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生成AIについて考えてること。

どうもあるうららです。

生成AIについて考えていることをここで一度まとめてみようと思います。


⚫︎前提

生成AIは世界中のあらゆるデータを元に学習されたものであり、GrokやGemini、StableDiffusionなどを指します。

対話型AI、プログラムコード、画像、音楽などを生成するものです。


⚫︎僕が使っている生成AI

ぶっちゃけて言えば、僕は生成AIを使っていないと言えば嘘になります。

もちろんイラストには使いません。それをしても意味がないからです。


僕が使うのはたいてい翻訳やコード生成に使っています。

・作りたいPythonツールの補助(コード生成)

・難しい話をしている記事やメールを翻訳させる

・英語でしかサンプルがない情報を調べる

こんな感じです。


そしてなぜこれを僕が許容できるのかと言えば、この程度なら自分で責任が持てるからです。

⚫︎生成AIに使われないようにする。

責任が持てないことに生成AIを使うと途端にAIに使われてしまいます。

生成AIに限らず、よくツールに使われているという言葉があります。

どういう状態かと言えば、お絵描きツールにはいろんなツールや機能がありますよね。

レイヤー効果を例に出すと、乗算やスクリーン、比較明など色んな機能がある中で、それらを適当に組み合わせて、描いてたらなんかいい感じになった・・・!完成!みたいな。

レイヤー効果にはちゃんと計算式があって、どういう場所にどんな色を合成するのか決まっています。それらを理解せずに使うのと、理解して的確に使うのとでは話が違うと思っています。

理解していないことを言語化して伝えることはできないです。なので責任を持てない状態でツールに使われている状態と判断します。


生成AIも同じで、生成AIが出したイラストにはどんな画像が含まれているのか、どんな他人の絵柄や構図が含まれているのかは未知数です。それにどうやって責任をもって向かえばいいのでしょうか。僕は今のところわかりません。


⚫︎責任を持てる状態とはどんな状態なのか。

生成AIをつかって責任が持てる状態ってぶっちゃけ文字ベースの情報が限度だと考えています。

だって文字以外は編集性が皆無で、裏どりして正しい情報を調べ直すことが事実上不可能だからです。


仮に、画像生成AIで出てきた人体や服の皺、キャラクターデザイン、構図、アイデアが誰かの作品をそのまま出してしまっているとも限らない中で、それらをちゃんと精査して責任を持って調整し、世に出すことはできないです。

その点で言えば手描きでも同じリスクは発生しえますが、事故で済ますにはあまりに膨大な情報を生成AIは中に内包していますしプロンプトである程度それは意図的に誘導されてしまいます。

事故が起こりうる交差点にわざわざ出向くのは賢い選択だとは思いません。


⚫︎作品をみてくれる人は生成AIを見にきているわけではない


イラストに生成AIを使う意味がないと最初に話しました。

当たり前の話ですが、僕はSNSやネット、同人誌を通してあるうららが描いた絵に価値を見出してくれている人に向けて絵を発信しています。

なので、生成AIが出した画像を使う意味がないです。

それをしてしまったら、僕が出す理由が0になってしまいます。


仮に僕がアーティストではなく、ただ毎月100枚投稿する仕事を請け負っている業者であれば生成AIを使うことは至極当然なのかもしれません。


しかしながら、今まで僕を見てくれた人に対して生成AIを使ってだした画像をポンとお出しして、ちょっと加筆した程度の絵を出してしまったらそれは今まで僕を応援してくれている人への侮辱にあたると思っています。


生成AI画像で、僕をこれまで応援してくれている人たちと信頼関係を結ぶことはできないし、得がないというのが現状の見解です。


⚫︎嘘はつきたくない。

前述のように僕が描いた絵に魅力を感じてる人に生成AIにちょっと加筆しただけの絵を渡すのは嘘をついているように感じますし、結果だけを追い求める仕事は、ほかの人でも代替可能な手段に成り下がると思います。



⚫︎事前に返しておきたい返答。

・画像生成AIも色んなツールがあり、ある程度プロンプトや仕組みで生成させる画像に指向性を持たせられる。そこに作家性や責任は生まれるのでは?


責任は取れるかもしれません。作家性もある程度生まれるでしょう。生成AIを使った僕なりの創作の仕方もできると思います。

しかしながら、僕は絵が描けることに憧れて絵を描き始めた人なのであって、生成AIを使って絵を描くことに憧れを抱いてません。

マラソン選手になりたいのにF1カーに乗った方が早くゴールに着くよって言われても困りませんか?


・では画像生成AIを使っている絵師もある種絵描きってことでいい?

何をいっているのかわかりません。前述のとおりあなたはマラソン選手とF1レースを混同して楽しんでいるんでしょうか?

責任を持つってことは、そういう区別をされることにもちゃんと責任を持って向き合うという意味です。

仲間入りをしたいと思うならちゃんと同じ土俵に立つのが筋でしょう。


・私は絵が書けません。しかし生成AIを使って楽しんでいます。ダメですか?

個人利用で誰にも迷惑をかけないならいいと思います。SNSで公開するのも自由だと思います。しかしながら前述のとおり責任を持ってやってください。

僕はSNSでAIイラストを上げてる人がいれば、ブロックすることにしています。

それは僕の自由ですし、それ同じくらいあなたも自由です。自由には責任が伴うと思って欲しいです。


・生成AIはあくまで道具に過ぎません。あなたが絵を描くために使うツールと一緒です。ツールをうまく使って絵を描くことになんの違いがあるのでしょうか。

まず前提として絵を描くには、線の引き方や色の塗り方、人体解剖学、パースの知識、ソフトの知識など様々です。絵を描くスキルの中にツールの使い方が含まれるからといって生成AIもその一環と捉えるにはあまりにも詭弁がすぎると思います。


プロンプトや生成時のモデルの選択、Loraをどう混ぜるか、生成した画像を構図や色、ライティングを見てどう選択するかでそれぞれの個性や創造性はあると思います。がそれは個性や創造性があるだけです。


写真と同じで写真作家ならではの視点でいい写真を撮る、作ることは作家性が出ると言えると思います。

美術的センスや知識、絵を描いたことがある人ももちろんいると思います。


ですが絵を手で描いて表現はしていません。ですよね?そこは曲がらないと思います。


⚫︎生成AIを使えば今よりももっとたくさん絵をSNSにアップしたり仕事をこなせると思います。

確かに僕が生成AIを使えばおそらく誰よりも早くAIが生成した画像を修正して自分好みに改変しSNSに画像をアップしたり仕事をするができるでしょう。でもそんなことをしてなんの意味が?


自分のスキルアップを伴わない画像の作成をして何が楽しいんでしょうか。自分で課題を作って自分で回答を出してみる。正解か失敗かはわからないけど世に出してみる。そして褒められたら嬉しいし、褒められなかったら悔しい。そういうサイクルの中にいるのが楽しいと思っているんです。


生成AIにレタッチして絵を出すのがそういうサイクルをより早くするという見方もできますが、レタッチ屋さんするくらいなら1から描いた方が自分が関わる余地がたくさん生まれて楽しいのでは?写真のレタッチとどう違うんでしょうか。

前述のとおり僕は絵を描くなら僕が関わるところが多い方が楽しいと思っています。


まとめ

これまで話してきた通り、僕はその作ったものに責任を持てるなら生成AIでも構わないと思ってます。批判や区別もまるっと受け止められるなら。


迷惑をかけ他人を傷つける道具として使う人はどんな場所でも怒られます。


ここまで生成AIの画像をイラストに扱うことの是非について話してきましたが、まだまだ過渡期だと思ってます。


今後法整備が進んだり生成AIを使った作品を上げるのが絵描きにとって当たり前の世の中になる可能性も大いにあります。今後も注意深くそれらを観察していけたらと思います。


以上、あるうららでした。

Comments

That's a set of well thought out points. I think I agree with your perspective on the matter. For myself I don't use any AI except for DEEPL for similar translation purposes, but at the same time I wouldn't support it for subtitling say anime, as I do feel like some of the work in translation especially in film / anime is taking the nuance in expression that still requires a human touch.

potato


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