放課後
Added 2020-07-11 15:03:10 +0000 UTC放課後。 あれだけ色鮮やかだった校庭の木々の葉も枯れ始め、いよいよ冬が近づいてきた。 薄手のコートが無ければ外を歩くのは躊躇われる程だ。 実沙の通う高校では定期考査に向けて部活動が停止となり、放課後の校舎には人影があまり多くはない。 特に暖房の入らない廊下はいつも以上に寒く感じるのだった。 「だから少し身体を動かしたいの! ごめんね♪」 実沙は足元の小人を軽く蹴り飛ばす。 適当に見つけた男子生徒を十分の一の大きさに縮めているのだった。 軽く蹴ったといっても、小人からすれば車に轢かれたのと同じ衝撃だ。 胸元に爪先が直撃したことであばら骨はあっさりと砕け、いくつもの内臓を傷つけている。 肺が破れたのか呼吸の度に全身に激痛が走り回り、口から大量の血を吐き出すことになる。 つい数秒前まで普通に過ごしていたはずなのに、いったい何があったのか。 ズン、ズン 巨大なものが歩く振動が小人の恐怖を煽りたてる。 先ほど自分を蹴り飛ばした巨大な上履きが目の前に落ちてきた。 「寝てたら蹴りにくいじゃん。 さ、立って立って♪」 緑色の巨大な何かがその質量を誇示するかのように動き回る。 なんてことはない。 高校二年生の女の子が踏み下ろした上履きをグリグリ捻っているだけだった。 普段ならなんてことのない仕草でも、今は馬が暴れ狂っているようなものだ。 一番の違いは上履きはそれだけで完結しておらず、そこから伸びる脚のさらに先には馬など比較にもならないほど巨大な身体があるということだ。 そしてその巨体は人間の知性を持って、自分を嬲り殺そうとしている。 小人の頭の中に理不尽への怒りが芽生えることはなく、ただただ本当に怖くて仕方なかった。 とっさに頭を抱えて体を小さく丸めてしまう。 思考よりも素早く本能が生きるために必要な行動を小人に取らせていたのだ。 「ん~? もう立てないのかな? ま、いっか!」 実沙は再び小人を蹴り飛ばす。 道端の空き缶を蹴るように無造作に蹴り飛ばすと、小さな体が廊下を滑っていく。 小人が撒き散らした出血の跡はとても細い一本線を作り出す。 何度か回転しながら二メートルほどを進んだところで小人は完全に止まった。 そしてそのまま全く動かない。 背中を蹴られたことで背骨が砕け、通っている神経をズタズタに破壊してしまったのだ。 自らの意思で動かせるのは眼球だけだ。 その眼球が捉えているのは自分を殺そうとする後輩女子が近寄ってくる様子だった。 「こんな簡単にボロボロになっちゃうか~」 しゃがみ込んで小人を持ち上げる実沙。 手に取ってよく見てみればどうやら息はあるらしい。 しきりに咳き込んで血を吐き散らしている。 悪戯心を起こした実沙がギュッと握ってみれば、これまでの何倍もの吐血の後で動かなくなった。 あまりの圧力に負けて眼球が弾けたことには気が付かなかった。 「弱っちいね」 握り潰した小人を縮める。 本来の一万分の一まで小さくしたあとで手の平に息を吹きかければ、 小人の姿は一瞬にして消え去り二度と見ることはなかった。 実沙は次の玩具を探すための校内を探索することにした。 たまにこうして身近な人間で遊ぶとその背徳感が楽しめるのだ。 キョロキョロしながら歩いていると、教室の中で机を持ち寄って勉強中の女子三人組がいた。 全員が実沙と同じ学年だが話したことはない。 さっそく千分の一まで縮めてから近寄っていく。 「私も一緒に勉強させて!」 実沙が彼女たちの勉強スペースに近寄る。 東京ドームより遥かに広大な椅子の天板にいる小人たち。 地響きを立てながら歩いてくる実沙の身体は山のようなものだ。 巨体が生み出す暴風に飛ばされないよう、必死に座面にしがみ付く小人。 暴風が止んだ直後、見上げた彼女の前には見慣れたものが広がっていた。 当たり前のように向けられたお尻は薄いピンクのパンツに包まれている。 小人自身も似たような下着は持っているが、あれと同じものが視界を覆っているとは信じられない。 「この椅子借りるね。早くどかないとぺっちゃんこだぞ♪」 実沙は椅子の上にある小さなゴミに話しかける。 0.16ミリの小人の身体は普通の人間の目にはゴミにしか映らない。 いや、認識されるかも怪しいだろう。 いまここで椅子に座ろうとしているのが実沙でなければ気が付くことすら難しい。 実沙が注意深く見ていると、どうやら小人は背もたれ側に向かって走っているらしい。 だが命を懸けた全力疾走もナメクジより遅い。 その様子にニヤニヤしていた実沙もすぐに飽きてしまった。 「は~い残念♪ もう座っちゃいま~す♪」 ストン。 いつも通りに椅子に腰を下ろす実沙。 小さな命をお尻で捻り潰したがその感触はない。 少し腰を動かして位置を調整すれば、巻き込まれた小人の死骸も完全に消えてなくなった。 机の上には参考書とノートが所狭しと並べられている。 どうやら物理学のテストに備えた勉強会だったらしい。 「問題の出し合いっこしよ! 最初は私からね~」 実沙は机に隠れて見えない二人の小人に話しかける。 おそらく何があったかも分からずに椅子の上であたふたしてるのだろう。 足だけで器用に右の上履きを脱いで、紺のハイソックスをさらけ出す。 脚を伸ばして右側の椅子の上に乗せれば、二人目の小人の正面に230メートルもある巨大な壁が出現した。 紺色の壁は超高層ビルですら一瞬で破壊する力を秘めているが、不思議なことに人と同じ温もりを放っていた。 「じゃあ第一問! 身長が2ミリもない小さな小さな小人さんに、女子高生の足が圧し掛かったらどうなるでしょ~か♪」 椅子に乗せた右足の指をニギニギ動かす。 これほど巨大なものであっても、それが生き物であることをようやく理解することができた。 しかも自分と同い年の女の子の片足でしかない。 そんなものを首が痛くなるほど見上げていたのだ。 「わかんないかな? じゃあやってみよ~ えいっ☆」 紺色の壁が一瞬にして倒れた。 実際には足首を少し動かして足裏を椅子の天板に付けたに過ぎない。 瞬間的に莫大な量の空気が圧縮されることで、空気の塊を叩き付けられた小人はズタズタに引き裂かれた。 ほとんど同時に接地した紺ソックスによって小人の身体は消え去った。 「どう? もう忘れないでしょ」 小人を踏み潰した右足を上履きに戻す。 爪先をトントンして履き直せば、一分前と全く同じ姿勢だった。 最後の小人を机に広がるノートの上に転送した。 その場に座り込み怯え震える小人が可愛くて、咄嗟に叩き潰したくなった。 その衝動をなんとか抑えて小人をさらに怖がらせることにした。 「第二問! ……あなたは今日、生きて帰れるでしょうか」 小人の顔に意識を向けて観察してみれば、 泣きじゃくってグシャグシャになっているのが分かる。 何やら叫んでいるようだ。怒りの罵詈雑言か慈悲の請願だろう。 実際、小人の声を聞こうと思えば簡単なことだ。 だがあえてそうしてあげない。 「声が小っちゃくて聞こえませ~ん! 正解発表しますね♪」 小人の真上を実沙の手の平が覆い隠す。 白くて柔らかい女の子の手。 特別に大きなわけでもない実沙の手は小人の命を奪うのを楽しみに待っているのだった。 「正解は…… こうだっ!」 ダンッ! 数百メートルの巨大な手が振り下ろされる。 蟻や蚊を潰すのと何も変わらない。小さな体は跡形もなく粉砕されてしまった。 唯一の違いは叩き潰されるのが小さくなっただけの人間ということだ。 「ハハハッ! 楽しかったよ! じゃあねぇ~」 実沙が去った教室。 三人が使っていた机には勉強道具一式とカバンが残されている。 そしてその持ち主が戻ってくることはないのだ。 校舎内を散策する実沙だが次の玩具がなかなか見つからない。 殆どの生徒が自宅に帰っているらしい。 そしてようやく見つけたのは新任の女性教師だった。 平均よりも小柄な身体をさらに小さくするように、 空き教室の最前列、生徒の机の上で突っ伏せていたのだ。 「歩箕先生、どうかしたんですか?」 実沙が話しかけると歩箕は顔を持ち上げた。 その瞼には色濃いクマができており、見るからに元気がない。 無理に笑顔を作ろうとしたようだが上手くいかなかった。 「あなたは……えっと、ごめんね。まだ名前が覚えられなくて……」 「栗本実沙です。先生、それ凄いクマですね」 「ははっ……」 最初は大人の対応を続けた歩箕だったが、次第に事情を話してくれた。 曰く、尋常ではない多忙でろくに眠れないのだとか。 職員室では人の目があるのでここに逃げ込んだらしい。 歩箕の多忙の一番の原因は、夏休みに実沙がプールで遊ぶついでに踏み潰した西高の存在だ。 百以上の生徒と校舎を失った西高の再開は目途が立たず、最終的には実沙の通う高校と統合することになったらしい。 ただでさえ面倒な手続きが必要な統合。 それだけでなく夏休み中の自校の教員生徒の大量失踪もあり、教職員は大混乱から抜け出せないでいるらしい。 話を聞いているうちに何だか気の毒になってきた。 歩箕がこうして倒れそうになっている原因はの元は全て自分の悪戯と遊びだ。 だからこそ、それを解決してあげることにした。 「先生、靴脱いでください」 「え、どうして?」 「いいからいいから!」 怪訝そうな顔をする歩箕だが、特に嫌がることなく靴を脱いだ。 黒のパンプス。 10㎝のヒールで少しでも自分を大きく見せようとする努力が垣間見える。 肌色のストッキングを履いた足はそのまま床に下ろした。 どうやらあまり几帳面な性格ではないらしい。 そして実沙が胸に手を当てた次の瞬間、パンプスの中に小人が転送された。 「もういいですよ~」 「なになに。どうゆうことなのこれ?」 歩箕がパンプスを履くために脚を動かす。 一万分の一まで縮められ転送された西高の生徒とその家族たち。 何が起こったかわからないでいる彼らは、周囲から伝わる妙な温かさと臭いに言いようのない不快感を覚えた。 二足合わせて千人以上を閉じ込めている新任女性教師のパンプスは、人間が作ったどんな建築物より遥かに巨大なのだ。 閉じ込められている砂粒のような小人がその正体に気が付くことはできない。 「フフッ。悩みが消えるおまじないですよ!」 「なんだかよくわからないけど……ありがとね」 歩箕がパンプスを履くために脚を動かした。 肌色のストッキングに包まれた足が何の躊躇いもなくパンプスの中に捻じ込まれる。 まずは右足からだ。 捕らわれている五百人はなんの抵抗をすることも出来ず、また感触を与えることも出来ない。ついでに言えば悲鳴をあげる暇すらない。 靴にゴミが入れば感触があるが、それすら与えられない彼らはつまりゴミより無価値だった。 23キロメートルの巨足は何もかもを押し潰したのだった。 五百人を瞬時に磨り潰した歩箕。 もちろん、続けてもう片方も履こうとしている。 ストッキングを履いて引き締まった脚は歩箕の意思で持ち上げられ、五百人を閉じ込めているパンプスに向かう。 自分の靴を履く。 今日まで数千回繰り返した簡単な動きであるが、それで命を奪うなど想像したことすらない。 そもそも歩箕はとても真面目で優しい女性だ。 部屋に害虫が湧いたときでもそっと捕まえて外に離してあげる。 決して殺したりはしないのだ。 だが、そんな彼女が自分の靴の中で虐殺を働いているのだった。 スッ。 パンプスに左足が収まった。 再び一瞬にして皆殺しにされた小人たちだが、最初の右足に比べれば悲鳴を上げることが出来た分ましであった。 もちろん、歩箕の耳に届くことはないし、ストッキングに磨り潰される最期になんの変わりもないのだが。 「どうですか先生。スッキリしましたか?」 「???」 なんだかよくわからないでいる歩箕。 その足元で千人以上を虐殺した事実を教えてはあげない。 彼らの遺体は今も足裏とインソールの間で磨り潰され続けているのだった。 歩箕が関係者千人の失踪を知るのはもう少し先のことだった。