ほどの大きさでしかない木造住居を踏み荒らす。 靴底から無数に伝わるサクサクした感触は、その一つ一つが小人たちの家なのだ。 大半の人間が一生懸命に働いてようやく手に入れる安息空間を無遠慮に踏み躙り、屋内で隠れ潜む者も狭い路地を逃げ惑う者を区別することなく葬り去ってしまえる。 踏み下ろした足を左右に擦り動かせば、まるでブルドーザーで積み木を片付けるかのように容易く数百の住居を磨り潰して更地を生み出す。 ちょっと勢いをつけて振り下ろしてみれば、その衝撃波が周囲一体に伝播し、直径三百メートル程のクレーターをいとも容易く作り出した。 新雪の上を踏み締めるかのような面白さを見出した小雪は、三千以上もの家々が集まっていた住宅街を二分足らずで殲滅してしまった。 「あら、もうおしまいなの? 仕方ないわね」 たった今、自分が踏み躙った町並みを振り返ってため息をつく小雪。 すぐに終わってしまったことに呆れた小雪であったが、住宅街に隣接するように建設された巨大なショッピングモールを見つけてすぐに興味を移した。 三百メートル四方のほぼ正方形であるショッピングモールは、大通りを挟んで二棟が並び立つ作りをしていた。 数年前に開店したばかりの大型施設であり、有事の際の避難場所にも指定されているこのショッピングモールには、小雪の襲撃を知った人々が多く避難してきていた。 そのせいか総数で四千台以上の収容数を誇る駐車場は満車であり、その通路にすら車を停めて収容しているようだ。 少なく見積もっても二万人以上が屋内に避難しており、ほぼ同じ大きさの建物であることを考えれば、それぞれに一万人と考えていいだろう。 小雪にとっては普段使う枕よりも小さな箱でしかなく、やろうと思えば二棟まとめで蹴り付けて粉砕できてしまう程度の存在。 そんな小さな場所に一万もの人間が詰めかけているなんてあまりにも滑稽であった。 小雪はおもむろにショッピングモールへ近寄って、二つの棟を繋ぐ三本の連絡橋をまとめて踏み潰すと、その場でゆっくりと膝を曲げて腰をかがめていく。 「ねぇ、少し疲れたから座って休みたいの。だから座布団になって欲しいのだけれど、どっちがオススメかしら? ふふっ」 小雪はスマホの画面に指を滑らせると、SNSに簡単なアンケートを投稿した。 座布団に相応しいのはどっち?というタイトルとともに、東館と西館の選択肢から片方を選ぶだけの簡単なもの。 ショッピングモールの中で巨人の行動を把握しようとスマホを握り締めていた人々は、当たり前のように投稿されたそのアンケートに絶句する。 この結果次第で、自分たちのどちらかが山のような巨尻に押し潰されて死ぬのだから。 アンケートへの投票はアカウントごとに一回だけ。 だからこそ、彼らは小雪の投稿を必死に拡散して自分のいない方の建物を選んで投票してくれるよう、自らのフォロワーへ呼びかける。 生死をかけた拡散合戦は命がかかる本人はもちろん、その家族や友人たちが協力することによって爆発的に広まっていく。 瞬く間に一万を超えたアンケートの回答は、数十秒のうちに百万を超し、小雪が勝手に決めた期限である一分経過の時点で二千万超の回答が集まった。 そこでアンケート回答受付を切った小雪は、残酷な運命が決まったことを足元の箱の中で怯えているであろう人々に教えてあげる。 「東館を座布団にした方がいいって皆が教えてくれたわ。多数決で決まったことなら文句はないでしょ」 建物を震わせるほど巨大な一万人の悲鳴が沸き起こった瞬間、彼らの小さな悲鳴は小雪の耳に微かに届いた。 あまりにも微弱で聞き逃してしまってもおかしくない程度のものだったが、確かにそれは小雪の耳に届いたのだ。 だが、そんなものでは不気味に動き出して建物の上空に占位したお尻を止めることはできない。 巨尻をしっかりと包み込むのは水色の下着であったが、その上から分厚い黒タイツを履くことで、下から覗いても下着の色はわからない。 真上をお尻が覆い尽くすと、それに合わせてスカートがオーロラのように周囲を包み込む。 女の下半身に閉じ込められた大型ショッピングモールは、はたから見ることがあれば随分と貧相なものに見えたことだろう。 「失礼するわよ」 苦笑混じりのその一言が処刑宣告だとは誰も思わないだろう。 そっと腰を下ろしていくと、タイツとパンツ越しに何かがお尻に触れるのがわかった。 それは屋上駐車場に停められていた数百の自動車と、建物内部へ出入りするためのエレベーター乗り場であった。 そこに存在したあらゆるものは、小雪の柔らかさとハリが共存するお尻を少しも凹ませることができず、尻の形に合わせるように次々と崩落してしまう。 最上階まで避難していた人々は、天井が崩落し始めたことで慌てて下層階を目指して逃げ出すが、その動きよりも女子大生が建物を座り壊す方が遥かに早かった。 小雪がちょっとした悪戯で腰を揺らしお尻を振ったことで、ショッピングモールの数百倍の質量を誇る肉の塊が自在に動き、最上階を消し飛ばしてしまったからだ。 その衝撃は建物内部を駆け巡り、ちっぽけな生き物たちを埃であるかのように吹き飛ばし、床や壁に打ち据えることで破裂死させてしまう。 ほんの数秒のうちに生存者は最下層階に避難していたもののみとなり、彼らは出口を目指して殺到していた。 女の尻に押し潰されて死ぬという受け入れ難い現実から逃れるために、周囲の他者を突き飛ばし、転んだ者を踏み付けにして外を目指す。 そうした彼らの努力も、踏み付けられた者の怒りも、逃げ遅れた者の悲しみも。 全てをまとめて黒タイツのお尻がもみくちゃにして、この世界から完全に消し去ってくれた。 巨人となった女子大生のお尻の下では全ての人間は真に平等であった 「ふふっ、いい感じよ。……せっかくだし、脚も伸ばしたいわね」 わざとらしく口に出して呟いた小雪は、目の前に残るもう一棟のショッピングモールを見下ろしながら小さく笑う。 その呟きは絶望的な状況にありながらも奇跡的に助かったはずの人々の元へ、建物の壁や天井を容易く貫通して送り届けられた。 あの女子大生が今の向きのままで脚を伸ばそうとすれば、その行手には自分たちが避難してきたこの西棟があるのだ。 その先にはショッピングモールに直通するように作られた駅もあるが、彼女の美脚はその駅すらも射程に収めてしまっているかもしれない。 避難してきた住民たちのうち、想像力に長けた者には自分たちが陥った絶望的な状況が理解できてしまったが、そうでない者たちは未だに自分たち生き残れたと喜んでいるのだ。 彼らの態度の差は異様なほど歴然としていたが、突如として響き渡る地響きが建物の全域を震わせたことで急速にその差は縮まっていく。 これまで耳にしたことがないような、騒々しく耳障りな音の正体は、小雪がブーツのジッパーに手を掛けてそれを引き下ろした音だった。 小雪の耳には小気味よいジーッという音にしか聞こえないが、小さな生き物たちにとってそれは落雷にも匹敵するほどの轟音なのだった。 最初に右脚をブーツから抜き出した小雪は、黒タイツを履いた長い脚を空中に向けて伸ばす。 ブーツの中に閉じ込められた自身の体温が熱気となり脚にまとわりついていたが、宙に晒したことで急速に冷えていくのが心地よい。 全長八百メートルという、この都市に存在するどの人工物よりも遥かに巨大なそれが悠然と空に浮かぶ光景は数キロ先の人々にもしっかりと見てとれる。 だが、それを眺めるすべての人間は漆黒の美脚ばかりに目を向けており、その持ち主である若い女の子が意地悪くニヤニヤしていることには気づかなかった。 「こうして脚を持ち上げているのは疲れるの。……降ろすわよ」 小雪が漆黒の山脈を遥か天空から大地に叩き付ける。 もちろん、小雪が本気でそんなことをすれば周囲は数キロに渡って吹き飛んでしまう。 十分に手加減をしながらショッピングモールのすぐ脇へ下ろしてみる。 タイツ越しに脚が大地に沈み込むなんともいえない奇妙な感触が伝わり、思わず身震いをしてしまう。 大地に触れた際の衝撃と、その直後の少女の身震いによって、大型ショッピングモールは外装が剥がれ落ち、一部では天井が崩れ落ちてしまった。 だが、そんな些細な被害に小雪が気付くことはない。 崩れ落ちた外壁から恐る恐る外の様子を覗いた者は、本来そこにあるべき町並みが見えなくなり、代わりに柔らかそうな印象の黒い壁が聳え立ったことに言葉を失う。 女の子が楽に伸ばしているだけの脚は、小さな人間にとっては見上げるほど巨大な壁。 山脈と見間違えてしまいそうになるほど巨大な絶望の壁であった。 言葉を失った彼らの耳に、つい先ほど聞こえた耳障りな音が再び響く。 あの巨人がもう一方の脚からブーツを抜き出そうとしているのだった。 「ふふっ。こっちも降ろすわよ」 続けて左脚でも大地を蹂躙した小雪。 やはりショッピングモールのすぐ脇に脚を置いたことで、その衝撃波がショッピングモールに襲い掛かる。 既に誰の目にもボロボロであるように映るショッピングモールは、いよいよ限界が近いのか全体の三分の一ほどが崩壊してしまった。 小雪が自らの両脚に閉じ込めたショッピングモールに視線を落とし、その今にも壊れてしまいそうな様子に苦笑する。 自分は脚を伸ばしただけ、それも十分に手加減して伸ばしたというのにこの様なのだ。 弱い。あまりにも弱すぎる。 一万人以上もの人間が集まっているというのに、自分一人を相手に何も抵抗できず、したところで気づいてすらもらえない。 どうせ、彼らにできることなど太ももの間で泣き叫ぶことくらいなのだ。 「ねぇ虫ケラさん、女性の太ももと股間をジッと見つめるのは失礼なことだと思わない? そんな変態にはお仕置きが必要だと思うの」 お仕置き。 そんな可愛らしい表現をしているが、考えるまでもなく虐殺の意味なのだろう。 先ほどまで存在していた東棟はもう影も形もなく、その代わりに黒タイツの尻山がずっしりと鎮座しているのだ。 女の子が座ったことによる犠牲者は推定で一万人以上であり、当然のように行われた冷酷無慈悲な大虐殺だった。 そんなことをする女の子がお仕置きをするというのならば、その内容はともかく結果は容易に想像できてしまう。 小雪は手に持ったスマホのカメラを起動すると、動画撮影のモードに切り替えて自らの脚を映し出す。 細長くありつつも柔らかい脂肪を感じさせる太ももと、その間にポツンと置かれた汚らしいゴミのようなものは対極的な価値を持つ。 「言いたいことがあれば言いなさい。後悔のないように好きなだけ私を罵るといいわ。……すぐに口を聞けなくなってしまうのだから。ふふっ」 小雪がゆっくりと両方の太ももを擦り合わせるために動かすと、タイツ生地が触れた箇所からショッピングモールはボロボロと崩れ落ちていく。 人々が見上げるほどの巨大建造物が、まるで砂城のように簡単に崩れ落ちるのだ。 台風や地震といった災害にも余裕を持って耐え抜き、理論上は向こう百年に渡って立ち続けるはずの最新の建造物は、一万人の人々の悲鳴と共に黒タイツに飲み込まれていく。 一方、タイツ越しに太ももに伝わるこそばゆい感触に小雪はむず痒さを覚えていた。 出来るだけゆっくり焦らして、怯えさせながら押し潰す様を動画に収めたかったのだ。 だが、想像していた以上にくすぐったい感触が肌に伝わり、思わず小さく声を漏らしてしまいそうになった。 それを喉元で食い止めた小雪が、太ももに力を込めて一気に両脚を擦り合わせてしまう。 なんら抵抗することもできなかった大型建造物を押し潰した両脚をスリスリと擦り合わせて、瓦礫すらも残らないほど徹底的に破壊してやる。 生存者など望むべくもない。 大型ショッピングモールは数万人の犠牲者と共に数分のうちにこの世界から姿を消した。 「ま、こんなものかしらね」 小雪はスマホによる動画撮影を止めると、すかさずその様子をSNSへ投稿する。 この世界の人々はその大半が、女の子が太ももで建物を押し潰し、数千数万の命を奪い去る光景を目にしたことはないはずだ。 小雪が投稿した動画はほんの数秒程度の短い動画でしかないが、その閲覧回数は天井知らずに増え続ける。 この町に暮らす人々はもちろん、世界中が美しく残酷な少女の一挙手一投足に注目しているのだ。 ならば、もっと。 もっと多くの視線を集めたい。自分が世界の中心でありたい。 そんな強欲の極地たる欲望を抱いてしまうのも不自然ではなく、小雪にはそれを成し遂げるための力が備わっているのだ。 「あら?」 ふと、コメントの中にニュースサイトの引用URLを見つける。 その見出しは、ついに軍事力による脅威の排除を政府が決定したというものだった。 コメントの投稿者はそれを小雪に見せつけることで、これ以上の破壊行為を思い止まらせようとしたのかもしれない。 軍隊の投入には概ね賛同する意見が多数寄せられており、多くの人々がそれに希望を抱いているらしい。 そんな人々のあまりにも短絡的で哀れな言葉の数々に小さく吹き出してしまう小雪。 「よかったわね。助けが来るそうよ」 彼女の視線は閉じた自らの脚の先端に注がれる。 そこには左右の足の踵を大地につけ、直立させた状態でピタリと閉じていたが、それを花が開くのと同じようにパッと左右に開いて見せる。 聳え立つ足によって遮られていた視線が通った先には、ギリギリで被害を免れた中規模の駅が残っていた。 ショッピングモールから逃げ出した人々が殺到して溢れ返ったその駅では、巨人の顔が見えないことで、もしかしたら自分たちが見落とされているのではないか、という都合の良い妄想が蔓延り出していた。 だが、そんな楽観的な妄想を生み出していたのも、巨大すぎるが故に少女の一部であると認識できなかった足裏が、少女からの視線を遮ってくれていたからに過ぎない。 「私がこのまま少し前進して貴方たちを踏み潰すのと、軍隊が貴方たちを助けるの、どっちが早いか勝負してみましょう。……負けないように頑張らなくちゃ。ふふっ」 駅に殺到した人々の耳に凄まじい地響きが襲い掛かる。 それに合わせて目の前を埋め尽くすほど巨大な足裏がさらに大きくなっていくのだ。 遠近の変動による物体の見え方の違い、という理屈が分かっていたとしても、人間の心を不安で押し潰すには余りある現実。 小さな生き物たちが発する最期の叫び声は、小雪のクスクスという笑い声によって簡単に掻き消されてしまった。


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