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続・忍鬼丸

『忍鬼丸』  今日の夜、俺は忍鬼丸になる。  忍鬼丸は、「にんにん地獄」というスマホのゲームに登場する敵キャラの一人だ。  源慈と呼ばれる浅黒い肌を持つ鬼に親友を嬲り殺された、一人の若い忍者がいた。若い忍者は親友の無念を晴らすために源慈を殺そうとし、返り討ちに遭う。源慈の術をかけられ、肉体面と精神面に洗脳を受けた忍者は、「忍鬼丸」という新たな名前を与えられ、源慈そっくりの浅黒い肌を持つ鬼に覚醒する――。  覚醒前は忍者らしいスリムな体型をしているが、覚醒後はすべてを薙ぎ払えそうなほど筋骨隆々とした巨漢の鬼に生まれ変わり、それは悪堕ちのストーリーが好きな俺の性癖をドンピシャで突くものだった。  仕事帰り。今日はいつもより早い時間に退勤することができ、そのおかげで電車の中はいつもより人が少なかった。ドアの近くで、スマホの画面を隠すように、こっそり忍鬼丸の画像を見ているだけで性欲を掻き立てられる。  忍鬼丸になる、というのは、趣味のコスプレのことだ。宅配便の時間指定で、ちょうど俺が戸建て(賃貸会社を介さず、知り合いから安くで借りている)に戻る頃に、忍鬼丸の衣装が届く予定だった。  会社でも、私生活でも、コスプレの趣味を誰かに打ち明けたことはない。不特定多数から認められたいという承認欲求とも関係がなく、ごくごく個人的なストレス発散の方法、あるいはごくごく個人的な性欲処理の方法だった。  いや、正直に言おう――そもそも俺には、コスプレ趣味を打ち明けるような親しい同僚も親しい友人もいない。俺みたいな何の取り柄もないやつと一緒にいて、相手は楽しいのだろうか? 相槌を打つ、愛想笑いをする、何となく相手に話を合わせることはできるが、人付き合いに対するモチベーションは続かなかった。  大好きなキャラのコスプレ姿で自慰に耽るというひん曲がった特殊性癖だけを大事に抱え、恋人を一度も作ったことがないまま俺は三十路に差し掛かろうとしていた。まあまあ……こんな自虐みたいなことを考えるのはやめておこう。  だって、もう目の前には忍鬼丸の衣装一式があるのだから。  帰宅後、宅急便のさわやかなお兄さんから平べったい段ボールを受け取った俺は、ガムテープを乱暴に剥がし、透明なポリ袋に包まれたそれを取り出した。上半身に巻き付ける白色の長い二本のベルト、相撲のまわしを思わせるほとんど下着に近い白色の布、腕と手首にそれぞれ巻きつける白色の四本のバンド、口元から胸元までを覆う白色の布……。ほとんど裸といってもいい、シンプルかつ大胆な衣装だ。  スーツを脱ぎ捨て真っ裸になった俺は、一枚の小さな説明書きの紙をにらみながら、ひとつひとつ忍鬼丸の衣装を身に着け、部屋の全身鏡の前に立った。俺はもともと筋肉質なキャラのコスプレをすることが多く、三年以上前から週一日以上ジムに通って筋トレを続けているため、平均的な男より筋肉があると思う。が――。  サイズを間違って買ってしまったのかと思うくらい、衣装がブカブカで大き過ぎた。今までコスプレしたキャラよりも衣装がシンプルなせいで、自分のガタイの物足りなさが余計に気になる。さっきまでの高揚感は消え去り、明らかに落胆している自分がいた。 「……あっ」俺は、忍鬼丸の衣装一式に含まれるはずの大事なものが見当たらないことに気づいた。忍鬼丸のトレードマーク、朱色と象牙色のグラデーションの美しい二本の角のことだった。「何だよもう、グダグダじゃねェーかよ……」  商品を交換してもらうために、スマートフォンで販売元の業者のホームページを探した。  ――が、何度も何度も業者のホームページのリンクを押しても、「Not Found Error 404」という文章が表示される。SNSや、口コミ評価や、それに関連するブログもすべて削除されていた。 「嘘だろ……? 詐欺じゃねェのコレ……?」  次の瞬間、自分の身体が何者かに乗っ取られるような奇妙な感覚に襲われ、目の前が真っ暗になったかと思えば、俺は「ふざけんじゃねェぞ、糞がッ!!」とヤカラのようなドスの利いた声を上げて全身鏡に殴りかかっていた。ビシッ、と拳がぶつかり、そこから蜘蛛の巣のような黒いヒビが広がった。  はっと、我に返った。  凄まじい暴力衝動に突き動かされ、自分でも自分のやったことが信じられなかった。俺はガラスの粉末がこびりついた拳、骨の出っ張ったあたりからぷつっと浮かび上がった血の粒を見つめた。 「フッ、ゥッ――」  俺は急に胸を締め付けられるような息苦しさに襲われ、しゃがみ込む。大粒の汗がフローリングの床にぼたぼたと滴り、小さな水溜まりをつくる。血が沸騰しているように身体じゅうが熱かった。首の後ろのあたりからドクンッドクンッと激しい心臓の鼓動のが聞こえ、ふと突拍子もない考えが脳裏を掠めた。  誰でもいい、肉を裂き、血を啜り、内臓を引きずり出し、滅茶苦茶に犯してやりてェ……。  ドクンッ――人間の肉が引き裂かれる生々しい映像が、まるで自分が過去に見た映像のフラッシュバックかのように鮮明に浮かび上がる。俺は忍鬼丸の相撲のまわしを思わせる股間の白い布を盛り上がらせ、腰を震わせた。熱く滾ったチンポから精液が吐き出され、太腿の内側に生温かい感触が広がる。  その直後だった。 「グアッ!! アッ!! アアアアアアアアアァッッ!!! アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」  自分の身体のあちこちからブチッブチッと筋線維が千切れるような音、ギシッギシッと骨が激しい軋みを上げるような音が聞こえ、俺は床に膝を突き、両腕にぐっと力を込めてぴったりと腋を締め、胸に首を埋めるように頭を丸め、脂っぽい汗にまみれたフローリングの床の上で身震いする。  皮膚に浮かび上がった太い血管がかすかに脈を打つ度、全身に力が漲る。胸や腕の筋肉がぴくぴくと痙攣するように震えながらデカくなっていくのが見える。見下ろした時の視界の半分以上を占めるほど胸の筋肉は分厚く盛り上がり、腕の筋肉はひと回りもふた回りも太くなって背中の筋肉とぶつかり合い腋を閉じることもできなくなり、チンポも太さと長さを増しているのか股間の膨らみを覆う白色の布がミシミシと悲鳴を上げた。  つんと、頭がくらくらするような強烈な雄臭さが鼻を突く。  立ち上がると、頭の旋毛のあたりに生えている髪の毛が天井に触れた。真っ白い髪。真っ白い体毛。浅黒い肌。深紅の瞳。前髪の生え際のあたりから伸びた立派な二本の鬼の角を見て、そうか、だから衣装一式に二本の鬼の角が入っていなかったんだな、と俺はひとりで納得する。  忍鬼丸の公式プロフィールに相応しい、圧倒的なガタイ。  俺は筋肉の厚みを確かめるように、両手で分厚く盛り上がった胸筋となぞる。ボコボコに割れた腹筋、今にも白い布を食い破りそうなほどデカくなったチンポに指を這わせ、凄まじい万能感にスーッと前歯から息を洩らす。快楽の度合いは人間のそれと比べものにならない。モコモコと山のような筋肉のラインを描く肩。全てを薙ぎ払えそうにぶッ太くなった腕。筋肉の鎧に覆われ左右に大きく張り出した背中。引き締まった尻。躍動感あふれる逞しい太腿。 「あーヤベ、俺、忍鬼丸じゃん……」  俺は鏡に映り込んだ自分を見ながらうっとりと呟き、白い布ごしに股間を激しく盛り上げるチンポに手を触れた。 (了)

続・忍鬼丸 続・忍鬼丸

Comments

ありがとうございます! 最近坊主頭のキャラにハマっていて、坊主頭ばかり書いてしまいます笑 自信満々の表情いいですよね!もっと色々な種類の自信満々な感じを描きたいです笑

サトー

この変化がたまりませんよね…… 最初の落胆した表情からのムッキムキになった自信満々の表情…… ゆるっゆるだった服がぴったりになるのも最高です

ichiya

あたたかいメッセージありがとうございます。 お褒めいただき、とても嬉しいです! また、最高の作家と言っていただけて感激です! これからも期待に応えられるように頑張ります。

サトー

やはりサトさんのイラストは最高です!! 変わる前も変化してからも本当にカッコイイ今日も救われました 本当にありがとうございます 私にサトさんは最高のイラストレーターに作家です

ヘイン


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