解散
Added 2020-07-26 05:31:09 +0000 UTC解散。 大小あれども人が集まって作られた集団である以上はいつか訪れる終わりの瞬間。 基本的には発足時に想定することはなく、活動を継続するうちに何らかの事情でやむなく解散するケースが殆どだろうか。 そして今日、成人を迎えたばかりの朱莉も一つの解散を経験した。 高校生の時に同級生たちと一緒に始めたアイドル活動。 三人組のアイドルとして活動を初めてから5年間、進学を断念してまで専念してきた活動だったが、結局その努力が日の目を見ることはなかった。 事務所に所属することもなく、アルバイトで生計を立てながら続けてきた地下アイドルとしての活動は最後まで趣味の範疇で終わってしまった。 高校生のときは僅かばかりに地域のローカルイベントへの出演などもあったが、高校を卒業してからは報酬のある依頼はパタリと途絶えた。 自分たちの価値は磨き上げたつもりの歌唱力にも演技力にもなく、高校生アイドルという話題性でしかなったことに気が付けなかったのだ。 小規模ライブハウスで最後の公演を終え、まばらな拍手に見送られた朱莉たちは、誰に声を掛けられることもなく楽屋に戻った。 朱莉以外の二人はすでに興味も関心もないのか、淡々と荷物を整理して早々に帰宅してしまった。 明日からは就職活動に専念すると言っていた二人。もうすでに新しい道で生きる覚悟をきめていたようだ。 ただ一人、ポツンと取り残された朱莉だけは、未練を持ったまま楽屋の椅子に腰掛け黙り込んでいる。 頭の中に渦巻く感情は哀感、沈痛、憂愁、後悔。 だが何よりも強いのは成功した者への嫉妬だった。 深く深く、心の深淵から湧き上がる純粋な嫉妬が全身に満ち溢れていく。 その感情に引き寄せられたのか、奇跡が朱莉の残る楽屋に巻き起こる。 何の前触れもなく2センチ程の小さな生き物が床に現れたのだ。 俯いていた朱莉はすぐにそれに気が付き、また正体と理由も理解した。 2センチもないそれは百に迫る数であり、同じような色合いをしている。 テレビを付ければいつでも目にするような国民的大規模アイドルグループが、衣装を着たまま全員集まっているのだ。 朱莉が渇望した光のあたる場所で輝く本物のアイドルたち。 嫉妬に塗れた元地下アイドルの女の前にそんなものを縮小した状態で用意すればどうなるのか、神様も知らないわけでないはずだ。 だからこそ、これは神様からの贈り物。 鬱屈とした感情を振り払うために贈られた最高の玩具なのだ。 「みなさんお揃いでどうしたんですか? ここは田舎の小さなライブハウスの楽屋ですよ? 活動してる全員の収入を合わせても、皆さん一人分の収入にもならないような些末な場所なんです」 状況を把握できないアイドルたちは突如として上空から降り注いできた女の声に驚き、声のする方へ顔を向ける。 そこには、一人の女がパイプ椅子に腰掛けて自分たちを見下していた。 赤いチェック柄を基調としたワンピースは私服ではないだろう。 自分たちと同じようにステージ用に用意した衣装と考えたほうが自然だった。 当然のようにミニスカートから脚を露出させ、足元には真っ白のニーソックスと茶色の革靴を履いている。 衣服から醸し出される陳腐さとバランスの悪さを見れば、自作衣装と市販品を無理して合わせていることが明白だった。 自分たちのように専属のデザイナーと服飾会社が付いていることはなく、あくまで個人活動か小規模なグループに所属しているのだろう。 「遊びに来てくれたなら歓迎しますよ。今、お菓子を出しますね」 朱莉は座ったまま机に手を伸ばし、片付けていなかったポテトチップスを摘み上げる。 そのままアイドルたちの中心めがけて投げ落とした。 自分たちよりも何倍も大きなポテトチップスが落下してくる異常事態に悲鳴を上げて逃げ回るトップアイドル達。 そしてそれを楽しげに観察する朱莉。 惨めな虫けらはたったこれしきのことで命の危険を感じているのだろう。 「召し上がってください。皆さん全員分に足りるでしょう? フフッ」 もちろん足りてしまう。 この一枚のチップスを人間サイズに換算すれば重量は1トンを超えるのだ。 ここに送り飛ばされてきた全員で食べ続けても、一ヶ月近く持ちこたえる計算になる。 綺羅びやかなアイドルたちは自らがどれだけ小さな存在かを見せ付けられた気分だった。 もちろん、誰一人としてポテトチップスに手を出そうとする者はいない。 床に捨てられたお菓子など、人間は食べないからだ。 「ふーん。私がせっかく用意したのに食べないんですね。……生意気」 朱莉が椅子から立ち上がる。 ただでさえビルの如く巨大だった身体がより一層大きくなったように思える。 160センチの元地下アイドルは、足元で蠢くトップアイドルたちを見下していた。 じっくり観察して狙いを定めると、おもむろに片足を持ち上げて一人のアイドルの頭上をローファーで覆い尽くす。 この巨人が何をするつもりなのか明白であるにも関わらず、狙われた女の子はその場で立ち尽くしてしまった。 あまりに非常識な事態に思考が追い付かなかったのだ。 だからこそ、逃げることも抵抗することもなく朱莉の靴底で生涯を終えた。 「死んじゃった♪ ……皆さん見てました? 見てましたよね? ほら、こんな風にプチッてしちゃいましたよ!」 朱莉は一人の命を奪い去った靴底を周囲のアイドルたちに見せ付ける。 すり減った靴底に僅かにこびり付く赤黒い汚れ。 今日まで一緒に頑張ってきた仲間があっさりと殺されてしまった。 それも、見ず知らずの女に害虫であるかのように踏み潰されて死んだのだ。 「あーあ、やっちゃった! 殺しちゃいました♪ 怖いですよね~。次は誰にしちゃおうかな~♪」 朱莉が見せ付けていたローファーを軽く振り回す。 こびり付いた肉片が遠心力に引かれて飛び散り、アイドルたちが甲高い悲鳴を上げる。 慌てふためく彼女たちを見ていると胸がスッとしてくる。 先ほどまで立ち込めていた負の感情が晴れてくるのが自分でもわかる。 「いっそのこと全員こうしてあげましょうか? 本気でやれば三分くらいでみ~んなグチャグチャにできますよ♪ でも、そんなの嫌ですよね? 私の言うことを聞いてくれたら助けてあげますけど? 私の奴隷になりたいですかぁ?」 アイドルたちはようやく状況が飲み込めた。 この巨人の機嫌を損ねると、自分たちは死ぬ。 こんなにシンプルで分かりやすい理屈を理解するのになぜ時間がかかったのか、今となっては不思議に思うくらいだ。 だが、一部にはそれが分からない者がいた。 理不尽に殺害された仲間の死に激高していた正義感の強い女の子だった。 彼女らは口々に巨人の残虐な行為を非難し、奴隷としての服従を拒否した。 そんな勇気ある女の子たちを笑いながら見下ろす巨人は、当然と言わんばかりの態度で再びローファーを持ち上げる。 女の子の足元を支える革靴は今となっては殺戮兵器。 無礼を働く虫けらたちを力で捻じ伏せ永遠に黙らせることができるのだ。 抗議の声が全て途絶えるまでに必要だった時間は僅かに1分。 何度も振り下ろされたローファーによって、アイドルたちはだいぶ減ってしまった。 「うわっ、汚い! 皆さんが反抗的だから床が汚れちゃいました。 フヒッ、でもこれ最高に楽しい~。ホラッ、死ねっ!」 ローファーが暴れ回る度に罪のない女の子が潰されていく。 今日まで人並み外れた努力を重ねてきた美しく可愛いアイドルたちが、次々に人の姿を失い床の汚れと化していくのだ。 泣き叫んでも、慈悲を懇願しても、奴隷になることを渇望しても、元地下アイドルの殺戮は止まらない。 純粋に楽しいのだから仕方ないというのが朱莉の言い分だが、そんなもの教えてあげる必要もないし、教えたところで結果は同じことだ。 アイドルたちがその数を半分まで減らしたとき、ようやく茶色のローファーは動きを止めた。 あたり一面は文字通りの血の海であり、その光景と強烈な臭いだけで気絶しそうだった。 「ふぅ。では、最後のチャンスをあげますね。私の奴隷になりますか?」 軽く汗ばんだシャツが肌に張り付く不快感。 身体が熱く感じるのは気持ちが高ぶっているからに他ならない。 人を殺して興奮している自分。 信じたくはないがそれを否定することができないと自分でも理解していた。 そんな異常者を相手にすれば、普通のサイズでも恐怖を感じるというのに、まして相手は百倍の巨躯を誇る女の子だ。 目の前で見せ付けられた圧倒的な力の差を前にして、残されたアイドルたちは絶対的な服従をする他なかった。 世界的なトップアイドルグループが、誰も存在を知らないような地下アイドルに仲間を虐殺され、逃げることも出来ずに屈服する光景。 朱莉が夢に見ていたそれとはだいぶ異なるものだが、これはこれで気分が良い。 「エヘヘッ。こんなにたくさん奴隷ができちゃった♪ 何してもらおうかな~? うん、やっぱり最初は靴の手入れからお願いしたいなっ♪ ほら、こんなに汚れちゃってるし」 朱莉は爪先を持ち上げてアイドルたちを挽き肉にした靴底を見せてあげる。 何十人分もの遺体がもとの形をなくしたまま滑り止めの溝を埋めていた。 ポタポタと零れ落ちる血肉は先ほどの惨劇を用意に連想させるのだった。 「私は優しいから舐めろなんて言わないよ! みんなが着てる可愛い衣装を使って綺麗にしてくれば大丈夫! 全身を擦り付けるようにして頑張ってみて♪」 そう言うと朱莉は両方の靴を脱ぎ、横倒しにして床に置いた。 24センチの靴が横たわれば、それは電車一両よりも巨大な壁となるのだ。 小さな女の子たちは我先にと靴に殺到し、指示されたように服を着たまま体を擦り付ける。 微かに暖かさの残る仲間たちの血肉が衣服に染み込み、繊維を通過して全身を濡らしていく。 そのあまりの気持ち悪さと屈辱と恐怖に頭がおかしくなりそうだった。 何度も嘔吐を繰り返しながら、それでも懸命に掃除を続ける。 そうしなければ、この巨大アイドルに虫けらよりも惨めな方法で殺されてしまうからだ。 「みんな、ありがとう~♪ 頑張り屋さんは大好きだよ~! ……そこのサボってる子、言うこと聞かないと殺すって言ったよね?」 恐怖に凍りつき動けなかった女の子。 高層ビルよりも巨大な存在が、自分ひとりに視線を向けている。 そして、その視線には嘲りと愉悦が入り混じっているのが誰にでも読み取れる。 凍りついていた脚はもちろん動かず、その場で失禁してしまう。 そんな憐れな女の子に歩み寄り、しゃがみ込んで摘み上げる朱莉。 しっかりと両手で掴んだ小さなアイドルを潰さないように気を付けながら、横倒しにしたローファーに向き直る。 「は~い! みんなこっちに注~目! 今からぁ、見せしめ公開処刑を始めま~す♪」 聞き慣れない単語に耳を疑うアイドルたち。 処刑。 そんな過激な言葉に反応して声の方へ顔を向けると、しゃがみ込んだ巨人がこちらに向けて両手を突き出している。 その先に摘まれているのは、当然のごとく彼女たちの仲間の女の子だ。 あまりの恐怖でおかしくなったのか、全身を震わせながら意味を持たない戯言を呟くばかり。 視点も定まっていないし脈拍も尋常ではないほど早くなっている。 だが、そんな些細なことは床にいる仲間たちは気がつけないし、処刑を宣告した本人である朱莉にとってはどうでも良いことだ。 「みんなが頑張ってお掃除してくれてるのに、一人だけサボってる人がいましたぁ~。こーゆう悪い子は私の奴隷には必要ありませ~ん! だからぁ、真っ二つの刑にしちゃいます♪」 朱莉は両手の人差し指と親指を使って女の子の胴体部を持った。 左右から添えられた人差し指の爪を腹部に突き立てると、女の子の柔らかいお腹は何の抵抗をすることもなく引き裂かれてしまう。 響き渡る絶叫。 内蔵を潰され、背骨を砕かれ、ついには綺麗な爪が小さな体を貫いてしまった。 そのままゆっくりと左右の手を離していくと、小さな体は朱莉の宣言通りに縦に引き裂かれて真っ二つになってしまう。 半分ずつの遺体をローファー目掛けて軽く投げると、ベチャッという鈍い音を最期に周囲は静寂に包まれた。 「処刑完了♪ みんなも手を抜いたりしたらこうなっちゃうからね! 簡単にできるから、いつでも何度でもやってあげるよ」 アイドルたちは自分たちの運命をようやく理解した。 これから先の人生は、あの女に弄ばれ、虐げられ、苦しめられ続けることになる。 そして、そのうち気紛れに踏み潰され、握り潰され、引き裂かれるのだ。 これまでの華やかな人生とはまるで違う暗澹たる地獄。 逃れることのない絶望に声を出すこともできない。 そんな中でも、アイドルたちは取り敢えず、目の前の仕事に取り掛かることを選んだ。 仲間の死体がこびり付いた女のローファーに全身を擦り付けて綺麗にする作業。 今日、この瞬間を生きるためにできることに全力を注ぐしか無い。 そんな彼女たちの悲壮な献身ぶりに朱莉は満足そうな笑みを浮かべるのだった。