正午
Added 2020-07-11 15:04:47 +0000 UTC正午。 両耳から伸びる青いコード。 ポケットまで伸びたコードの先にあるのは小型の携帯音楽機器だった。 最新機種の機器であり、色はクリアブルー。 青は自分の名前にちなんだ彼女のテーマカラーだった。 お気に入りの音楽を聴くためのシンプルなものだが、15歳の乃蒼にとってはどちらも高級品であり、頑張って溜めたお年玉を注ぎ込んでようやく購入したのだ。 プレイリストの再生が終わるのと、予定の正午が訪れるのは見事に同時だった。 イヤホンを外して機器に巻き付けると、無造作にパーカーのポケットに突っ込む。 カラーコンタクトで青に変えた瞳が光り、同じく青く染めた髪の毛先が映える。 市内で一番大きな交差点を悠々と塞いでいた乃蒼の靴。 十代に人気のロゴが入ったブランドスニーカーだった。 アスファルトなど存在しないかのように155メートルの巨体に相応しい重量で大地を沈めている。 白いスニーカーと対照的に、黒のニーハイソックスを履いた蠱惑的な脚はその先に続くチェック柄のミニスカートの中に消えた。 適当に選んだ無地の紺色パーカーの下には防寒用のTシャツを着こんでいた。 「チビ虫どもヤッホー! 暇潰しにこの町ブッ壊しちゃうから宜しく~☆」 片手をひらひら振りながら足元の小人たちに語り掛ける乃蒼。 突如として出現してからの数分間、乃蒼がその場で動かなかったことで足元には多くの野次馬が集まっていた。 何も知らない、いや、何も考えていない彼らは手に持った携帯カメラを乃蒼に向け、不躾にもそのシャッターを切り続けていた。 「ねぇねぇ上手に撮ってくれた?」 乃蒼が軽く持ち上げた靴を彼らの頭上に翳した。 22メートルの巨足はその大きさからは想像もつかないほど軽やかに、また当たり前のように五十メートルの上空を占めた。 まだ買ったばかりなのか、溝の凹凸がはっきりと浮かんでおり、意図せず踏み砕いたコンクリの塊がパラパラこぼれ落ちる。 「この靴可愛いでしょ。これで皆をグチャグチャに踏み潰しちゃうんだよ♪」 足元にいた小人たちは誰ともなく一斉に逃げ出した。 周囲の他人などまったく気に留めることも無く、時には突き飛ばしながら四方に散っていく。 だが、中には足が竦んで動けなくなってしまう者も少なくなかった。 ダンッ、と力強く振り下ろされたスニーカーが彼らの命を奪った。 「なんかブジュってしたぁ~ きゃははは!」 踏み潰した何十もの遺体を踏み躙る乃蒼。 圧倒的な重量を誇るゴム底が人間の体を粉々に粉砕する。 潰れた肉片と砕かれた砂が交じり合い、ただの赤黒い泥が出来上がった。 「どんどん行くよ~♪ それっ、それっ」 逃げ回る小人たちを次々に踏み潰す乃蒼。 普通に歩くだけでも時速400キロになる巨人。 わずか一歩で60メートルを移動してしまう乃蒼に対し、小人の移動はあまりに遅く、カタツムリのようですらある。 一点、カタツムリよりも遥かに脆く弱いという違いはあった。 「やっぱこれ最高~ めっちゃ楽しい☆」 必要すぎるほど周到に小人を踏み潰し続ける乃蒼。 アスファルトに深く刻み込まれた足跡には、どれも赤黒い何かがこびり付いている。 ほんの一分も経たないうちに、路上にいた小人の姿は全てが肉片に姿を変えていた。 足首を持って靴底を覗き込むと、靴底の凹凸にはギッチリと赤黒い汚れが詰まっており、乃蒼の口元に笑みが浮かぶ。 「じゃあ次はこっち! 早く出てこないとペチャンコになっちゃうぞ~」 並び立つ雑居ビル群の中のうち、一番近くにあったものに足を乗せる。 建物とほとんど同じような大きさのスニーカーは瞬時に屋上を叩き潰し、そのまま最上階を押し潰した。 うっかり踏み潰してしまわないように手加減したつもりだったが、乃蒼の想像より遥かに脆いのだった。 「早く早く~♪」 建物を左右に揺すってみれば、ビルは異常な力に翻弄されボロボロと崩れ落ち始めた。 そこまでなってようやく、中にいた小人たちは外に逃げ出す覚悟ができたらしく、瓦礫の降り注ぐエントランスから怪我をしながら出てきた。 この揺れによって床や壁に叩き付けられたのか、無事な人間はほとんどいないようだった。 「こんなにいたんだぁ~ みんな臆病すぎだよぉ」 ケラケラ笑う乃蒼とは違い、足元の小人たちはすっかり怯えていた。 彼らの頭上に聳えるのはニーハイに包まれた柔らかそうな太もも。 ビルを踏み付けるために持ち上げられ、若くしなやかな筋肉がそれを支えているのだ。 「じゃあこれ踏み潰すね。よっと」 ほんの僅かに足に体重を乗せる乃蒼。 サクサクサクという軽い感触がスニーカー越しに伝わり、雑居ビルは瞬時に瓦礫の山となった。 粉塵と埃が舞い上がり、小人たちを包み隠してしまう。 「よく見えなくなっちゃった! うーん、でも多分このあたりでしょ」 たった今ビルを踏み潰した右足を再び持ち上げる。 ただし、今度は爪先を付けたまま踵だけだ。 小人たちからすれば、先ほどまで自分たちがいたはずの建物が女の子の靴底に変わってしまったように思えただろう。 「チビ虫どもを駆除しま~す☆ えいっ」 爪先を引き寄せるように引き吊り、そのまま真後ろに向けて引き蹴りだしてしまう。 その場にいた小人たちは靴底に巻き込まれて次々に爆ぜ、微かな感触を乃蒼に与えて息絶えた。 肉片と化した彼らの残骸はビルの瓦礫と共に蹴りだされ、そのまま宙に消える者もあれば、対面のビルに激突するものもあった。 念のため生き残りがいないように粉塵を真上から二度三度と踏み付けると、乃蒼は上機嫌に周囲のビルを蹴り壊し始めた。 乃蒼が無慈悲な脚をしならせる度、ビルが砂山の如く爆散して爆ぜていく。 ビルの大部分を構成するコンクリと鉄筋を始め、机、イス、パソコン、キャビネットなどのオフィス用品までもがゴミのように宙を舞う。 もちろん、中に隠れていた小人の運命など言うまでもない。 黒いニーハイソックスに包まれた両足は、水溜りを掻き分けるのと同じぐらい余裕でビル群を蹂躙していく。 「キャハハッ 雑~魚! 死ね死ね~」 一歩ごとに不必要なほど脚を振り上げる乃蒼。 自分の持つ圧倒的な力を振るい、小さい弱者を蹂躙する快感。 どんな遊びでも得られない高揚感がふくよかな胸を満たしていく。 低層ビル群を両脚で掻き分けながら突き進む乃蒼だが、ふとその破壊を止めた。 乃蒼の目の前にあるのは周囲の低層ビルとは一線を画す巨大ビル。 町の規模からして不釣り合いなほど巨大なビルは、乃蒼を身長すら超えた170メートルだった。 「こんなのあったんだぁ~ へぇ~」 ガラス張りのビルに顔を寄せる乃蒼。 青い瞳に覗き込まれた小人たちは腰を抜かしてその場にへたり込んだり、机の下に隠れて頭を抱えたりしていた。 その怯え方に満足した乃蒼はビルから顔を離した。 「何かたくさん居るみたいだし、派手に蹴っ飛ばしちゃお☆」 音もなくスッと持ち上がった右足。 ビルの中から見えるようにフラフラと揺らしてみると、聞こえるはずのない悲鳴が聞こえたような気がした。 おそらく、この巨大な建物も乃蒼の一蹴りに堪えることは出来ないだろう。 瞬時に爆散して周囲に飛び散り、何千人も死ぬはずだ。 たった一蹴り。脚を少し動かすだけ。 それは何千もの命を消し去るのに十分すぎる力があった。 「ねぇねぇ怖い? 女の子に蹴られちゃうの怖い? 私がえいっ、てしたら皆死んじゃうんだよ?」 コツンと軽めに爪先をぶつけてみる。 ビルの壁面は何の抵抗をすることもできず、乃蒼の爪先を受け入れた。 窓を突き破り、柱を圧し折り、床も天井も滅茶苦茶に破壊する。 巻き込まれた小人は挽肉に変わった。 「ちょっとだけ待ってあげよっか? 特別に30秒もあげる! うれしいでしょ~」 足を持ち上げたままカウントダウンを始める乃蒼。 自分たちの運命を弄ぶ少女に対して浮かぶのは怒りではなく、恐怖だ。 非常階段など人で溢れまるで身動きは取れず、残された時間での脱出など絶望的だ。 諦めの中で彼らが縋ったのは遺志を残すこと。 思い思いの方法で最期の言葉を残そうとする彼らだが、乃蒼はそれすら許さなかった。 「嘘で~す☆ 時間なんてあげませ~ん! 皆殺しだぞォ~♪」 持ち上げていた右足でビルを蹴り付ける。 いや、蹴るというよりは大股で踏み潰したように見えた。 中層部に当てられた靴底を押し出すようにすれば、サクサクという軽快な感触を残してビルは踏み抜かれた。 当然、大穴の空いたビルが建っていられるはずもなく、数秒も経たずに無残な瓦礫と化した。 「ホントに一蹴りじゃん! 弱っ! キャハハッ」 町のシンボルを破壊した乃蒼は次の玩具を探し始める。 もう足元の小さなビルなど眼中にない。 もっと面白くて楽しくて満足できるものが欲しい。 適当に住宅街を蹴散らした乃蒼は学校を見つけた。 同い年くらいの子供たちが自分を呆然と見上げている。 中学を卒業してから進学することも就職することもなく、毎日を適当に過ごしている乃蒼とは対照的に今日まで普通に生きてきた子供たちだ。 「みんな真面目だねぇ~ 学校の勉強なんて意味ないのに、馬っ鹿じゃないの?」 校舎を跨ぎ越してミニスカートの下に収める。 そのまま脚を折り曲げていけば、校舎の屋上にパンツが触れた。 青と白の縞模様のパンツは生地が柔らかく、乃蒼のお気に入りでもあった。 「いいこと思いついた! 私と勝負しようよ! 私はお尻で皆を押し潰すから、皆は協力してそれを押し返すの! 負けたらプチッてなっちゃうから頑張ってね♪」 一方的に言い放った乃蒼はゆっくりと腰を下ろしていく。 縞模様のパンツは屋上の出入口を叩き潰し、なおも降下を止めない。 五階建ての校舎の最上階は一年生たちの教室だった。 乃蒼も進学していれば彼らと同じ教室にいたはずだが、残念ながら今回はだいぶ立場が違った。 脆く弱い玩具とその所有者。 そして所有者はとても残酷で惨いことが大好きな美少女だった。 「これじゃバランス悪いか。ほいっと」 僅かに腰を動かして前に押し出す。 女の子の柔らかい股間部を覆う縞パンは校舎を容易く粉砕して瓦礫にかえた。 小人の断末魔の悲鳴にもパンツは無情であり何も反応しなかった。 「はいっ、最上階は全滅~ ねぇチビ虫どもやる気あるの? すぐに終わらせちゃってもいいんだよ?」 軽くお尻を左右に振って校舎の上層部を吹き飛ばす。 巻き込まれた小人は一クラス分以上だった。 次が自分の番だと悟ったことで、校舎内に取り残された生徒たちは必死にパンツに向かった。 殴ったり、蹴ったり、棒で叩いたり、机や椅子を投げつけたり、あらゆる方法で自分たちを処刑する柔肉を遠ざけようとする。 「んん~? もしかして何かやってる?」 お尻に微かな痒みを覚えた乃蒼。 股を少し広げて小人たちの様子を覗き込んでみる。 どうやら彼らは自分のお尻相手に戦っているらしい。 「……ねぇ。私は押し返せって言ったよね? なんで言うこと聞かないの?」 その言葉に小人たちは動きを止めた。 確かに、この巨人は先程そう言い放っていた。 自分たちは生き残るために必死になっていたが、この巨人からすれば単なる暇潰しに過ぎないのだろう。 自分たちを遥か頭上から見下ろす瞳は、冷酷ながらも嘲りと喜びを秘めた不可思議なものだった。 「これってルール違反だよね。……悪い子にはお仕置きしちゃうぞ!」 ズドン。 その場に座り込んだ乃蒼は残っていた下層部の校舎を瞬時に敷き潰した。 建物も人間も関係なく平等に圧し潰したお尻は、その巨体を支えるために地面にめり込んでいく。 そのまま軽くお尻を動かしてみれば、縞模様のパンツが砂の城を蹴散らして蹂躙する。 七百人以上が通う学校が全て瓦礫に変わるまではほんの数秒だった。 「言うこと聞かないから女の子のお尻で潰されちゃうんだよ? でもまぁ、なんだかんだ最後はこうしちゃうつもりだったけどね~ フフッ」 瓦礫をお尻で磨り潰し、中にある遺体を生ゴミに変える乃蒼。 満足するまで蹂躙した乃蒼はその場で立ち上がり、体育館と部室棟、屋外プールなどの施設を適当に踏み潰してから高校を後にした。 当てもなく適当に町中を散策する乃蒼。 道路など気にすることも無く歩き回り、目に付いたものは全て踏み潰していく。 渋滞で動けなくなった車、走って逃げる小人、商店、ビル、とにかく見つけたものは片っ端から蹂躙した。 女性も子供も老人も病人も善人も関係なく平等にスニーカーで踏み付けて血肉片にしてしまう。 自分の圧倒的な力で弱者を蹂躙していく爽快感はどれだけ味わっても常に乃蒼を満足させてくれた。 そんな中、やけに小人が集まっている大きな建物を見つけた。 どうやら図書館などを併設する公民館らしく、災害時の避難場所に指定されているようだ。 「腰よりちょっと低いくらいかぁ。う~ん、上手くできるかな」 足元を気にせず公民館に近寄る乃蒼。 満車の駐車場を踏み躙り、そのまま足をスライドさせて手続き待ちをしていた大勢の小人たちを磨り潰した。 二度三度と足で掃いていけば玄関前は随分と綺麗になった。 「中にいるチビ虫どもよ~く聞いてね! 大切なことだよ♪」 適当に足元の箱に向けて話しかけてみる。 公民館は大きさは別としてデザインはまるで虫カゴだ。 虫けらに過ぎない小人にはピッタリであった。 耳を塞いでも遮れない轟音に小人たちの不安は最高潮に達した。 若い女の子から話しかけられただけで恐怖し、失神する者まで出る始末だ。 「皆はこの虫カゴごと殺処分することに決まったの♪ 急な話で悪いんだけど、死ぬ準備しておいてね~」 言いながら両脚の膝を曲げていく乃蒼。 十分に力を込めると、なんの遠慮もなくその場で飛び跳ねた。 155メートルの巨体が何十メートルもの高さを舞い、一瞬にして公民館を覆い尽くした。 そのまま重力に任せて足から公民館の真上に着地する。 ティッシュペーパーよりも脆弱な天井を瞬時に突き破り、何百という避難民たちを血飛沫に変えた両足は、床を抉り地面の奥深くまで彼らを埋葬した。 乃蒼の体重が生み出す莫大なエネルギーは足から大地に伝わり、振動となって周囲を襲う。 公民館など簡単に弾け飛び、周囲の住宅を巻き込みながら散らばって行った。 そこにいた小人など文字通り跡形も残らない。 「殺す前に教えてあげるなんて優しいでしょ♪ 死ぬまで一秒くらいあったし、反省とか後悔とかできたかなぁ?」 人の気配が一切消え去った瓦礫の山で笑う少女。 実際には一秒に満たない時間では言葉の意味を理解できたかも怪しい。 彼らは戸惑いと恐怖の中で気づいたら死んでいたのだ。 「う~ん、全然物足りないや! 今日は隣町も使っちゃお☆ 今から遊びに行くからね~」 小さいとはいえ一つの町を廃墟にした少女。 川で隔てられて健在な隣町をニヤニヤと眺めつつ、何から潰してやろうかと楽しげにしている。 彼女が満足するにはまだまだ犠牲が足りないのだった。