休憩時間
Added 2020-07-11 15:01:59 +0000 UTC休憩時間。 九月になってからすでに二週間。 死者を出すほどの酷暑はすでにその気配すらなく、 時間帯によっては寒さすら覚えるようになった。 だが今はお昼時。太陽は寒さを感じさせない。 周囲が昼休憩のため次々に離席する中、一人の女性もそれに続いた。 白いブラウスに濃紺のベストを重ね、下半身にはベストと同色のタイトスカートを履く。 スカートから除く黒色タイツはすらっと伸び、足元の黒パンプスに溶け込む。 半年前に初めてきた会社の制服は、高校時代のそれとは似て非なるものだった。 栗本柊華。 短大を卒業して今年から社会人となった彼女は、 都会の化粧品輸入商社で事務員として働いていた。 柊華が席から立ち上がると、周囲の女性社員よりも頭一つ背が高い。 172㎝の長身と7㎝のヒールによって180㎝近くになる長身だ。 それに加えてスリーサイズもモデル顔負けであり、どんな集団にいても注目を集めてしまう。 誰もが彼女と同じ時間を過ごしたがり、昼休憩の時間を一人で過ごせるようになったのは最近のことだった。 柊華は財布とスマホを手に持って、エレベーターに乗り込んだ。 お昼時には珍しく、他に誰も載っていない。 だが、扉が閉まりかけたその瞬間、僅かな隙間に革靴が捻じ込まれた。 強引な方法で扉が開いて小太りの男性社員が乗り込んでくる。 そして男は何やら嬉しそうに話しかけてくるのだった。 柊華がエレベーターで一人になるのを待っていたのだろう。 入社から何度経験しても不愉快であることに変わりはない。 柊華は男を縮めた。 突如として千分の一にまで縮小した小人は、何もわからず周囲をキョロキョロしている。 「え~っと……誰だっけ?」 柊華は足元の小人に視線を落として名前を思い出そうと頑張った。 だが、どうやっても思い出すことができなかった。 「ま、いっか」 別に誰であっても同じことだ。 柊華は軽くパンプスを下ろして小人を潰す。 エレベーターの床には絨毯が敷かれており、小人の肉片はほんの小さなシミを作った。 この数年、柊華が魔法を使うことはなかった。 自分の持つ力への関心がいつの間にか薄れていたのだ。 しかし、ここ数日で流れたニュースを見て気が変わってきた。 おそらく、妹の実沙が起こした大惨事をニュースで知ったことが原因だ。 身体の奥底から何か不思議な感情が沸き起こってきたのだ。 だからこそ、普段なら地上に降りるところを、自分の会社から二つ下の階で降りることにしたのだ。 二つ下の階に入居している会社について、柊華はなにも知らない。 同じビルに入っているだけで一切交流はないし、恐らく業界も異なるのだ。 最初に見つけたのは受付にいた若い女性社員だ。 「こんにちは。どのようなご用件でしょうか」 マニュアル通りににこやかに対応する女性。 同い年ぐらいだろうか。 柊華も負けじと笑顔を浮かべる。 「大したことじゃないんです。少しだけ……遊ばせてください」 若い女性が怪訝な顔をするのと同時に十分の一まで縮小した。 右手で鷲掴みにして顔の前まで持ってくる。 「美人さんですね。おいくつなんですか?」 「え、あ、え……?」 突如として自分より大きな顔が出現したのだ。 自分の身体を包み込む右手。 温かく柔らかいそれからは凄まじい筋力を秘めているのが伝わってくる。 目の前の女の気分一つで、自分がどうなるのか嫌でも想像できてしまう。 「に、24歳です…… お願い、殺さないで……」 震える声を絞り出す女の子。 本人は気づいていないが、目には涙が溜まっていた。 「誰も殺すなんて言ってないじゃないですか」 「え? じゃあ……助けっ」 ぎゅ、っと。 右手を握りしめてあげた。 さっきまで細身のカワイイお姉さんだったそれ。 体中の骨を砕かれ、内臓を潰され、全身に激痛が駆け巡るも声帯が血で溢れて声がでない。 一瞬にして人間の形を失ったが、微かに息はあるのだ。 「ほら、殺さなかったでしょ」 べたっ。 柊華は小人を床に落とした。 右手を見ても血は付いていない。 学生のうちにたくさん練習して身に着けた力加減。 まだその感覚は忘れていなかった。 柊華が歩き出す。 最初の一歩で小人の頭部を踏み砕き、同時にヒールが胴体を貫いた。 足を持ち上げてみると死体も一緒に持ち上がる。 軽く足をふるって適当に飛ばすと、壁にぶつかってずり落ちた。 それを最後までみるものはいなかった。 受付の先には全面ガラス張りの壁があった。 スモークによってその奥は見えない。 柊華は少しだけ身体を大きくした。 天井までは三メートルあるが、背中を丸めた体育座りでも首を傾げないといけない大きさ。 実際の4倍となった身体で脚を曲げる。 そして、一気に目の前のガラスにパンプスを叩きつける。 強化ガラスであることを感じさせず、いとも簡単に壁を破壊した足。 オフィスの中にいた小人たちはその轟音に驚いて入り口に注目する。 そこには、スカートの中をこちらに向けた巨大な脚があった。 柊華は身体を元に戻した。 思った以上に動きにくい大きさだったのだ。 代わりに室内にいた全員を百分の一まで小さくした。 「こんにちは。私は栗本柊華と申します。今日はよろしくお願いします」 手始めに何歩か前にいた二人の小人に近寄る。 小人の目の前に少し強めにパンプスを振り下ろすと、片方の小人はその場にへたり込んだ。 立ったままでも爪先より小さい小人。 恐怖で動かない脚の代わりに、必死に両手を動かして遠ざかろうとしている。 ナメクジよりも遅い滑稽な動きに柊華は思わず笑みを浮かべてしまう。 そのままパンプスをほんの少しだけ前に動かす。 小人が全身全霊で作り出した距離を一瞬にして埋めてあげた。 「ほら、追いついてしまいましたよ」 クスクス。 意地悪そうに笑う柊華。 小人は逃げるのを諦めて命乞いをしているようだが、柊華の耳には届かない。 意味もなく床に額を擦り付ける様はまるで虫けらのようだった。 「順番を次にしてあげますね」 足元で泣き叫ぶ小人から目線を外し、一緒にいたもう一方の小人を探す。 柊華から二歩離れたところを全力で走っているようだ。 大股で三歩。 小人からすれば200メートル以上の距離を瞬時に移動して、懸命に走る小人の前に立つ。 巨体が動くことで生じる振動、突風、轟音。 そのどれもが小人のちっぽけな歩みを止めるには十分すぎるものだった。 小人にできることは床に倒れ伏して頭を手で守ることだけだった。 そんな小人を床から剥がすように爪先で蹴り飛ばす。 パンプス越しでは大した感触はないが、おそらく即死だろう。 宙を舞った死体は、つい先ほど走り出した場所まで戻されてしまった。 目の前に聳え立っていた巨大な足が消えた時、小人は心から安堵した。 必死の祈りが通じた。奇跡が起こったのだ。 柊華の単なる気まぐれに対して、本気でそう信じ込んでいた。 そんな小人の前に黒い塊が降ってきた。 やけに水気を含んだ鈍い音がして、それがかなりの重量であることが分かった。 それはとても見慣れたものだった。 それどころか、さっきまで昼ご飯にどこに行こうかと話していた存在。 変わり果てた同僚の姿だった。 蹴り飛ばした小人はうまい具合に飛んで行った。 さっき見逃してあげた小人の正面に落下したのは狙ってやったことだった。 少し怖がらせてやろう、と軽い気持ちでやってみた。 ゆっくりと、本当にゆっくりと、小人がゴミに近づいていく。 そんな動きとは比べ物にならないほど、柊華の歩みは早いものだった。 ズッ。 すでに息絶えた小人の死骸を踏み潰した。 原型を留めていなかったせいか、あまり弾けるような感触はしない。 柊華の大きなパンプス。小人はそのアウトソールの下に完全に消えて見えなくなった。 続けて何度か足を捻ってみると、成すすべなく小人だったゴミは磨り潰されていく。 ヒールを軸にして足裏を持ち上げ、目の前の小人に見せてあげた。 「あなたの同僚、こんな風になってしまいましたよ」 これまで以上に怯え、再び祈り始める小人。 先ほどまでと同じように床に額を擦り付け、泣き叫びながら許しを請う。 奇跡なんて起こらない。本当に順番が変わっただけだ。 小人はようやく当たり前のことを理解した。 「足上げてるの疲れちゃいました」 ストン。 当たり前のように床に叩き付けられるパンプス。 祈りに夢中だった小人は、自分が同僚と同じ足で潰されたことに最期まで気が付かないでいた。 何度か床に足を擦り付けて汚れを落とすと、柊華は見知らぬオフィスを散策していく。 コピー機の天板が開いたまま資料が残されていた。 どうやら印刷の途中だったらしい小人がその隣で座り込んでいる。 百メートルの高さから降りることができないでいたのだ。 「あら。開けっ放しはよくありませんね」 柊華が天板に手を掛けると、小人が立ち上がって何やら叫び出した。 おそらく助けを求めているのだろうが、構うことなく天板を下ろして叩き潰す。 デスクの椅子の上にも小人がいる。 こちらも同じく降りることが出来ずにその場で途方に暮れているのだ。 柊華が無言で腰を下ろすと、小さな小人はタイトスカートのシミに変わる。 そのまま脚で隣の椅子を引き寄せると、やはりそこにも小人がいる。 「脚を休ませたいの。ごめんなさい」 引き寄せた椅子の上にタイツに包まれたふくらはぎを落とす。 小人を潰さないように出来るだけ端に寄せた。 続いて反対の脚も椅子に乗せる。 真っ黒だが僅かに肌色が透ける脚は、小人にとっては壁でしかない。 柊華はゆっくりと脚を閉じていく。 逃げ惑う小人だったが、最後は左のふくらはぎの下敷きとなって消えていった。 パンプスを脱いでタイツで床を踏みしめる。 普段なら汚れを気にして絶対にしないが今日は特別だ。 最初に見つけた小人を右足で踏み潰す。 とても小さな水風船が割れたような感触だが、伝わる温度は温かい。 中学生までは小人を踏み潰すのが大好きで、毎日のように経験した感触だった。 次は左足の番だ。 机の脚部に隠れていた小人を器用に足だけで摘まみ出し、そのまま踏み潰す。 続いてゴミ箱の陰に小人を見つけると、容易くゴミ箱を蹴り飛ばしてやる。 巨大なビルが一瞬にして消え去ったようなもので、隠れていた小人は呆然としていた。 遠慮なく右足で踏み潰す。 オフィス内を歩き回り、見つけた順番に足裏で押し潰す。 何十人か踏み潰したところで、床の小人は全て使い切ってしまった。 デスクの上を見て回ると、まだ何人かの小人が残されている。 最初は右手の平を叩きつけて押し潰した。 すぐ近くにいた小人は、人差し指の爪で真っ二つにする。 軽く跳ねるようにしてデスクにお尻を乗せれば、何人かまとめて磨り潰すことができる。 最期に残った小人はデコピンで血煙に変えてしまった。 小人の数もだいぶ減ってきた。 僅かな隙間に逃げ込んだ小人がまだいるようだが、探すのも面倒だ。 柊華は魔法を使い、小人たちを左の手の平に集めた。 どうやら十人ちょっとしか残っていないようだった。 「皆さんを殺してしまってごめんなさい。でも、楽しかったですよ」 巻き起こる小人の悲鳴も怒声も無視して、手の平を胸に当てる。 ゆっくりと自分で胸を揉んでいくが、予想外に早く小人たちは動かなくなった。 面白味もないので、力を込めて揉みしだくと、小人は次々に弾けて制服を汚した。 広いオフィスには柊華が一人いるだけになった。 もうすぐ休憩時間も終わる。 ついついお昼ご飯を食べ損ねてしまった。 お腹が空いているが仕方ない。 時間通りに戻らなければ怒られてしまう。 ……怒られる? 「それは、おかしな話です」 久しぶりの遊びで子供心を取り戻した。 いつ以来か正確には覚えていないが、普通の人間として過ごしているうちに忘れていた。 自分はなんでも思い通りに出来る、ということ。 柊華は魔法で全身をキレイにしてから、エレベーターで地上に向かった。 地上から見上げるビルは巨大だ。 高さは二百メートルを超え、中には何千もの人が働いている。 竣工からまだ三年。 真新しいこのビルを超える建物が町に立つ日は相当未来のことになる。 そんな発展の象徴たるビルだが、今まさに女の子の靴底に覆われて踏み潰されようとしていた。 ビルを一万分の一まで小さくした柊華。 右足を持ち上げて慎重に被せていくことで、ヒールとソールの僅かなスペースにビルを閉じ込めることができた。 7㎝のヒールは2cmの超高層ビルを軽々と超越することができるのだ。 傍から見れば女性が一人で立っているようにしか見えない。 「少し踏み足りないので、ビルごと踏むことにしました。少し待ちますので、死にたくない方は逃げてください」 足元に語り掛けるが、おそらく理解した者はいないだろう。 人間の声は小人には雷や地鳴りのようにしか聞こえず、言葉だと理解することはできない。 だが、これが異常事態であることは理解できるし、言われるまでもなく逃げ出していた。 2.5キロに渡って空を支配する靴底からは、絶え間なく轟音が生み出される。 本当に僅かな筋肉の収縮とそれに合わせた靴擦れ。 これまで気にしたこともない程度のものが、小人の心を蹂躙していくのだ。 柊華が適当にスマホをいじって潰した時間は3分ほどだ。 その間、小人たちは必死に階段を駆け下り、ビルから出られたものは地上を走る。 だが悲しいことに彼らの生きるための努力は実を結ばない。 例え3分間を全力で走ることができても、そしてそれが世界記録であっても、移動できるのは僅か18㎝なのだから。 そろそろいいだろう、柊華はパンプスを持ち上げてそのまま脱ぎ去る。 次の瞬間からタイツに包まれた足裏が新たな空の支配者となった。 「この足は先ほど一時間かけて百人を殺しましたが、今度は一瞬で五千人を殺します。フフッ、とても贅沢ですね」 ズズン。 その言葉に嘘はなく、振り下ろされたタイツは一瞬で高層ビルを破壊した。 瓦礫すら押し固められることで原型は一切留めない。 もちろん、中にいた小人も外へ逃げた小人も同じ運命だ。 柊華は左のパンプスも脱ぐと、両足で足踏みを始めた。 何一つ、誰一人、この場にいた全てを残さず蹂躙するのだ。 しばらく足踏みを続けてみれば、そこには何も残っていない。 五千人分の血と肉があるはずだが、砂と埃とタイツの生地に混ぜられて一切見受け得られない。 彼らは痕跡すら残すことができないのだった。 「ふう。なんだか汗をかいてしまいましたし、今日は帰りましょうか」 パンプスを履き直すと、柊華はその場から歩き去っていく。 特に巨大化して暴れたわけでもないので、町はいつもとさほど変わらない様子だ。 適当に歩いてタクシーを拾う。 家に帰ったらシャワーを浴びて、久しぶりに妹に連絡してみようか。 歩きながらそんなことを考えていたときだ。 正面から同僚が走ってくるのが見えた。 そういえば、今はお昼時だ。 オフィスの外で食事をしていた人も多いだろう。 「……フフフフッ、これはダメですね。不公平になってしまいます」 まさに同僚が話しかけようとしたときだった。 柊華の身体が爆発的に巨大化し、一瞬にして身長17,200メートルの巨人となった。 先ほどビルを踏み潰したときと相対的な違いはないが、こちらでは被害が桁違いだ。 大きくなっただけでも周囲の人、車、建物。 あらゆるものを破壊している。 すでにビルを踏みつぶしたのと同じかそれ以上の犠牲者が出ているのだが、それを把握できるものはいない。 「みなさんを殺しそびれてしまうところでした。フフッ、フフフフフ」 トン。 軽く一歩を踏み出せば、何百という建物とその数倍の小人が踏み潰される。 発生した衝撃は周囲の建物を揺さぶり、触ることなく倒壊させてしまうほどだ。 そのまま足を後ろに引いてみれば、900メートルに渡って地図が塗り替えられる。 小人の命など、もう感じることはない。 自分の会社があったビルより少しだけ小さい超高層ビルを見つけた。 爪先で蹴り飛ばせば、周囲のビルを巻き込みながら一瞬にして瓦礫に変わる。 よく整備された広大な公園にヒールを突き立ててかき回してやる。 三回もかき回せてば単なる砂場に早変わりだ。 国内有数の乗降者数を記録した大きな駅だが、 柊華に見つかった次の瞬間にはパンプスの下でゴミに変わっていた。 駅を踏み潰しているのとは反対の足で学校を踏みつぶした。 何学校だったのかすら知らないが、校庭に集まっていた小人を見て反射的に踏み潰してしまった。 この大きさになってからまだ数分だが、すでに何十万もの小人を殺している。 実感はないが、頭で理解できる。下着がうっすらと湿り始めた。 立ち並ぶ高層ビルを押し潰しながら座り込むと、 柊華の背後には住宅街が広がっていた。 そこに向かって背中を倒していく。 ほんの一瞬、背中で小さな何かが潰れるような感触があった。 それが無数に弾けていくのが爽快に感じる。 続いて寝返りを打ってうつ伏せになると、胸とお腹に小さな刺激が感じる。 とても気持ちいいのだ。 柊華の両脚。 タイツに包まれた巨大な壁の間には、まだ無事な地区が残されていた。 8キロ以上も果てしなく続くタイツの先は、海に出ていた。 正面は股間、左右は脚、裏は海が広がる。 小人たちは一縷の望みをかけて海に向かって走り始める。 その時だ。 轟音と共に左右の黒い山が動き始めた。 凄まじいスピードで全てを蹂躙しながら急速に閉じ始めた脚。 その閉脚が完了するまで一秒。当然、逃げ切れた小人などいない。 立ち上がって周囲を見渡す柊華。 自分が半年ほど過ごした町は跡形もなく、ほとんどが茶色に変わっている。 ほんの数分、自分が悪ふざけをしただけで小人は何十万人も死んでしまう。 「全員殺しましたし、これで公平になりましたね」 これ以上は使いすぎかな。 あまり遊び過ぎると簡単に小人は滅んでしまうし、実沙とも喧嘩になってしまう。 今度こそこれで終わりにしよう。 柊華は魔法を使って帰宅すると、予定通りシャワーを浴びて妹にメールを送った。 久しぶりに一緒に遊ばない。 妹からの返信を楽しみにしつつ、柊華はベットに倒れこむのだった。