必勝
Added 2020-07-26 05:29:48 +0000 UTC必勝。 必ず勝つという強い意味を持つ言葉だ。 学生スポーツの場においてもよく見聞きするが、それは意気高揚を目的としたスローガンに過ぎず、決してそれ本来の意味で使用しているわけではないはずだ。 あまり熱心に部活に取り組んでいないような学校では使われることも稀だろう。 実際、妃凛が通う公立高校の空手部では使われることはない。 しかし、妃凛は公式戦で一度も勝ったことのない弱者でありながら、個人的に必勝を自らの行動指針としており、それを実現するために努力を重ねてきた。 そして、県が主催する小規模な交流戦の当日である今日、その努力の成果を存分に発揮することができそうだった。 様々な用途に使用される公共体育館。 県内から続々と参加する学生たちが集まってくる。 殆どは保護者の自家用車やレンタルバスを使っているようだが、中には最寄り駅から一時間近くかけて走ってくるような者までいる。 決して大きな大会ではないのだが、それでも真面目に取り組む高校生たちにとっては重要なイベントなのだろう。 もうそろそろ開会式というとき、妃凛は一人で薄暗い倉庫にいた。 一般的な高校の教室より一回り狭いくらいの倉庫は、武術場から少し離れたところに設けられた、一般屋内競技の道具を収納するためのものであり、空手大会のある日に人影はまったくない。 朝少し早めにやってきた妃凛は、雑多に置かれた道具類を端に避けて倉庫の中心部にスペースを確保していた。 「はじめまして。今日、貴方達とお手合わせ頂く妃凛と申します。突然のご無礼、お許しください」 誰もいない空間に自己紹介とお詫びを伝える妃凛。 奇妙な光景であったが、よくよく見ればその視線がとても低いことに気がつくだろう。 妃凛の低すぎる視線の先には、白い服を来た人形が並んでいた。 人形をしたそれは、道着に身を包んだ小さな少女たち。 妃凛が交流戦で対戦することになっていた他校の生徒たちだった。 会場に到着すると同時に光りに包まれ、目を開けたらこの暗い場所に閉じ込められていたのだ。 わけも分からず目の前の巨人を見上げることしかできなかった。 「最初にご説明します。今の貴方達は縮尺10分の1、だいたい15センチ~17センチくらいです。私が貴方達を小さくして、ここに連れてきました」 意味の分からないことを言う初対面の女。 だが、周囲を見渡してみれば自分と同じくらいの大きさのバスケットボールや、見上げるほど巨大なスコアボードなどが景色として存在している。 10分の1になったとすれば、確かにこのような光景が広がるだろう。 「私、どうしても皆さんに勝ちたかったんです。それで、いろいろ考えてようやく思いついたんです。……不戦勝も勝ちは勝ちだって」 不穏な空気が流れる。 目の前で丁寧な口調で語りかけてくる女は、外見だけならクソ真面目な印象しかない。 まったく手を入れていない黒髪を後ろで一本にまとめ、着ている道着も使い込まれているのに汚れはないのだ。 だが、そんな真面目そうな少女の瞳の奥から得体のしれない狂気を感じる。 小さくされる前なら互角以上に渡り合えた相手だろうが、今は恐竜を相手にしているかのような体格差であり、誰の目にみても勝ち目など無い。 絶対に敵わない強大な力を持つ存在。 それに恐怖を覚えるのは、生物として当然のことであった。 「だから皆さん、死んでください。あ、いえ、違いますね。私が殺します。……正々堂々、私と戦って死ぬんです。本望ではありませんか?」 薄っすらと感じ取っていた不安が急速に形を整えて襲い掛かる。 しかし、その一方でこうなるのではないかと頭の片隅で理解していたのか、取り乱すことなく受け入れることができた。 こんな理不尽な殺人を受け入れるなど常軌を逸しているのだが、すでに巨人の狂気に当てられて頭も心も正常ではなかったのだろう。 「まずは貴方からです。お手合わせ、よろしくお願いします」 妃凛が最初の対戦相手を指名する。 もともと、交流戦でも最初に戦うはずだった小柄な少女は呆然としたまま動かない。 そんな少女をしゃがみ込んで摘み上げた妃凛は、手足をバタバタと動かし抵抗する少女を片手で持ったまま立ち上がり、壁際に歩み寄る。 そして、そのまま壁に正拳突きをするようにして少女を叩きつける。 回避や防御どころか、悲鳴をあげることすら出来ないまま最初の対戦者は頭部と上半身を壁に潰されてしまう。 即死だった。 妃凛が手を話すと、ピクピクと痙攣しながら下半身が壁から落下した。 上半身だった血肉もゆっくりと壁からタレ落ちていく。 「ありがとうございました。……休憩は不要です。次の方、お願いします」 一人が犠牲になってようやく体が自由を取り戻した。 残された二人は意味のない絶叫をあげながら狭い倉庫内で逃げ回る。 狂っている。 残虐で容赦なく、しかし淡々と人を殺せるあの女は間違いなく狂っているのだ。 だが、その狂人は極めて冷静だった。 この倉庫の鉄製のドアは彼女たちが力を合わせても一ミリも動かせないし、通風孔の類にはネズミ対策の金網が設けられている。 逃げ場などない。だからこそ、ここを処刑場に選んだのだ。 「無様ですよ。武人らしくなさい」 妃凛は必死に逃げ回る人形たちに歩いて追い付き、二人目の対戦者を素足の下に捕える。 背中を踏み付けて床に押し付けると、足の親指と人差指の間から頭部だけが覗いていた。 そのまま指の間に挟み込んだ頭を潰さないように気を付けながら、スッと足を持ち上げて壁に掛けられた姿鏡に足を写す。 鏡に写り込む囚われの女の子が恐怖に顔をグシャグシャにしているのを見て、妃凛は思わず笑ってしまった。 「フフ。私の足より小さいじゃないですか。……抵抗しなさい。捻り潰しますよ」 巨大な肉の塊に頭部を押し潰される恐怖。 囚えられた女の子は自分の頭が容易く破壊されて、残された体が落下していく様子を想像してしまった。 両手に渾身の力を込めて足指を退かそうとするが、残念ながら僅かに表皮がたわむ程度で内側の筋肉や骨はピクリとも動いていない。 圧倒的な体格と質量の差はあまりに無情にして絶対的だった。 「それで全力ですか。分かりました。なら、私の勝ちですね」 グチャ。 空手少女の足指が小さな人形の頭を捻り潰した。 本物の人形ならば綿がヘタれるだけだが、残念なことに本物の人間はそうはいかない。 足指は容易く頭蓋骨を粉砕し、妃凛にくすぐったい不快感を与える。 哀れな犠牲者の亡骸が床に落下したのを追うようにして足を振り下ろす。 千倍の重量を持つ少女の足裏が、頭部を失っていた死体を容赦なく破壊して、肉片を周囲に撒き散らした。 「これで二連勝ですね。最後は貴方です。よろしくお願いします」 倉庫の隅で小さな体を丸めて震えている少女。 ああ嫌だ。死にたくない。殺されたくない。 生まれて始めて経験する濃厚な死の予感に震えが止まらない。 だが、殺戮鬼が近づいてくる足音はしっかりと聞き取れてしまった。 彼女は最後の勇気を振り絞って、迫りくる巨人の方へ振り返り、そのまま土下座をした。 降参と恭順。 その意思表示によって許しを得ようとする、浅はかながら切実な態度だった。 「降参ですか? いいでしょう。 ……では、試合と関係なく処分しますね」 当然の帰結だった。 すでに二人を殺害した妃凛が生き残りを許すはずもない。 勝負の有無など関係なく、縮められた瞬間に彼女たちの命運は尽きていたのだ。 最後の対戦相手を乱雑に掴み上げて顔の前に持ってくると、人形の泣き腫らした顔を十分に堪能してから、グッと手を握り締めて全身の骨と筋肉をズタズダに壊してやった。 そのまま軽く宙に放り投げると、妃凛はその場で身を翻す。 何度も練習した回し蹴りで正確に対戦相手を捉えれば、その破壊力で小さな四肢を引き裂きバラバラに吹き飛ばすことなど容易い。 最後の犠牲者は人間としての原型を留めることなく、周囲に散らばった。 「ふぅ。お手合わせありがとうございました」 形ばかりの一礼を持って妃凛の交流戦は幕を下ろした。 これを機に妃凛の対戦勝率は飛躍的に向上する。 その全てが対戦相手の失踪による不戦勝なのだが、妃凛は満足していた。 彼女にとっては勝利した事実こそが重要なのであった。