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ジム通いちゃん

佐治が寄寓していた先輩の家では、その細君が、離別された。

 政治家として知名なS代議士の令嬢は、どこで手に入れたか佐治の写真を持っていたことが発見されたため、実業家M氏の令息との婚約が破れ、その結果がやがてS代議士の財政的破綻政治的失脚になったとも伝えられている。

 更に痛ましいのは、前にも一寸述べた某教授の令嬢が、これは気の毒なくらいの醜女だったそうだが、佐治宛に非常に長い手紙を書き、しかもその手紙を実際に佐治のところへ出す勇気もなく、毎日持ち歩いているうちに、彼女はD英語塾というのの生徒だったそうで、その手紙を朋友に見られたのを恥ずかしがり、カルモチン自殺を遂げてしまったことだ。

 それでこそ、教授のいった言葉の意味がよく呑み込めるだろう。

 佐治が、彼自身から女に働きかけたということをまだ聞かないのは、いささかなりとも彼の面目を保つに足る。だから、正しい意味では、彼は女蕩たらしだとか色魔だとは呼べないのだが、不幸にも彼は、女に対してそれだけの魅力を持った男だ。漆戸もそのことは知っていた筈なのに、なぜ彼を接近させるか、私は不審でならない。漆戸には、君からこの手紙を見せてやって貰えまいか。そうして君自身も愛する漆戸のため、こういう危険性のある男を避けるがいいのだ。

 君が、佐治を相手にして火遊びをする女だとは思わないけれど、用心に若しくはなし、敢てこの第一の理由を、あけすけにいって置く次第だ。

 理由第二――。

 これは、君の旦那さんが「佐治は少し変ったところのある男だ」といったとかで、この言葉に関聯していると見てよい。どこが変っているか、一口にいえば彼は変に悪党ぶる癖がある。このことは、まア漆戸だとか私だとか、佐治ととりわけ親密だったものだけが知っているのだが、彼は一種の偽悪病患者なのだ。学生時代、彼は毎試験期に、頗すこぶる巧妙なカンニングの方法を案出した。そしてその方法を誇りがおに皆の前で公表した。ところが彼自身はカンニングなんかしないで、いつも最優秀の成績で試験をパスしているのだ。上野の図書館の本を盗み出す方法とか、電車へ只乗りする方法とか、時には釣銭を詐取する方法とか、いろんなことを考え出したものだが、これらの方法は、実に奇抜で巧妙で誰しも一寸実行して見たくなるようなものばかりだった。彼はある時、友人の名前を利用して、その友人の国元から為替を送らせ、為替を横取りする方法を案出したが、これはKという放蕩者の学生がすぐ真似をし、しかしヘマをやったために、忽ちKはその筋の手で取押えられ、しかも学校からは退学処分に附されてしまった。

 このことが、いち早く私達の仲間に知れた時に、佐治は、

「馬鹿な奴さKは。あいつ、僕の出鱈目に喋ったことを、本当に出来ることだと思やがったんだね。ああいう低能児にかかっちゃ敵わない。こっちで迷惑してしまう。僕は元来頭の悪い奴が大嫌いで、世の中の低能児なんてものは、むしろ一時に殺戮してしまった方が、世の中をどんなに愉快にするか知れないと思っているんだが、Kなどは、差しあたりその被殺戮者の筆頭だね。あいつは、結局、順当に学校を卒業しても、決して出世する男じゃないよ。いつかは、今度と同じようなヘマをやって大失敗を重ねる男だ。要するに世の中じゃ、頭がよくって、犯罪を巧みにやるような奴、悪いことをしても、それを誰にも知られないでいる奴が、一番手っ取り早く成功するんだからね。Kなんて、実に下らない存在さ。え? 何、あれにもう少し同情してやれって? 冗談じゃない。いくら僕の喋ったことに誘惑されたのだからって、あんな奴に同情してやるほど、安価なセンチメンタリズムを僕は有もっていないよ」


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