病弱
Added 2020-07-11 15:02:45 +0000 UTC病弱。 栞捺が今の病院に入院してからすでに二年が経過している。 様々な治療を続けているが、病状に回復の兆しはない。 自分の心臓が止まる恐怖に苛まされる彼女はやせ細り、女子中学生の平均より十キロ以上も軽いのだ。 熊のぬいぐるみを薄い胸に抱きながら、彼女は眠れない夜を過ごしていた。 昨日までは。 「嘘でしょ……」 栞捺は今の自分が信じられないでいる。 高層ビルから見下ろすのと同じ目線から周囲を見渡せば、見覚えある街並みが足元に広がっているのだ。 まるで玩具の世界に紛れ込んだようだった。 「おはよう、栞捺ちゃん。調子はどうかな」 聞き覚えのある声に振り替える。 そこには恐らく自分より2~3歳ほど年上の女の子が立っていた。 どこかの高校の制服に身を包み、足元のローファーで住宅を何件も踏み潰していた。 「ちゃんと病気を治ってる? ダメそうなら言ってね」 「え、あの、大丈夫……だと思います」 実際、身体の不調は感じない。 あれだけ明確だった死の恐怖が遥か彼方へ消え去っているのがわかる。 それと同時に朧気だった記憶が霧が晴れるように鮮明になってきた。 夢の中で会った女神に、なんでもするから病気を治して欲しいと頼んだのだ。 目の前の女性がそのときの女神と被って見える。 「そう、なら良かった。私は実沙っていうの。約束、守ってね。」 内心を読まれたのか実沙と名乗った女子高生が語り掛けてくる。 何がそんなに楽しいのか、満面の笑みを浮かべているのが不気味だった。 「あの、これって…… いや、それより何をすれば……」 頭の整理が追い付かない。 なぜ病気が治るのか、目の前の女性は誰なのか、そしてなぜ大きくなっているのか。 様々な疑問が浮かび上がるがまったく見当もつかない。 「大丈夫大丈夫。落ち着いて。まずはね……」 女子高生の目線が下がった。 腰ぐらいまで下がった目線の先には病院の玩具がある。 百分の一サイズの病院模型は自分が入院していた病院にそっくりだ。 本当に、実に、精巧なのだ。 「足元のそれ、踏み潰しちゃって」 「こ、これですか」 踏み潰す。 足を上げて下ろすだけの簡単な動作だが、日常ですることは多くない。 もちろん模型を踏み潰したことなど一度もない。 「そうそう! 痛くないから、頑張って!」 促されるまま足を持ち上げた。 入院着で寝ていた栞捺は靴下すら履いていない。 細くて白い、とても小さな素足が病院の真上にかざされた。 300を超える病床をもつ市内最大の病院だが、今は小柄な女子中学生でも簡単に壊せてしまうのだ。 「本当にいいんですか? こんな高そうな模型なのに……怒られたりしませんか?」 「ハハハッ! 平気だよ。さ、やっちゃって♪」 「それじゃあ」 栞捺はフェンスや室外機などを潰しながら病院の屋上に足を付けた。 足裏に触れたコンクリートはひんやりしている。 大量の埃が舞い上がり、足が汚れるのが分かった。 建物は栞捺の足が持つ莫大な重量を受け止めきれず、全体にひびが入った。 一斉に窓ガラスが割れて地上に降り注いだ。 「えいっ!」 少し力を込めた。 十階建ての病院の中心部が栞捺の足によって押し潰された。 あっさりと壊れてしまう建物に拍子抜けした栞捺。 瓦礫の山から足を抜き出し、軽く振って埃を落とす。 「こんな簡単に壊れちゃうなんて……」 「気持ちいいでしょ? 残りもやっちゃえ!」 「は、はい!」 栞捺は続けて病院に向けて足を振り下ろす。 21㎝しかない小さな足でも、四回振り下ろすだけで全て破壊することができた。 残った大量の瓦礫を前にした栞捺は込み上げてくる不思議な気持ちに戸惑っている。 物を壊す、滅多にしない悪いこと。 だが、不思議と悪い気はしないのだ。 「栞捺ちゃん凄い! あっという間に五百人も殺しちゃったね♪」 「え?」 「こんな大きい病院だもん。そのくらいいても不思議じゃないよ!」 殺した?私が? そんなはずはない。私がしたのは模型を壊しただけ…… いや、でもあれは確かに。 「もしかして、これって本物なんですか?」 「もっちろん! 栞捺ちゃんは本当に大っきくなってるんだよ」 確かにあれはあまりに精巧だった。 踏み潰したときの感触も、プラスチックなどではなかった。 小さくなった本物というの分からなくはない。 栞捺は自分で踏み潰した病院を見下ろして、瓦礫の中に赤いシミがあることに気が付いた。 壊して、殺した。 頭の理解が追い付いても嫌悪感を抱くことはできなかった。 「さ、次に行こうよ。まだまだ沢山壊さないといけないんだから」 「あの、これどういうことなんですか……?」 「忘れちゃったの? 栞捺ちゃんは病気を治す代わりに、町をめちゃくちゃにするんだよ♪」 夢の中で女神と交わした約束。 なんでもするといったが、どうやら代償がこれらしい。 治療と引き換えに町を破壊させるなんて発想は女神のそれではない。 目の前にいる女性の正体がなんとなくわかった気がした。 「もし断ったら……」 「ん? その時は栞捺ちゃんをこうしちゃうぞ♪」 女性がローファーを踏み下ろし、その場で地面を踏みにじる。 何十万トンの質量が一瞬でアスファルトを跳ね飛ばし、捻じ込まれた靴によって大地が蹂躙される。 もし人が巻き込まれればいうまでもなく生ゴミになってしまうだろう。 そして、僅かな時間しか一緒にいないが確信できる。 この女性は何の躊躇いもなく自分をぐちゃぐちゃにするのだろうと。 「ひっ、わ、分かりました」 「うんうん! じゃあ一緒に行こ」 そういって女性が栞捺の手を取った。 二人は足元に広がる小さな住宅を当たり前のように踏み潰しながら町を縦断する。 普通では絶対にありえない速さで移動する彼女たちは、無意識のうちに何百という小人を踏み潰す。 ローファーも素足も大差はない。 振り下ろされれば全てが破壊され、くっきりと足跡を残すだけだ。 たくさんの脆い建物が潰れるこそばゆい感触が栞捺の足裏から伝わる。 くすぐったさを我慢していると、手を引く女性が足を止めた。 目の前には町で一番大きな高層ビルが聳えていた。 いや、今の二人からすれば自分の身長と大差ない大きさであり、聳えるなどとは言えないのだが。 「ん~、150メートルくらいかな? 栞捺ちゃんより大きいなんて生意気だよね♪」 「そ、そんなことは……」 「ダメダメ! さ、これも壊しちゃおう!」 そういって脇によける女性。 栞捺がどうやって壊すか楽しみにしているらしい。 拒むことなど出来るはずもない。 高層ビルのすぐそばまで近寄り、無造作に手を伸ばしてみる。 細心の注意で触れた側面は藁半紙よりも脆いもので、なんの抵抗もなく指先の形に削れてしまった。 「あっ」 近づいてみて気が付いた。このビルの中にはまだ人がいる。 小さな窓ガラスの向こうに黒っぽい服を着た人影が百人以上も蠢いている。 40階建てのこのビルは大半がオフィスになっているらしく、大勢がそこで働いているのだ。 どんなに少なく見積もっても千人はいるだろう高層ビル。 栞捺の手が削り取った壁の近くにいた人はその場でへたり込んでいた。 「あ、あの! 早くそこから逃げてください」 誰とも指定することなくビル全体に声を掛ける。 彼らを怖がらせないように一歩離れてあげた。 中にいた人々はこの異常事態を察して我先にと階段に向かって走り出した。 エレベーターは二人が歩いた揺れで止まっていたからだ。 そんな様子を見つめていた栞捺は予想外に遅い避難に驚きを隠せない。 自分の命が掛かっているのに、なんでこんなにゆっくり動くんだろう。 せっかく忠告してあげているのにこれじゃあ意味が…… 栞捺の視界の端で白いものが動いた。 突如として伸びてきた白く長い脚が高層ビルと蹴り飛ばし爆散させる。 細かい瓦礫が雨のように周囲に降り注ぐことで、人や車を圧し潰し、ビルに穴を空けた。 脚が直撃したビルにいた三千人は例外なく全員が即死だった。 上階にいようと下階にいようと関係ない。 小さくて弱い小人の肉体は、気まぐれな女子高生の一蹴りを耐えることができずに四散している。 「ん~ 気持ちイイ~☆」 実沙は振り抜いた右脚を地面に下ろし、埃を叩き落としていた。 黒いローファーに紺ソックス。 そんなごく普通の女子高生の脚は80メートルの鎌となり、150メートルのビルを粉砕したのだった。 理科の実験でつかう極薄のガラスよりも脆いビルを消し去った脚。 何度か埃を払えば元通りだ。 「も~ダメだよ栞捺ちゃん。小人さんが逃げちゃうでしょ!」 「そんな、こんなのって……」 栞捺が小人を見たのはこのビルが初めてだった。 これまでも無数の建物を踏み潰しているが、どこか玩具のように感じていた。 しかし、ここで実物をみて初めて実感がわいていた。 こんな精巧な玩具はどうやっても存在するはずがないと、頭が理解したのだ。 「ちゃんとやらないと怒るからね?」 「……はい」 「うんよろしい。次に行く前にっ、と」 栞捺の意識が捉えた時には、自分の服が変わっていた。 数回しか袖を通したことのない中学校の制服はまるで新品のようだった。 白を基調としたセーラー服は襟に紺のスカーフ。 シンプルなデザインは栞捺も気に入っており、それだけに着る機会がないことが残念だった。 「学校を壊すならやっぱり制服じゃないとね♪」 「学校!? 私のですか!?」 「そうだよ? そのほうが楽しいでしょ?」 なにを当たり前のことを、と言わんばかりに首を傾げる実沙。 一方で栞捺はあまりに残酷な宣告に吐き気を催していた。 栞捺の通う学校は公立校であり、学区の関係で小学生の頃からの友達は皆が通っているのだ。 それを知ったうえで平気でこんなことを思いつく。 自らの友達を皆殺しにしろ、目の前の女子高生は当然のようにそう言ったのだ。 「出来ません! そんなこと出来るわけないじゃないですか!」 「え~、栞捺ちゃん、こうなりたいの?」 ローファーをグリグリと地面に押し付ける実沙。 自分がそれに巻き込まれる様子を思い浮かべて凍り付く栞捺。 二人の間に数秒の沈黙が流れた。 「……そ、それでも私は友達をっ」 「あっ、でもね。栞捺ちゃんがやらないなら私がやるだけだよ?」 「!」 実沙からすれば当たり前のことだ。 反抗的な玩具が命を掛けて守り抜いたもの、なんて面白そうなものを放っておくわけがない。 玩具の友達など実沙にとって価値あるものではないのだ。 「…………やります」 自分の命を人質に取られているのだ。 交渉の余地など最初からない。 再び町中の全てを蹴散らしながら歩く二人。 交互に落ちてくる4つのローファーは、その固さでほとんどの感触を遮断する。 おかげて栞捺が覚える罪悪感は少なくて済んだ。 ほどなく到着した中学校には普段の何倍もの人で溢れかえっていた。 生徒はもちろん、近くの住民が避難してきていたのだ。 グラウンドを埋め尽くし、おそらくは校舎も体育館もすし詰め状態だろう。 数回しか通っていない学校はとても小さなものになっていた。 「たくさんいるね~ 栞捺ちゃん、まずはグラウンドからお願いね。もちろん全員だよ♪」 優しい声音と口調で虐殺を命じる女子高生。 逆らうことのできない圧倒的な存在を前に、栞捺にできることは一つだけ。 躊躇いながらも持ち上げたローファーをグラウンドの小人に翳した。 本当なら年相応に小さい21㎝の足裏。しかし、小人にとっては大型バスより巨大だった。 影の下から逃げ出そうと走り回るがあまりの人の多さに自由はきかない。 やがて決心を固めた栞捺がローファーを地面に叩き付けたことで、その下にいた全員が弾け飛んだ。 「う、うぅ…… ごめんなさい」 大勢の人々を自分が踏み潰してしまった。 何十人が弾ける感触は流石にローファーでも遮ることはできない。 地面が地でぬめりを帯びるのに気が付き、慌てて持ち上げれば、グラウンドにはくっきりと足跡が残り、底は赤黒く染まっている。 一方的な暴力による蹂躙はあまりに残酷な結果をもたらした。 「ほら、急がないとみんな逃げちゃうよ?」 「ひぃ!」 少し離れて様子を楽しんでいた実沙が虐殺を急かす。 その言葉の裏にある意味を敏感に読み取った栞捺は再び足を持ち上げる。 目をギュッと瞑り、何も見ないようにしながら足を振り下ろす。 血肉がこびり付いた足跡が次々に生み出されるたび、何十もの命が終わっていく。 グラウンドに避難していた二千人が靴底に消えるまでに要した時間は一分に満たない。 「あ、あの。終わり……ました」 「わぁ~、すご~い! 小人さん、みんな死んじゃったね~」 「……っ」 自分の引き起こした凄惨な現実。 グラウンドにはローファーの足跡が幾重にも重なり、そのすべてに肉片がこびり付いているのだ。 身体の内から込み上げてくる吐気と罪悪感に耐え切れず、栞捺はその場にしゃがみ込んでしまった、 「栞捺ちゃん栞捺ちゃん。これ見て~!」 同じようにしゃがみ込んだ実沙は栞捺に手を差し伸べる。 そこには数人の小人が怯え切った表情で震えていた。 「この小人さんはね、栞捺ちゃんが逃がしちゃった小人さんなんだよ」 虐殺が行われているグラウンドから命懸けで逃げ出した小人たち。 ようやく逃げ切ったと安堵した瞬間に、二人目の巨人に捕らわれてしまったのだ。 「私、全員だよって言ったよね。これじゃあ栞捺ちゃん、約束破っちゃうね」 「え、そんな…… ご、ごめんなさい! 許して!」 「別に怒ってないよ♪ で、これどうする? さっきから『助けて~』って言ってるけど」 実沙の手の上で小人は跪いて命乞いをしていた。 あまりに弱い彼らにはこれしか出来ないのだ。 のどが潰れるまで泣き叫び、慈悲を請うている。 「……殺します」 「うんうん♪ じゃあ手を出して」 栞捺が恐る恐る手を差し出すと、実沙がその手を取った。 そのまま指を絡めて握り締める。 二人の手に挟まれた小人たちは、温かな人の温もりに全身を包まれた。 「恋人繋ぎ~ 小人さんが動くとくすぐったいね」 栞捺は足より遥かに敏感な手の平に命を感じ取っていた。 小人の手足の形まではっきり分かる。恐らく精一杯に抵抗しているのだろうが、自分の吐息にすら及ばない力ではどうすることも出来ないだろう。 体力が尽きるまで続いた必死の抵抗が実を結ぶことはなく、ついに最期の時がきた。 「栞捺ちゃん、ギューッとしちゃって♪」 「……はい。ごめんなさい……」 栞捺が指に力を込め実沙の手をしっかり握った瞬間、小人の形が潰れた。 その代わりに生暖かい血が零れ落ち、地面に五人分の血だまりを作った。 栞捺の足跡に比べればなんてことはないものが彼らの全てだった。 「もしかして疲れちゃった? 少し座って休む?」 「いいんですか?」 「もちろん! さ、そこに座って」 実沙が指さした先は校舎だった。 この異常事態に向けて生徒たちには待機が命じられており、 全員が素直にそれを受け入れていたのだ。 その中にはもちろん栞捺の友達も大勢いる。 「いや、その……」 「決めた! 栞捺ちゃん、小さなお友達をお尻で潰しちゃえ♪」 改めて目線を落とす。 最後に通ったのはもう何年も前だが、その時には大きな校舎を見上げたことがある。 それが今となっては自分の膝より小さいのだ。 もし腰を下ろしたりすれば、この小さな箱は簡単に壊れてしまうだろう。 中にいる小人の運命など考えるまでもないことだ。 「~♪」 目の前にいる優し気なお姉さんはニコニコしている。 大切な友達たちを虫けらのように殺せと命じ、その光景を楽しみにしているのだ。 だが、逆らえば自分が虫けらの如く踏み潰される。 こっそり逃がすなんてことも出来そうにない。栞捺に選択肢はないのだ。 「……本当にごめんなさい。許してください。ごめんなさい」 栞捺は脚を上げて校舎を跨いだ。 高層ビルのような巨躯が動いたことで地響きが起きる。 校舎の中にいた生徒たちは、グラウンドを蹂躙した強大な力が自分たちに向けられていることを察した。 だが、彼らは逃げることができなかった。 恐怖に支配されていたのは生徒たちだけではないのだ。 もし一人でも逃がすようなことがあれば、実沙が機嫌を悪くするかもしれない。 だから栞捺の真っ白な下着が校舎を蹂躙するのは一瞬のこと。 流石に一度には壊し切れなかったが腰を捻ることで簡単に解決できた。 「栞捺ちゃん残酷だね~ 友達をパンツのシミにしちゃった♪」 「……うぅ」 「ちょっと待ってね~」 放心状態の栞捺をよそに実沙が体育館の天上を剥ぎ取った。 中を覗き込めば、やはりここにも大勢が避難していた。 床一面を埋め尽くすその数は恐らく千人を超えるだろう。 実沙は軽めに壁の一部を握って壊し、出入口を塞いでおいた。 「栞捺ちゃ~ん、次はこっちだよ~」 実沙の声に栞捺は怯えた。 また大勢を殺さなけさばならない。 今日だけでいったい何人の命を奪ったのか。 特別な道具も準備もなく、自分の身体だけで簡単に人を殺してしまう。 大きいとはつまりそういうことだ。 「せっかくだから全身で押し潰してみなよ! プチプチして気持ちイイよ~」 体育館は座り込んだ栞捺の正面にある。 四つん這いになってみると、実沙が壊した天井から中の様子が伺える。 ドアの前に積まれた瓦礫をどかそうとする者、窓の鉄格子を外そうとするもの、隅で体をまるめて小さくなっている者。 誰もが理不尽な最期を受け入れられずにいた。 そんな彼らを僅か140㎝しかない栞捺の身体が覆い尽くす。 太陽の光が遮られ、代わりに空となった白いセーラー服は逆光で黒く見えた。 「こんなに沢山……」 「気にしない気にしない! もうその何倍も殺しちゃってるんだよ?」 「うっ」 「小人のみなさ~ん、今から女子中学生のオッパイが落ちてきますよ~」 栞捺の胸は大きくない。 病弱で食も細いため年齢の平均より発育が遅れている。 実際に触っても意識しなければそれと分からない程度のものだ。 しかし、この大きさならば発育など問題ではない。 真下にいる小人は間違いなく押し潰れ、磨り潰され、制服のシミとなるだろう。 「きっと小人さんも喜んでるよ。……やっちゃえっ☆」 「ごめんなさい…… ひゃっ!」 腕を曲げて胸を押し付けていく。 脂肪が少ない胸は脆すぎる建物を容易く破壊し、壊れる感触を伝える。 まだ上の下着を必要としない栞捺にとってそれは初めての感覚であった。 伝わってきたこそばゆさがに驚き、体育館を一瞬にして押し潰してしまった。 自分の身体で破壊した大きな建物。 立ち上がった栞捺は足元に広がる惨状に目を反らした。 「お疲れ様。どう?楽しかった?」 「そんなわけないじゃないですか!」 「言うと思った♪ だから次で最後にしてあげる♪」 そんなことを言う彼女は徐に胸に手を当てた。 栞捺とは対照的に良く発達した胸が手を受け止めるのと、周囲の景色が変わるのは同時だった。 さっきまで足元にあった中学校の残骸はなく、代わりに灰色の絨毯が敷かれていた。 絨毯には所々に茶色いシミが存在している。 そしてそれは栞捺にとって見慣れたものであった。 「町。私の町がこんな……」 「正解♪ 栞捺ちゃんは人間の一万倍の大きさなんだよ」 栞捺の小さな足に合わせたローファー。 それすらも2キロを超える山のようなものだ。 それが二つ、町の中心に鎮座している。 その下敷きになった人間の数は何千、いや何万になるだろうか。 「そうそう栞捺ちゃん、上を見てみて」 「上?」 身長14,000メートルの栞捺の頭上になにがあるのか。 本来であれば宇宙空間のはずだった。 しかし、そうではない。 明らかに人工的に作られた黒い天井が存在していた。 前後に刻み込まれた凹凸に挟まれるように、23という数字が読み取れる。 視線を遠くにやればその天井の終わりから本物宇宙が覗いていた。 「これ、もしかして、革靴……?」 「またまた正解! 栞捺ちゃんすごいね~。 これ、私の右足なんだ♪」 「な、なんで、どうして」 さっきまで何度も自分がしてきたことだ。 遥かに小さな命を足で押し潰して奪う。 きっと普通の人間も気づかぬうちにやっている、当然の行動だ。 自分の番が回ってきたということなのろうか。 「大丈夫だよ♪ ちゃんと言うこと聞いてくれたら止めてあげる♪」 「なにをすれば……」 「簡単だよ。栞捺ちゃんの足元にあるゴミをぜ~んぶ踏み潰してね」 「ゴミ……?」 足元に広がっているのは栞捺が生まれ育った町だ。 人口は10万人程度で決して大きくはない。 事実、栞捺がその気になれば一分もかからず完全に破壊できるだろう。 だが…… 「ま、まだ家族がっ」 「うん、知ってる♪ だから選んでいいよ! 家族ごと町を踏み潰して生き残るか、このまま町ごと私に踏み潰されるか」 「そんなっ……」 「ヘヘッ。さ、早く決めてね♪ 足を上げてるの疲れてきちゃった♪」 黒い空が広がる。 実沙が面白半分に足を下げてみただけだが、栞捺からすればそのまま踏み潰されるように感じた。 頭の中にあった良心が恐怖に塗りつぶされるには十分だった。 「あ、あ、ああああ」 口から洩れる嗚咽に意味はない。 栞捺の足は不必要に高く持ち上がり、町に振り下ろされた。 2,200メートルのローファーは、ちっぽけな街並みなど最初からなかったかのように地面に沈み込む。 人も車も家もビルも駅も学校も関係ない。 全てを当たり前のように破壊し、そこを茶色に塗り替える。 先ほど破壊した中学校を意識することなく踏み潰し、一時は小人を助けようとしたビルのあった一帯も踏み潰した。 買い物に行ったことのあるスーパー、遊びに出かけたショッピングモール、大好きだった図書館。 みんなみんなローファーで踏み潰した。 そして…… よく見えなかったが、自分の家があったあたりを踏み潰して地中にめり込ませる。 女子中学生が生まれ故郷の町を全て踏み躙るまでにかかったのは僅か30秒だった。 「終わりました! 全部終わりました!」 黒い天井に向かって大声で叫ぶ。 今この瞬間にも自分を踏み潰して肉片に変えてしまうことができる革靴。 少しでも早くにこの恐怖から逃れたい一心だ。 その祈りが通じたのか、空を覆っていた靴が一瞬にして消えてくれた。 心からの安堵を覚えるのと同時に栞捺は見覚えのない部屋に移動していた。 「これで全部お終い! 最後は怖がらせちゃってごめんね」 見慣れない部屋。 窓から見える景色からすると、どうやらマンションの一室にいるらしい。 ご丁寧なことに履いていた靴はなくなり、靴下でひんやりしたフローリングを踏みしめていた。 「え? え? ここは……? 私、大きくなってたんじゃ……」 「そうだよ! でも今は元の大きさだから安心して」 目の前にいる女子高生。 栞捺を脅迫して殺戮を行わせた本物の悪魔がそこにいる。 通常の部屋に通常通りの大きさでいることに強烈な違和感を覚える。 「あの、これ、なんだったんですか?」 「ん? 昨日思いついた遊びだよ! 病弱で優しい女の子に小人さんを虐殺させるの♪」 「…………狂ってる」 何度も言おうとして言えなかった言葉が口に出た。 言った後で強烈に後悔してきたが、取り返しはつかないだろう。 だが女子高生は特に気にした様子もない。 「まぁまぁ終わったことだし! それより栞捺ちゃん、もう帰るところないでしょ? しばらくここで暮らしなよ」 白々しい。 帰るところがないのは誰のせいだ。 込み上げてくる怒りで思考が鈍るのが自分でもわかる。 「いえ、結構です。田舎の方に親戚がいますので!」 「え? そうなの? ……ふ~ん」 あっ。 女子高生の浮かべた薄ら笑いには覚えがある。 急速に頭から血が引いて冷静さを取り戻す。 そんなことを言えば、目の前の狂人がなにを言い出すかなんて分かり切っている。 「じゃあ、次はそこで遊ぼっか♪ どこにあるの?」 「ひっ! あ、あああ」 自分が招いてしまった。 つい先ほど自分の町をぐちゃぐちゃにした感触を思い起こす。 あれをまたやらなくてはならない。 また、自分が何万もの人々を虫けらのように殺さなければならない。 あまりに迂闊な発言だった。 マヒしていた感情が今度は正確に機能したらしく、目に涙が溜まる。 後悔で胸が張り裂けてしまいそうだった。 「や、やめてください……」 「ん~。どうしよっかな~♪」 「なんでもします! なんでも言うこと聞きますから! お願いだから、やめてください……」 「うん。いいよ。お願い聞いてあげるね」 このあと栞捺は思いつく限りの言葉で礼を述べた。 実沙はそれに優しく答え、まずはシャワーを浴びて休むように提案した。 嬉しそうにバスルームへ向かう栞捺の背中に向ける視線は、いつも以上に残酷な光が宿っていた。 この面白い玩具に、次はなにをさせようか。 楽しい想像が尽きることはなく、実沙は笑いを堪えるのに必死だった。