三船栞子が生徒会長に就いて数日、生徒会室に変な人体模型が置かれた。
その模型は、教師の誰かがネットで購入し、わざわざ学校に持ってきたものらしいが、なぜそんなモノを生徒会室に置いたのかは謎だ。
そして、今、栞子は困っていた。
「勝手に外に出しても大丈夫なのでしょうか?」
だけど置きっぱなしなのは良くないように思えた栞子はその人体模型を抱きつくように持ち…
「んっ…あ…重……い…キャアっ!……」
その重さに耐えきれず、栞子は転けた。何とか頭を打たずにすんで、ほっとしたのもつかの間、目を開くと抱えていた人体模型が軽くなった気がすると制服を掴んでいて…とても良い香りのする何かを感じ。
「人形じゃない!人!?あ……あなたは……」
栞子の目の前には自分と同じ顔の少女は…
「え…あ、あなたは…一体…?」
栞子の顔を見て少女も同じ表情をしていた。栞子が抱えていたのは人体模型で決して自分そっくりの少女ではない。
そんなの常識だしあり得ない。だけど確かに今目の前に自分と瓜二つの女の子が居て……。
二人はその事実を確認するように少しの間お互い見つめ合っていた。緑がかった黒髪は蛍光灯に反射してキラキラと輝き、意図も簡単にサラサラと流れ、長い睫毛は瞬きの度に音がしそうな程で……。
そして、二人は同時に「あ……」と声を漏らした。その声がまたハモってしまって、二人はまた見つめ合う。
「あの……あなたは一体……」
「あ……えっと……私は三船栞子と言います」「え?」
「……え?」
そしてまた同じように声を漏らす。
「大丈夫ですか!?え?」
前生徒会長である中川菜々が慌てて生徒会室に駆け込んできた。
菜々は二人の顔を交互に見て…
「どうして…栞子さんが二人いるんですか!?」と困り顔で言った。
三船栞子は言い淀んでいたが、目の前の少女も下を向いたまま口を開こうとしない。
そんな二人を見て菜々は「とりあえず、鍵閉めておきますね。他の生徒に見られたら大変ですから」と言った。
そして三人はテーブルを挟んで座った。
「それで……あの二人とも…栞子さん何ですか?」
「「あ、あの!人体模型が私になって!?違います!何をいっているのですか!人体模型だったのは貴方です!私は人間です!菜々さん!」」
栞子は立ち上がって抗議する。そんな栞子を椅子に座るように促して…
「その……どう見ても二人とも栞子さんなんですが……」
そう菜々は答えると…二人同時に。
「「私が本物です!」」とまたハモる。
二人の怒気に気押され…
「あ、その、ごめんなさい。では……どちらが本物の三船栞子さんですか?」
「「私です!」」とまた声を揃えて二人は言う。
そして、また睨み合いを始めたので菜々が先に口を開いた。
「あの……じゃあ、二人になる前、何をしていましたか?」
二人はまた声を揃えて…
「「その人体模型を外に運ぼうと抱き抱えて…それで重たくて転んでしまって…気づいたら…だから真似するのはやめてください」」
それを聞いて菜々は頭を抱えて俯いた。そしてゆっくりと口を開いた。
「……私は夢でも見ているのでしょうか?わかりませんが……人体模型が?人になって…人の姿を?……つまり、その人体模型を運ぼうと抱き抱えた所までは二人とも同じで、そこから違うと……」
「そうです。私はこの偽者に乗っかられていました」
「偽者はそっちです!乗っかっていたのは貴方の方です!」
「ちょっと待ちなさい!何を言っているのですか!私に乗っていたのはそっちです!この偽者!」「あなたに言われたくないです!私に乗っかっていたのは貴女です!偽者は貴女です!」
また菜々をそっちのけにして二人が睨み合っている。
「ちょ!ちょっと、ちょっと待って下さい二人共。あーもう!どっちが本当の事を言っているのですか!」
「私が本当です!」
「違います!」
二人がそう言って再び睨み合いキス寸前の距離で菜々は思わず顔を真っ赤して目を背け、口を手で覆い、また二人を見るが。同じポーズで見つめ合っているだけでまた二人は…
「「……偽者はそっちです!」」と声を上げ……。
もう何がなんだか……と泣き顔の菜々を無視してお互いに自分が本物だと言い出す始末である。
同じスクールアイドルをやっている大事な後輩にして生徒会長を引き継いだ少女が二人になって、何故かキス寸前で言い争っている。その前代未聞の事態に「もう駄目です……」菜々は天井を見上げると二人の声が耳に届く…
「ちょっと聞いているのですか!偽者!私の話を聞いていますか!」
「そっちこそ私の話を聞いているのですか!偽者!」
「あのー二人共?どうしてそんなに顔を近づけているんですか?」
菜々がそう言うと二人は同時に振り向き…お互いを見て、顔を真っ赤にして…
「「す、姿を模して、わ、私に変な事までしようとするなんて…」」
そう口をそろえて言うとお互い睨みつけ始めた。
「なぁ!失礼な事を言わないで下さい!私が貴女に何をしたと言うのですか!」
「そっちこそ、私は変な事なんてしてません!」
そんな二人を見て菜々は深いため息を漏らした……。
──何と言うか二人共に何かおかしいんですよね。何と言うか攻撃的と言うか……
菜々はそんな二人を見ながら頭を抱え込んだ。
結局、どう話し合っても埒があかない。ひとまず二人をどうするかと考えていた菜々は突然手をたたく。すると二人同時に振り向き…
「「何ですか?」」と言うのがおかしくて菜々は思わず吹き出した。
「……っと……ごめんなさい、どうして二人がこんな事になってしまったのか……原因があるのなら何とかして治したいと思いまして……」
菜々がそう答えると二人も少し落ち着いたようで……
「そうですね……私もその方がいいと思います。こんな偽者がいては迷惑です」
「私もその方がいいと思います。こんな偽者がいては邪魔ですから」
そんな二人を見て菜々はもう吹き出しそうになったが何とかこらえた。
二人共同じタイミング……同じ動作で首をかしげた。その様子がおかしくて菜々は吹き出した。
「「な、なんで笑うんですか!菜々さん!」」
「え?あ、そのすみません、その……二人とも仲いいですね」
そんな感想を口する菜々に二人の栞子は「「どこがですか!全然仲良くなんかありません!」」と声を合わせる。
やっぱり同じタイミングな二人を見て菜々は思わず笑った。
「本当に同じような台詞がでるんですね……」
そして、菜々は「いっそのこと…キスでもしてたらどうです?なんか間違いで戻っている可能性もありそうですし」と言った。
二人はそれを聞いた瞬間、何か慌ててテーブルから身を乗り出した。
「な!菜々さん!ななな何を!?」「そんなおかしな事しません!」と栞子達は顔を真っ赤にする。
「え?あ、いや……その、キスしたら戻るかなと……」
「そんな訳ないじゃないですか!」
「そうです!何を言うんですか!菜々さん!」
今度は二人共同じタイミングで同じ事を言った。そしてまた二人は睨み合って……。
二人はお互いに菜々を見る菜々らしくない言葉を告げられ、二人は戸惑う、どうしてこんな提案をと……二人は顔を真っ赤にしてお互いを見る…同じ顔をした偽者の顔は同じ表情をしている憎たらしまでに同じ顔をしている。そしてまた菜々を見ればニコニコとこちらを見るばかり…
二人はそれを見て確信する。菜々がおかしくなっていると。ただそれが何かはまだ分からないけれど、理由もなしにこの人が自分にこんな提案をするとも思えない。
「あの……お二人共、お顔の色が赤いですよ」と言った。
二人はまた同時に「「誰のせいだと思っているのですか!」」と声を合わせて言えば、菜々は「え?私ですか?」と驚いたようで……。
「菜々さん、その……少しおかしいですよ?」
「そうです。菜々さんはそんな人じゃないです」
「え?あ、あの……」菜々は二人を見て…そして「仕方ないですね…」と言って生徒会室を飛び出していった。
二人はそれを唖然と見送っていた。
「……何だったのでしょうか」
「さぁ……」
二人は同時にそう呟いたが、また同時に同じ事を言ったのに気が付いて、お互いを睨みつけた。
「……あの、どうして私の台詞を先回りして言うのですか?」
「そっちこそ、私の台詞を先回りして言わないで下さい」
そして、また同じタイミングでお互いを見て…
「「真似しないで下さい!」」と声を合わせて言った。
「……真似しているのあなたです!私は真似していません!」
「それはこっちのセリフです!」
「真似してるのはそっちじゃないですか!」
「それはこっちのセリフです!」
二人は同じ口調で同じような言葉を発し……そしてお互いに同じ仕草で…その動きまで同じ事に驚きながら「真似しないで下さいって言ってるのがわからないのですか!?」と栞子達は声を合わせて言う。
「真似しているのはそっちです!」
「違います!真似しているのそっちです!」
また二人は同じ言葉を言った。二人はそれに言い返そうとしたが……それをタイミング悪く菜々が扉を開けて入ってきた……
「「菜々さん!!」」
「うぇっ!?は…え?な、何で栞子さんが二人も……」
菜々はそれに驚いて……
「「え…な、何を言っているんですか、まるで始めて見たかのような反応を……それにさっき変な事を言って出ていきませんでしたか?」」
「うぇ!?わ、私は今、来たばかりですが……えっと……どうして、栞子さんが二人居るのですか?」
それを聞いた二人はお互いの顔を見合わせ…
「「あの…もしかして私達…菜々さんの偽者に会いました?」
二人が同時にそんな事を言うと、菜々は「はい?に、偽者?」と?を浮かべ、二人して「「はい」」と声を上げるので……菜々は「え……もしかして…栞子さんもどちらかが偽者だったりします?」と聞く。
「ですから……今、お話しした通り……私が本物です」
「だから!それは私が本物だと言っているじゃないですか!」
「貴女が偽者なんじゃないですか!?」
そんな言い合いをし始める。それを菜々はじっと黙って見ていて……。先にそれに気が付いたのは栞子の方だった。
「あの……菜々さん何か気づくことありましたか?」
それを聞いた栞子も釣られてそれに気が付く。
「菜々さん!私が本物です!私が本物だとわかりますよね?」
「え?あの……その……」
菜々は二人を交互に見て、そしてまた同じタイミングで声を発した。
「……どっちがどっちですか!?」と。
結局、二人は自分が本物だと言い張り、どちらが本物かの言い争いがずっと続いていた。菜々はこう言う。
「……つまり、お二人は自分が本物だと言い張りたいのですね?」
「そうです!私が本物です!」
「違います!私が本物です!」
「何言ってるんですか!偽者!」
「私は自分が本物だとわかっていますし、自分が本物である事は間違いないです。私が偽者と呼ばれるのなら……そっちの方が偽者だと思います」
という栞子の言葉を聞いたもう一人の栞子が激高する。
「何を!じゃあ何でここにいるんですか!?」
「ここに居てはいけないのですか!?そっちは偽者なのでそんな所にいるのでしょう!?」
「貴女が偽物だからではないですか!?何ですか?人体模型か何か知りませんが……関係無い人に迷惑ばかり掛けて!恥ずかしくないんですか!?」
「貴女の方が……」「あなたが……」
二人は同じタイミングで言った。
そんな二人に菜々は言う「あの、お二人共……ちょっといいですか?」
「何です?」と二人が言うと菜々は言う。
「お二人のどちらが本物かは置いておいて、あのその人体模型、私の所にもあったのですが…まさか私の姿もコピーしています?……」
「「多分…そうだと思います」」
「…私…追いかけた方が良いですか?その偽者」
菜々がそう言うと……二人は見つめ合って頷き。菜々にこう告げた。
「「……その方が良いかと……」」
「先に栞子さんの方を解決しなくて大丈夫ですか?」
そう言うと菜々は少し考えて二人の方を見た。そして何故か何かを必死に堪える表情の栞子をいぶかしげに見た……菜々は「え、本当に大丈夫なんですか?何か問題あるんじゃ……」と問うと、栞子は首を横に振る。
「……何も問題ありません……菜々さんが心配する事ではありません」
「そうですよ菜々さん、偽者を追いかけてください。私もこの偽者を片付けたら、後から追いかけます」
「あの……本当に大丈夫なのですか?何か問題あるんじゃ……」
「いえ!何も問題ないです!私の事より、その偽者を!」
「そうですよ!私の事は良いので早く!」
菜々は首をかしげながら部屋を出て、人体模型の足取りを追うことにした。
その背中を見送った栞子ともう一人の栞子はお互いの顔をようやく待ちわびた顔でみつめて……同じタイミングだったのでまた二人は睨み合いながら…
「何ですか、まるで菜々さんを追い出すような事をして…」
「貴方こそ、何ですか…偽者の菜々さんにキスしたみたらどうですって言われて図星だったのですか?」
「なっ……そ、そっちだって何ですか?キスしたらどうだと言われて、動揺していたくせに!」
「してません!私はそんな事で動揺なんてしません!」
「嘘を言わないで下さい!明らかに動揺していましたよ!」
「そっちがです!」
二人は睨み合い……そしてまた同じタイミングで声を発した。
「……あの……どうして私の真似ばかりするのですか?」
「そっちこそ、どうして私の真似をしているのですか?」
「真似しているのはそっちです!」
「真似しているのは貴女でしょう!」
「……もういい加減にしてもらえますか?偽者さん」
「……貴女こそ私の真似なんてするのやめてくれますか?」
「私は偽者なんかじゃありませんし、そちらも私じゃないでしょう?」
「何言ってるんですか、そっくりそのままお返しします。貴女が偽者です!」
「そっくりそのまま返します。貴女が偽物です!」
二人はまた同じタイミングで……そして睨み合い……そしてまた声を発した。
「いい加減にして下さい!んん…だから!真似しないで下さい!」
「そっちこそいい加減にしてください!って言ってますよね!」
同じ顔で同じ声で全て何もかも同じで栞子達を見つめる菜々には絶対に見られたくなかった表情で栞子達はそれぞれ見つめ合った。ずっとそうだ目の前の栞子になった人体模型からは良い香りがし、その香りを匂えば匂うほど媚薬を飲まされたように体が熱くなり、そして目の前の栞子はそんな自分を誘うような仕草で見つめて来る……。
「……息が当たっているのですよ」
「そっちこそ、息が当たっていますよ……」
「はぁ……はぁ……」「はぁ……はぁ……」
二人の栞子は睨み合いながらも……体が熱くなり始めている事に気が付いていた。そしてそれは相手も同じである事も……。
二人は同時に同じ事を考えていた。いっそのこと口づけてみたらどうなるか……と。
「「……あの…っ」」
二人は同時に全く同じ台詞を言い合ってたじろいだ。そしてまた睨み合い……お互いに何かに気付いたように俯いてしまう。そのお互いの様子を見て栞子達は思う。しかし、そんな考えは二人にとっては認められない事である……二人にとって相手は自分の姿をした偽者なのだから……そんな相手に口づけするなんて……出来るはずがない。
「「それは……その……その……」」
顔を真っ赤にしたまま、二人は全く同じ動きでチラチラと互いの方を見ている。二人の栞子は深いため息をついた。
「……何か相当恥ずかしい事をしていた気がして来たのですが」
「私は今、自分の顔が恥ずかしくて見れません……」
そんな様子をジト目で見ている自分によく似た姿に気が付きながら栞子も憂鬱な気分になる。自分の体に似た体の存在に対する嫌悪感がさざ波のように押し寄せてくるのを栞子は感じた。
「「……本当に……貴女は誰なんですか?」」
二人はまた同時に同じ事を言った。
「……あの……そろそろ、その偽者って言い方やめて貰えませんか?」
「私もその偽者って言い方やめて欲しいのですが」「じゃあ、何て呼べばいいんですか?貴女の事は……」
「「……やはり貴方には偽者で十分なのでは?……」」
「何ですか!偽者って言ったのはそっちじゃないですか!」
「事実を言っただけで偽者と呼ばれる筋合いはありません!もう顔も見たくありません、なので、その顔を歪めめてさしあげます!」
「それはこっちの台詞です!すぐに消してあげます!」
そう言って……自分のよく知った思考で相手に向かい合った。不思議な事に鏡に向かって独り言を言っているような変な感覚に襲われた。
でもどうしても真似されたくない事がある……こうして唇を近づけ合ってしまえばまるで口づけ合うような形になってしまう……。それは栞子にとって、どうしても許せない事だった。
「「…っ…く……ん」」
そして二人はまた同時に全く同じ事を言ったが、その台詞は二人の耳には入っていなかった。二人はただ自分の唇と相手の唇の距離が徐々に近づいている事に気が付き、それどころではなかった。
「「……や……やめっ……止めなさい!」」
その言葉と同時に二人の栞子は相手の体を力いっぱい突き飛ばした。でも……体を突き飛ばす瞬間、まるでそうするのが分かっていたようにお互いが自分自身の行動を読み取るような動きを見せた事で、栞子達はより一層苛立ちを感じた。もうこれは自分の体をおもいっきり引っぱたきたいくらいだった……。
二人はお互いに向かって声を張り上げた。
「何がしたいんですか!本当に!」
「……貴女こそ!何なんですか!」
二人は顔を蕩けさせて叫ぶ、艶やかな唇同士は触れ合わずに済んだものの……思わず口づけたような体勢になっていた。その事に絶望を感じながら、もう一度、繰り返すしかないのだと悟っていた。
「「どうして、私の顔でそんな表情をするのですか?」」
顔を手で覆いながら……指の隙間からお互いの顔を見ていた栞子達はほぼ同時に全く同じタイミングでそう言うのが堪らなく恥ずかしい事だった……というかその顔がまた自分と同じである事が恥ずかしくて堪らなかった……そして二人は同時に違う相手に向かってこう叫ぶ。
「「……だから、どうして、私の顔でそんな物欲しそうというか切なげな表情をするのですか!」」
その言葉に栞子はカチンと来て、自分と同じ声でそんな事を叫ぶもう一人の栞子を睨む。
「自分の物欲しそうな表情の事は棚に上げて!私はそんな顔していません!」
「そっちこそ!自分が物欲しそうな顔をしていないとでも!?鏡を見てから言って下さい!」
そんな言い合いをしている間に……また二人は同じ事を考えた。……もうこうなったら……本当にやるしかないのかもしれない……と。
「……本当に……もう……」「もう……仕方ないのですよ……そっちがその気なら……」
二人は呆れたように目を伏せた。そう言って、栞子達はまた同時に全く同じ動きを見せた。心ならずもその仕草すら完璧に同時だった……。
二人は同時にため息をついた……お互いと全く同じタイミングで。そして二人はまた鏡に向かって話しているようだったが、唇を塞がないと…そうしないと自分が自分ではなくなってしまう感覚があったから……。
「「……その……してあげたいのなら、させてあげます……」」
その言葉は二人の唇から発せられたが……お互いに聞こえていなかった。二人は向かい合って真っ赤な顔で恥ずかしそうな表情をしながらも同時に呟いたのだ。
「……な……何を言っているのですか!貴方は!」「……貴方こそ、何を言っているのですか!?」
そんな悪態をつき合いながらも、自分のまるで同じ台詞に栞子は眩暈がしそうになった。そしてまた鏡に向かって話し始める。
「……わ……私はそんな淫らな事なんてしてようとしてませんよ?」
「それはこっちのセリフです……私はただ、したいのであればさせてあげると言っただけです……」
「私はただ、したいならさせてあげると言っただけです!」
「そ……そうですか?」
「それなら、仕方ないですね」
二人はそう言って……相手に近づくと抱き合うように寄り添った。窓ガラスに映ったお互いが同じように自分の体を抱き締めているのが見える。栞子はそれが嫌で仕方なかったし、自分の胸と相手の胸が擦れて生まれる甘い感覚に心がとろけそうになってしまう。でも何とか理性を保って栞子は
……この相手は偽者とはいえ自分なのだ……と。だから、きっと今考えている事も自分と同じなのだろうと栞子は考えた。そして……栞子はその考えを試すように、相手の耳元で囁いた。
「……本当に、したいのですか?」
すると相手は同じように栞子の耳に口を寄せて囁く。
「……本当に、したいのですか?」
そして二人はまた同時に全く同じ台詞を言ったが、その言葉の響きは全く違う物だった。
「「だから、私はそんな淫らな事など……」」
そう言いかけた時、唇に瑞々しくて蕩ける柔らかで暖かな何かが押し当てられた。それが相手の唇と分かるのに一瞬の間があった……
そして栞子の顔は今までの人生で味わった事も無いような甘い感触に包まれた。柔らかくて本当に溶け合うような感覚を味わって、それから蕩けるような快感が更に湧き上がってくる。その何とも言えない蕩けるような唇触りが唇から全身へと広がって行くような、そんな不思議な感覚に襲われていたのだ……栞子は信じられないといわんばかりに目を見開く……。
そしてまた鏡に映る自分が全く同じ表情をしている事に気が付いた……つまりこれはただの……認めたくないがキスに違いなかったから。
その信じられない行為に真っ赤な顔をしている。彼女の目はこの上なく潤んでいて、自分も同じ顔をしていると思えば認めたくないが……腰が砕けそうな位、甘い快感に体が蝕まれていく。
「「……ん……く……」」
これがファーストキスだと思えば相手に対しての憎しみが募るのに……自分の心の奥底では絶対に味わいたくないと思っていたのに……
どうしてこんなにも狂おしい快感と胸が爆発しそうなときめきが込み上げて来るのか分からない。この体はどうやら感じまくっているようだし、相手の興奮も手に取るように分かるから……
ひょっとしたら自分の気持ちの持ちようなのかもしれない。
そして二人はお互いの体を抱き締める腕に力を込める……まるでそうしないと体が溶け合って、自分が自分でなくなりそうな危機感を感じているかのようだった。
そしてその直感は正しいと栞子ももう一人の栞子も同じ事を思っていた。快感は最高潮に達して……お互いの体に縋りつくように相手の体を強く抱き締めながら栞子は今まで感じた事が無いような気持ち良さを感じていた。こんな感覚を知ってしまえばもうそれなしではいられなくなるだろうと思えてしまうほど、その口付けは凄まじい物だった……相手もきっと同じだろうと思うだけで胸が張り裂けそうになる。
「「……はぁ…変態……ですね……なっ…変態は貴方です!」」
「変態は……貴方ですよ!自分が何をしているか分かっているのですか?」」
「変態に変態と言われる筋合いはありません!」
そして相手は口走った。
「……本当は私と口づけ出来て嬉しいくせに!」
「……なっ……な……何て破廉恥な事を言うんですか!?」
そんな訳はない、私は断じてそんな女ではないはずだと栞子は自分に言い聞かせるが、もう一人の自分を見るとその感情がすぐに薄れてしまう。その顔が赤く火照っているのは自分の物だと分かってはいても……見ていると胸が高鳴るのだ。この女の子を抱き締めて、思い切り口づけをしたいと思うなんて、自分は何て破廉恥な女なのだろうと思ってしまう。
「本当は私とまた口づけ出来て嬉しいくせに!」「なっ!誰が!」
「この私ともう一度口づけ出来て、またしたいのに!」
「何を馬鹿な事を言っているんですか!そんな訳が」
「そこまで言われたら仕方ないですね!」
栞子はそう叫ぶと、相手の体を抱き締めて唇を強く押し当てた。一瞬で頭の中が真っ白になるくらいの快感が襲ってくる……そしてその余韻を味わう間もなく……
相手は栞子の唇を塞ぐように唇を重ねて来た。その心地よさに全身の力が抜けて行くような感覚に襲われた直後、膝から崩れ落ちそうになる。だがお互いがそれを許さない。相手の体を強く抱き締めて……その唇を奪い続ける。そして栞子はまた、もう一人の自分の中に自分ではない何かを感じ取っていた。
「「……はぁ……ん……」」
それはまるで自分自身の全てを吸い取られそうな感覚で……。でもそれが堪らなく気持ち良くて、もっとそれを味わいたくて、栞子は相手から唇を離さなかった。
「「……はむ……ん……」」
そして二人は同時に全く同じ事を呟いた。
「「……もう、本当にどうしようもないですね……」」
そう言った後、二人は相手の唇を貪るように味わった。一回だけのつもりだけのつもりが止められなくて、いつの間にか何度も相手の唇を啄ばむように自分の唇を重ねている。相手も同じ事を考えているのが感覚で分かってしまう。もう一人の自分を抱き締めて貪るようなキスを繰り返すのは……とてもいけない事をしているようでそのスリルと興奮で快感を倍増させていた。
「「……本当に淫乱ですね……」」
そんな言葉をお互いの耳元で囁きながら二人はまた唇を奪い合う。そして今度は自分がされたように相手の耳たぶを甘く噛む。八重歯で軽く噛むと、相手の体がビクッとするのが伝わってきて、それがまた栞子には堪らなかった。
「「……淫乱なのは…そっちだけですよ」」
そんな台詞を耳元で囁き合うだけで二人はもう限界を迎えそうだった。そして相手も同じ事を思っているのが分かるから、息が混じる共に良い香りのする髪を振り乱しながら二人は唇を重ねるのを止められなかった。
「「……ん……あ……もう!何時まで口づけしているんですか!?」」
「だ……誰のせいでこんな!」
「こんな、口づけしたいのは!貴方です!」
とんだ醜聞だった。恋人同士でもない二人が抱き合いながら貪るように唇を奪い合っている姿なんて他人に見せられたものではないだろう。
でも、二人はもう止まらなかった。
「……あ……ん……」「……や……」
二人の唇から甘い吐息が漏れる。そしてまたお互いの唇を強く求め合う。
「……もう……いい加減にしないと!」
「いい加減にしないと……何です?」
「……もう、終わりにしないと……」
「終わりに出来ないくせに、よくそんな事が言えますね!」
「それはこっちの台詞です!もう、私は……貴方とこんな事は……」
そう言いながら栞子はもう一人の自分の唇を指でなぞった。そして相手の耳をまた軽く噛む。彼女の体がまたビクビクとするのが分かった。そして彼女は言った。
「貴方が自分でした事なのですから、ちゃんと自分で処理して下さいね」
「……それは私の台詞です!」
そう言って栞子も相手の耳たぶを甘く噛んだ後、髪を優しくかき上げる。それだけでも相手の口から熱い吐息が漏れて背筋がぞくぞくするのが分かった。
その快感に堪えながら栞子は彼女の耳を唇で噛む。耳たぶを甘く噛み、それから耳の穴に舌を挿し込んだ時……その快感に自分が耐えられない事を知りながらやってしまうのだ。
「「もうっ!何やってるんですか!」」
「「それはこっちのセリフです!」」
「「っ…」」
二人は全く同時にそう叫ぶと、相手の耳に舌を挿しいれるという行為に夢中になった。そしてまた唇を貪り合う。快感に支配された栞子は自分が段々と抑制出来なくなっている事を知ってしまった。そのうち服を脱ぎ捨てて、裸で抱き合って……自分自身を愛してしまうかもしれないという予感に怯えていた。
それを阻止するにはもう一人の自分から今の行為を引き剥がさなくてはならないのだ。そんな決心をした栞子は、相手の口内に舌を入れる。一瞬だけ逡巡したようだったが……やがてもう一人の自分も舌を絡めてきた。柔らかくて弾力のある感触が気持ち良い……もうそこに舌があると考えたら、何も考えられなくなった栞子は夢中で自分の舌でそれに触れた。すると、ぞくりとするような快感が脳天を貫き、全身の力が抜けてしまうのが分かった。
味覚がおかしくなりそうな栞子好みの舌の味と触感を夢中になって貪っていると、相手が唇を離そうとしたので逃がさないように抱き締める。そうすると自分の鼓動に当たる相手の鼓動が興奮に高鳴っているのが分かってしまう。
「「……あ……ん……」」
「「んっ……はぁ!」」
唇が離れるのも惜しくて、お互い唇を奪い合いながら栞子は胸を相手の体に押しつけた。今、自分は自分を全身で抱き締めているのだという背徳的な感覚にまた酔ってしまいそうになる。そして彼女の手が栞子の背中に回されたのが分かった時、更に熱い衝動が体の奥から湧き上がってきた。
そして二人はこの上なく官能的で背徳的な行為を知ってしまった事で止まれなくなっていた。
「「もう!本当にどうしようもない偽者ですね!」」
そう叫んだ後、栞子は相手の体を抱き締める腕に力を込めた。
「……あ……んっ!」
栞子の背中に回った手がその快感をもっと貪ろうと背中を撫で回す。そしてもう一人の自分の唇から漏れた甘い吐息は脳髄を直撃する程の威力で、それがまた自分を狂わせる。
……このままじゃ、本当に大変な事になってしまうと栞子は思うが……その腕がどうしても止める事が出来ない。二人は甘い陶酔に溺れながら相手の舌を求めた。どれだけ体が熱くなろうが息が苦しくなろうがどうでも良かった。ただ相手を感じられるならそこがベッドの上だろうが洗面台だろうが、部室の机の下であろうがどうでも良かった……つまり、自分と一つになれるのであればどこであろうが構わなかった。相手の舌が自分の口の中に入り込んで来たら、もうそれを受け入れるしかないから、栞子も舌を相手の口に入れた。そして二人は恍惚の中で激しく舌を絡ませ合う……自分の舌に自分以外の舌が絡まってくるというのは、こんな感覚なのかと栞子は驚くが、もうどうでも良かった。
「「んむう……」」
快感を貪っているうちに彼女の髪を掴んでしまった栞子も髪を掴まれ…自分の…自分ではないが同じ髪を掴み手触りを堪能する。サラサラでそれでいて触りたくなる髪の毛の感触にうっとりしてしまう。そして唇を奪い合う事に夢中だった二人はいつの間にか、その指を相手の髪へと這わせていた。
「「……あっ……ん!!」」
髪を愛撫し合っているだけなのに唇から喘ぎ声が漏れてしまう。もう一人の自分が無意識に体をくねらせるせいで指が自分の髪を触ってくるのが堪らないのだ。口付けを続けているので目を固く閉じていても目の前には自分がいるのが分かる……
「何ですか…今度は髪に虜になったのですか?」「そっちこそ、髪を触ってるじゃありませんか……」「それは……」
唇が離れた僅かな時間に憎まれ口を叩き合うが、その声はお互いにいやらしくて仕方なかった。そしてまたお互いの髪を愛撫し始める二人だった……自分の髪の毛に嫉妬するとはどういう事なのだろうと栞子はぼんやり思う。きっとそれほど同じ匂いが彼女からすることに倒錯した気持ちが今更ながらに気づいてしまった。
「本当にどうしようもない人ですね」
「貴方こそ、救いようの無い変態です!」
「自分が変態だと認めたんですか?」
「そっちだって認めているじゃないですか!この偽者!」
「いい加減にしなさい!貴方は偽者です!」
「私は本物です!」
二人はそう叫ぶとまたお互いの体を抱き締める手に力を込めた。そして髪の毛を愛撫し続ける……どうしてこんなに触りたくなる髪をしているのだろうか?信じられないくらい柔らかくて気持ちの良い手触りが栞子をおかしくさせる。
最初は胸までだった快感は、もう全身を支配しつつあった。それに呼応するように相手の体も熱く火照っているのが分かるから、その事が更に二人を興奮させた。撫でれば撫でるほど甘やかな香りが立ちのぼって、それに触発されるように二人の唇を奪い合う速度は上がっていった。
もうそれだけで頭がどうにかなりそうで……自分はまだ軽い口付けしかしていないのに相手はこの有様かと思い、もう必死に舌や指で愛撫しながら愛しくて堪らなくなっている相手の舌と自分の舌を絡めるのだった……
「「……はぁ……ん……」」
「こんなに舌を求めてきて、どこまで私無しでいられたのですか?」
「自分がした事を棚に上げて良く言いますね、偽者の栞子さんは私無しではもう生きられないでしょうね」
「そっくりそのままお返ししますよ……偽者の貴方が本当の私を愛せると思いますか?」
そこで二人の舌や指がピタリと止まる。八重歯を魅せ…
「「やって見せましょうか?」」と一言呟くと。
もう一度目の前の自分自身の唇を激しく貪り始めた。唇を奪い合いながら自分の髪に自分の指を絡めて……全身を快楽という高熱が包み込むような、経験した事がない快感にもう二人は完全に取り込まれていた。
そして一番快感が欲しい部分……もはやそこ以外はどうでも良いけどそこはちゃんと愛撫して欲しいと言うように二人の腰がいやらしく動き始める……相手の体もそうしている事が分かった栞子は、その部分に指を持って行こうとして、そして躊躇った。その部分は……そこを愛撫されたら、もう本当に自分がどうなってしまうか分からない。もはや栞子は自分がおかしくなっていることはとっくに気づいていた栞子になった人体模型におかしくされたのだと栞子は思う事にした。
「「……ん……はぁ……」」
「「あ……はぁん!」」
そして、その部分に指が到達した時に、二人はもう自分が自分なのか相手なのか分からないくらい陶酔していた。
「「……あ……あああっ!……んっ!!」」
もうそこからはお互いの体の中に指を入れて激しく出し入れし合うだけだった。その部分から脳髄まで響くような快感が何度も体を走り抜ける。その度に二人は相手の体に回した腕に力を込める。そしてお互いの耳朶や首筋に舌を這わせて、もう誰と何をしているのか分からなくなるくらいの快感を貪り合った。
「全く淫乱な偽者ですね!私のスカートを捨ててその下まで破り捨ててくるなんて!」
「よく言いますね!貴方こそ指を入れてきたからぐしょぐしょで私も脱がないといけなくなったじゃないですか!」
栞子は自分の腰の辺りで太ももにひんやりとした感触を覚え……そして同じくスカートを捲り上げる形で相手の腰から太ももを撫で回した。
「触らないで下さい!」
「そっちこそ!触り過ぎなんですよ!」
もう、自分が自分なのか相手なのか分からないくらいに陶酔している二人は、お互いの体を抱き締めながらお互いの体を撫で回す。そしてまた舌や指を激しく絡ませるのだった……
「「……ん!さっきまで私にアソコを弄ばれて喜んでいたくせに触らないで下さいなんて都合の良すぎる話ですね!っんん!」」
「「……だから、そっちこそこんな事をしておいて勝手な事言わないで下さい!!」」
それでも二人の手はお互いの体の上をいやらしく這い回る。背骨の辺りを指でなぞりながら臀部へと滑らせていく……本当に息までぴったりで、こんなのは自分の体なんかじゃないと栞子は思った。そしてそのまま両手の指を相手の後ろの秘所へと伸ばしていくと、自分でも笑えるくらいびしょびしょになっていた。
「「こんなに濡らして!本当に変態ですね!」」「「そっちだって!私と同じで、もうぐしょぐしょじゃないですか!」」
「「これ以上は知りません!どうなってもしりませんからね!」」
もう、二人は完全に我を忘れていた。そしてお互いの体の中に指を入れると……もう後は無我夢中になった。
「「……っあ!……ああん!!」」
自分の指が自分の中で暴れているという倒錯した状況が二人を更に興奮させる。そしてもっと刺激が欲しくて二人の指の動きはどんどん激しくなっていった。
「「……あっ!……ああっ!!…そ、そんなに掻き乱されたら!こ、壊れてしまいます!……っ」」
快感に狂うというのがどういう事なのか知らない二人は、本当に自分の体がおかしくなってしまうのではないかという不安に怯える。快感は溺れれば溺れる程…
「偽者のなんて壊れてしまえばいいんですよ!」
「偽者のなんて!先に壊れて下さい!!」
「「……っああ!……んんんっ!!……」」
「先に壊れるのは、貴方ですよ!」
「先に壊れるのは偽者の貴方です!」
そして二人は相手の体の中に指を入れて激しく出し入れし合う。もう、その快感を貪る以外の事は考えられない……いや、考えたくなかった。
「「……っああ!……あ……ん!!……」」
「「……あっ!ああっ!……んっ!!」」
そしてまたお互いの唇を激しく奪い合い始めた。お互いの八重歯をしゃぶりながら舌を絡め合い……舌を出し入れし合う。唇を貪りあう激しいキスは二人の快感を更に高ぶらせた。
「「……んっ!……んんんっ!!……」」
「歯を舐めないでください!さっきから貴方の唾液が口に残って気持ち悪いんです!」
「それはこっちの台詞です!貴方の唾液で口の中が気持ち悪くて仕方ありません!」
八重歯を丁寧に舐め合っていた栞子は、突然相手の体を強く抱き締めて、まるで自分の体に吸いつくかのように激しく唇を奪い始めた。そんな乱暴な愛撫でも自分の快感には関係なかった。自分自身の体でしている事なのだから気持ち良くないわけがないのだ……するとそれに答えるように相手の手の動きも激しさを増すからもう限界だった。
「「……っ…もう貴方の唾液と混じり過ぎて私の身体がおかしくなりそうなんですよ!!」」
「それはこっちの台詞です!さっさと貴方も壊れて下さい!」
「「……んんっ!!」」
もう二人は快感の渦に呑み込まれたように夢中でお互いの体を舐め合い、相手の体を抱き締めていた。そしてとうとう耐え切れなくなった栞子は唇を離した後……熱い吐息と共にこう叫んだ。
「「……本当に壊れるのは貴方ですからね!!……っあああっ!!」」
その叫びと同時に二人の体は今までで一番大きく痙攣した。もう限界だった。
糸が切れたようにぐったりとお互いにもたれかかったまま、動かないで荒い息をついていた。
それから一時間が経っていた。二人はようやく冷静さを取り戻していたが……異常な程の疲労感に襲われていた。それは単に激しい行為のせいで疲れ果てたというだけではなく、自分自身と情事に及んだ事への精神的なショックの方が大きかった。
「貴方って最低ですね……」
栞子は自分の体にもたれかかったまま放心状態でいる相手を、軽蔑の眼差しで見る。本当に何をやっているんだろうか?自分達は……
「……偽者に言われたくありません」
こちらを向いて睨みつけてくる視線にもう怒りの感情は無かった。
「自分の偽者を誘ったのはどっちですか?」
「それは貴方が……」と言ってそこで押し黙った後……
「貴方です」と言い直して悪びれずに答える。
「随分、激しい事をされていましたね……それも私の体を相手に」
もう既に床の上に上半身を起こして座っている栞子は、まだ自分の体の上に折り重なっている、もはや同じ人物とは思えない程乱れた姿になった相手を見る。
「それはお互い様でしょう?私の体であんな事までして……」
「私は別に何もしていません。自分から誘って来たのはそちらです」
「……最低です」
「偽者に言われたくありません」
本当はもうこれ以上の行為に及ぶつもりはなかったのだが、この二人が果たされなかった目的の事を忘れる筈もなかった。そして行動しないでいられなかった。二人は引き合うように顔を近づけ、最初は恐る恐る相手を探り当てるようなキスをした後……お互いを貪るように激しく舌を絡ませるキスへと変わっていった。
「……んっ!……ちゅっ!」「んむ!……っちゅ……」
そして…
「相変わらず随分な舌使いですね……」
「貴方だって、初めてにしては中々のものですよ……」と挑発しながらキスを続け……
二人して唇を離すと、どちらからでもなく「しょうがないですね……」と言いながら顔を見合わせて笑い合った。
「濡れ過ぎじゃありませんか?」
「そっちこそ」
二人は相手の内腿に手を伸ばす。もう激しい情事で体中に溢れていた蜜が太ももまで垂れて滴っていた。
「……まぁ悪い気はしませんけどね」と言った後……
二人はその蜜を指に取って相手の秘所に塗りつけ合い、相手の蜜も指に取ると自分の秘所に塗りつけるという行為を始めた。
「本当いやらしいですね……」
「貴方程ではありませんよ……」
二人はそうやって相手を罵り合うが、徐々に体の熱は上がっていってた。また欲しくなっているのは明らかだった。そして同じようにその事に気づいた栞子は自分の体から顔を離すと、艶然とした笑みを浮かべた。
「……お尻を上げて下さい」「そういう事をするのは貴方の方ではありませんか?」と憎まれ口を叩きながら栞子は素直に体を上げて69の体勢になり「何もしていないのにもう濡らして…淫乱な偽者ですね」
「貴方程ではありませんよ……それに偽者は貴方ですよ」と皮肉を言い合うが、体の内から沸き上がってくるような興奮は抑えようがなかった。
そして同じように自分の秘所に指を入れる。
「……んっ!」という声と共に体を仰け反らせた後、相手も自分のお尻に顔を近づけて来るのを気配で感じた。
「私のアソコを舐めるつもりですか?」
「そっちこそ、私のアソコを舐めるつもりですか?」
そして躊躇なく二人はお互いの秘所に口をつけて舐め合う。指の動きも激しくなった。もう相手が何を望んでいるか手に取るように分かるのだった。そうやってお互いを貪り合いながらも自分の体に舌や指を這わせている倒錯的な快感に酔いしれた。
「はぁ……んっ!」「っちゅ……ぁん」
「んぶっ!?潮を噴きすぎです……」
「ちゅ……そっちこそ」
「貴方の潮の方が出ていますって……本当だらしないですね」
そして栞子は相手の中に入れた指を曲げたりかき回したりしながら執拗に舐め続ける。入れられている指が自分の一番敏感な所に当たると、その快感で体が痙攣した。そして相手の一番敏感な所を舐めながら、その部分を指で刺激し続ける。すると相手も体を仰け反らせ、体が反応してくれるのが嬉しかった。
「「あ!ああん!!……っああ!!」」
「「あ……ああん!……っああ!!」」
二人はお互いの一番感じる所を舐め合い、刺激し合う。そして相手も同じ事を思っているのが手に取るように分かり、お互いに八重歯を秘所を突き立てられ、もう限界だった。
「「ああっ!……あっ!!……ああんっ!!」」
もう二人とも全く相手を気遣う事はなかった。早く相手が自分の体を貪って絶頂まで追い詰めて欲しいという思いしか頭になかった。そして栞子は自分の中に入っている相手の指を激しく出し入れして、その部分を刺激し続けると、突然相手の動きが止まり、体を痙攣させたのが感じられた。
「はぁ…はぁ…私のアソコに噛みつかないでくださいよ……」
「ん……ちゅ!……そっちこそ私のアソコに歯を立てないで下さらないですか?」
と相手の攻撃に注意をしながら、もう一手が必要になると栞子は思った。そして片手で自分の胸を掴み、荒々しく揉んでいく……するとしばらくして…
「ふぅーんん!?」という声が聞こえて、指に絡めた秘所の締め付けが強まったのを感じれた。
二人が69で絶頂を迎えた後も二人は互いを攻め続け、どちらかが相手に絶頂を迎えさせられるとすぐにまた相手を攻め……その行為を延々と繰り返すのだった。
「はぁっ!あぁっ!!……んっ!」「んぐっ!?んんーっ!!」
もう何度目か分からない絶頂を二人は迎えた後、二人ともぐったりとお互いに体を預けていた。もう指一本動かす気力も体力もなかった。
「……っはぁ……本当に最低な人ですね……」
「……それは貴方でしょう?偽者さん」
そして二人はそのままの姿勢でどちらからでもなく……
それからどれ位時間が経っただろうか?二人は気だるげに体を起こすと、自分達のバッグからタオルを取り出して体を拭き合った。
「こんなところ誰かに見られたらどうするんですか?」
「それはこっちの台詞です!」
栞子は髪を手櫛で整えながら言う。「……何ですか…まだしたりないのですか?」
「ええ…それは貴方なのでは?……」
そう言ってお互いを見ずに自分の服や下着を身に着けた後に、ようやく相手を見たが……その途端にまた激しい欲情の炎が燃え上がり始めるのを感じた。そしてそのまま再び抱き合うと、どちらからともなく相手に唇を近づけ……そしてまた激しく舌を絡めながらお互いの体を愛撫し合うのだった。
「……んふっ!……ちゅっ!」「っんん!……んっ!」
二人は貪るようにキスをしながら相手を押し倒すと、唾液が糸を引いて二人の唇を繋ぐ。その糸を栞子が舌で舐め取るのを見ながら、彼女は自分の上にいる相手の顔を見上げた。
「……本当に私の資格ありませんね……」
「それは貴方でしょう?」と挑発するように笑う。
そしてまた激しいキスを繰り返した。
「っ……はぁ、今日の所は、もう許してあげます」
そう言いながらも二人は全く体を離す素振りを見せない。それどころか更に激しく舌を絡めてお互いの体を弄り合った後、再び唇を重ねるのだった……
「んっ!ちゅ……んむっ!」「んんーっ!!ちゅっ!!」
それからどれだけ時間がたったのだろうか?ようやく唇を離すと、もうおしまいです、そんな言葉は声にならなかった。二人の栞子による狂おしいほどの口付けの応酬が続いた後、二人はゆっくりと唇を離した。
その行為によって奪い合っていた快感と自分自身への愛情の量はもう十分といえる物だった。
荒い呼吸をつきながら栞子は信じられないという目で相手の体を抱き締める自分を見た。もう一人の自分といつまでもこうしていたいと思っている自分が信じられなかった。
結局……自分はもう一人の自分?を愛してしまったのかと心が張り裂けそうになる。でも、それは相手も同じようだった。
栞子も相手の体を強く抱き締めると、同じ感情が伝わって来るのを感じた。
「……早く帰りましょう」
「ええ……そうですね……」
そう言って二人は衣服を身に着けた。
「……もうこんな真似は二度とごめんです」
「それはこちらの台詞ですよ」と憎まれ口をたたき合うが、お互いを見る目はもう恋する女そのものだった。
「……もう、貴方はキスしてくれないのですか?」と栞子はわざと挑発するように尋ねた。
自分が今どんな顔をしているのか分からなかったが、きっと楽しんでいるのが分かる意地の悪い表情をしているに違いなかった。
「それは貴方でしょう?」とその挑発され…
二人はゆっくりと近づくと、唇を重ねた。ついばむような優しい口付けの後……唇を離した後、どちらの栞子の口からも「好きです……」という言葉が漏れた。
そして二人はまた唇を合わせると、今度は激しくお互いの舌を絡ませるのだった。もう二人の頭の中には、このキスを止めるという考えはなかった。
「……んっ……ちゅ」「っん!……っはぁ!」
不意に菜々の事を思いだす。
「そういえば逃げた偽者を追いかけた菜々さん気になりますね……一体何処へ行ってしまったんでしょうか?」
「そうですね…探しに…」
すると彼女はおかしそうに笑い始めた。
「ふふ…本当にそうですね」「何がおかしいのですか?私は本気で言っているんですよ?」と栞子はむくれる。
「だって……私達、もうお互いを自分の物だと認めてしまったじゃないですか」
そう言って彼女は栞子を抱き寄せた。
「言ったでしょう?私の相手は貴方なんですよ」と意地悪な口調で言う。
「……やめてくださいよ…菜々さんを」
「今日くらい大丈夫ですよ。私とこんな楽しい事したんですから……そのくらいは覚悟してるんじゃないですか?」と言いながら顔を近づける彼女に栞子は答えた。
「まだその話の続きがあったのですか……」
「いいじゃないですか、もう偽者とか本物とか関係ありませんよ」
「そうですね……もう……」と栞子は答える。そして二人はまた唇を合わせるのだった