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『今際の国のオオカミ』高橋文吾(4)

登場人物: ・高橋 文吾(たかはし ぶんご) 22歳。暇を持て余す大学生四年生。家庭教師のバイト。 ・浜辺 幹也(はまべ みきや) 18歳。受験間近の高校三年生。文吾の生徒。元水泳部。 ============= +++++ 「気がついたら、ガタイがデカくなってて……」眠りから覚めた幹也に対しては、文吾はそう説明するしかなかった。  文吾自身、どうしてそうなったのか分からないのだから、説明のしようがない。狼男が噛まれたことが関係しているかもしれないと相談したところで、幹也を不安にさせるだけだろう。文吾は、余計なことを言わずに黙っておくことにした。 「まあ、元気になったみたいで良かったです」幹也は戸惑いの笑みを浮かべながらも、純粋に文吾が体調を取り戻したことを喜んだ。昨日から日常ではあり得なショッキングな出来事の連続で、文吾の肉体の変化など些細なことに感じられた。  明け方、文吾と幹也はアパートを発った。  食糧を持ち歩くために、部屋の主の黒色のリュックを拝借した。  音を立てないように静かに玄関ドアを開けた途端、ピリッと冷たい空気が頬に触れた。文吾はアパートの通路から頭を出して周囲を見回し、「大丈夫だ、出よう」と幹也に声を掛けた。幹也はこくりと頷いた。  いつ狼男に見つかるか分からない緊張が張り詰めた中、二人は黙って歩き続けた。  ちょっとした物音が狼男の足音に感じられ、その度に心臓を鷲掴みにされるようだった。 +++++  文吾と幹也は、無事に図書館に到着した。  館内の様子を窺ってから、正面玄関の自動ドアを手で開けた。可能性は低いが、狼男がいないとは断言できない。文吾と幹也は、肩と肩がぶつかるくらいの近さで寄り添いながら、足音を殺して館内を歩いた。  貸出・返却カウンターを回り込み、その奥にある職員用の事務所を覗いた。ブラインドカーテンが締め切られ、つい最近まで誰かが仕事をしていたのだろう雑然とした事務机が並んでいた。  一階の本棚とトイレを見回った後、階段を上った。二階には、会議所らしき大部屋と、ずらりと机の並んだ読書スペースがあった。文吾は窓から射し込む朝陽に目を細めながら、「ここは、大丈夫そうだな」と言った。  文吾と幹也は、それぞれ読書スペースの机の前に座った。リュックから、アパートの部屋からパクッてきた鯖缶の水煮を取り出す。箸はなかったから、手づかみで食べるしかなかった。会話もなく、くちゃくちゃと味気ない鯖を咀嚼する音だけが続いた。 「…………」 「…………」  ――このゲームは何なのか? ゲームを誰が仕切っているのか? 狼男とは何なのか? クリアしたら本当に日常に戻れるのか? 他にも参加者はいるのか? 池袋の外はどうなっているのか? いつ助けが来るのか?  疑問や不安は山ほどあったが、二人はあえて追求しないようにしていた。心を無にして、何も考えないように……。考え出したら、絶望という沼に引きずり込まれそうで恐ろしかった。今はただ、食糧だけを心配することにした。  文吾は鯖缶を食べ終わると、トイレットペーパーを探しに行った。 「俺は水を探してくるから、幹也はここで待ってろ」文吾はトイレットペーパーで汚れた手を拭いながら、言った。 「……そう、ですか」幹也は、不安そうな表情を浮かべた。 「大丈夫だ」文吾は淡々と言った。「図書館にいながら、狼男に襲撃されるリスクは低い。外に出るよりは、よっぽど安全だろう」 「いや、そうじゃなくて」幹也は頭を左右に振った。「もし、先生が帰って来なかったらって考えたら、怖くて……。俺も、先生と一緒に行っていいですか? 足手纏いですか? むしろ、一緒に荷物を運んだ方が効率がいいですよね?」  「孤独」、一人になる時間が怖い――。  幹也の抱いている恐怖の感情が、文吾にも痛いほど伝わった。  生存率を高めるには、別々に行動するのが理に適っている。二人とも殺されるよりは、どちらか一人でも生き残った方がいい。そして、外で食糧を調達するというリスクの高い役割は、自分が引き受けよう――。文吾は、そう考えていた。 「二人で行動した方が荷物をたくさん運べるのは事実だが、俺は幹也を危機に晒すようなことはしたくない」文吾は、幹也の同行を頑として断った。それは文吾なりの思い遣りだったが、幹也からすれば突き放されたように感じられた。  ふしぎなことに、文吾は幹也に対して性欲を覚えるようになってから、愛情さえ抱くようになっていた。年上だから、先生だから、ではない。そうした社会通念に関係なく、文吾は個人的な感情から幹也を守ってやりたいと思うようになっていた。 「そっか、俺、そんなに足手纏いっすか……」幹也は怒りと悲しみの混ざったような声を上げた。 「そんなんじゃねえよ! 俺は――」幹也のことが好きだから、と危うく口走りそうになった。文吾は大声を上げてから、はっとして声量を落とした。「……俺は、そんなこと、これっぽっちも思ってねえから、変なことを考えるな」 「俺を、信じてくれ」文吾は、自分の胸に幹也を抱き寄せた。  幹也は、落ち着くと言わんばかりに目を閉じた。  文吾の頭の中に、《このまま犯しちまえよ》という悪魔の囁きが浮かんだ。  文吾は、ドクッ、ドクッ、と心臓が高鳴るのを覚え、そのまま幹也の背中に手を回して抱き締めた。水泳部で鍛えられた高校生にしてはガッシリとした幹也の肉体が生々しく感じられた。文吾は満更でもなさそうな幹也の反応を見て、スラックスの下でチンポが熱く滾った。  文吾は、どうにか理性で踏ん張った。 「じゃあ、行ってくる」文吾は幹也を突き放し、足早に図書館の裏口へと歩き始めた。 +++++  文吾は図書館の裏口を出て、すぐ近くのコンクリ建てのゴミ庫に身を潜めた。ゴミ収集車の往来がなくなり、ゴミ庫のフェンスの奥では回収されることなく放置されたゴミ袋からうっすらと悪臭が漂っていた。 「ふゥッ、ふゥッ、ふゥッ、」文吾の呼吸は荒かった。  文吾は昂った性欲を発散させるために、ボクサーパンツとスラックスを下ろした。コンクリの壁に背を凭せ掛け、下腹部に反り返ったチンポを利き手で握った。風呂に入っていないせいで、昨日イキまくった時のイカ臭さが残っていた。 「幹也ッ、幹也ッ、みきやッ、みきやッ、みきッ、やッ、」名前を呼びながら、文吾は幹也に対する支配欲を自覚した。  この狂った世界に放り出されるまでは、男に興味を持ったことも、ましてや生徒に欲情することなどなかったのに……。なぜだろう、いつの間にか、文吾の心には邪悪な欲望が根付いていた。  文吾は目を瞑り、幹也を蹂躙する妄想を鮮明に思い浮かべた。チンポを扱く手が止まらなかった。ここには飛び散った精液を拭い取るものが何もなかったが、手や服が汚れるのもお構いなしに、ビクッ、ビクッと腰を震わせ、黄味を帯びた白濁した精液をぶち撒けた。  幹也を組み伏せ、唇を奪い、舌を捻じ込み、強引に服を脱がせ、背後から抱き締め、水泳部で水着焼けした引き締まった尻にチンポを挿れ、幹也が激痛に悶える悲鳴を聞きながら犯しまくりたい――。 「俺ッ、俺ッ、俺ッ、俺はッ、」  ビュルッ!! ビュルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルッ!!  射精すると、頭がじんと痺れるような感覚がした。文吾は強烈な快感とともに、自分が自分でなくなっていくような恐怖を覚えた。精液をぶち撒ける度に、今まで自分を支えていた道徳観や倫理観といったものの輪郭があやふやになっていくような――。  昨日は五回イッたが、六回、七回、八回、九回と文吾は射精を繰り返した。  一五回ほど射精した時、ようやく性欲が落ち着いた。 「何で、こんな、俺……」賢者タイムと呼ぶには、激し過ぎる自己嫌悪だった。「もしかして、俺、本当に狼男になっちまうんじゃねェだろうな……?」  理性を取り戻した文吾は、自分の精液がいたるところに飛び散ったゴミ庫で立ち尽くし、自分がとんでもない性欲の魔物と化してしまったことを覚った。自分という存在が、とても恐ろしく感じられた。  文吾には狼男がどういった存在なのか全く分からなかった。が、狼男に噛まれてから、自分の心身にさまざまな異変が起きていることは事実だった。文吾は「クソッ、クソッ、クソッ」と怒鳴り声を上げ、コンクリの壁を拳で殴った。  《幹也を支配して自分のモノにしたい》という薄汚れた支配欲。  《自分は幹也の前から姿を消すべきだ》という元々あった理性。  文吾の心の中では、欲望と理性とがせめぎ合っていた。  頭がガンガンして、吐き気を覚えた。 「……よし」  文吾は、結論を出した。  ――食糧と水を確保したら、幹也に全て渡そう。  ――それを最後に、俺は幹也の元から離れよう。  ――今の自分が、幹也と行動を共にするのはあまりに危険だ。  ぎりぎりのところで、理性が勝った。  爆発的な勢いで肥大しつつある邪悪な欲望を、残された理性が何とか押さえたのだった。文吾は、本来の自分としての理性がどこまで保つのか不安に思った。 +++++  文吾は、視界に入ったアパートやマンションを手当たり次第に物色した。食糧調達は順調に進んだ。知らない男の部屋に忍び込んだ時、文吾はXLの黒色のジャージの上下に着替えた。精液まみれになっていた衣服と下着は、そのまま捨てた。  秋の深まった時期で、冷え冷えとした風が吹いていた。が、文吾はまるで寒さを感じなかった。文吾はもともと寒さに弱く、今の時期なら冬用のアンダーウェアとレギンスを身に着けるほどだったのに、今は薄っぺらいジャージだけで十分だった。 「思ったより、時間を食っちまったな……」文吾は、窓の外の陽の傾きを見つめて呟いた。  食糧と水は、予想以上に集まった。リュックだけでは足りず、途中でトートバッグを二つ拝借し、それらにペットボトルの水や缶詰や袋麺や菓子を出来る限り詰め込んだ。荷物を背負って立ち上がると、ずっしりと肩に重みが食い込んだ。後は、これを図書館にまで運ぶだけだった。  文吾は、下腹部がもやもやするのを覚えた。  射精しまくった直後は理性を取り戻した文吾だったが、時間が経つにつれ邪悪な欲望がムクムクと起き上がるのを感じた。  あれだけ繰り返しイッたのに、俺の身体はいったいどうしちまったんだ? 文吾は困惑した。次にあの性欲の沼に引きずり込まれたら、理性なんか吹き飛んで、俺は俺でなくなってしまう――そんな嫌な予感がした。  急いで図書館に戻らねェと……。文吾は知らない男の部屋を出た。今自分がどのあたりの位置にいるかは頭の中の地図でおよそ把握していた。ここから図書館までは三〇分ほど掛かるだろうか?  足早に道を歩いていた時、かすかな甘い匂いが文吾の鼻先を掠めた。  なぜだか分からない。文吾はかすかな甘い匂いを嗅いだ途端、足裏がぞわぞわするような興奮を覚えた。その匂いを辿るように周囲を見回すと、いかにも高級そうなマンションが目に留まった。 「……あれ、か……?」文吾は、居ても立っても居られない気持ちになった。文吾は誘蛾灯に誘き寄せられる虫のように、目に留まったマンションに向かってふらふらと歩き出した。  タワマンではないが、家賃は相当高いだろう。文吾はきょろきょろと周囲を窺いながら、ホテルのように設備の充実したエントランスを抜けた。エレベーターは止まっていたため、かすかな甘い匂いを辿るように、階段を上って三階の廊下に出た。  文吾は甘い匂いがひときわ強くなった玄関扉の前で、足を止めた。  金属製のドアノブに血痕があるのを見て、文吾はビクッと肩を震わせた。  食糧は確保した、後はもう図書館に戻ればいいだけだ。  それなのに、どうして俺はこんな危険な行動に出ているのだろう――。  頭では、立ち去るべきだと理解していた。  それなのに。  それなのに。  ドクッ! ドクッ! ドクッ! ドクッ!  心臓が痛いほど強く脈を打った。文吾は胸を押し潰されるような恐怖と不安を覚えながらも、甘い匂いの魅力にすっかり取り憑かれてしまっていた。この扉の向こうに、自分の本能が求めてやまない何か、得体の知れない何かがあるんじゃないか、という訳の分からない期待を抱いていた。  文吾は金属のひやりとした感触を感じながら、ドアをゆっくりと引いた。 (続く) あとがき: いつも応援ありがとうございます! 物語はいよいよ佳境に入っていきます。 今月中に続きを更新する予定です。


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