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小説・前編

ある冬の夜、いつもはしない部屋の空気の入れ替えをしようと思い立つ。特に理由などはなかった。しいていえば部屋のにおいが少し気になるくらいだ。俺は部屋のカーテンを開け、続けて窓を開けると冷たい風が部屋に入り込む。せっかく暖房で温まった部屋の温度が急激に下がる。1,2分で終わりにしようと決めて窓の外の景色を見てみる。俺が住んでいるこの家は山の中にあり、道路の明かりも近所の家や建物の明かりもそれほど多くない。ましてや俺の部屋は道路とは反対側にあり、窓から見える景色といっても遠くに見える山々と窓から数メートル先に通る電車の線路があるくらいでめぼしいものは何もない田舎だ。先日降った初雪はすでに解け、もう一度秋の景色が戻ってきている。まあこうも暗いとほとんど何も見えないのだが。そんな当たり前の景色のことは気にも留めずに俺は立ち上がって背伸びをする。少し動いていないと寒く感じてきたからだ。ふと空を見上げると雲に隠れた月を見つける。今日は満月かなと思いながら背伸びを終えて視線をまっすぐ前に戻す。せっかくの満月なら雲がなければよかったなと思いつつ次は腰を左右にゆっくりとひねりながら体を動かしていると、俺は窓の外に何か動くものの存在に気づいてしまった。 それは線路を歩いて遠くからこちらに向かう影だった。今は満月が雲で隠れて薄暗かったが、手を揺らして歩くその姿は間違いなく人であると分かった。薄暗い月明かりが逆光となり顔や服装などは見えず影で塗りつぶされている。 「え…人…?…幽霊⁉」 線路の上を歩くことなど普通はしないはずだし、夜中にそんなことをするはずもないと思う。俺なら絶対にしないと断言できる。そんな俺にとってはこの光景が現実にはありえないことのように見える。人であるとは分かったが人ならばそんなことをするはずがない。人でないならば幽霊なのかもしれないと思うと足がすくんでしまう。きっと野生動物か何かの見間違えだろうと自分に言い聞かせ再度見てみるが、それでもやはりそれは人影だった。線路に沿ってこちらに近づいてきている。俺は手元にあったリモコンですぐに部屋の電気を消した。向こうにこちらを見つけられないようにするためなのだが、向こうからしてみればいきなり消えた部屋の明かりで逆効果だったかもしれない。そう思うと不安感と恐怖で体が縛られてしまい、俺は窓のそばでしゃがみ込んでしまう。 幽霊を見るのは怖いが、何も見ないままじっとしているのも怖い。俺の知らない間に幽霊が近づいてきて突然そばにいたらそれだけできっと俺は心臓が止まって死んでしまうだろう。そう思うと少し体に力が戻ってきた。そもそもやはり何かの見間違えかもしれない。俺は力を入れて窓のサッシに手をかけて目から上だけを出して先ほどの人影を探す。先ほどいた場所から少し進んでいただけなのでそれはすぐに見つかった。先ほどよりも歩いて近づいてきていて大きく見えるそれは残念ながら俺の見間違えではなかったことが分かってしまい恐怖したが、手に力を入れ続けてそれから目を離さずに観察する。手を前後に小さく振って線路の間を歩いている姿はやはり鹿や熊にはみえない。野生動物という可能性は俺の中で完全に消えてしまった。線路に沿って歩きながら人影はだんだん近づいてきた。ここからおおよそ10メートル前に差し掛かるあたりだろう。俺は人影がそのままこちらに何もせずに通り過ぎように心の中で祈っていた。 突然遠くから何か音がする。突然のそれに驚いて目をつぶり悲鳴が出そうになったが、それはよく耳にする音だと気づく。踏切の音だ。500メートルほど離れた踏切の音は冬の寒空の、窓を開けた部屋にいる俺の耳に入り込んで俺を驚かせたのだ。つくづくビビりな自分に情けなくなってしまう。目を開けて恐る恐る人影に目線を戻すと、人影は線路に横たわったようだった。首をこちら側の線路に乗せ、伸ばした足をもう1本の線路に乗せているようだ。満月を向いて仰向けに寝転んだからだろうか、今まで逆光になって見えにくかった人影の姿がさっきよりも分かるようになった。俺がまず気になったのは下半身だった。上半身はきっと暗めの服を着ているのだろう。まだ影で塗りつぶされているようでどんな服装なのか分からないが人影の太もも付近は素肌であることが分かった。いや、肌色のタイツか何かをはいていればそれは素肌とは言えないかもしれない。ただそんなことはどうでもよく、俺はそのことからこの人影は女性かもしれないと思った。太ももが露出される服装といえばスカートで、スカートといえば女性が履くものだからだ。今思うとこの人影の先ほどまでの歩く姿は大人の男よりも細く小さい、どちらかといえば子供の姿のようにもみえなくもなかった。どんな顔をしているかと興味が出てきたがこちらとは逆を向いておりよくわからないままだった。さっきまではそんなことに気づく余裕もないほど怖がっていた俺だったが、この人影が女子供だと気づけたことで体の縛りが緩くなった気がする。ただ、細身に見えたということはこの人影は大した厚着をしていないということにも気づく。冬を間近に控えたこの寒空の下、やはりこの人影は俺の中の常識から離れたものであり、恐怖の存在であることには変わらなかった。  十数秒の間、窓から見える景色や、それを見ている俺にも変化は何も起きなかった。寝ころんだまま動かない人影、鳴り続ける踏切の音、両手に力を入れ続けて少し震える自分。少し明かりが暗くなった気はする。満月が雲に隠れたのだろう。人影はまた暗く塗りつぶされる。すると新たな音が聞こえてきた。電車の走る音だ。人影が歩いてきた方向から聞こえるその音は定刻通りに走る最終便のそれである。踏切の音が聞こえ、電車が部屋の前を通ることは俺にとって日常であったが今日は違った。人影は動かない。寝ころんだまま、仰向けのまま、線路から離れようとしない。なぜ動かないのか俺は疑問だった。幽霊ならば電車にひかれても何ともないのだろうが、先ほど見えた人影の素肌のせいで俺はあれが本当は生きている人かもしれないと思えてきたのだ。よくよく考えれば俺は怖がりだが自分に霊感だなんて微塵も感じたことはなく、この人影には足があった。少しの間差した満月の明かりのおかげであの人影を見ることで気づけたのだ。足があったあれは人に違いない。でも、人だとすればなぜ動かないのか。考えが頭の中でぐるぐると回るうちに、俺はあの人影が自殺者だと感づいた。その時、俺の目にライトの明かりが入り込んできた。それは電車が近づいてきていることを俺に教えてくれた。線路を走る音もさっきよりも大きく聞こえてくる。同時にライトは人影を明るく照らし出している。満月の明かりよりもはっきりと人影を照らして、それがやはり今そこにまだ横たわっていることを俺に教えてくれた。 電車は止まらない。運転士にはあの人影が見えていないのか。人影はどうだ。人影は動かない。そうだ、やっぱりあれは自殺者なんだ。俺がライトの明かりに気づいてから電車が来るまで10秒もかからなかった。あっという間のことだった。人影と電車がぶつかるその瞬間、俺は目をつぶり窓のサッシにかけていた手を反射的に戻して頭を抱え、窓の下の壁に隠れた。電車の通り過ぎる音がいつもよりも大きく聞こえる。しだいに3両編成の電車が通り過ぎて遠くに行く音に変わる。もう踏切の音も聞こえず電車の音も遠くに消えていく中、俺は恐怖で動けないままだった。先ほどとは違う恐怖に俺は強く縛られたのだった。  部屋の窓を開けてから、人影を見つけてから、電車が通り過ぎてからどれだけ時間がたったのか、恐怖で震えることしかできない今の俺には時間のことなど何もわからなかった。そんな俺でも勝手に過ぎていく時間のおかげで少しだけ落ち着くことができたのかもしれない。部屋の寒さ、自分の汗の量、そして人影が今どうなっているのかについて自分では知らず知らずのうちに頭の中で考えていた。部屋の寒さに気づけたことで俺は窓を閉めようと思った。すると頭を抱えていた俺の手を自分の意思で動かすことができることに気づく。目をつぶったまま窓に手をかけて閉めることができた瞬間、俺の体は長距離を走った時のような激しい呼吸をし出した。すると涙が出てくる。怖かった、本当に怖かった。恐怖から解放された俺は涙を服の袖でふき取り、床に倒れこむ。今一番楽な姿勢になれると、俺は先ほどの出来事について考えた。忘れることができるならば忘れたいが、頭の中はそれでいっぱいなので整理する必要があるだろう。そう考えた俺は最後に見た光景を思い出した。電車が人影をひいてしまうその時俺は目をつぶってしまい見ていなかったことに気づく。ん、まてよ。電車だって鹿などの動物をひいたら止まるはずだ。車両へのダメージや安全の確認をするために緊急停止をすることがこの路線ではあるのだ。ではなぜ先ほど人をひいたあの電車は止まらなかったのか。もしかしたら、何もひいてなどいないのではないのかもしれない。先ほどの人影は俺の恐怖の幻覚だったのかもしれない。そう思うと確かめずにはいられなかった。気づくと普段通りの呼吸に戻っていた俺は目を開けて自分の体を起こし、閉じた窓から先ほどの場所を見た。 いた、まだそこにいた。薄暗い満月の明かりの中にそれはいた。先ほどの場所に。ただし、違いがある。短くなっている。2本の線路に垂直に横たわっていたそれが明らかに短いのだ。線路からはみ出ていた足が明らかに短くなってしまった。幻覚ではない。呼吸が少し荒くなる。さっきまで足があったし、今も人影が残ったままだ。幽霊でもなかった。やっぱり電車にひかれたのだ。 「警察に…」 ふと言葉が漏れる。誰かに助けを求めるべきだと思った。一刻も早く通報するべきだ。でも一つだけ疑問がまだ残っている。あれは本当に人の死体なのか。線路の上に何かがあるのは間違いがないが、あれはやっぱり動物なのかもしれない。人の肌に見えたのだって俺の見間違えかもしれない。いやいや、動物であったとしても警察に通報してしまえばそれで済む話ではあるのだ。何を悩む必要がある。ぐじゃぐじゃの頭で俺は正常な判断を下せずにいた。 厚手のジャンパーを着て玄関を出た俺は大きな懐中電灯を片手に持ち、できるだけ静かに歩いて線路へと向かっている。結局俺は警察に通報できなかった。間違ったことを伝えて混乱させるのはよくないと判断してしまったのだ。あれが人なのか何なのか、それを確かめてから連絡するためにこうして行動してしまっている。月明かりがあまり出ていない夜にこんなことになるなんて怖くて怖くて仕方がなかった。追い風に背中を押されながら玄関を出て数分で線路の側へとたどり着く。2,3メートル先には先ほどの人影がまだ残っていた。ここまで近づいたらそれはもう影ではなく、何かしらの物体が確かにそこにあることが確信できる。動く様子はまだない。すると風に乗って血の匂いが流れてきた。ああ、やはりこれは死体に違いない。そう気づいた俺の足はそれ以上近づくことができなかった。俺はその場で立ち尽くしながら懐中電灯の光をその物体に当てる。でも、俺はその光の先を目を細くしてそらしてしまい直視することができなかった。たとえ動物の死体だとしても、それを直に見ることは怖くてできない。犬猫狸くらいならば道路で車にひかれて死んでいることはよくあるが、それでも内臓が飛び出ているとあまりにもグロテスクすぎて目を離してしまう。勇気が出てこない俺は何も見えないようにと懐中電灯のスイッチを切った。しかしその時、これまで雲に隠れていた満月が顔を出したようで月明かりが差し込んだ。見てはいけないと思っているのに目を完全にはつぶっていなかった俺はついに死体をはっきりと見てしまった。首から上と両ひざから下がなく、人の服を着た胴体だけが線路の間に残っている。電車にひかれて切断されたに違いないそれは人の死体であることを俺に突きつけた。 「ああ!あ、はあ、うう!」 うまく息が吸えない。懐中電灯を落としてしまったようだが拾う気力はもちろんなかった。死体なんか葬式でしか見たことがないし、事故だって大破した車は見たことがあっても中の人がどうなったのか見たことがない俺にとって、この目の前にある死体は幽霊やお化けと同じくらい恐ろしいものだった。見てはいけないものを見てしまった俺の体が後ろに下がり尻もちをついて目をつぶる。しかし、目をつぶってもまぶたの裏に張り付いた死体の姿が消えることはなく、目を開けても死体がそこにあるという事実に俺は心が潰されそうになってしまった。  目をつぶり尻もちをついたまま動けない俺はまるでただの人形のようだ。誰かに動かしてもらわないととてもじゃないが動ける力が俺にはない。 「た、助けて…」  ほそぼそとした声が俺の口から漏れ出す。昔見たホラー映画の登場人物のように騒ぎ立てることは俺にはできなかった。もし今ここで映画のように大声で助けを呼ぶことができるならば、少し離れた近所の誰かがさすがに気づいてくれるだろう。そう頭では考えることはできても声を上げる力なんて俺には残っていない。今すぐ走って逃げ出したくても地面に這いつくばって逃げたくても足にも腕にも力が入らない。どうすることもできない俺は何かを待つことしかできなかった。するとつぶっていた目にぼやぼやとした光が差し込んできた。人工的な明かりのそれではなく、心地のよい淡い明かり。それは満月だと気づく。先ほど雲から出てきた満月が俺の体を温めてくれているようだった。その温かさに少しだけ勇気づけられた俺は顔を満月に向けて目を開けることができた。曇り空に浮かぶ満月がとても大きく見える。涙が少し目からあふれ出す。今ここで何もしないままいるわけにはいかない。そう思うと体に力を入れることができる気がしてくる。立ち上がることはまだ無理でも尻もちをついたままの今の俺でもできることをしようと思った。少し、恐怖が和らいだ気がした。 腹筋に力を入れて線路に横たわる死体へと目線を移す。満月に照らされてはっきり見ることができた。もっとも、俺は死体を見るのが恐ろしくてまだ目を細めてちらちらと見ることしかできないが。電車に切断された首の断面が見えそうになる。怖くてその部分を左手の人差し指で覆い隠した。そうして見ていると死体の服装が気になった。これは学校の制服だろうか。少し目を細める力を緩めて見てみると薄い紺色のブレザータイプの女子の制服だと思えた。思えたというのはこの制服を俺は見たことがないからだ。この近くの学校のそれではない。首元には大きなリボンがついており、かわいい制服だと感じた。部屋の窓からも見えていたスカートは短く着こなされ、まるで太ももが協調されているようだ。それとこの服には血がついていないように見える。リボンや胸元、スカートは数メートル離れた俺にもよく見えるが汚れているようには見えない。再度胸元を見ている。服の下にある胸のふくらみを感じさせる。この死体が女性であることを表すようだった。俺は少し自分の体の上体を伸ばして死体の足の先へと目を向ける。太ももからひざまでは人のそれと同じだが、切断されたと思われるひざ下の足はそこにはなかった。だが、線路から2メートルほど先へと目をやると2本の足が横たわっていた。白いストッキングを履いた両脚は切断されたときに吹き飛ばされたようだ。一本の足はこちらに靴の裏を見せるようになって転がっていたが、もう一本の足はそれとは逆に断面をこちらに向けている。俺はすぐに目をそらしてそれを見ないようにした。そこで俺はこの死体の頭部の存在を意識する。胴体付近には落ちてなかった。薄目にしながらそのあたりを確認してみるがやはりない。車輪に押しつぶされたのか。いや、それならもっと肉片がぐちゃぐちゃに飛び散っていてグロテスクな光景が俺を刺激していたことだろう。少しずつゆっくりと捜索の範囲を自分の中で広げていく。そうしているうちに俺の右手側で満月とは違う別の光が目に入ってきた。光のついたままの懐中電灯を見つけた。そうだ、俺が持ってきたものだ。右手を伸ばしてそれを拾い上げようと体を伸ばしていると、俺の視線は懐中電灯の光の先に照らされた線路側へと移った。こちらに頭頂部を向けて転がるそれは探していた頭部に違いなかった。息が止まるような締めつけを体が襲ったが、俺はすぐにそれを振り払うと懐中電灯を拾い上げた。呼吸が荒くなり明かりがぐらぐらと揺れる。懐中電灯の光をすぐに頭部のあった場所へ当てる。満月の明かりも出ており、頭部が俺の目にはっきりと映っている。頭部はどうやら横に倒れ、満月から背けるように顔がそっぽを向いている。後ろ髪がきれいに満月に照らし出されていて輝いているようだった。  地面に転がっていた頭部を見つけた俺は、俺を縛っている恐怖とは別の感情が心に出てきていることに気づいた。見てみたい。この死体の顔を見てみたい。いったいどんな顔をしているのだろうか。大きく息を吸うと俺は立ち上がった。体が鉛のように重く感じ、足は少し震えている。でも、今の場所からだと顔は見ることができない。先ほどまでの俺とは違って今の俺には恐怖よりも少しばかり大きな好奇心が生まれ、それが俺の体を動かしてくれている。ゆっくりと中立ちになって頭部の顔が見えるように弧を描くように前へと回り込む。懐中電灯の光は頭部を照らし続ける。月明かりとは逆を向いているその顔が少しずつ懐中電灯の光であらわになってきた。前髪に隠れていた目に光が入る。とても綺麗だった。大きな目だなと思う。服装から想像していたがやはり若い女性のようだ。クリっとしたその目はこの死体が美人だと俺に思わせるだけのものがあった。この目に心を揺さぶられた俺は一瞬立ち止まった。しかし歩みを続けていくと美人が台無しになるくらいの死に顔でもあると思った。口からは舌がだらしなく垂れ下がっており間抜けさを醸し出してしまっていた。俺は人の死に顔なんて葬式で見たことがあるくらいで、みんな目を閉じて無表情になるのだと勝手に思い込んでいたのかもしれない。そんな自分の考えの浅さを恨みながらも、俺はこの少女の顔から目を離さず見下ろし続けるのであった。  顔を流れる冷たい風が少しの時間呆けていた俺に現実を突きつける。今こうして目の前に広がる光景は決して心霊現象ではなく、恐怖から俺が生み出した幻覚でもなかった。そうなると俺にできることはもう限られている。警察に通報し、この出来事から退場するだけである。人が一人死んでいる。それを確かめることができた以上、ここに留まる必要はもうない。ここに来るまで本当に怖かった。体に鞭を打ち恐怖心に縛られながらもこうして行動を起こしたのだ。本当に、本当に俺はよくやったんだ。スマホを部屋においてきたので家に戻って通報する。あとはそれだけのことなのに、俺の体はまた動けなくなっていた。恐怖ではなく別の感情が俺を縛る。目の前に地面に転がる頭部、先ほどまで俺がいたところの近くにも胴体が、少し離れて脚部も転がっている。若い女性の可愛らしい顔、出るとこが出ている体、男の欲情を煽るように見せつけてきたスカート下の太もも。俺の心はこれを単なる死体ではなく、女性の体として認識してしまったのだ。今は俺だけがこの体たちを自由にできる。そのことに気づいたからなのだろう、俺の男根はズボンの中で強くいきり立っているのであった。最初は幽霊だと思い込んで体を震わせたものに、今は性欲を掻き立てているのである。きっと俺の頭は今日のこれまでの出来事に押しつぶされておかしくなってしまったのであろう。この世のものでないものを見てしまった恐怖から解放され、目の前の女性の死体に興奮するなど昨日までの自分なら考えられない。今この場にいるのは自分だけで、他の誰にも邪魔されることなく彼女を自分のものにすることができる。とはいえこのまま屋外にいると誰かに見つかる可能性は少なからずある。早く隠してしまわなければ。そうだな、車庫倉庫がある。あそこならば十分な広さがあるだろうし、何より外から人に見つかる心配がなくなる。 まずは頭部を運ぶことにした。両手の指の腹を左右のあご下にそえてゆっくりと持ち上げる。すると突然液体が地面に垂れてぴちゃぴちゃと音を立てる。切断された首から血がこぼれ出てきたようだ。少し驚いたが頭部を落とすことはなくて安堵する。しかしこのまま運ぶと血がしたたり落ち続けて地面に血の痕跡ができてしまう。そこで俺は頭頂部と首との位置を逆さにすることにした。落とすことのないよう慎重に入れ替えていると目と目が合う。近くで見るとより大きな瞳に感じ、俺は手をいったん止めてしまった。しかしその間も少しずつ血が落ちてくるのでこれではいけないと俺は頭部を逆さにし、運び始めた。気づくとまた満月は雲に隠れてしまっていたようで目の前の足元ですら見えづらくおぼつかない。地面に目を凝らしながら水がたくさん入ったバケツを運ぶようにゆっくりと進むが、時折逆さになった彼女の顔に目が行ってしまう。時間をかけて進み、倉庫に入る前に庭の水道に寄る。水道の蛇口を開き、首を下に向けて血を出させる。血が出てこなくなるまで軽く頭部をゆすりながら俺はこの頭部の顔を見つめている。とてもかわいらしい整った顔だった。顔を見ていると改めて口元が気になった。ひかれて死んでしまった際に開かれたであろう口からはみ出た舌だ。せっかくの美人がこの舌のせいで間抜け面に見えてしまう。何とか戻してあげようとするが俺の両手はこの頭部を支えることでふさがってしまっている。そこで俺は頭部にキスをするようにして自分の下を使うことにした。冬の夜空でさらされたそれは冷たくなっており人のそれとは大きく違う気がしたが、俺は構うことなく自分の舌を使って彼女の舌を口の中へと戻した。そのまま唇を軽く重ね合わせたところで自分のしたことに恥ずかしくなってしまった。少し呆然としていると首から血がほとんど出なくなっていることに気づく。我に返った俺は水道の蛇口は開けたまま血を洗い流すことにして、改めて頭部を持ち上げて倉庫まで運び、後頭部を下にしてコンクリートの床へとそっと置いた。次は脚部だ。頭部のように血があふれるとよくないと思った俺は倉庫からごみ袋を持ってきてそれに脚部を入れて運ぶことにする。袋に入れる際に断面が目に入る。初めて見た際には目をそらしてしまい見たくないと思えたが、今はなぜかそうではない。それに慣れたわけでも落ち着いてきたわけではなく逆に気分が高揚してきているのかもしれない。断面を袋の底に向けて脚部を入れ、足首をもって運んでいく。特に問題なく水道まで運んだ脚部も血を出し切った後は袋に入れたまま倉庫に持っていき床に置いた。最後に胴体を運ぶ。これもごみ袋に入れて運ぶことにしようとしたが、制服を着たままの胴体を袋に入れてしまうと制服が汚れてしまうのではないかと思った。そこで俺は線路や枕木にできるだけ血が垂れないようにしながら胴体を持ち上げてそばの草むらへと移し、そこで胴体から服を脱がしてから袋に詰めることにした。まずはブレザーを脱がす。長い腕から袖を脱がすことに少々手間取った。セーターを脱がせようとするとどうしても首の断面に触れて汚れてしまう。これは仕方がないと割り切って脱がしてあげ、次はシャツを脱がせることにした。前のボタンを外していくと肌が露出される。肌着などのインナーをつけていなかったことにどぎまぎしながらこれも脱がす。上半身はブラジャー姿となったところで次はスカートを脱がす。金具を外して下に下げていく。ひざから下がないため手こずることもなく脱がすことができた。脱がしたスカートが湿っていることに気づいた。死体が失禁していたのだ。死の間際はきっと怖かったのだろう。そう考えた俺の体は恐怖で震えてしまったがすぐに力を入れて下着姿となった胴体から最後にブラジャーとパンツを脱がしていく。女性にとって大事なところを覆い隠していたそれらをはぎ取ることに今の俺は何も躊躇はしなかった。パンツも小便で汚れておりアンモニアのにおいが鼻をつく。こうして俺は胴体からすべての衣服を脱がした。脱がした服をそのままにするわけにはいかないので先に倉庫へと運ぶ。最後に残った胴体をようやく袋に入れて、小さな子供を高く持ち上げるように脇の下に手を入れて力を入れて運ぶことにする。しかし頭や足よりはるかに重いそれを腕の力だけで運ぶのは大変であり、途中から俺は胴体を抱きかかえるようにして運んだ。冷たくなっている柔らかい素肌に腕や手を食い込ませるようにして俺は息を荒くしながら倉庫まで運び入れたのだった。 屋外から彼女を運び終わったことでやっと一息つける。ここなら誰かに見つかる心配はなく、俺たちだけの密室となった。そこで俺は雑においてしまっていた彼女の体を綺麗にすることにした。血や土で汚れた胴体などを水道で濡らしたタオルでふき取ってあげる。彼女の顔も拭いていると目が半開きになっていることに気づく。指で瞼を開かせる。綺麗な瞳が俺を見てくれている。この瞳の大きさが彼女の魅力を引き上げてくれているのだろう。そのまま頭部を仰向けに寝かせた胴体の切断部分に合わせるように置いてみた。しかし、どうにも首が短いようだ。きっと電車にひかれた際に首が潰されたのだろう。おそらく線路に彼女の肉片がまだ落ちたままとなっているはずだ。それが可哀そうに感じ、あとでできるだけ回収したいと考えながら、断面同士を少し離すようにした。脚部も同様に断面に合わせてみるとちょうど膝が同様になくなっていることが分かった。太ももからすねが生えてしまっているのでこちらも少し離すと、彼女が完成した。力なく寝転ぶその姿はまるで人形のようで、服を脱がされた彼女は俺だけの玩具となったようだった。 (続く)


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