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お散歩

お散歩。 今日の実沙は部屋の中だというのに靴を履いていた。 足首までを覆う黒い生地と対照的な白の靴紐が強いアクセントとなるスニーカー。 爪先とソールにも白が採用され、靴のインサイドにはブランドの星のマークがついていた。 先日、通学用に制服に合わせて買ったものだが、なかなか気に入ったので私服にも合わせてみようと思ったのだ。 朝からいろいろ組み合わせてみて、最期には白無地のロングシャツとストレッチの効いたデニムパンツという組み合わせに落ち着いた。 これが一番動きやすく、また大人っぽく見える気がしたのだ。 合わせる服装が決まったなら、次は靴の履き慣らしが必要だ。 実沙はお散歩に出かけることにした。 その町はこの数年で急速に発展した。 都心へのアクセスの良さ、地質的な災害への強さが人気となって人口はすでに100万人を超えた。 ターミナル駅のある町の中心部には続々と高層ビルが建設され、そのどれもが埋まっているのだ。。 中心部から少し離れると、地価が安い頃に買い占めた広大な土地に大学が立っている。 キャンパスの広さと学生数は日本の中でトップを争うほどである。 さらに郊外に目を向ければ、町を囲う山々をそれを覆い尽くすメガソーラーパネルが太陽を反射する。 この世界有数の大規模ソーラーパネルは町の電力を全て補うことができ、こうした取り組みにとって近未来都市のモデルに選ばれるなど、何かと注目を浴びている町だ。 そんな目立つ町だからこそ、不幸にも実沙のお散歩コースに選ばれてしまったのだ。 「ねぇ小人さん、新しい靴を買ったんです。似合ってますか?」 何の前触れもなく町の郊外に現れた実沙。 彼女が軽く足を持ち上げて住宅街に翳すと、その陰に覆われた小人たちが恐る恐る空を見上げる。 彼らの目に見えるのは自分たちもよく知っているものだ。 幾何学的な紋様が浮かぶそれは、ゴム質の靴底だった。 230メートルもあることを覗けば何の変哲もない普通のスニーカーなのだろう。 「あ、これじゃ良く見えませんよね♪ はいっ♪」 当然のように足を下ろした実沙。 足元にいる彼らにも見えるように下ろしてあげたのだ。 サクッとした感触が微かに伝わり、何十もの住宅と何百もの人間がその下に消えたのがわかる。 あまりに小さくあまりに弱い彼らは、女子高生が足を乗せただけで死んでしまうのだ。 凄まじい激震と爆風が住宅街を襲い、直接触れていないはずの建物まで次々に倒壊していく。 巻き起こる悲鳴と怒号。 小人たちは頭で考えるよりも先に、生物の本能として走り出した。 死にたくないという最も根源的な衝動が彼らを突き動かす。 「あれ? 小人の癖に無視するんですか? 生意気ですよ♪」 振り下ろしたばかりのスニーカーを左右に大きく動かす。 それは子供が地面に書いた落書きを消すかのような仕草。 230メートルもの巨大な津波が小人の町を磨り潰し、押し流して瓦礫とゴミの堆積物へ生まれ変わらせる。 小さな家々は何の抵抗をすることもなく、靴底に潰され消えていった。 もちろん、そこに暮らしていた数千もの小人も道連れだ。 「今からちょっと歩きますね。踏んじゃったらごめんなさい」 もし、なんて前置きはあまりにも空虚だ。 実沙は言うまでもなく全てを踏み潰すつもりでいる。 その証拠に、歩き出した実沙の歩幅は普段の半分以下のとても狭いものだった。 足元では住宅街が次々に踏み潰され、白と灰色だった大地が靴型の茶色に塗りつぶされていく。 蹴散らすという言葉はまさにこの瞬間を言い表すためにあった。 住宅街からほど近くの大型スーパーマーケット。 まさに昼前の賑わう時間帯であり、多くの人が買い物に訪れている。 突如現れた巨人が轟音と暴力的な振動を巻き起こすため、彼らは床に伏せて腕で頭を守っていた。 商品棚が倒れる度に数人がその下敷きとなって死傷し、天井が崩落すると巻き添えとなる小人の数は加速度的に増えていく。 そして、ついに轟音が途切れて振動も止まった。 小人たちは変わり果てた店内から命からがらに脱出し、周囲を見渡す。 だが、入り口から出てすぐの場所からでは建物が邪魔をして災害の正体を見ることは叶わなかった。 立ったまま右脚を曲げて、スニーカーの踵をお尻に着けて待っていた実沙。 片足立ちの姿勢のまま小人たちが建物出てくるのを見計らって、爪先をスーパー向けてに二度叩きつけた。 トントン。 普段なら靴を履いた直後に足に馴染ませるための動作。 すでに歩き出した今では全く意味のない動作だが、それによってスーパーは瞬時に叩き潰され、何百といた小人は弾け飛んでしまった。 叩き潰したスーパーから道路を挟んだ向かいには、低所得者向けのアパートが立ち並んでいる。 全部で十棟のアパートが二列に立ち並び、アパートの間には駐車場と公園が整備され、真上から除くと区画全体で景観が作り出されているのがわかる。 それら全てをたったの一蹴りで消し飛ばす。 無数の瓦礫が宙にまき散らされ、まだ破壊されていない地域に降り注ぐ。 「なかなか気持ちイイですね~。次は何にしましょうか」 小人が長年かけて作り出した町の全てを一瞬で蹴散らしゴミに変える新品のスニーカー。 建物も車も人間も関係なく230メートルの巨足で踏み潰して足跡に変えてします。 次にその歩みが止まったのは、電車を見つけたからだった。 10両編成の電車は実沙のお散歩が原因で脱線し、その場で動けなくなっていた。 糸のように貧弱な電車の中では千人以上の小人たちが逃げることもできず、ただただ怯え泣き叫ぶ。 「フフッ 早く逃げないと死んじゃいますよ?」 小人たちの返事を待つことなく爪先で最後尾を踏みつけた。 アルミ箔で出来ているかの如く、なんの感触もないまま電車は潰れていく。 次の瞬間には二両目の車両を踏み潰し、爪先を擦り動かすようにして次の車両も消し去ってみる。。 ほんの数秒で何百人か殺したはずだが、小人が逃げ出してくる様子がない。 電車のドアが故障して開かないとことを実沙が知る由もない。 大して面白くないので残りはまとめて一踏みで葬り去ってやった。 線路の先には駅がある。 二度と来ることのない電車を待ち続ける小人たちが大勢いるはずだ。 そして予想通り駅には小人が溢れかえり、中には線路に転落する者もいた。 実沙は線路脇に並び立つアパート群ごと線路を踏み潰しながら、ゆっくりと駅に向かう。 ちゃんと駅を踏み潰せるように歩幅を調整している。。 傍から見れば普通に歩いているようにしか見えなかっただろうが、新品のスニーカーは狙い通りに数千の小人ごと駅を瓦礫にしたのだ。 避難所に指定された中学校を見つけた。 さっそく近寄ると踵で地面に線を引く、中学校をグランドごと囲い込んだ。 単なる思い付きで深さ五十メートルの穴を生み出した実沙。 閉じ込められた小人が悲鳴を上げるが、あまりに小さく実沙には聞こえなかった。 「ねぇ小人さん、皆で頑張って私の靴を押し返してみてください♪」 こつん。 爪先で校舎を軽く蹴って瞬時に瓦礫の山にしてやった。 校舎の中にいた数百人の小人たちはコンクリートと共に血煙になって消え去った。 たった今、校舎を消し去った右足をそのままグランドに残る小人たちの真上に翳してゆっくりと下ろしていく。 迫りくる超巨大なゴム底には滑り止め用の文様が刻まれ、そこから無数の破片が降り注ぐ。 実沙が直接触れなくても、足をかざしただけでも小人たちは死んでしまうのだ。 「準備はできましたかぁ?」 先ほどの瓦礫の比ではない重量の足が落ちてくる。 実沙の言うことを素直に聞いて健気に押し返そうとする小人もいたが、彼らの頑張りなどなんの意味もない。 校庭にいた全員がゆっくりと押し潰され、女子高生の足の下に消えた。 「弱すぎです♪ もっと鍛えておかないと!」 次の玩具を探してキョロキョロしていた実沙の目に留まったのは、太陽を反射する水溜りのようなものだった。 その正体はこの町が誇る大規模ソーラーパネルの集まりだ。 ほんの数瞬の間だけ巨大な女の子の興味を引き付けたが、残念ながら実沙に気に入られるようなことはなかった。 巨大な少女が唐突に中心部に向けてジャンプした次の瞬間には、両足が着地した衝撃によって吹き飛ばされて跡形も残らなかった。 この町の総合病院は周囲と比較すればとても大きな建物だ。 常時から五百人以上の入院患者を受け入れ、非常時にはその倍の人数が収容できるのだ。 実沙が町で遊ぶと小人は決まって病院に集まってくるが、この病院もその例に洩れず、中庭と駐車場まで使って収容限界の何倍もの人々の治療にあたっていた。 「みなさん怪我しちゃって苦しそうですね。いま楽にしてあげますねっ♪」 何の躊躇いもなく左足を持ち上げると、人で埋め尽くされた駐車場に振り下ろして皆殺しにする。 患者も医者も看護師も遺体も関係なく、新品スニーカーの下敷きとなって消えていった。 「はい、次はこっち~」 プチプチプチ。 続いて右足が宙に浮いたかと思うと、次の瞬間には中庭にいた小人を葬り去る。 皮肉にも女子高生の二踏みによって、あっという間に患者の数は適正数に戻った。 駐車場と中庭に足を付けると、ちょうど病院を跨ぐような姿勢になる。 股間のはるか下にある病院はなんだか怯えているようだった。 「みなさんは右足と左足、どっちで潰されたいですかぁ~?」 彼らを怖がらせようと実沙がその場で足踏みを始める。 身長1,630メートルの巨人が履く230メートルのスニーカーが地面に叩きつけられる度、股下にある病院は上下に激しく揺られる。 建物の中にいた小人は立っていられずに跳ね飛び回り、次々に壁に叩きつけられ絶命する。 そして、それは一度や二度じゃない。 何度も何度も足を振り下ろしていると、ついには触れていないのに病院が倒壊してしまった。 「はい、おしまいです♪」 倒壊した病院の瓦礫を一蹴りで蹴散らし、その跡地から周囲を見渡してみると、町はまだ半分以上が無事に残っていた。 だが靴の履き慣らしとしてもう十分だった。そろそろお腹も空いてきたので帰ることにした。 手早く終わらせるために自分の身体を大きくしていく。 スニーカーが周辺の建物を飲み込んで消し去る。 さっきの十倍である16,300メートルまで巨大化すると、見える景色が大きく変わる。 どんなに大きな建物であっても砂利と同じくらいでしかなく、空に浮かぶ雲は脛を少しだけ湿らせた。 町の中心街。 ターミナル駅を中心に北側がビジネス街、南は商業施設が立ち並ぶ。 土曜日ということもあってビジネス街は閑散としているが、商業施設はどこも賑わっていた。 町が蹂躙されていることにほとんどの小人は気づいていたが、すでに町中の電気が止まっている。 主力のメガソーラーが女子高生のジャンプ一階で消え去り、また送電網もいたるところで途切れていた。 もちろん電車も動かないし、信号機も動かない。 交通のマヒした町から逃げる手段は歩くことだけであり、それでさえ数万の人込みによって阻まれてしまう。 遅々として避難できない小人たちの頭上から太陽の光が消えた。 代わりに空を支配したのは青い布。 小人たちはそれが十代の女の子が履くデニムジーンズであることを、残りの短すぎる人生では理解できなかった。 「ちょっと失礼しますね♪」 当たり前のように中心部に座り込んだ実沙。 実にあっさりと、お尻の下で数百の建物と数万の小人を捻り潰してみたが、デニム生地に阻まれてその感触が全くない。 何度かお尻を地面に擦り付けても同じこと。 何を感じることもなく、楽しみにとっておいた中心部を使ってしまった。 体育座りの姿勢から右足を持ち上げる。 2キロを超える靴底がまだ潰れていない町に影を落とす。 「この町は何回で潰せるかな~」 町の上空で足首を回す実沙。 世界にあるどの人工物よりも巨大な足が自由自在に動き回る様は、その威容で地表の矮小な生き物を絶望させた。 自分たちの頭上にあるものが見慣れた存在であり、何の躊躇もなくその圧倒的な力で全てを破壊していく。 足を下ろす。 そんな単純で当たり前なことで、いったいどれだけの命を奪うのだろうか。 すでに彼女に奪われた人命は十万を超えているが、これからの数分間でその数は何倍にも膨れ上がるだろう。 そんな彼らの不安など興味もない実沙は、座り込んだ自分の目線と同じぐらいの高さを飛んでいる飛行機に視線を向けていた。 不運な旅客機に乗り合わせた500人の乗客たちは、機体の小さな窓から見える異常な光景に釘付けだった。 「おっきな飛行機ですね~。 ま、足の小指より小っちゃいんですけどっ♪」 機体の全長が80メートルに迫る大型機も、実沙にしてみれば1㎝に満たない羽虫のようなものだ。 実沙がその気になれば吐息だけで粉々に出来てしまう。 突如として現れた死の運命に逆らうため、飛行機はエンジンが壊れる覚悟で出力を限界まで出し切った。 人類が生み出した移動手段の中で最速を誇る飛行機。 徐々に加速しながら実沙から距離を取っていく。 「もしかして逃げてるんですか? ハハハッ、ノロマは死んじゃえ!」 町の上に翳して遊ばせていた右足。 それをほんの少し動かしてみれば、旅客機は自分の何百倍もの質量をもつスニーカーと激突して爆散した。 実沙の美脚は8キロもの長さがあり、飛行機が全力を出しても逃げ切るには何十秒もかかる。 もちろん、そんな時間を待つつもりもないし、仮に待ったとしても歩いて一歩で追いつき踏み潰せる。 どんな手段を使っても人類が実沙の遊びから逃げることはできないのだ。 「あ、空港見付けちゃいました。さっそく潰しま~す」 先ほど蹴り落とした飛行機が向かっていた空港。 中規模ながらも複数の路線が乗り入れており、残酷な巨人から逃れようとする小人たちが押し寄せていた。 当然、その殆どは飛行機に乗る資格など持ち合わせておらず、出るはずもないキャンセルを祈りながら待っているのだ。 たまたま今日のフライトを予約していた幸運な人々は、祈るだけの彼らにそれぞれの感想を抱きながらも無言を貫いた。 そして、彼らは皆等しく女子高生の靴底で肉片と化した。 一踏みで空港の大半を押し潰し、グリグリと捻りを加えることで残りも部分も全て消し去る。 ターミナルビルも飛行機も滑走路も格納庫さえも跡形も残らない。 もちろん、一万人以上も集まっていた人々も誰一人として生き残ることはなかった。 「この広いのは大学かな? 踏み潰しま~す」 「この高層ビル頑張って建てたんだね! 踏み潰しま~す」 「あ、また病院に集まってる。小人さん本当に馬鹿なんだね! 踏み潰しま~す」 「川にたくさん橋を架けて便利そうですね~。全~部、踏み潰しま~す」 「この白くて丸いのなんでしょ? なんとかドームかな? よく分かんないけど踏み潰しま~す」 「なんかの研究所みたいなの見っけ! 踏み潰しま~す」 「この辺は小さくて面白いのないですね。まとめて磨り潰しちゃいますよ。ほら、ズリズリ~っと」 実沙は座ったまま町に残っていた目に付くものを次々に踏み潰していく。 彼女の2,300メートルもの巨足は当然、狙ったもの以外を巻き込んで大地を踏み締める。 巻き添えになって死んでいく小人の数はまちまちだったが、どんなに少なくても千人以上の命を奪っていく。 女子高生が気まぐれに行う大虐殺に終わりはない。 町の大半を足跡に変えた実沙は、自分の背にして意図的に残しておいた町の北側に向き直った。 「んー、生きてる人は残り一割くらいですか? だいぶ減っちゃいましたね」 あまりに小さく姿も見えないような小人たちに話しかけながら両腕を地面に付けると、代わりに両脚を持ち上げた。 青いデニム生地に包まれた二本の巨塔が宙にVの字を作り上げる。 どれだけ人類が集まり力を尽くして物を作ったところで、この脚に比べればちっぽけなゴミでしかない。 もし、山よりも巨大なこの脚が町に振り落とされることがあれば、生き残っている僅かな小人たちなど瞬時に消し飛んでしまう。 それこそ、跡形も残らず全てを破壊しつくして町の跡地に君臨するのだ。 「フフッ。このまま脚を降ろして皆殺しにしちゃいましょうか? ほらほら~、死んじゃうぞ~」 宙に浮いたまま脚を閉じたり開いたりを繰り返してみる。 全長、太さ、重さの全てにおいて自然物でさえ比較にならないほど巨大な両脚がぶつかり合うたび、人類では生み出せない莫大なエネルギーが無慈悲に振るわれていく。 大地を揺らし建物を破壊する激震、大気を蹂躙する暴風、そして人間を水風船の如く爆ぜさせる爆音。 女の子が面白半分に自分の脚を動かすだけで、触ることもなく町は破壊されていく。 「疲れてきちゃったから脚下ろしますね♪ 真ん中の方に集まらないと、脚の下でプチッてなっちゃいますよ」 あまりに唐突で無慈悲な処刑宣告。 生き残るため素直に移動する者、怪我をして動けないまま生を諦める者、聞こえるはずのない罵倒や悲鳴を上げる者、小人たちの反応は様々だった。 数秒の猶予を与えて小人たちが怯え泣き叫ぶ様を想像して楽しむと、一気に全長8キロの巨脚を町に叩き付ける。 V字に開いておいたことで、直接押しつぶされたのは残っていたうちの半分程度だった。 だがしかし、この一撃は今日この町を襲ったどんな衝撃よりも大きく残酷で、残っていた建物全てを瓦礫に変えた。 それでも生き残った僅かな小人たちは、山脈の如く聳えるジーンズに包まれた脚と股間を前に絶望していた。 もう自分たちが助かることはない。それを嫌でも理解してしまった。 「ねぇ小人さん、いま私が脚を閉じたら皆死んじゃいますけど、もしお願いを聞いてくれたら助けてあげるって言ったらどうします? なんでもしますかぁ?」 ほんの微かな希望。 身長16キロメートルの残酷で冷酷で遊び感覚で虐殺を働くような女の子から初めて提案があった。 小人たちは希望に縋ろうと口々に答えた。 なんでもします。どんなことでもします。だから助けてください。 生き残った三千名に満たないような小人たちは、十代の女の子に必死に命乞いをしていた。 「そうですよね! 死にたくないから何でもしてくれますよね! でも、もし失敗したらお仕置きですよ♪」 彼女の発したお仕置きという言葉は小人を戦慄させた。 しかし、どのみち自分たちが助かるには彼女の言うことを聞くしかないのだ。 だからこそ、彼らはそれでもいいと言わざるを得なかったのだ。 「うん、じゃあ、お願いです! 今から一分以内に両足の靴紐を解いてください♪ 簡単ですよねっ♪」 不可能だ。 地表から垂直に聳え立つスニーカーは2,300メートルの山の如くそこにある。 蝶々結びの靴紐があるのはその半分程度の高さだが、それでもこの国にある最大の建造物より遥かに高い位置だ。 装備を整えて数日がかりでよじ登るか、ヘリコプターや飛行機を使わない限り到達することすらできないだろう。 そして、仮に到達したところで巨人の力によって結ばれた紐を解くなんてことは重機を使っても実現できないだろう。 小人たちは無力な自分を遥か高みからせせら笑う女の子に対し、何もすることが出来なかった。 「どうしたんですか~? あ、もしかしてやり方が分からないのかな? 仕方ないからお手本見せてあげますね!」 そう言って上半身を倒して左のスニーカーに手を伸ばすと、一瞬にして綺麗な蝶々結びを解いて二本の紐に戻して見せた。 小人たちがどれだけ集まっても成し遂げられない歴史的な偉業も、実沙にすれば日常的な動作でしかない。 「クスクス。片方は私がやっちゃたので、大サービスで右のスニーカーだけにしてあげます! どうせ無理だと思いますけど、助かりたいなら残り三十秒で頑張ってみてください」 大半の小人がその場に座り込んで諦める中、僅かな希望に縋ろうと実沙の右足に向かっている小人たちがいた。 彼らはとても勇敢だが、残念なことに所詮は矮小な小人でしかなく、少な過ぎる残り時間では靴に辿り着くことさえ出来そうにない。 次の瞬間に死にもの狂いで走る彼らの遥か頭上から降り注ぐ巨人の言葉は、あまりに残酷で無慈悲だった。 「はーい、時間切れです♪ 一分かけても女の子の靴紐が解けないなんて恥ずかしくないんですかぁ? ほら、こ んなに簡単なことなんですよ?」 先ほどと同じようにあっさりと紐を解く実沙。 小人たちに見せつけて無力感を煽るのは何度やっても楽しいものだった。 両方の靴紐を解いた実沙はスニーカーを地面に置いたまま、器用に足だけを抜き出した。 白いアンクルソックス包まれた小ぶりな足は、十代の少女の代謝によって少しだけ汗の匂いを放つ。 「じゃあ約束通りお仕置きしちゃいます!! み~んな、靴下の汚れになっちゃってください♪」 アンクルソックスは今日初めて履いた新品だ。 スニーカーも新品だったこともあって殆ど汚れは見受けられないが、汗を吸って少し湿っている。 一度でも足を踏み降ろせば足裏は泥だらけになってしまうだろう。 もちろん、埃のように小さな人間はその重量に耐え切ることはできず瞬時に弾けるだろうが、あまりに小さすぎて肉片が繊維にこびり付いても実沙からは見えないだろう。 「ズシーン! ズシーン!はい、グチャグチャ~」 すでに残骸と化した町の僅かな生き残りに向けて次々と足を踏み下ろす実沙。 灰色だった大地が茶色の足跡にとって代わり、そこは深さ数百メートルの超巨大なクレーターに変貌していく。 三度も振り下ろしたことには、真っ白だった靴下は完全に泥だらけになり、そこに混じっている小人の肉片はやはり肉眼では確認できなかった。 圧倒的な力で弱者を蹂躙する快感が忘れられず、町が跡形も残らず消滅してからもしばらく踏み潰し続けてしまった。 「あ~あ、もう終わっちゃた」 ジーンズについた汚れを叩き落としながら立ち上がる実沙。 スニーカーを拾い上げながら身長16キロの少女が立ち上がると、その視線を遮れるものはなにもない。 靴下を履いた足もとに広がるのは、街並みなど面影もないただの地面でしかない。 「じゃあもう私は帰りますね。お腹すいちゃったので」 そう言い残した少女は次の瞬間には煙のように姿を消した。 100万を超える人々が住んでいた町に残されたのは、くっきり大地に刻まれた無数の足跡のみ。 だが、その凶悪な女の子の足も隅々までを踏み潰したわけではない。 極僅かな踏み残しには町の瓦礫が残り、その下では瓦礫に押し潰されながらも息のある者がいた。 まさに奇跡と言わざるを得ない確率による生存者。 本人にその自覚はないだろうが、無慈悲に殺害された小人たちがそれを知れば奇跡だといって妬まれることだろう。 それは230キロメートルもの超巨大なアンクルソックスに押し潰されて彼が死ぬまでの話だったが。 「戻ってきちゃいました♪ やっぱり生き残りがいたら不公平ですもんね!」 身長1,630キロメートル。 小さな国に匹敵する巨体となった実沙は、先ほどまで遊んでいた綿埃のように小さな地域を一踏みで消し去った。 足に力を込めて踏み締めることで、女子高生の足は何十キロも沈み込み、隆起した周辺の大地は世界最高の山を悠々と超える高さに達した。 実沙が足を持ち上げると、そこには宇宙空間からでさえくっきり分かる巨大すぎる足跡が残るのみ。 今度こそ言葉通りに跡形もなく町は消え去ったのだった。 「今度こそ本当に帰りますね! バイバイ!」 と言いつつも、お土産と言わんばかりに適当に周囲の町を五つほど踏み潰し、さらに三百万人を足裏のゴミに変えたみた。 満足した実沙は家に戻ってスニーカーを玄関に置き、汚れた靴下をゴミ箱に放り込むと、そのままバスルームへ向かうのだった。


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